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異世界ビール物語~醸造家の異世界転生~  作者: 麦汁酵生


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第十九話 深き褐色は不屈を満たす、冬籠りの強き酒 ―ドゥンクレス・ボック―

 Rauchbierが村の夜を守るようになってから、グランエッジの冬は一段階、静かになった。


 恐れが消えたわけではない。


 見張り火にRauchbierを垂らした時に立ちのぼる燻香は、たしかに黒い揺らぎや魔の気配を遠ざけた。村人たちは夜の巡回に出る前、少量のそれを飲み、寒気と緊張を押し返す術を得た。戸口に置かれた火鉢にも、見張り小屋の焚き火にも、ほんのわずかにその酒が使われるようになり、グランエッジの夜は“煙の守り”に包まれ始めていた。


 だが、冬そのものは容赦しない。


 山は白く閉ざされ、朝になっても光は弱い。畑は眠り、沢は薄氷をまとい、山道は踏み固めた雪の下に隠れる。人も獣も動きが鈍り、力仕事は少しの無理でも身体に響く。


 寒さは、刃物のように一度に襲ってくるものではない。


 毎日の小さな消耗が積もり、骨の芯から人を削っていく。


 Märzenはその“削れ”を支えた。Rauchbierは夜の守りを与えた。


 だが、それでも冬の真ん中に入ると、村人たちの顔には別の疲れが浮かび始めていた。


 力が戻りきらない。


 食って寝ても、深いところが埋まらない。


 疲労や冷えが、身体の底に沈殿していく。


 その変化を、醸は酒蔵の出入りだけではなく、人々の歩き方で感じ取っていた。


     


 その日、朝から雪が降っていた。


 細かい粒の雪が、風に押されて斜めに舞っている。酒蔵の屋根にはすでに厚く白が積もり、入口の周囲だけが人の往来で踏み固められていた。


 醸が樽の様子を見ていると、小屋の戸が勢いよく開いた。


「カモス!」


 レティシアだった。頬を赤くし、外套に雪を載せたまま、珍しく強い足取りで入ってくる。


「どうした」


「東の斜面で薪運びをしてた若い衆が一人、倒れた」


「怪我か?」


「大怪我じゃない。でも立てなくなった」


「連れてきたのか」


「今、広場の集会所に運んでる。意識はあるけど、寒気が止まらない」


 醸は即座に動いた。手近な棚からMärzenの小樽と、基本のラガーを一本ずつ抱える。


「まずはそれで様子を見る」


「来て」


 雪を踏みながら集会所へ向かう途中、レティシアが短く言った。


「最近、増えてる」


「何が」


「こういうのよ。倒れるまでは行かなくても、“動けるけど重い”って顔が多い」


「……やっぱりな」


 予想はしていた。


 冬の消耗は見えにくい。血が流れるわけでも、骨が折れるわけでもない。だが、寒さの中で働き続ければ、体力も気力も少しずつ剥がれていく。Märzenはよく効いている。だが、あれは“整える酒”だ。毎日の支えとしては優れていても、すでに深く落ち込んだ状態を一気に引き上げるには、もう少し別の力が必要かもしれない。


 集会所に着くと、若者が毛布にくるまれて寝かされていた。名前はヨルグ。貯蔵穴の整備や樽運びでもよく働いていた、まだ二十にも届かぬ青年だ。顔色は悪くないが、歯を鳴らし、腕に力が入っていない。


「息は?」


 醸が老婆に訊く。


「浅いが安定してるよ。命に別状はない」


「熱は?」


「高くはない。むしろ冷えが深い」


「凍えの蓄積か……」


 醸はまず基本のラガーを少量温め、少しずつ飲ませた。浅い傷や突発的な疲労には相変わらずよく効く。ヨルグの指先に少し血色が戻る。次にMärzenをぬるくして口に含ませると、震えはわずかに収まった。


 だが、それだけだった。


 “戻ってきている”感触が薄い。


 表面は持ち直しても、その下に沈んだ疲弊が動かない。


 ヨルグは申し訳なさそうに笑った。


「すみません……少し休めば動けると、思ったんですけど」


「謝るな」


 レティシアがきっぱり言う。


「倒れる前に言いなさい」


「でも、みんな働いてるのに」


「だから言いなさいって言ってるの」


 そのやり取りを聞きながら、醸はヨルグの額に触れた。


 熱ではない。けれど、芯がすっかり削れている。体力だけでなく、身体を支える“深い蓄え”が落ちているような感覚だ。


「……足りないな」


 醸は小さく言った。


「何が?」


 ミーナが、集会所の奥から顔を出した。どうやら魔力感知で様子を見ていたらしい。


「今の酒じゃ、届く深さが足りない」


「Märzenでも?」


「Märzenは優秀だよ。でも、毎日を支える酒なんだ。こういう“深く落ちた消耗”には、もっと濃くて、もっと芯を押し戻す酒がいる」


「濃い酒……」


 ミーナが嫌な予感のする顔をした。


「また強そうなの考えてる?」


「考えてる」


「やっぱり」


 レティシアが腕を組む。


「どんなの」


「ボック系だな」


「ぼっく?」


「冬向きの、麦芽をしっかり使った強めのラガー」


「また長い」


「今回はその中でも、Dunkles Bock」


「……もっと長い」


「慣れろよ」


「慣れる前に新しいのが来るのよ」


 醸は苦笑したが、頭の中ではすでに組み立てが始まっていた。


 Dunkles Bock。


 濃色で、麦芽の量感があり、パンの耳、軽いカラメル、ナッツ、時にほのかな干果実を思わせるような厚み。単なる重さではなく、“養うような濃さ”がある。Märzenよりさらに一歩深く、身体の底に残る酒だ。


 この世界の神麦なら、きっと何かしらの形で“底力”を引き出す酒になる。


「作るの?」


 ミーナが訊いた。


「作る」


「今すぐ?」


「今すぐだ」


「休みないね、ほんと」


「冬が待ってくれないからな」


 その返答に、レティシアは呆れながらも止めなかった。


 それどころか、少しだけ真剣な目で頷いた。


「必要なら、やるしかないわね」


     


 Dunkles Bockの仕込みは、これまで以上に神経を使った。


 単に濃くすればいいわけではない。


 濃いだけの酒は、身体に重い。甘すぎればくどくなる。焦がしすぎれば雑になる。必要なのは、“強さ”と“滑らかさ”の両立だった。


 神麦の一部をいつもより深めに焙燥する。だが黒くはしない。目指すのは焦げではなく、よく焼けたパンの皮、軽いカラメル、煎った穀物の香ばしさ。色は濃い褐色へ寄せるが、シュバルツのような黒の方向ではない。


「今回の香り、前より甘い」


 ミーナが焙燥した麦芽を手のひらに載せて言った。


「でも、重い甘さじゃない」


「そこが大事なんだ」


 醸は砕いた麦芽を見つめながら答える。


「どっしりさせるけど、飲みにくくしない」


「難しそう」


「難しい」


「最近いつも難しいって言ってない?」


「だんだん奥に入ってきたからな」


「最初から奥じゃなかったの?」


「最初は入口だよ」


「ビールって怖い」


 レティシアは大鍋の湯加減を見ながら眉を寄せる。


「これ、酒っていうより食べ物に近づいてない?」


「ある意味では近い」


「ある意味?」


「液体のパンって昔から言われたりもする」


「ほんとに?」


「ほんとに」


「じゃあますます変な世界ね」


「ビールの世界は昔からそうだよ」


 糖化の工程では、湯気そのものが前より濃密だった。香りはMärzenよりさらに深く、焼きたての黒パン、麦飴、ほんの少しの木の実。身体の中に沈んでいきそうな温かさがある。


 醸は何度も麦汁を口に含み、甘みの輪郭を確かめた。


 神麦の持つ自然な力が、今回はいつもより強く出ている気がした。麦汁の表面には、褐色がかった金の光が浮かぶ。まるで夕方ではなく、夜へ入る直前の炉火の色だ。


「今回の光、火そのものみたい」


 ミーナが呟く。


「うん。いい傾向だ」


「効能、どうなると思う?」


「単純に考えれば、“深い疲労の回復”だな」


「深い疲労?」


 レティシアが繰り返す。


「表面じゃない疲れだ。連日の寒さ、重労働、眠っても抜けない消耗。そういうのを押し戻す」


「Märzenより強く?」


「強く、でも違う方向で」


「違う方向?」


「Märzenは整えて支える。Dunkles Bockは、沈んだ芯を持ち上げる」


「……それ、本当に今欲しいやつね」


「だろ?」


 今回、醸は発酵にもいつも以上に気を遣った。


 強い酒は少しの乱れが大きく出る。雑味が出れば全部が台無しだ。温度を見誤れば甘さがくどくなる。だが低温を保ちすぎれば進みが鈍る。この世界の即席設備では本来かなり難しい領域だが、沢水と石室の組み合わせに加え、ミーナが温度安定の補助魔法を使うことで、どうにか狙いの線に乗せていく。


「なんか、私、最近ビールのための魔法使いになってない?」


 ミーナが石室の前で頬を膨らませる。


「重要な役職だぞ」


「もっとこう、すごい感じの呼び方ない?」


「発酵守護官」


「うわ微妙」


「じゃあ温度の賢者」


「ちょっと好き」


「だろ」


「でも結局やってること石室の温度管理なんだよね」


「すごく大事だぞ」


「わかってるよぉ」


 そのやり取りに、レティシアが珍しく声を立てて笑った。


 冬は厳しい。だが厳しいからこそ、こうした小さな笑いが酒蔵を支える。


     


 数日後。


 雪はさらに深くなり、村の外れでは腰まで沈むほどになっていた。見張りと除雪だけでも人手を食う。そんな中で、ヨルグのように“倒れるほどではないが限界に近い者”は少しずつ増えていた。


 口に出す者は少ない。


 だが、醸にはわかる。


 樽を持ち上げる時の息遣い。広場を横切る時の歩幅。食事の席での無言の長さ。人は深く疲れてくると、派手に崩れる前に静かになる。


 だからこそ、完成は急がれた。


 試飲の日、醸は酒蔵の中でひとり、樽から液体を汲み上げた。


 杯に注がれたそれは、深い赤褐色だった。黒ではない。火にかざせば赤みを帯びた褐色が透け、縁には栗や胡桃を思わせる色合いが見える。泡はきめ細かく、淡いベージュを帯びている。


 香りを取る。


 まず、濃いモルト。パンの皮。軽いカラメル。ナッツ。奥にほんの少しだけ乾いた果実を思わせる甘い影。ロースト香は強すぎず、あくまで“養う褐色”だ。


 醸はそっと飲んだ。


「……よし」


 口当たりは厚い。だが鈍くない。喉を通ると腹の底へ重みが落ち、次の瞬間、そこから熱が広がる。派手な刺激ではない。ゆっくりだが確実に、体の中心が満ちていく感覚。空っぽの蔵に、少しずつ穀物袋が戻っていくような、そんな充足だった。


 これはいける。


 外へ出ると、ちょうどレティシアとミーナが雪を払って入ってきた。


「顔でわかる」


 レティシアが言う。


「成功したのね」


「たぶんな」


「その“たぶん”はほぼ成功の時の顔」


「よく見てるな」


「付き合いが長いって言ったでしょ」


 ミーナは杯を受け取ると、恐る恐る香りを嗅ぎ、目を丸くした。


「うわ……これ、すごい。パンみたい。でもお菓子みたいでもある」


「飲んでみろ」


「強そう」


「強い」


「そういう時だいたい危ない」


「今回は大丈夫だ」


「今回はって言った」


 杯の香りを嗅いだ瞬間、ミーナの肩が跳ねた。


「……あったかい」


「Märzenとは違うだろ」


「全然違う。あっちは“整う”感じだったけど、これは……“詰まる”感じ」


「詰まる?」


「うん。空っぽのところが、ちゃんと埋まっていく感じ」


「いい表現だな」


「えへへ」


 レティシアも続いて飲み、静かに目を閉じた。


「これは……効くわね」


「どう効く?」


「腕や脚の疲れじゃなくて、その奥。立つ気力そのものが戻る感じ」


「気力にも触るか」


「たぶん。少なくとも、“もう動きたくない”っていう重さが少し薄くなる」


「それなら上出来だ」


 その感触を確かめた上で、醸はすぐにヨルグのところへ持って行った。


     


 ヨルグはまだ本調子ではなかった。


 動けるようにはなっていたが、顔色は薄く、声にも張りがない。倒れた日から数日経っているのに、体の芯が戻りきらないのだろう。


「新しい酒だ」


 醸が言うと、ヨルグは少し苦笑した。


「また、すごそうですね」


「すごいかもしれないし、すごくないかもしれない」


「どっちですか」


「飲んで決めろ」


 温めたDunkles Bockを、少量ずつ飲ませる。


 ヨルグは最初、慎重に口をつけた。だが二口、三口と進むうちに、その顔が変わっていく。頬に色が戻り、目に少しずつ光が差し始めた。


「……あれ」


「どうした」


「なんか……身体の奥が、ちゃんと起きてくる」


 ヨルグは自分の手を握ったり開いたりしながら言った。


「無理やり元気にされる感じじゃなくて、力が戻る場所があるって思い出す感じ」


「いいな、その言い方」


 醸は静かに頷いた。


「立てるか?」


「たぶん……」


 レティシアがすぐ横についたが、ヨルグは自分の足で床を踏み、ゆっくりと立ち上がった。ふらつきはある。だが、倒れる前とは違う。足に“戻る意志”が入っている。


「無茶はするなよ」


 醸が釘を刺す。


「今日はまだ寝ろ」


「はい」


 ヨルグは苦笑したまま、けれど少し嬉しそうに答えた。


「でも、もう少しでちゃんと戻れそうです」


 薬草師の老婆が腕を組んで感心したように言う。


「こりゃ見事だねえ。骨身を削るような疲れに効く」


「やっぱりその方向か」


「ただし、強いぶん飲ませ方は気をつけるんだよ」


「もちろんです」


「それならいい」


 醸は胸の内で確信した。


 Dunkles Bockの効能は――


深く蓄積した疲労と消耗を、底から満たし直すこと。


 即効性の治療ではない。だが、冬の連日の重労働や寒冷で擦り減った“芯の力”を取り戻させる。さらに、気力の落ち込みにも軽く働く。身体だけではなく、「もう無理だ」という感覚そのものを少し持ち上げる。


 それは、冬籠りの村にとって何より貴重だった。


     


 その晩、村長の提案で、Dunkles Bockは正式に“重労働帰りの酒”として扱われることになった。


 ただし、好きなだけ飲ませるわけではない。


 強い酒だからこそ、量は管理する。特に、薪運び、除雪、見張り、修繕といった長時間の寒中作業を終えた者へ、温めて一杯。寝る前に一杯。そうして、失われた芯を戻す用途に絞る。


「なんだか、冬の兵糧みたいですね」


 ミーナが言う。


「近いかもな」


 醸は答えた。


「食い物じゃ埋まらない部分を、少し補う」


「じゃあ“飲む蓄え”?」


「いいな、それ」


「また名前増える」


 レティシアが呆れる。


「冬越えの琥珀、守りの煙、飲む蓄え」


「だんだん詩みたいになってきた」


「嫌いじゃないだろ」


「……まあね」


 その夜、除雪を終えた男たちが広場の火のそばでDunkles Bockを口にしていた。誰も大声ではしゃがない。むしろ静かに飲み、静かに息をつき、そして少ししてから表情がゆるむ。


「足の裏まで戻る」


「わかる」


「肩が軽いっていうより、身体が抜けなくなる感じだ」


「明日も行けそうだな」


「行ける」


 その何気ない言葉が、醸には何より嬉しかった。


 “行ける”。


 冬の真ん中で、その一言がどれほど重いか。


 派手に救うのではない。ただ、明日もまた立って働けるようにする。そのための酒を自分が造れたことが、胸の奥にじんわりと染みた。


 火のそばで、レティシアが杯を揺らしながら言う。


「ねえ、カモス」


「ん?」


「こうして見ると、酒の役目が少しずつ増えてるわね」


「最初は回復薬だったのにな」


「今は、村の暮らしそのものに食い込んでる」


「そうだな」


「不思議」


「悪い意味で?」


「いいえ」


 彼女は火を見つめたまま続ける。


「むしろ、ようやく村が“冬と戦える形”になってきた気がする」


 ミーナがその言葉にうんうんと頷く。


「Märzenで支えて、Rauchbierで守って、Dunkles Bockで戻す」


「整理するとすごいな」


 醸が笑う。


「全部いるでしょ?」


「たしかに全部いる」


 村長も頷いた。


「酒というより、もはや季節の道具じゃ」


「道具、か」


「悪い意味ではない。村の知恵として根づき始めておる」


「……そうですね」


 その言葉が、醸の胸に残った。


 前世でビールは技術だった。文化だった。商品だった。誇りだった。


 だが、ここでは違う。


 ここでは酒が、暮らしの道具になる。


 人を癒やし、支え、守り、戻す。


 季節を渡るための知恵になる。


 それは、前世の自分がどれだけビールを愛していても、最後まで手に入れられなかった感覚だったかもしれない。


 酒が、これほど直接に誰かの毎日に食い込むこと。


 それが不思議で、誇らしかった。


     


 夜更け、醸は一人で酒蔵に戻った。


 石室の中には、Märzenの樽、Rauchbierの樽、そしてDunkles Bockの新しい樽が静かに並んでいる。薄明かりの中で見るそれらは、ただの酒ではなく、冬を越えるための備えそのものに見えた。


 手を置く。


 冷たい樽の木肌の向こうに、それぞれの役目が眠っている。


 整える酒。


 守る酒。


 満たす酒。


「……悪くない」


 醸はひとりごちた。


 だが同時に、胸の奥には別の感覚もあった。


 足りてきたからこそ、見えてくる次の不足。


 村の中は少しずつ整ってきた。だが、山の外はどうだろう。麓の町や、さらに遠くの土地では、同じように冬に苦しむ者がいるかもしれない。あるいは、グランエッジにこうした酒があると知れば、それを欲しがる者も、奪いたがる者も出るかもしれない。


 実際、最近は商隊の姿も減り、代わりに得体の知れない噂だけが時折届くようになっていた。


 山道の先で、人を襲う影が増えた。


 物資を狙うならず者が動いている。


 冬の間に力を蓄えようとする連中がいる。


 噂に尾ひれはつきものだ。だが、何もないとも思えない。


 火を守る者がいれば、それを奪おうとする者もいる。


「……次は、もっと前に出る酒かもしれないな」


 醸は樽の列を見つめながら、静かに呟いた。


 支えるだけではなく。


 守るだけではなく。


 満たすだけでもなく。


 厳しい冬の最中、外へ踏み出し、敵意や圧力に向き合う時に必要な酒。


 そんなものが、次には要るのかもしれない。


 石室の外では、雪がしんしんと降り続いている。


 だがその雪の下で、グランエッジは確かに力を蓄えつつあった。火を絶やさず、人を倒れさせず、少しずつ冬の中で強くなるために。


 Dunkles Bock。


 深い褐色の強い酒は、ただ酔わせるためのものではなかった。


 それは、削られた者の空洞を埋める酒。


 明日また立つための、不屈を満たす酒。


 大麦 醸は静かに石室の戸を閉めた。


 その手の中には、前世では持ち得なかった確信がある。


 ビールは、ただ喉を潤すものじゃない。


 人が季節に負けないための力にだってなれる。


 冬はまだ長い。


 だが、もうグランエッジは空腹の村でも、寒さに怯えるだけの村でもない。


 麦を積み、


 火を守り、


 深き褐色で不屈を満たす村だ。


 そしてその先には、きっとまた新しい一杯が待っている。


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