永久に咲く雪の華
−兄が亡くなったのは、私が中学1年の時。
2つ上の兄は、当時中学3年の受験生で、そこそこ成績が良かったのに、勉強をしてる姿を見た事はほとんど無く、私の宿題を教えてくれる事の方が多かったくらいだ。
面倒見がよくて優しい兄の事が、とにかく大好きだった。
あの日。
普段は遅くても10時には帰る兄が、11時を過ぎても帰らなかった。
心配する両親に、
(お兄ちゃんしっかりしてるから大丈夫だよ)
と、私がなだめていた時、電話のベルが鳴り響いた。
兄だと思い安心した父の顔は、受話器を取ってすぐに強張る。
(病院へ行くぞ)
それだけ言うと、私達家族は急いで病院へ向かった。
(即死でした)
医師の言葉に母親は崩れ落ち、私は何が何だか解らなかった。
事故の原因は、高校生の無免許運転。
カーブを曲がり切れず、歩道へ突っ込んだらしい。
ブレーキの後から、制限速度を30キロはオーバーしてたと伝えられた…。
それから半年近く、私は学校へ行かなかった。
正確には外出すらしなかったのだ。
どんな良い人でも悪い人でも、人の命は一瞬で消えたりする。
人が死ぬのは当たり前だけれど、中学生の私は、その事実を目の当たりにした途端、全ての事に関心を持てなくなっていた。
私が何をどうしたって兄が戻る訳じゃない。
私が何をどう頑張ったって明日生きてられる保障はない。
そう考えたら食べる事さえどうでもよくなっていた。
さすがに心配した母親が、ある人を家に呼んだ。
それが兄の彼女、未知流さんだった。−
「トーコちゃん」
「ミチねぇ!」
「久しぶりだね」
「うん」
「ご飯は?」
「まだ。一緒に食べようと思って」
「じゃあ、飲みながら軽く頼もうか」
「オッケー」
−兄が亡くなったのに、ミチルさんはいつも通りに見えた。
だから、最初は口も聞かなかった。
けど、その週の土曜日、ミチルさんは大きな荷物を持ってきたのだ。
(今日からお世話になります)−
「一人暮らしはどう?」
「2年目だし、自炊も慣れたよ」
「じゃあ今度、トーコちゃんに持て成して貰おうかなぁ〜」
「私はミチねぇのチーズケーキが食べたい」
「よく作ったもんね」
「よく食べました〜」
−その晩、私とミチルさんは兄の部屋で寝る事にした。
(何か変な感じがするよ。ここにお泊りするなんて考えた事なかったし)
(…………)
(トーコちゃんが小さい頃"雷が怖い"って、ゴウちゃんの部屋に枕を持ってきてた話しを聞いた事があってさ)
(…………)
(あたしも雷苦手だから羨ましかったな)
(…………)
(…ミチルさんは…
お兄ちゃんが居なくても平気なの?)
(平気じゃないよ。
寂しいし、悔しい…。
でも、泣いたらもう認めるしかないじゃない?)
(…うん)
(言いきかせてるの。どこかで元気に暮らしてるって)
(そうだったら良いね…
たまに、世界のあちこち探したらお兄ちゃんに会えるんじゃないかって思う)
(トーコちゃん…)
(会えるなら見つかるまで探したいよ…)
−私達は認める事すらなかなか出来なかった。
そして、理解して受け入れるのにはもっと時間がかかった。−
「仕事はどお?」
「相変わらず楽しく働いてるよ。ミチねぇはナースって大変?」
「まあね〜。でも仕事はどれも大変だと思うし、大変だけど、辛くはないよ」
「そっか」
「…で?何か話したい事があるんじゃないの?」
「うん。お兄ちゃんの事なんだ」
「ゴウちゃん?」
「うん。ミチねぇは、今の彼と一緒にいて、お兄ちゃんの事思い出す時ってある?」
「んー…。思いがけない時にあるよ。
彼が漫画読んでたりするの見て、ゴウちゃんも毎週楽しみに読んでた漫画があったな〜とかね」
「それって…ずっと続くと思う?」
「今はわからない」
「そっか…。」
前彼を懐かしく思い出す事は私にもある。
けれど、愛おしく思い出す事はない。
まだ好きなのに別れた、という状況が無かったからかもしれない。
すっかり消化された気持ちは大して残らないけれど、片思いで終わった恋は、消化不良のもどかしさがある分、愛おしく思い出せたりする。
それと似てるのかな?
「ゴウちゃんの事、忘れられそうで怖い?」
「ううん。そんなんじゃないの。
少し気になっただけ。私の場合なんだかんだいっても家族だけど、ミチねぇにとっては、未来を描いた相手だった訳だし…」
「でもトーコちゃんは妹だからね。ずーっと」
「わかってる!」
私の事を妹だと可愛がってくれるミチねぇ。
その思いの中には、兄への気持ちも入ってる。
もしかしたら、いつか兄の事を忘れてしまいそうで怖いのかもしれない。
そう考えてしまう程、今が幸せであって欲しい。
−ピピピピ…ピピピピ−
「ちょっとゴメン。
もしもし…?ナズちゃんどーしたの?」
「うん。…うん。
私は大丈夫だよ。今ね、seabosにいるからおいでよ。…うん。はーい」
−ピッ−
「友達が来るって。
ミチねぇもうちに泊まっていくよね?」
「うーん…そうしたいんだけど、明日から日勤だからまた今度お邪魔するよ」
「そっか〜残念」
「その時はチーズケーキ持参してあげる!」
「やったね」
気になってた事は、聞く事が出来た。
でも、100人の恋人達がいたら200通りの愛し方がある様に、愛は奥深い。
恋人同士でもお互いの恋愛感を当て嵌めるのは、ほとんど不可能だ。
だから少しでも多く理解出来る様に、相手と沢山話す事は大切なんだと思う。
頭では解っているけど、自分の気持ちが一方通行のうちは、どうしても引きがちになってしまう。
彼はどこまで私を許してくれるのだろう…?
「トーコ!」
「ナズちゃんこっち」
「はぁー参ったよ。
階段の途中で終電行っちゃうんだもん。3階がホームって辛いわ…と…こんばんは〜」
「えっと、同じ職場のナズちゃん」
「よろしく〜」
「こっちは私の…」
「姉のミチルです」
「えっ?!トーコお姉ちゃんいたんだ?」
「まあね。何て言うか…後で話すよ」
「ごめーん。いきなり泊めてなんて。邪魔だったかな?」
「あ、気にしないで。
あたしは明日早いんで、退散しま〜す。
トーコちゃんからナズちゃんの噂は色々聞いてるんで、また今度ゆっくり」
「うわっホント?
トーコ、変な話しとかしてないよね?」
「さてどーでしょう」
「じゃあまたね!飲み過ぎない様に!」
「はーい。おやすみなさ〜い」
「ミチねぇ気をつけて」
「しっかりしてるね〜」
「ナズちゃんと1つしか違わないよ」
「1コ上か〜」
「ナズちゃんがね」
「え…。立場なしっ」
「どーする?」
「トーコんち直行〜」
「オッケィ。ナズちゃん運転ね。私は飲酒」
「自転車じゃーん」
「チャリも飲酒はダメなのよっ!」
「ホント??」
「確か…ね」
自転車だと10分ちょいの道のり。
近道は夜だと、街頭もコンビニも少ないから、いつも国道をひたすら真っ直ぐ通って帰る。
今日はナズちゃんに道案内をしながら近道コースだ。頼りになるのは自転車のライト、それに月明かり。
加えてナズちゃんの体力ってトコかな?
−ガチャ−
−パチン−
「適当に座ってて」
「おじゃましま〜す。
おっ。綺麗じゃん」
「昨日片付けたからね」
実は昨日、ミチねぇが来ると思い片付けたばかりだったのだ。
いつもが特に散らかってるという訳じゃないけど、本とDVDが半端なく散乱してるくらい。
後はテレビにベッド、パソコンにオーディオ。大きい物はそれだけ。
帰宅したらまず、パソコンを起動させる。
実家に居た頃は、細かい雑貨もごちゃごちゃあったけど、一人暮しを始めてからは、本とDVDにビデオくらいだ。
「またDVD増えた?」
「うん。増える一方」
「おすすめは?」
「どんな感じのが観たい?」
「ラブコメじゃない恋愛もので、少し切ない感じのがいい」
「何だろ…。
“スライディングドア”とか良いかも。
主人公の女性が、電車に乗れた運命と、乗れなかった運命の2パターンで話しが進んでいくの」
「面白そう!あ〜このパッケージね。そーいう話だったんだ」
ナズちゃんは普段あまり映画を観ない。
よっぽど気分がのらないと、寝てしまうからだと前に言っていた。
「かけていーよ」
「ダメダメ。お酒入ったらまともに観れないもん」
「じゃーお持ち帰りね」
「でもトーコにお姉ちゃんがいたのはビックリ。
割としっかりしてるし、ひとりっコだと思ってた」
「ミチねぇはお兄ちゃんの彼女だったんだ」
「ん??
お兄ちゃんの?だったって…元カノ?」
「んー…。正確に言えばお兄ちゃんからすれば彼女。ミチねぇからしたら元カレかな」
「意味わからないよ」
「私が中1の時、お兄ちゃん事故で亡くなったの。
その時付き合ってたのがミチねぇなワケ」
「そうなんだ…。
皆にはオフレコ?」
「そーじゃないけど、特に話す事じゃないし、改まって話されてもって感じじゃない?」
「じゃあ知ってるのはあたしだけ?」
「ミチねぇの事はそうだけど、お兄ちゃんの事はリューちゃんも知ってる」
「リューはよく相談のってくれるもんね。話した事は絶対他言しないし」
「うん。なんか皆のお兄ちゃんみたい」
「あたしの方が上なんだけどなぁ〜」
「ナズちゃんはマスコット的存在?」
「マスコットなんて犬みたいじゃ〜ん」
「違うよー。マスコットはアイドルじゃないと無理なワケよ」
「うまい!」
「私は…」
「私は?」
「自分の事ってよくわからないや」
−ピピッ・ピピッ…−
「メール」
「誰から?」
あっ。
「クマタンだ…。
‘もしかして、マキんちにゴッちゃん居る系?終電間に合わない感じだったのに戻って来なかったから、なんとなく聞いてみた’だってさ」
「鋭いな…。
ってか変じゃない?それなら普通、あたしにメールでしょ〜」
確かに変と言われれば、ここ最近の彼と私は変だ。
いつも通りに接してる様で、微妙に違う。
二つの平行線が、近付いたり離れたり。
‘うん。ナズちゃんはうちに来てるよ。’っと。
本当はもっともっと、彼に近づきたい。
平行な線は、重なってしまえば良いのに。
−ピピピピ…ピピピピ−
「もしもし…?」
《お疲れ》
「あれ?お疲れサマ〜
メール届かなかった?」
《きたきた。確認した瞬間リューとタケが、マキんち行くから電話しといてって出てった》
「クマタンは?」
《今日はちょっと?》
「ちょっと…か…」
《いや、変な意味はないから気にすんな?》
「うん…」
《…マキと話したい事、結構あるんだけど…》
「…うん」
《うまく話せなくて》
「うん…」
《今、PC立ち上げてる?》
「うん」
《じゃあさ、家着いたら呼んでも良い?》
「うん!あ、でも…」
《大丈夫。何とかなる。
二人はすぐ着くと思うし、あの3人なら、5人分は喋るハズ。
後、みんなには内緒な》
「わかった」
どうしよう…。
何を話されるのか不安。
未体験のシチュエーションに緊張。
それでも一番は嬉しい。
面と向かって言いづらい事…。好き…嫌い…。
違う。そんな話しはまだ不自然でしかない。たどり着いていないもの。
私が気にしてるのは、それ以前の問題。
「何だって?」
「ナズちゃん。
…嵐が来るよ?」
「へっ…?」
−ピンポーン−
「ほらねっ」
彼女を玄関に送ると、静かにPCへ視線を落とす。
とにかく、私は彼を待つ。何を聞いても受け入れるだけの覚悟は出来てる。
うん…。
きっと平気。




