痴女からのメール
モバイルを取り出し、エリザに状況確認の魔法メールを送る。
「何度確認しても魔族らしき戦力は、帝都城の中にいます」
俺はその返信を読むと、
「多分それで間違いない、城内のどの位置にどれほどの戦力が潜んでいるのか詳細が欲しい」
エリザにメールを返す。
――想定はしていた。
俺は帝都前公園から夜空に浮かぶ帝都城を見上げながら、足を速める。
そう、先生の行動は不信だらけだった。
最初の採石場跡で『氷結』を狙撃したのも、二度目に俺の部屋で対峙した時も、あの悪魔の息の根を止めていない。
伝説の勇者『狙撃のナナナ』の武勇伝を聞いていると、手心を加えて逃がしていた気がしてならない。
しかし俺やエリザに対する態度は昔からの先生と同じで、優しく教育者として前向きで、ドジで愛すべき人格者だった。
その行動から考えられる結論はそれほど多くない。
「帝都城内の魔族軍は二手に分かれていないか」
俺が再度魔法メールを送ると、エリザからの通話ランプがついた。
「どうして知っているのですか?」
「まだ仮説だから詳細は後で話すけど、勢力が小さくてより外側にある魔族軍を重点的に調べてくれ」
「どうして外側の勢力が小さいって……」
「もし俺が魔族軍の指揮を執るなら、市民の暴動をあおって帝国軍が動いたスキに本丸を落とす部隊と、外に出た帝国軍を中に入れないための部隊に分けて同時進行する」
これはいくつかのパターンを想定して、昨夜真美ちゃんにも確認したシミュレーションのひとつだ。
真美ちゃんいわく、「このパターンが最悪」だそうだが、まだ突破口はある。
「じゃあ、止めるべきは内側の大勢力でしょう」
「革命阻止が俺たちの仕事じゃない」
そう…… 俺の考えが合っていれば、もうこの時点で革命は失敗している。
後は被害を最小限に抑えることと、魔族信仰者のあぶりだし。
――つまりこの出来事の真相を暴くことだ。
それがエリザに必要な事だし、先生の真意を知るすべになる。
「魔族信仰者の黒幕は、外側の勢力の中だ。だから俺たちはそこへ向かわなくちゃいけない」
モバイル魔法通信越しに、エリザが息を飲む気配が伝わってきた。
「西門の奥です。あたしもそちらに向かうから、後はそこで話しましょう」
通話が途切れると画面に帝都城のマップが広がり、正面左側の門の奥でポインターが点滅する。
そしてその上に、エリザが『観た』魔力の気配…… 魔族軍と思われる人員や配置が細かく投影された。
もうこれスマホより便利だな。
俺はそれを頭に叩き込み、鞄にモバイルを放り込むと、仮面とマントを確認して、西門に向かって走り出した。
+++ +++ +++
目的地に着くと、人影ひとつ存在しない。会場から離れたせいか音もなく、大きな鉄製の門とレンガ造りの高い壁だけがある。
壁沿いの少し離れた場所に監視塔のような物があったが、そこにいる帝国兵は俺を見て見ぬふりをした。
会場の監視兵もそうだったが、ここでも帝国兵の態度は同じ。
なら、この仮説はより確信に近付いたことになる。
魔族軍も真美ちゃんの武器を所有しているはずだから、武装の無効化の合図を出そうとモバイルを取り出すと、着信の点滅があった。
知らない通信スペルだったが慌ててそれを開くと、『あなただけに特別な出会いを』と魔法文字で書かれ、その下に金髪美少女のセミヌード写真が現れる。
これは出会い系広告のスパムかな?
手で顔を隠しているが、写真の女性は間違いなく超のつく美少女だ。
『この素敵な女性と出会うためには下のマークをタッチ』
シースルーの紫ベビードールからは、大きくはないが形の良い胸がすけて見える。しかも脚は大胆に開かれ、黒いレースのパンツがバッチリと映っていた。
――でもここは貞操逆転異世界。
と、なると、痴女からのメール?
男に女性の露出写真を送って、それにおどろく姿を観察する新手の痴女行為が問題になっていると聞いたことがある。
まあ俺には逆効果だが……
「何を悩みこんでいるのですか」
すると息を切らしながら痴女さんが走ってきた。
写真と見比べると、やはりどこか似ている。
「いや、エリザって欲求不満なのかなって」
「はあ?」
この件は後で念入りに考察するとして、俺はその画像とメールを保存すると通話機能に切り替え、セイバーさんから聞いた通信スペルをタッチする。
しかし、どれほどコールしても通話に出ない。
留守番に切り替わったので「アキラです、ご返信ください」と丁重にメッセージを録音した。
「真美ちゃんたちと連絡が取れない」
嫌な予感が頭をよぎる。
ステージの大音量や『共鳴』をつなぐための作業が忙しくて、たまたま見落としただけならいいが。
「それよりちゃんと説明して! なんだかあたしだけ仲間外れみたいで納得がいきません」
痴女さんは美しい顔を上気させながら俺を睨む。走ってきたせいか、神官服のミニスカートが乱れているところもポイントが高い。
「ごめん、混乱させることを避けたかった。でも可能性は絞り込めたから」
俺はこの一連の出来事の仮説を説明する。
「人族も帝国や教会や民族によって考えが違ってる」
「まあそうですね、でもそれは当たり前でしょう。国なんてそんなものです」
そう、組織が大きくなればなるほど一枚岩ではいられない。興信所時代も大企業を調査するときは派閥ごとに考えや行動が違うのは当たり前だった。
「なら魔族も同じはず」
あの悪魔、四天王のひとり『氷結』の言動が、魔族の総意だと考えてはいけない。
「んー、確かにそうでしょうが、今回の出来事とどう関係があるのですか」
「そもそもこの革命の裏で動いているのは『魔族信仰者』だ」
先生の動きや氷結が俺に言ったこと、そしてセリーナちゃんが危惧していたことを総合すると、それしかありえない。
「その魔族信仰者が大義名分で異世界の民権運動を旗印に行動したのが今回の革命騒ぎだとして、それってまどろっこしくないですか」
「まどろっこしい?」
小首をひねるエリザはなかなかの萌え度を誇る。
真美ちゃんだけでなく、こちらも要注意かも知れない。
「今の魔王は無敵で、勇者を何人も倒した力がある。だったらそんなことしてないで、力押しで人族を滅ぼせば良い」
「いやでも……」
「大侵略の話を何度聞いても違和感しかない。まるで本当に何かのバランスを保つための行事みたいだ」
この世界の一番の違和感はいつもそこだった。
先生は帝国と魔族がどこかでつながっている噂があると言っていたが、今考えると、それが最大のヒントだった。
「じゃあいったい、何がどうなってると言うのですか」
エリザはこの世界で生まれ育っているから、自分たちの足元が分かりにくいのだろう。
文化とかって、そんなものかも知れない。
常識や観念なんて場所が変われば違和感の集大成でしかないし、幻想の中では真実は見えにくくなる。
「だから氷結は魔族の中の過激派とか極右勢力みたいなものじゃないのかな。そう考えると色々な事につじつまが合う」
「例えば?」
「先生の中途半端な行動とか」
エリザがまた悩みこんでしまったが、
「もう答えは目の前だから、直接本人たちに聞こう。俺たちにはその権利がある」
俺はレンガの壁を叩いて、強度を確認する。
「じゃあ、この後の作戦はどうするのです?」
エリザはため息をついて、壁を見上げた。
高さは五メートル以上あるし、よじ登っていては門の横にある監視塔の標的になってしまう。
さすがにそこまでの行動は見過ごせないだろう。
「この壁をぶち抜いて、敵に奇襲をかけます」
俺の言葉にポカンとアホ口を開けたが、
「まあ、アキラらしいですね」
エリザは目をつぶって何かを諦めたように首を振った。
「真美ちゃんたちから連絡がないのが気がかりですが」
このままここで待ち続けるのも得策じゃない。
最悪の事態は真美ちゃんの武器を使用されることじゃなくて、この軍勢が事実に気付き、城内のもうひとつの魔族軍を攻めることだ。
俺は仮面の紳士に着替えようとして、シャツを脱いだところでエリザのエロ視線に気づく。監視塔からも何かエロい視線が注がれたような気がしたが……
「そうそうエリザ、俺にメールした」
とりあえず着替えながら、確認事項を急ぐ。
「メール? いつのことですか」
「さっき、ここに来るまでの間」
「してませんよ、あたし走ってましたし」
確かに全力で走ってきた様子だった。となれば、彼女にはアリバイがある。
――しかしあの視線。
痴女メールの件は濡れ衣なのだろうが、痴女なのは間違いない。
「そう言えばエリザって皇族なんだよね、陛下とは親戚になるのかな」
俺の質問にエリザは首をひねったが、目線は俺の尻から離れない。
「亡くなった父の妹が現皇帝陛下です。まあ、十年以上お会いしてませんが」
そうなるとエリザの叔母に当たるのか、それでは似ているのも頷ける。
俺は脱いだ服をカバンに詰め込みながら……
この国の皇族の資質が、ふと心配になった。




