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異世界ビール物語~醸造家の異世界転生~  作者: 麦汁酵生


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19/23

第十九話 深き褐色は不屈を満たす、冬籠りの強き酒 ―ドゥンクレス・ボック―

 ラオホビアが村の夜を守るようになってから、グランエッジの冬は一段階、静かになった。

 恐れが消えたわけではない。

 見張り火にラオホビアを垂らした時に立ちのぼる燻香は、たしかに黒い揺らぎや魔の気配を遠ざけた。村人たちは夜の巡回に出る前、少量のそれを飲み、寒気と緊張を押し返す術を得た。戸口に置かれた火鉢にも、見張り小屋の焚き火にも、ほんのわずかにその酒が使われるようになり、グランエッジの夜は“煙の守り”に包まれ始めていた。

 だが、冬そのものは容赦しない。

 山は白く閉ざされ、朝になっても光は弱い。畑は眠り、沢は薄氷をまとい、山道は踏み固めた雪の下に隠れる。人も獣も動きが鈍り、力仕事は少しの無理でも身体に響く。

 寒さは、刃物のように一度に襲ってくるものではない。

 毎日の小さな消耗が積もり、骨の芯から人を削っていく。

 メルツェンはその“削れ”を支えた。ラオホビアは夜の守りを与えた。

 だが、それでも冬の真ん中に入ると、村人たちの顔には別の疲れが浮かび始めていた。

 力が戻りきらない。

 食って寝ても、深いところが埋まらない。

 疲労や冷えが、身体の底に沈殿していく。

 その変化を、醸は酒蔵の出入りだけではなく、人々の歩き方で感じ取っていた。

      

 その日、朝から雪が降っていた。

 細かい粒の雪が、風に押されて斜めに舞っている。酒蔵の屋根にはすでに厚く白が積もり、入口の周囲だけが人の往来で踏み固められていた。

 醸が樽の様子を見ていると、小屋の戸が勢いよく開いた。

「カモス!」

 レティシアだった。頬を赤くし、外套に雪を載せたまま、珍しく強い足取りで入ってくる。

「どうした」

「東の斜面で薪運びをしてた若い衆が一人、倒れた」

「怪我か?」

「大怪我じゃない。でも立てなくなった」

「連れてきたのか」

「今、広場の集会所に運んでる。意識はあるけど、寒気が止まらない」

 醸は即座に動いた。手近な棚からメルツェンの小樽と、基本のラガーを一本ずつ抱える。

「まずはそれで様子を見る」

「来て」

 雪を踏みながら集会所へ向かう途中、レティシアが短く言った。

「最近、増えてる」

「何が」

「こういうのよ。倒れるまでは行かなくても、“動けるけど重い”って顔が多い」

「……やっぱりな」

 予想はしていた。

 冬の消耗は見えにくい。血が流れるわけでも、骨が折れるわけでもない。だが、寒さの中で働き続ければ、体力も気力も少しずつ剥がれていく。メルツェンはよく効いている。だが、あれは“整える酒”だ。毎日の支えとしては優れていても、すでに深く落ち込んだ状態を一気に引き上げるには、もう少し別の力が必要かもしれない。

 集会所に着くと、若者が毛布にくるまれて寝かされていた。名前はヨルグ。貯蔵穴の整備や樽運びでもよく働いていた、まだ三十にも届かぬ青年だ。顔色は悪くないが、歯を鳴らし、腕に力が入っていない。

「息は?」

 醸が老婆に訊く。

「浅いが安定してるよ。命に別状はない」

「熱は?」

「高くはない。むしろ冷えが深い」

「凍えの蓄積か……」

 醸はまず基本のラガーを少量温め、少しずつ飲ませた。浅い傷や突発的な疲労には相変わらずよく効く。ヨルグの指先に少し血色が戻る。次にメルツェンをぬるくして口に含ませると、震えはわずかに収まった。

 だが、それだけだった。

 “戻ってきている”感触が薄い。

 表面は持ち直しても、その下に沈んだ疲弊が動かない。

 ヨルグは申し訳なさそうに笑った。

「すみません……少し休めば動けると、思ったんですけど」

「謝るな」

 レティシアがきっぱり言う。

「倒れる前に言いなさい」

「でも、みんな働いてるのに」

「だから言いなさいって言ってるの」

 そのやり取りを聞きながら、醸はヨルグの額に触れた。

 熱ではない。けれど、芯がすっかり削れている。体力だけでなく、身体を支える“深い蓄え”が落ちているような感覚だ。

「……足りないな」

 醸は小さく言った。

「何が?」

 ミーナが、集会所の奥から顔を出した。どうやら魔力感知で様子を見ていたらしい。

「今の酒じゃ、届く深さが足りない」

「メルツェンでも?」

「メルツェンは優秀だよ。でも、毎日を支える酒なんだ。こういう“深く落ちた消耗”には、もっと濃くて、もっと芯を押し戻す酒がいる」

「濃い酒……」

 ミーナが嫌な予感のする顔をした。

「また強そうなの考えてる?」

「考えてる」

「やっぱり」

 レティシアが腕を組む。

「どんなの」

「ボック系だな」

「ぼっく?」

「冬向きの、麦芽をしっかり使った強めのラガー」

「また長い」

「今回はその中でも、ドゥンクレス・ボック」

「……もっと長い」

「慣れろよ」

「慣れる前に新しいのが来るのよ」

 醸は苦笑したが、頭の中ではすでに組み立てが始まっていた。

 ドゥンクレス・ボック。

 濃色で、麦芽の量感があり、パンの耳、軽いカラメル、ナッツ、時にほのかな干果実を思わせるような厚み。単なる重さではなく、“養うような濃さ”がある。メルツェンよりさらに一歩深く、身体の底に残る酒だ。

 この世界の神麦なら、きっと何かしらの形で“底力”を引き出す酒になる。

「作るの?」

 ミーナが訊いた。

「作る」

「今すぐ?」

「今すぐだ」

「休みないね、ほんと」

「冬が待ってくれないからな」

 その返答に、レティシアは呆れながらも止めなかった。

 それどころか、少しだけ真剣な目で頷いた。

「必要なら、やるしかないわね」

      

 ドゥンクレス・ボックの仕込みは、これまで以上に神経を使った。

 単に濃くすればいいわけではない。

 濃いだけの酒は、身体に重い。甘すぎればくどくなる。焦がしすぎれば雑になる。必要なのは、“強さ”と“滑らかさ”の両立だった。

 神麦の一部をいつもより深めに焙燥する。だが黒くはしない。目指すのは焦げではなく、よく焼けたパンの皮、軽いカラメル、煎った穀物の香ばしさ。色は濃い褐色へ寄せるが、シュバルツのような黒の方向ではない。

「今回の香り、前より甘い」

 ミーナが焙燥した麦芽を手のひらに載せて言った。

「でも、重い甘さじゃない」

「そこが大事なんだ」

 醸は砕いた麦芽を見つめながら答える。

「どっしりさせるけど、飲みにくくしない」

「難しそう」

「難しい」

「最近いつも難しいって言ってない?」

「だんだん奥に入ってきたからな」

「最初から奥じゃなかったの?」

「最初は入口だよ」

「ビールって怖い」

 レティシアは大鍋の湯加減を見ながら眉を寄せる。

「これ、酒っていうより食べ物に近づいてない?」

「ある意味では近い」

「ある意味?」

「液体のパンって昔から言われたりもする」

「ほんとに?」

「ほんとに」

「じゃあますます変な世界ね」

「ビールの世界は昔からそうだよ」

 糖化の工程では、湯気そのものが前より濃密だった。香りはメルツェンよりさらに深く、焼きたての黒パン、麦飴、ほんの少しの木の実。身体の中に沈んでいきそうな温かさがある。

 醸は何度も麦汁を口に含み、甘みの輪郭を確かめた。

 神麦の持つ自然な力が、今回はいつもより強く出ている気がした。麦汁の表面には、褐色がかった金の光が浮かぶ。まるで夕方ではなく、夜へ入る直前の炉火の色だ。

「今回の光、火そのものみたい」

 ミーナが呟く。

「うん。いい傾向だ」

「効能、どうなると思う?」

「単純に考えれば、“深い疲労の回復”だな」

「深い疲労?」

 レティシアが繰り返す。

「表面じゃない疲れだ。連日の寒さ、重労働、眠っても抜けない消耗。そういうのを押し戻す」

「メルツェンより強く?」

「強く、でも違う方向で」

「違う方向?」

「メルツェンは整えて支える。ドゥンクレス・ボックは、沈んだ芯を持ち上げる」

「……それ、本当に今欲しいやつね」

「だろ?」

 今回、醸は発酵にもいつも以上に気を遣った。

 強い酒は少しの乱れが大きく出る。雑味が出れば全部が台無しだ。温度を見誤れば甘さがくどくなる。だが低温を保ちすぎれば進みが鈍る。この世界の即席設備では本来かなり難しい領域だが、沢水と石室の組み合わせに加え、ミーナが温度安定の補助魔法を使うことで、どうにか狙いの線に乗せていく。

「なんか、私、最近ビールのための魔法使いになってない?」

 ミーナが石室の前で頬を膨らませる。

「重要な役職だぞ」

「もっとこう、すごい感じの呼び方ない?」

「発酵守護官」

「うわ微妙」

「じゃあ温度の賢者」

「ちょっと好き」

「だろ」

「でも結局やってること石室の温度管理なんだよね」

「すごく大事だぞ」

「わかってるよぉ」

 そのやり取りに、レティシアが珍しく声を立てて笑った。

 冬は厳しい。だが厳しいからこそ、こうした小さな笑いが酒蔵を支える。

      

 数日後。

 雪はさらに深くなり、村の外れでは腰まで沈むほどになっていた。見張りと除雪だけでも人手を食う。そんな中で、ヨルグのように“倒れるほどではないが限界に近い者”は少しずつ増えていた。

 口に出す者は少ない。

 だが、醸にはわかる。

 樽を持ち上げる時の息遣い。広場を横切る時の歩幅。食事の席での無言の長さ。人は深く疲れてくると、派手に崩れる前に静かになる。

 だからこそ、完成は急がれた。

 試飲の日、醸は酒蔵の中でひとり、樽から液体を汲み上げた。

 杯に注がれたそれは、深い赤褐色だった。黒ではない。火にかざせば赤みを帯びた褐色が透け、縁には栗や胡桃を思わせる色合いが見える。泡はきめ細かく、淡いベージュを帯びている。

 香りを取る。

 まず、濃いモルト。パンの皮。軽いカラメル。ナッツ。奥にほんの少しだけ乾いた果実を思わせる甘い影。ロースト香は強すぎず、あくまで“養う褐色”だ。

 醸はそっと飲んだ。

「……よし」

 口当たりは厚い。だが鈍くない。喉を通ると腹の底へ重みが落ち、次の瞬間、そこから熱が広がる。派手な刺激ではない。ゆっくりだが確実に、体の中心が満ちていく感覚。空っぽの蔵に、少しずつ穀物袋が戻っていくような、そんな充足だった。

 これはいける。

 外へ出ると、ちょうどレティシアとミーナが雪を払って入ってきた。

「顔でわかる」

 レティシアが言う。

「成功したのね」

「たぶんな」

「その“たぶん”はほぼ成功の時の顔」

「よく見てるな」

「付き合いが長いって言ったでしょ」

 ミーナは杯を受け取ると、恐る恐る香りを嗅ぎ、目を丸くした。

「うわ……これ、すごい。パンみたい。でもお菓子みたいでもある」

「飲んでみろ」

「強そう」

「強い」

「そういう時だいたい危ない」

「今回は大丈夫だ」

「今回はって言った」

 ひと口飲んだ瞬間、ミーナの肩が跳ねた。

「……あったかい」

「メルツェンとは違うだろ」

「全然違う。あっちは“整う”感じだったけど、これは……“詰まる”感じ」

「詰まる?」

「うん。空っぽのところが、ちゃんと埋まっていく感じ」

「いい表現だな」

「えへへ」

 レティシアも続いて飲み、静かに目を閉じた。

「これは……効くわね」

「どう効く?」

「腕や脚の疲れじゃなくて、その奥。立つ気力そのものが戻る感じ」

「気力にも触るか」

「たぶん。少なくとも、“もう動きたくない”っていう重さが少し薄くなる」

「それなら上出来だ」

 その感触を確かめた上で、醸はすぐにヨルグのところへ持って行った。

      

 ヨルグはまだ本調子ではなかった。

 動けるようにはなっていたが、顔色は薄く、声にも張りがない。倒れた日から数日経っているのに、体の芯が戻りきらないのだろう。

「新しい酒だ」

 醸が言うと、ヨルグは少し苦笑した。

「また、すごそうですね」

「すごいかもしれないし、すごくないかもしれない」

「どっちですか」

「飲んで決めろ」

 温めたドゥンクレス・ボックを、少量ずつ飲ませる。

 ヨルグは最初、慎重に口をつけた。だが二口、三口と進むうちに、その顔が変わっていく。頬に色が戻り、目に少しずつ光が差し始めた。

「……あれ」

「どうした」

「なんか……身体の奥が、ちゃんと起きてくる」

 ヨルグは自分の手を握ったり開いたりしながら言った。

「無理やり元気にされる感じじゃなくて、力が戻る場所があるって思い出す感じ」

「いいな、その言い方」

 醸は静かに頷いた。

「立てるか?」

「たぶん……」

 レティシアがすぐ横についたが、ヨルグは自分の足で床を踏み、ゆっくりと立ち上がった。ふらつきはある。だが、倒れる前とは違う。足に“戻る意志”が入っている。

「無茶はするなよ」

 醸が釘を刺す。

「今日はまだ寝ろ」

「はい」

 ヨルグは苦笑したまま、けれど少し嬉しそうに答えた。

「でも、もう少しでちゃんと戻れそうです」

 薬草師の老婆が腕を組んで感心したように言う。

「こりゃ見事だねえ。骨身を削るような疲れに効く」

「やっぱりその方向か」

「ただし、強いぶん飲ませ方は気をつけるんだよ」

「もちろんです」

「それならいい」

 醸は胸の内で確信した。

 ドゥンクレス・ボックの効能は――

深く蓄積した疲労と消耗を、底から満たし直すこと。

 即効性の治療ではない。だが、冬の連日の重労働や寒冷で擦り減った“芯の力”を取り戻させる。さらに、気力の落ち込みにも軽く働く。身体だけではなく、「もう無理だ」という感覚そのものを少し持ち上げる。

 それは、冬籠りの村にとって何より貴重だった。

      

 その晩、村長の提案で、ドゥンクレス・ボックは正式に“重労働帰りの酒”として扱われることになった。

 ただし、好きなだけ飲ませるわけではない。

 強い酒だからこそ、量は管理する。特に、薪運び、除雪、見張り、修繕といった長時間の寒中作業を終えた者へ、温めて一杯。寝る前に一杯。そうして、失われた芯を戻す用途に絞る。

「なんだか、冬の兵糧みたいですね」

 ミーナが言う。

「近いかもな」

 醸は答えた。

「食い物じゃ埋まらない部分を、少し補う」

「じゃあ“飲む蓄え”?」

「いいな、それ」

「また名前増える」

 レティシアが呆れる。

「冬越えの琥珀、守りの煙、飲む蓄え」

「だんだん詩みたいになってきた」

「嫌いじゃないだろ」

「……まあね」

 その夜、除雪を終えた男たちが広場の火のそばでドゥンクレス・ボックを口にしていた。誰も大声ではしゃがない。むしろ静かに飲み、静かに息をつき、そして少ししてから表情がゆるむ。

「足の裏まで戻る」

「わかる」

「肩が軽いっていうより、身体が抜けなくなる感じだ」

「明日も行けそうだな」

「行ける」

 その何気ない言葉が、醸には何より嬉しかった。

 “行ける”。

 冬の真ん中で、その一言がどれほど重いか。

 派手に救うのではない。ただ、明日もまた立って働けるようにする。そのための酒を自分が造れたことが、胸の奥にじんわりと染みた。

 火のそばで、レティシアが杯を揺らしながら言う。

「ねえ、カモス」

「ん?」

「こうして見ると、酒の役目が少しずつ増えてるわね」

「最初は回復薬だったのにな」

「今は、村の暮らしそのものに食い込んでる」

「そうだな」

「不思議」

「悪い意味で?」

「いいえ」

 彼女は火を見つめたまま続ける。

「むしろ、ようやく村が“冬と戦える形”になってきた気がする」

 ミーナがその言葉にうんうんと頷く。

「メルツェンで支えて、ラオホビアで守って、ドゥンクレス・ボックで戻す」

「整理するとすごいな」

 醸が笑う。

「全部いるでしょ?」

「たしかに全部いる」

 村長も頷いた。

「酒というより、もはや季節の道具じゃ」

「道具、か」

「悪い意味ではない。村の知恵として根づき始めておる」

「……そうですね」

 その言葉が、醸の胸に残った。

 前世でビールは技術だった。文化だった。商品だった。誇りだった。

 だが、ここでは違う。

 ここでは酒が、暮らしの道具になる。

 人を癒やし、支え、守り、戻す。

 季節を渡るための知恵になる。

 それは、前世の自分がどれだけビールを愛していても、最後まで手に入れられなかった感覚だったかもしれない。

 酒が、これほど直接に誰かの毎日に食い込むこと。

 それが不思議で、誇らしかった。

      

 夜更け、醸は一人で酒蔵に戻った。

 石室の中には、メルツェンの樽、ラオホビアの樽、そしてドゥンクレス・ボックの新しい樽が静かに並んでいる。薄明かりの中で見るそれらは、ただの酒ではなく、冬を越えるための備えそのものに見えた。

 手を置く。

 冷たい樽の木肌の向こうに、それぞれの役目が眠っている。

 整える酒。

 守る酒。

 満たす酒。

「……悪くない」

 醸はひとりごちた。

 だが同時に、胸の奥には別の感覚もあった。

 足りてきたからこそ、見えてくる次の不足。

 村の中は少しずつ整ってきた。だが、山の外はどうだろう。麓の町や、さらに遠くの土地では、同じように冬に苦しむ者がいるかもしれない。あるいは、グランエッジにこうした酒があると知れば、それを欲しがる者も、奪いたがる者も出るかもしれない。

 実際、最近は商隊の姿も減り、代わりに得体の知れない噂だけが時折届くようになっていた。

 山道の先で、人を襲う影が増えた。

 物資を狙うならず者が動いている。

 冬の間に力を蓄えようとする連中がいる。

 噂に尾ひれはつきものだ。だが、何もないとも思えない。

 火を守る者がいれば、それを奪おうとする者もいる。

「……次は、もっと前に出る酒かもしれないな」

 醸は樽の列を見つめながら、静かに呟いた。

 支えるだけではなく。

 守るだけではなく。

 満たすだけでもなく。

 厳しい冬の最中、外へ踏み出し、敵意や圧力に向き合う時に必要な酒。

 そんなものが、次には要るのかもしれない。

 石室の外では、雪がしんしんと降り続いている。

 だがその雪の下で、グランエッジは確かに力を蓄えつつあった。火を絶やさず、人を倒れさせず、少しずつ冬の中で強くなるために。

 ドゥンクレス・ボック。

 深い褐色の強い酒は、ただ酔わせるためのものではなかった。

 それは、削られた者の空洞を埋める酒。

 明日また立つための、不屈を満たす酒。

 大麦 醸は静かに石室の戸を閉めた。

 その手の中には、前世では持ち得なかった確信がある。

 ビールは、ただ喉を潤すものじゃない。

 人が季節に負けないための力にだってなれる。

 冬はまだ長い。

 だが、もうグランエッジは空腹の村でも、寒さに怯えるだけの村でもない。

 麦を積み、

 火を守り、

 深き褐色で不屈を満たす村だ。


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