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第4話 勇者は仔犬の奴隷になるか

 レオンは思わずぱちくりと瞬きした。

「は?」

 仔犬の口から飛び出した「奴隷」という言葉。鼻高々に告げてくるが、この仔犬は意味をちゃんと理解しているのだろうか。あまり賢くなさそうな仔犬である。レオンは眉間に皺を寄せた。


「言葉の意味を理解しているんだろうな?」

 母親からの受け売りでも言っているのかもしれない。怪しむ勇者に、仔犬は口を横にして歯を剥く。

「ちゃんとわかってるよ!」

「お前みたいな子供が、あまり物騒なことを言うな」


 レオンは自身が捕まっている状況も忘れて、苦言を呈してします。仔犬を前にすると、どうにも緊張感が失われる。

 そうなってしまう理由はおそらく、仔犬から警戒心が見られない代わりに、こちらへの悪意もないからだろう。長年悪意に触れてきたレオンにはそれがわかった。

 敵対する立場にもかかわらず、この仔犬からは悪意も憎悪も見られないことに戸惑ってしまう。

 見たままの幼さで無邪気に「奴隷にしてやる」と言われても、レオンにとっては本気で相手にする気も起きない。本来ならば魔王の娘という重要人物。レオンの側も警戒するのが当然のはずだが、仔犬があまりにも無防備なので、気勢を削がれてしまう。


「むむむ……勇者め……バカにしよって……」

 本気に取らないレオンに、腹を立てる仔犬。ご機嫌斜めなのか鼻をふんふんと鳴らす。

「言っておくが勇者よ。仔犬は仔犬だけど、子供じゃないんだからな! ガキ扱いするな!」

「はいはい、わかったわかった」

「勇者、捕まってるくせに生意気」


 適当に返事をするレオンを仔犬は睨む。

 気に入らないとばかりに、仔犬は自分が座っていた場所の床を爪でガリガリと引っ掻いた。あまりに勢いよく引っ掻くものだから、レオンは仔犬のちっちゃな爪が剥がれてしまうのではないかと思わず心配してしまう。

 心配してしまってから、「魔物相手に心配なんて俺は何を考えているんだ」と、仔犬のペースに巻き込まれてしまう己に呆れる。


「なぁ、仔犬」

「なに」


 ツンと顎を高くして答える仔犬。


「俺を奴隷にできるとでも思っているのか? 俺は魔物相手に屈したりはしない」

 言葉は冷たかったが、実際には幼子に言い聞かせるような調子でレオンは告げる。この無邪気な仔犬相手には、どうにも厳しく出られなかった。


「確かに今の俺は捕まっているかもしれないが、このままで済ますつもりはない」

 仔犬に聞かせるつもりで、足首を揺らし、鎖をジャラジャラと鳴らす。

 実際、レオンは諦めてはいなかった。必ずここを脱出し、仲間を救出して魔王を倒してやる、と無謀なたくらみを胸に燃やす。

 自分は、この世界を司る女神から加護を与えられた勇者なのだ。こんなところでくたばってたまるか。

 レオンの頭に、これまで彼を「汚らしい平民」と侮ってきた連中の顔が次々と浮かんでくる。

 こんなところで死んじまったら、あいつらを喜ばすだけだ。

 レオンは何としても生きて帰り、魔王を倒した英雄として凱旋してやろうと心に決める。


 けれども、仔犬はそんなレオンをどこか胡散臭く眺める。


「ふぅん。まぁ、勇者がそう思うのは勝手だけど」

 仔犬は言葉を一度切った。それから、ふいに瞳が無機質なものへと変わる。


「勇者は勇者になるために、悪くない魔物をたくさん殺すんだね」

 仔犬の言葉は、しんと響いた。


「は……?」

「勇者はね、まおうじょーに来るまで、たくさん魔物を殺したでしょ」

「なっ」

 さっきまでのあどけなさは消え、まるで硝子のように何の感情も読めない瞳で仔犬は勇者を見つめた。くるくると表情を変えていた仔犬が、何か得体の知れないものにでもなってしまったかのような。そんな不穏さにレオンはぎくりと固まる。


「ただ自分の故郷に子作りのために帰ってきただけのドラゴンを殺したね。それから、人間どもに住処を追われて逃げてきただけのかわいそうなオーガの村を焼き払ったりとか。ねぇ、してたでしょ」


 レオンの心臓がばくばくと鳴った。巣を作ったドラゴン。村の近くに住み着いたオーガの集落。記憶にあった。旅の途中で、人々に頼まれて駆除した魔物たちだ。


「仔犬はね、ずっと勇者たちのこと見てたんだよ。母上と一緒にずっと見てたの」

 固まるレオンを気にかけることなく、仔犬は言葉を紡ぐのをやめない。


「ドラゴンはね、毎年あの場所で卵を産んで、その卵が孵ったら子を連れて南の地へと飛んでいくの。そしてその子供がまた帰って卵を産むんだ。もう何百年もそうしてたんだよ。なのに、人間は勝手にやってきて、道を作りたいからって理由であの子を殺した」

「……あの商人は、道をふさがれて困っていた。商人にも理由があった」

「そんなの人間だけの都合じゃん! 人間は他の生き物のことなんか何も考えずに、勝手に森を切り拓いて、道を作って、挙句の果てにそこに住んでた子たちを追い出した!」


 仔犬がきゃんっと声を荒げる。

「オーガの村だってそうさ。あの村のオーガたちは、人間を襲ったりなんかしたことなかったのに。なのにオーガだからって理由で勝手に人間が怯えて、一方的にあの子たちを襲ったんだ」

 レオンの胸にずっしりと重しがかかる。

 所詮、魔物が言っていることだ。嘘にちがいない。そう考える自分と、仔犬のあまりにも悲し気な様子に、自分がこれまで行ってきたことは、もしかして人間のエゴだったのかと疑う気持ちとがせめぎ合う。


 いいじゃないか。魔物は敵だ。敵を殺すのは当然のことだ。


 レオンの内側から声がする。けれど、その声をレオンは正しいとは思えなかった。

 育ての親だった村長が死んだ時、悲しかった。村に居場所がなく寂しかった。流されるように騎士団へと入った。それなのに王城に来てからずっと、差別されて悔しかった。悲しかった。

 人間の身勝手さをレオンは身をもって知っていた。それなのに、勇者だからと言う理由だけで、魔物を殺すことに何の疑問も持たなかった。

 ただ違う種族だからという理由だけで。見かけが人と違うからというだけで。ただそれだけで、相手をまるで獣を狩るように殺した。

 それは、自分が嫌った連中と同じことをしているのと同義じゃないか?

 浮かんだ疑問は消えることなく、ごうごうと渦巻く。その渦巻きは嵐となってレオンをかき乱した。胃の腑が焼けるように熱い。


「母上は、勇者は残酷で悪い奴だからって言ってた。だから殺すって言ったんだ」

 仔犬の言葉は矢のように刺さった。

 魔王城で出会った魔王。彼女は確かに、勇者への敵意を見せていた。それを自分たちは、彼女が魔王だからだと思っていたが。しかしそうじゃないとすれば。

 魔王から向けられた強い殺意。それにはちゃんと理由があった。自分が勇者だからではない。自分が彼女たちの同胞を殺めたから。


「……しらなかったんだ」

 魔物にも、自分たちと同じように同胞を想う気持ちがあったなんて。

 思わずこぼれたレオンの言葉に、仔犬はふんっと鼻を鳴らす。

「知ってる。だから勇者たちのこと殺さないでって頼んだの。ちゃんと自分のやったことを知って、反省してほしかったから」

「反省……」

「そうだよ! 勇者も、聖女も、魔法使いも。みんなみんな、仔犬が性根を叩きなおしてやるんだから!」


 そう言うと、仔犬はくっと胸をそらした。さっきまでの冷たさは消え、もとののんきな仔犬だ。


「と、いうわけで。勇者、今日からお前は仔犬の奴隷だぞ!」

 仔犬はきゅんっと鳴くと、レオンが何か言う前にくるりと背を向けて出口の方へと駆けだしていく。

 あまりにも急な変化に、レオンは置いてけぼりにされる。一拍置いてはっと我に返る。


「おいっ! 待てっ!」

 レオンは慌てて仔犬を呼び止めたが、仔犬はたったかと走り去っていった。完全に言い逃げである。


「ちゃんと説明していけ……」

 残されたレオンの言葉のみが空しく岩壁に響く。

次回、勇者の仲間たちの現状

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