49.聖女ちゃん奪われる
「聖女……!いい加減に……しろ……っ」
「する訳ないわ…!!」
絶対に当ててやったと思ったのに、咄嗟に内股に閉じられた脚によってギリギリ致命傷は避けられてしまっていた。
しかしそれでもダメージはあったのかそれとも精神的なダメージかわからないが、距離を取られて唇を噛み締めて恐怖に震えている。
まぁ咄嗟に足閉じられたけど、肉体強化して蹴り上げたからちょっと全身浮いてたしね。女の子にはわからない男の子の事情ってね。
「とにかくそう簡単にハイ・ドーゾなんて出来るわけないじゃないの!」
「……お前のプライドで……国民の多くが傷付き犠牲になってもか……っ」
それは何よりも痛い言葉だと……眉間に皺を寄せて唇を結んで堪えれば、狙い目だと思われたのか真剣な顔をしてこちらを見据えてくる。…………内股だけど。
「聖女の力………必ず……有意義に……使う。人々の……幸せのために………」
ゆっくりと近付いてくるその足に、唇が震えて……それでも両サイドの矢を抜くことも出来ずにいれば、頭をよぎるのは『人々の犠牲』。
この世界に降り立って、わたしが聖女の立場であったのだから……自分の我が儘さえ、耐えれば……クレープやダリアン、クラスや学園みんな……それにこれが世界に広がってしまえば、家族や故郷まで…………でも何より………今度こそ……本当にアルフを失うかもしれない。
最初の入学式の聖堂こそなんとかなったが、日々強くなる魔獣を一人で倒せなくなっている日々。
とはいえこうしてイーサックにこの身が奪われて、力を手に入れたその姿を見れば……きっとあとの2人もその力を手に入れるべく動くだろう。
それこそ……原作の様に世界は動きはじめる。
わたしがどんなに頑張ってきたからって、もうここまでなのかもしれないと、仮面に一筋の涙が染み込まれ……、改めてその口下手な彼の高く整った鼻筋と一重だが細過ぎることなく切長な翠の瞳を見つめれば、これも運命と諦めるべきなのかと……、緊張した様子で伸ばされる手に諦めの笑みと共に下を向いた時、
「もっと……彼女くらい死ぬ程の努力してから言えよ、てめぇら」
声に驚いて視線を上げたと同時に、イーサックは横へと吹っ飛んだのが見え、その後ろから空中で回転蹴りの余韻で回ってから、綺麗な着地と共にその人はわたしの目の前に降り立った。
「聖女様!?」
「………本物はアナタデショ……」
言葉と共に胸ぐらを掴まれると、サイドがイーサックの矢が刺さっているのも厭わずに思い切り引っ張られて制服が破れる。
ボロボロになった制服に偽聖女様は舌打ちをすると、気絶するイーサックのボタンなど構わずに破き脱がせると……当たり前だがイーサックの制服もボロボロになったのを見て、仕方ないと何処かへとズカズカと向かったと思えば、青頭と赤頭の人を引き摺って捨てると、今度は慎重に青頭の……ブルーノ先輩の服を脱がして、ついでのように赤頭フランツ王子の服も豪快に破くと、3人を一纏めにして重ねる様に捨て置く。
「!!?」
何が行われてるのか分からずに、戻ってくる偽聖女様の行動を混乱する頭で見つめていれば、唯一綺麗なそのブルーノの服をわたしに羽織らせてから、改めて男性陣の元へと戻ると、
「よしっ、尻くらい出しとくか」
そう言ってイーサックのベルトを外して尻を出すのを慌てて視界を逸らして見えないようにしてれば、カチャカチャと他の男性陣らもベルトで外されているのか、とりあえず視線は羽織らされた服のボタンに集中…………出来ないのは仕方がなくない!?
「これでよし」
「な、何がよし……ですか??」
思わず背を向けたまま敬語で聞けば、一仕事終えたようにパンパンと手を叩く音。
「青と赤は魔獣が倒される前についたくせに、影で隠れてやり取りを見てやがったから同罪だ」
そう言いながらわたしのすぐ後ろに近づく聖女の足音に、振り向くべきか振り向かざるべきかと一瞬躊躇ったのが悪かった。
肩を掴まれそのまま後ろへと倒されそうになるのに目を白黒させてるうちに、背には腕が回され視界には偽聖女の顔。
そして次の瞬間唇には柔らかな…………唇!!!??
「ん〜〜っっ!!??」
倒れ掛けた体勢では反撃も出来ずに必死に声を上げたのが悪かったのか、ぬるりと何かが入り込みますますパニックを起こすが、意外にも早くその時は終わって地面に倒れる様に座ってその顔を見上げると、偽聖女は自分の親指で唇を一度撫でてからニヤリと笑うと、
「やはりこれだけでも充分効果があるな」
そう言って腰の抜けた私を抱き抱え、普段私がする様に木々を渡り女子寮へとたどり着く。
そんな間、私の脳内は何が起きたのかグルグルとしていて、降ろされた時にやっと睨んで出た言葉は、
「はっ、初めてだったのに……!?お、女の子に奪われるなんて……っ!!」
自分でも何を言ってるのかと熱くなる頬で、とりあえずなんか思い当たることも文句を言えば何故か偽聖女は笑って、
「そっか」
それだけ呟いて、木々を渡り跳んでいってしまった……。




