「お父様、私を勘当してくださいな!」
私がその景色を忘れることはないだろう。
うなされるほど夢に見た、彼が死するその瞬間を。
「ルカぁっ!!」
今まさにその光景が目の前で起きようとしている。ミノタウロスの大斧が彼の前で振り上げられ、彼の後ろには少女が一人庇われていた。
彼がいかに優れた魔法騎士であったとしても、少女を庇ったままでは得意の風魔法を使う余力なんてないだろう。
だから私は叫んで、そのままミノタウロスと彼の合間に滑り込み、持っている盾で斧の切先を受け止めた。
この瞬間のために私は生きてきたんだから、受け止めた斧の重さと勢いで折れた腕なんてなんでもない。
確かに耳に響いた骨の折れる音と泣き叫びたいくらいの強い痛みを感じながら、それでも私は彼を護り続ける。
たとえこの目で今まさに、走馬灯が映っていても。
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「お父様、私を勘当してくださいな!」
片田舎のカリスと呼ばれる領地から首都であるラザニーのタウンハウスに越してきたその日、幼い私は家に帰るなり家族が揃う居間でそう言い放つ。
「な…何を言い出すイザベラ!」
しかし当然お父様は怒って私にそう返した。それもそうだろう、たった六歳の令嬢がいきなり親に向かって「勘当してくれ」だなんて、私が親でも卒倒しかねない。
だけど私はその反応を承知でこの話を切り出した。何故なら私はあることをきっかけに自分の“前世”というものを思い出したからだ。
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それはつい十五分程度前のこと。私は家族と共に引っ越してきたタウンハウスでやることもなく暇を持て余し、こっそりと引越し作業を進めるタウンハウスを抜け出して散歩をしていた。
しかし六歳児が早々帰り道など覚えていられるはずもなく、案の定帰り道がわからず彷徨ってしまったのである。
半べそをかきながら通りを彷徨っていると、何やら立ち止まっている人間を見かけた。相手はどうやら道に迷っているというわけでもなさそうだったので、何か知ってるんじゃないかとその時の私は思っただけ。
「あの…」
そう小さく声を相手にかけた時、振り返った彼の姿を見て私の脳は弾けたように前世の記憶を解き放つ。
確かに、声をかける人間は本能的に危なそうでない人間を選んだつもりではあった。本当にただ帰り道を知りたかっただけで、それ以上に何か意図があったわけじゃない。
でも目の前にいたのは、私が前世の人生で最も推していたキャラ——『神託の剣』というタイトルの少年漫画に出てくる脇キャラ、ルカ・キャリントンその人だった。
私の前世は、転生ものにありがちな日本のあるブラック企業に勤める限界営業課の事務担当だったけど、まさか本当に転生するなんて。
転生前の名前は片桐瀬名。そして滅多にない休みをようやく手に入れたある日、私は公園から飛び出した子供をトラックから護ろうとして背中に衝撃が走ったところまでは…一応思い出せる。
その時私は死んだのだろうと思うと、せめて助けた子が生きていることは祈りつつ…問題は目の前に居る本編よりまだ幾分か若い推しのこと。
週刊発売の雑誌で連載されていた『神託の剣』は、文字通り国に仕える聖女であるヒロインが神託を受けて主人公である勇者を探し出し、魔族の侵攻を抑えるため仲間と共に魔王の住まう城を目指す…という物語。なんとも触りはありきたりだけど起伏の差がうまく面白い漫画だった。
そしてその中で私の推しであるルカ・キャリントンは、王国騎士団団長…の弟で副団長というなんとも地味な立場。しかし作中ではその冴えた頭脳を発揮させ、旅に出ている勇者パーティの一人と深い間柄であることもあり出番が少ないわけではなかった。
そう、あの時までは。
「どうした、迷子か?」
「!」
自分から声をかけたというのに、彼が振り返ったその衝撃で固まってしまっていたことに気づく。
作中では確か二十七歳だけど、いまイザベラの体は六歳だから、ざっくり計算して今は本編の十年くらい前か…そうなると相手はまだ高校生くらいなんだな。
それでも、長く目にかかったプラチナブロンドの前髪とその奥にある細く垂れた目元で光る新緑の瞳は変わらない。
相変わらず生きてるだけで綺麗な人だな…と思っていると目の前のルカ…さんが私と視線を合わせるようにしゃがんでくれる。
「見かけない顔だな…名前は?」
「い、イザベラ・アンブローズです…」
「アンブローズ? あぁ、確かこのあたりに越してくると申請があったな。家がわからないのか?」
「はい…」
視線が同じ高さになった分、さっきよりも近くで彼の前髪の奥にある新緑の瞳がちらちらと視界に入ってしまって、いやでも心臓が大きく音を立ててしまう。
あぁ、すごい…と確かに思ってしまった。目の前の存在が直感的に“コスプレじゃない”ってわかってしまうと心が弾むほど感動してしまう。
だけど、
「家まで送ろう。あのあたりは少し裏に入っていく道を使うから、子供だけでは危険だ」
「え、そんな…」
「気にしなくていい。あぁ…自己紹介がまだだったな、僕はルカ・キャリントンと言う。この辺りを見回っている騎士だ」
「ルカ…さん」
改めて彼の名前を聞いて、私は少し絶望した。記憶が蘇ったその瞬間から、今見ているこれが夢であったらとか、彼が他人の空似だったらいいのにとか、そんなことを心のどこかで考えてしまっていたから。
「じゃあ行こう。今頃ご両親も探しているだろうから」
「…ありがとうございます」
それなのに私は、差し出された彼の手を取ってしまった。固くて力強くて、剣のタコのようなゴツゴツがたくさんついた彼の手を。
だけど私は、イザベラ・アンブローズは勇者たちの冒険を妨害する悪役令嬢であることを。
そして彼は、作中半ばである少女を護って死んでしまうのだと…私は知っている。
なら私は、どうしてこの記憶を取り戻したのだろう。
****
「理由も話さないというのに勘当もなにもあるわけがないだろう。急にどうしたんだ」
「私は家を出て騎士になりたいのです。今日決めました」
あの漫画は、ルカさんは私の中でずっと生きていく希望になってくれていた。毎週深夜のコンビニであの漫画を読むことが少ない楽しみだったから。
異世界転生ものの定番といえば、やはり運命の改変。そして基本的に物語は大きく変わらなくとも悪役令嬢に転生したら本来の役割から外れ生き延びるために奔走する。
もし本当に私に私の運命を変える力があるならば、私はこの悪役令嬢という立場を一介のモブにまで貶めてでも彼を護るために奔走してみせようと心に決めた。
「そんなことは駄目に決まっているだろう。騎士など危険なばかりだし、野蛮な連中も多い。何があったらそんな場所にお前を送ろうと言うのだ」
しかし口頭一番の交渉は失敗。まぁわかってはいたけど。
何故なら、騎士は一部の家系を除いて貴族としての身分を持ったままなることはできないからだ。
この国で騎士は平民より地位が低い。それは決して平民より貶められているのではなくあくまで騎士として国に住まうすべての民を支え、護るという名目の問題。
そして騎士団の入団には必ず“従士”と呼ばれる見習いから始まる。うまく騎士に成り上がり、さらに昇格すればその分いい暮らしができる…という仕組みだ。
ただこの従士というのは試験にさえ合格できれば平民でも貧民でもなることができて、最低限の衣食住は確保してもらえる。なので野蛮な輩も少なくないし、この世界がいくら少年漫画の世界だからって犯罪は多いし、魔族という異形と戦うのも騎士の仕事だ。それはどう考えたって危ないし、死なないなんてこともない。だからお父様が嫌がるのも頷ける。だけど、
「私はお父様が許して下さるまでここを動きません!」
「何を言っているんだお前は。そもそも騎士になりたいという理由はなんだ?」
「それは…言えません。言ってはならない呪いなのです」
譲らない私に対するお父様の怒りはわかるけど、こればかりは言う気にもなれない。
だって「実は異世界人なんです」なんて言っても証明できるものがないし、それを証明できたところで六年手塩にかけて育ててきた娘をおいそれと戦場に繋がる場所になんて出しはしないだろう。
そもそもこの世界は少年漫画だなんて誰が信じるんだろうか、この世界にまず漫画がないし。日本ではアニメになったくらい人気の作品なのにな。
よく考えたらルカさんの声優さん、一番好きな人だったんだよね…まじで運命感じた。私はこの人を好きにならないではいられなかったんだなって。
「呪い!? 何事か! 呪術師の仕業なのか!?」
「違います違います! これは私が自分自身にかけてしまった呪いなのです!」
そう、だからこの道を選ぶことは呪いなんだ。
私が私にかけた、虚しさを抱えて走る呪い。
「何を伝えたいんだお前は…」
「騎士としての道を歩むことをお許しいただきたいということが伝えたいのです」
「…」
そこでお父様は黙り込む。そこに代わるようにしてお母様とお兄様が話に入ってきた。
「イザベラ、それはどうしてもやらなければいけないことなのかしら?」
「そうだよ。イザベラは女の子なんだ、騎士なんて汚くて危ない仕事は当人たちに任せておけばいい」
「女性にも騎士の方はいます」
「それは平民上がりばかりじゃないか」
「そういう問題じゃない!」
お兄様の言葉に、思わず声を荒げてしまう。だけど、そういう問題じゃない。私には誰かに明け渡したくない願いがある。
「私がやりたいんだ! 私が、私があの人を護るんだ!」
この世界で私だけが、あの人を死から遠ざけられるかもしれない。
漫画として俯瞰的に見ていた私なら、あの人を救えるかもしれないなら。
もし、もし本当にそうだったら私が迷ってる時間はない。立ち止まってる時間はもっとないんだ。
だってあと十年しかないんだから。
「ごめんなさい。お父様、お母様、お兄様…私にはこの命に代えてでもやらなければならないことがあるのです。そしてそれは、私自身がやりたいと決めたこと」
「…それはなんだ、イザベラ」
もう一度口を開いたお父様は、私を諭すようにも聞こえる声で問うてくる。私はそんなお父様の目を見て口を開いた。
「私には絶対に助けたい人がいます。今のままの私ではその人は死んでしまうから、私は騎士となってその人に最も近いところに行かなければならない」
「それは未来視か?」
「似て非なるものですが…説明をするのは難しいです。ですが私は一刻も早くその方のそばにあれる私でなくてはなりません」
「…」
私の言葉にお父様は考え込むように黙り込む。お母様とお兄様はまだ困惑した表情を隠せないままこちらを見ていた。
訪れる沈黙に私はごくりと唾を飲む。そのまま固まった空気に耐えていると、やがてお父様が口を開いた。
「四年だ」
「四年?」
「騎士団への入団希望を出せるのは十歳からだ。それまでにお父様を納得させられたら考えよう」
「お父様!」
安堵と興奮で私は大きく息を吸う。心がぱぁ、と明るくなるのを感じたけど、お父様は厳しい表情のまま言葉を続けた。
「しかし、しっかりとこちらが頷ける結果を出しなさい。鍛錬を怠るなんてもってのほかだ」
「わかっています」
私はお父様の言葉に確かに頷く。お父様の言葉は何も間違っていないし、私が騎士団に入った瞬間実家からの援助は考えないで生きなくては。
しかし私たちの会話に割り入るようにお母様が立ち上がる。
「待ってくださいあなた、私たちのかわいいイザベラをあんな野蛮で危険な場所に送ろうなど信じられません!」
「だからこそだ。結果が出せないのであれば向かわせはしない」
お母様もやっぱり心配だよね、とは思う。
従士になりにくる平民や貧民なんて、みんな食い扶持がないからやってくるようなものだ。だから当然やばいやつだっていっぱいくるだろう。
しかし従士のうちに受ける訓練は厳しく、入団したほとんどが一年としないうちに去っていく。その上で規定の年数内に騎士に昇格できなかったら追い出される仕組みだと漫画には書いてあった。
色んな意味で危ないのも本当だし、実力しか認められない世界なのも本当。それがこの国の騎士の世界。
「では父様の言う条件とはなんなのですか?」
ふとお兄様がお父様に問う。でもお父様は静かに首を横に振るばかりだった。
「それは言うべきことではない。条件さえ満たせばいいというものでもないからな」
それもそうだ、そう私は内心で納得する。言われたことだけできたって、きっと私のやりたいことはできない。私はこれからたくさんのことを学ばなくてはいけないんだ。
「わかったならこの話はここで終わりだ。全員荷解きに戻るように」
そう言って最初に立ち上がったのはお父様で、その次に私が部屋を去る。
ただ一人、お母様だけが納得できない様子でそこに立っていて。私はそれに内心で謝りはしても足を止める気にはならなかった。
みなさん初めまして、もしくはまた会いましたね
三日月深和でございます
新連載始まりました、今回は話のケツまですでに書き切っているので期間限定の駆け抜け掲載です
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