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いつもどこかズレタセカイ ~人喰い  作者: 裃 左右
『非日常』は『日常的』から
10/39

~藤咲マミの視点 4

加藤先生は新しく紅茶を入れる。今はお昼休みでお昼ご飯を食べ終わった私たちは、一緒に私の焼いたクッキーを食べる約束をしていた。

「さっきから楽しそうね、藤咲さん」

「そうですか?」

そう言いつつも、実は自分でも機嫌がいいのがわかっていた。

久しぶりに、あったかい気持ちになれたのだから。

でも、本当はあまり彼に期待しないほうがいいんじゃないか、とも思っている。

また、裏切られるかもしれない。

裏切られるもなにも、彼女たちにその気は一度もなかったのだろうけど。全部、勝手に期待した私が悪いのだ。

最初からわかっていた、それでも私は期待せずにはいられなかったのだ。

もしかしたら、いつかは私の気持ちをわかってくれるんじゃないかって。

私は彼女たちに期待し過ぎた。だから、私は駄目になってしまったのだろう。

相手に配慮するばかりだった。

相手の考えをわかろうとするばかりだった。

自分から言わなきゃいけなかったのに。

例え、拒絶されるとわかっていても。

でも、今さら勇気を出せなかった私は殻に閉じこもるしかなかった。

もう、それは仕方ないことなのだと諦ようとしていた。それでも諦め切れなかった私。

いつも、すこしづつ知らないうちに相手に期待してしまう。それが私。

先生が私の前に紅茶を置いた。

「楽しそうなのはいいけれど、紅茶飲んでくれると嬉しいな」

「はい、先生」

私は鞄からクッキーの入った袋を出して広げた。

アーモンドと栗の入ったチョコクッキーと、蜂蜜と紅茶の入ったバニラクッキーの2種類。

先生は両手を体の前で合わせて「いただきまーす」とわりと礼儀正しく言った。

そうしてすぐ嬉しそうに手を伸ばす。

でも、私はクッキーにも紅茶にも手を出さない。

なぜだろうか。私の彼に抱く思いは期待じゃない気がする。

なんというか彼は、私とは別の世界の人だ。

多分、私の考えともまるで違う考えを持っているんだろう。

もし彼に、私自身の気持ち素直に言っても絶対にわかってくれないだろうし、それどころか拒絶もしないのだろうな。

私にはなぜかそんな確信があった。

これでは私は、彼に期待は出来ないはず。

ここで不思議なのは、例え彼にそうされても私は傷つかないだろう。と言うことだ。

では私は彼に何を求めているのだろうか。それは、理解ではないと思う。

「先生」

気が付くと、私は加藤先生に声をかけていた。

先生がクッキーを、大きく開いた口にほおり込みながら返事をする。すこし、かっこ悪い。

「ん、なーに。あ、クッキーだったらね。むちゃくちゃ美味しいよ」

「そうじゃなくて」

「なぁに?」

「これは仮定の話なんですけど」

私は息を吸ってから言葉を続けた。

「自分を理解して欲しいと願っていた人物が居るとしますよね。その人物が、絶対に自分を理解出来ない人間に出会って、なのにその人物に興味を持ってしまったとしたら、なにか理由があるんでしょうか?」

一息で言った私は、止まって息を吐いてようやく落ちついた。早口すぎたかもしれない。

それを聞き、先生は首をかしげた。

だがそれも一瞬のことで、かしげた後すぐに上を向いて考えはじめる。

今の質問はひどくわかりにくい言い方だと自分でも思ったのだけど、カウンセリングに慣れている先生にとってはたいしたことでもなかったようだ。

上を見たまま、そのままの状態で先生は言う。

「要約して、相手が自分を理解してくれないのはわかってるけど、その人のことが気になる。でいい?」

「……はい」

「そうねえ。一概には言えないけど、もしかしてその人物って『他人に理解してもらうためには、まず自分が他人を理解しなければならない』とか思ってたりしたのかしら」

言われてみればそうなのかもしれない。

私は頷く。

「そうかもしれません」

先生は神妙に何度も頷いた。

「それで、努力に努力を重ねて他人を理解した結果。他人は絶対に自分を理解できないって、わかっちゃったりした?」

そんなこと、考えたこともなかった。

それでも、先生の言葉には自分でも気付かなかった真実がある気がした。

「……もしかしたら」

私はうつむきながら返事をする。

それでも、その人物は他人に期待せずにはいられなかったのだろうか。

いや違う、諦めきれなかったんだ。わかりたくなかった、わかろうとしなかった。

それが事実なら、自分の願いは叶わなくなってしまうから。

「じゃあ、きっとこうかな。その人物にとって、その人は初めて見た人間だったの」

先生の言うことの意味がわからない。

よほど私はその言葉を聞いておかしな顔をしていたのだろう。私の顔を見た先生は、楽しそうに笑った。

「つまりね、その人物は初めて相手を理解できなかったのよ。どれだけわかろうとしても、わかることのできない人間。その人にとって、その人間はそんな人物だったのよ、きっと」

私は、先生のその言葉を理解するのに時間がかかった。

他人を理解しようと決めていた人物が、理解できない人に出会ってしまった。

だから、理解したい?

なるほど、そうなのかもしれない。

確かに、彼は私の言ったことになにも言わないかもしれない。それ以前に彼は、どんなことを言葉を言うかわからない、どんな行動をするかわからない。そんな感じがあった。

それを踏まえて、私は先生にさらに尋ねる。

「その人はどんな人だと思いますか」

「興味を持った人物、興味を持たれた人。どっちのこと?」

先生はクッキーが大量に入った口で返事をした。なんか、きたない。

興味を持った人物、つまりは私。興味を持たれた人、つまり八賀谷君。どちらを私が気にしているのかなんて考えるまでもない。

私はなんとなく先生の食べ方に困りながらも、言葉を返す。

「もちろん、興味を持たれた方です」

先生は紅茶を飲んで、一息ついた。

「うんとね、あくまで多分よ?多分、その人はね。他人を理解しようとしない人なんでしょう。そもそも、理解する必要があるとも思ってない人なのね。それは、他人を理解しようと思わなくても、他人のことで必要なことはわかる人か、もしくは、単純に他人がどうでもいいか。そのどっちかなんでしょう」

単純にそれを受け取ると冷たくて、空気の読めない人ってことになる気がする。

「……なんでそう思うんですか?」

「他人を理解しようとする人にとって、一番理解できない人はどんな人か、って考えてみただけ」

「……でも、他人を理解しようとしない人なんていっぱいいると思いますよ?」

世の中の人、大半そうだと思う。

誰一人、周囲の人がどんなことにどれだけ苦しんでいるのか、関心なんて持たない。

「それは他人を理解出来ない人でしょ。正確には、他人を理解してないくせに、自分は他人を理解していると思い込んでいる人、かな。勝手にこの人の苦しみはこれくらいだろう、って考えて、自分の苦しみよりたいしたことはないって思う、みたいな?」

「なんとなくイメージはわかりますけど……」

「ああ、自分の苦しみなんて他の人に比べたら……って言う人も、結局は他人を理解してないに等しいけどね。そもそも、苦しみを度合いとか数値で測ろうってのが間違いだし」

「そうなんですか?」

「目に見えない物を定規で測るようなもんでしょ?しかも、その定規は自分一人の価値観、経験論。その上、その時の気分や体調で伸び縮みする。究極的に、その人の苦しみはその人にしかわからないんだから」

「カウンセラする人が他人の苦しみはわからない、って言うのはどうかと」

「それを踏まえた上で、現実として何が出来るか、がケアだと私は思っている。ただ聞くだけってのも立派な手段だし、ね。理解しろとは言わないけど」

「はあ」

先生の話は要領を得ないように思うことも正直多い。単純に私の価値観にそぐわないってだけのことなんだろうか、それとも私の理解力が低いのか。

「話を戻すけど、私が言いたいのはその人は他人を理解できるけど、わざわざ必要以上に理解しようとは思えない人ってこと。……論理的判断によるものなのか、感情的判断なのかはわからないけど、最終的にどちらも変わらないと私は思う」

……それは、つまりそれはどういう人と言うことなんだろう。

八賀谷君は他人を理解しようとしない人ってこと。さらに突き詰めると八賀谷君は他人を理解する必要がないから、理解しようとしない。だから、私は理解できない?

なぜなら、私にそんな部分は無いから。

うーん、なんとなく先生の言ったことに一理ある気がする。

だけど、それが完全な答えだとは思えない。

なんというか、イメージがあやふやなのだ。先生の言ったことだけでは彼という人間を思い描けない。

それでも、思うのは彼はどこか作り物めいているように思うということ。

別に誰とも仲良くしたいと思わないけど、それでもあえて親しそうに話す、とか。別に期待も何もしていないけど、とりあえず親切にする、とか。そういう部分があるように見ていて思うのだ。

そう言えば誤解されそうだけど別に悪いことはしていない。むしろ他の人からすればいいこと、と言うか、損か得かで言えば、得……だろうか?

感情と行動を切り離している、そんな感触。

きっと、そんなことをする人は他人に裏切られるとか自分から気持ちを言うとか、ましてや他人に期待するなんていうそんな小さな考えから突き放した所にいるのだろう。

他人に理解して欲しい、そう思う私はそうされない時、裏切られたように失望する。とても勝手に。他人に理解して欲しい、そう思う私は他人に期待しているに他ならない。相手に見返りを求めているのだ。

「私は貴方を理解してあげてるんだから、貴方もそうしなさいよ」と。

彼はそんなのと無縁なら、私とは理解しあえない。私は理解できないだろう。

いや、そんな人は誰とも理解しあわない。と思う。

だって、そういう部分って誰にでもあると思うから。

彼は私の同類じゃない、私も彼の同類ではない。そんな人に馴れ合える人はいない、理解し合える人もいない。

仮にいたとしても、それは偽りなんじゃないか?

偽りの中では人は独りだ。

そう、独り。

独り。

ああ、彼は独りなんだ。

私はなんとなく胸を左手で押さえる。

これは、なんなんだろう。この気持ちは。

なんだか、胸が暖かい。

私は自分の考えに浸って、クッキーにも紅茶にも手を出すことはなかった。

「あら、おしゃべりは終わり?」

私は先生の言葉に無言だ。

先生が寂しそうな顔をする。

仕方なく、先生はまた一人でクッキーを食べ始めた。

そして、そっと呟く。

「なんか、一人で本当に楽しそうね。先生、寂しくなっちゃったわ」

部屋には、先生がクッキーを食べる音だけが響いた。


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