~藤咲マミの視点 7
先生は腕組みをして私を正面から熱心に見ている。
さっきからずっとそうだ。
なんだかなぁ。
多分、他の人から見ると私が問題を起こして怒られているように見えるだろう。
「ケーキは?」
まるで、不要物を持ってきた生徒を責めるような言い方で先生は言った。
私は淡々と返す。
「ありません」
このやり取りも、もう4回目だ。
先生はいつもよりもずっと落ちついた声で、また同じやり取りを繰り返そうとする。
「じゃあ、クッキーでもいいけど」
「ありません」
「じゃあ、今日はなに作ってきたのよ」
「ケーキです」
「頂戴よう」
「ありません、もう食べました」
先生は両手を目元に当てる。
そのまま、上目遣いで私を見た。
「泣くよ?」
「どうぞ?」
「……しくしくしく」
「……わざわざ口で言わないでください」
いくら泣きまねと言っても、さすがにそれはないと思う。
私はなるべく優しい声で言ってあげた。
「先生、いつもよりうっとうしいです」
加藤先生はピタリと泣きまねを止める。一応、私の声は聞こえてはいるようだ。
さっきのように腕組をした体勢に戻って、同じように責めるような口調で私に話しかける。
「せっかく私が、この水出しコーヒー機を使ってコーヒーを淹れたのに」
先生の背後にそびえ立つ、ガラス製の科学実験器具のようなもの。すくなくとも1メートルはあるだろうか、今日はそれでコーヒーを淹れたらしい。
「こんなもの、どこから買ってくるんですか」
「オークション」
そのコーヒーに賭ける情熱はどこから買ってくるんですか。
「しかも、豆は有名ブランドでマニア間でも話題沸騰中の超高級品」
それを聞くのも、もう4度目くらいです。というか、話題って沸騰するんですか。
加藤先生はヒマワリの絵柄のコーヒーカップを手に取る。
湯気が出ているコーヒーカップの中身を見て(水出しコーヒーだと言うのに、先生はわざわざ暖めなおしたのだ)先生は力強く頷いた。
「この一杯を淹れるのに何時間かかったことか」
「何もわざわざ、そんな時間のかかる方法で淹れなくても」
加藤先生は私の言葉を無視して、先生はカップを顔に近づけて優雅にコーヒーの香りをかいだ。そして、忙しくて今まで三日くらい寝てなくて今ようやく眠れたような(私自身に経験があることだったりする)そんな顔をした。もはや、その顔は『うっとりしている』の一言では片付けられない。
わずかにコーヒーを口に含み、目をつぶって味わう。ゆっくりとそれを飲み下した。
一気に加藤先生は眼を開く。
「なんてことなの、このコーヒーにケーキが付いていないなんて!?」
いい加減うるさい。
さっきからこの調子だ。これではカウンセラと言うより、酔っ払いの方がしっくりくる。
もしかしたら加藤先生はコーヒーで酔うのかも知れない。うん、その可能性は高そうだ。きっと、先生にとってカフェインが麻薬と同じ働きをするんだ。
「違います」
先生は突然断言した。
「先生。私、まだ何も言ってません」
もちろん、加藤先生は私の言葉に耳を貸さない。
先生はカップを持っていない方の拳を握り締めた。同時に強く歯を噛み締める。
「私はね、あなたが今日はケーキにするといったからこそ、この完璧なコーヒーを用意したのよ。これで完璧なコーヒーブレイクを楽しめると思ったのに」
「そんなもの学校で企画しないで下さい」
「ああ、信じていたのに。まさか、教え子に裏切られるなんて」
「裏切ってません」
淡々と私は先生に返す。
今度は、私から顔をそらして横目で睨みつけてきた。完全にふててるのがわかる。
「ふーんだ、いいよぅだ。もういらないもん」
そのまま先生は小声でボソッと言った。
「どうせ八賀谷君と一緒に食べちゃったんでしょ」
「どうして!」
私は席から立ち上がった。
加藤先生の動きが停止して、少しづつ私の方へ顔を向ける。
だんだんと目が細くなって、口が三日月を形作っていく。
「あらあ、そうなの。仕返しにからかおうと思って、適当に言って見ただけなのに」
しまった、私としたことが!
「ああ、なら仕方ないわね。うん、なら仕方ないわ。あ、藤咲さんもコーヒー飲む?さっきから言ってるけど今日は奮発したのよぉ。そういえば冷蔵庫にかぼちゃプリンがあったから、一緒に食べよっかぁ」
加藤先生の態度がいきなり優しくなる。そのまま先生は冷蔵庫に向かっていった。
自分の顔から血の気が引いていくのがわかったけど、今さらどうしようもない。もう後悔しても遅いんだ。
加藤先生が綺麗に皿に盛られた、かぼちゃプリンを片手に満面の笑みで私に近づいてくる。
そして、私の耳元でこうささやいた。
「で、なにがあったの?」