萌えは世界を超える
ステージ裏でセイバーさんが錫杖を手に小さく呪文を呟き、石突でポンと床を叩くと、ステージ全体が霧で覆われた。
「教主は私たちで確保します、急いでください」
その声に真美ちゃんたちがステージに駆け上がる。
俺はその後ろ姿とひらめくスートからはみ出ているスパッツを見送ると、額に鉢巻きを締めペンライト風発光魔法石棒を両手に握りしめた。
「えーと、アキラ様? それは一体なんですか」
セイバーさんは首をひねったが、
「アイドルとファンは一心同体なのです」
そう言い残して、俺は優雅にその場を立ち去った。
+++ +++ +++
俺がステージ最前列の観客席に移動すると霧が晴れ、真美ちゃんがセンターで、左右にシスターちゃんたちが二人ずつ並び、準備していたバンドが演奏を始める。
バックにある大型ビジョンが真美ちゃんの顔をアップでとらえたが、その顔にはやや緊張が映し出されていた。
イントロが終わるとマイクを握りしめた真美ちゃんが声を上げる。
曲はガンジャンスでセリーナちゃんが歌った『月夜の湖畔姫のバラード』の歌詞を変更したもの。
反戦の思いと平和のメッセージを込めて、俺と真美ちゃんで書き変えたが……
真美ちゃんの歌声が響くと多くの人々が息を飲む。
――つかみは悪くない。
しかし曲が進むにつれざわめきが起きた。
セイバーさんが真美ちゃんの思いを歌に乗せて拡散し、それを人形繰であるセリーナちゃんがどこかでブーストしているおかげか、ざわついていた会場の人々も歌に引き込まれていく。
このステージ・ジャックの狙いは、暴動の阻止と魔族軍の本隊の行動を遅らせるための時間稼ぎ。
「これならいける」
俺はモバイルを取り出してエリザに魔法メールを送ると、
「まだ正確な位置がつかめない。手ごたえはあるけど、敵も見つからないよう対抗処置しているから、それを破る時間が欲しい」
そんな返信が来た。
ここまでは大きな問題が発生していない。
真美ちゃんの歌のおかげで、まだ時間が稼げるだろうと思っていたら……
「引っ込め! 何やってんだクソガキ」「教主様はどうした、お前ら帝国の手先か!」
あちこちからヤジが飛び出し、ブーイングのような叫びも増えてきた。
「あれは会場にまぎれた魔族だ。やつらあたいの『共鳴』をブロックしてやがる」
後ろから突然知らない青髪の少女に話しかけられた。
目はうつろで焦点すら合って無かったが、話し方や仕草はしっかりしていて、どこかセリーナちゃんに似ている。
「あなたは……」
「この娘は『人形』のひとり。それよりこれからどうする? セイバーの話じゃ、いざとなれば撤退しろと聞いたが」
会場のブーイングやヤジは強まるばかりだ。
「ブロックを解除することは可能ですか」
まだエリザは魔族の本隊の位置をつかんでいないし、このままじゃあ武器を使用不可能にしても暴動が起きるのは間違いない。
「思念同士の戦いになる。そうなりゃ思いの強い方が勝つが……」
青髪の少女がステージを見上げると、真美ちゃんの声はヤジに押されるように弱くなる。
このままでは歌も止まってしまうかもしれない。
「なら、俺の心を『共鳴』させてください。そして真美ちゃんが復活したら、また彼女をサポートしてください」
俺がそう伝えると、青髪の少女は首をひねる。
「何をする気だ」
「アイドルとファンは一心同体です。見せてあげましょう、異世界の『芸』を」
俺はそう言って、シャツを脱ぎ棄てた。
男の裸が注目を集める世界では、ただそれだけで周囲がざわめく。
「わ、わかった、任せる」
青髪の少女は微妙な笑顔で距離をとる。
俺はそれを確認して、ペンライト風発光魔法石棒を両手で握りしめ、真美ちゃんに向かって振り回した。
アイドル応援技、『ヲタ芸』の神髄を見せてやろう。
だって、もう歌を止めてしまったが、真美ちゃんはとても美しく可愛い。
そんな少女に価値がないなんてありえない。
きっと萌えは世界を超える。
俺は全身全霊を込め“パン、パパン”と拍手を入れながら「ヒュー、ヒュー、ヒュー」と声をかけた。
強く心に「男ども、本能に目覚めろ!」と願いながら。
「あ、アキラ……」
真美ちゃんはそんな俺を見つけると嬉しそうに微笑み、浮かんでいた涙を拭いてマイクを握りしめる。
もう一度腕を振り回しながら、全身全霊を込め“パン、パパン”と拍手を入れ、「ヒュー、ヒュー、ヒュー」と声をかけると……
セリーナちゃんの仕込んでくれた『さくら』だろう。
大きくなったヤジや怒号に混じって、小さな拍手が聞こえてきた。
俺が低い姿勢からステージの上の真美ちゃん捧げるように、ヲタ芸の技の一つ『ケチャ』を決めて、
「ま、み、ちゃーん!」
大声で声援を送ると……
真美ちゃんは頷いて大きく息を吸い込み、
「聞きやがれ、頭の悪い愚民ども!」
そんな素敵なことをおっしゃいました。
まあ、でもあれは、いつもの真美ちゃんだ。
そしてバンドもコーラスも無視して、いつものように日本で流行っていたお気に入りの曲をアカペラで歌いだす。
やがてベッドの上で毎晩行われていたステージのように魔力が溢れ出し、イリュージョンのように青や緑の光が彼女を包みだした。
「きゃっほー!」
真美ちゃんのダンスは更に激しくなり、ステージも微妙に揺れだしたが……
止まっていた演奏もなんとか真美ちゃんを追いかけ、コーラスに加わっていたシスターちゃんたちも動きを変える。
ダンスが得意だと言っていた猫耳の少女が真美ちゃんをコピーして踊りだし、歌が得意だと言っていたとんがり耳の少女が、アドリブのコーラスで追いかける。
他の二人も見様見真似で踊ったり歌ったりすると、会場の雰囲気が徐々に変わり始めた。
「押してる、いけるかもしれねえ!」
後ろから聞こえた青髪の少女の言葉に、俺は力を振り絞りながら次々とヲタ芸を繰り出し、心の底から少女たちの美しさを称える。
前の世界も、男性アイドルグループに多くの女性ファンが押しかけていた。
なら、この世界でも彼女たちが人気になってもおかしくない。
そう考えていたが、徐々にモバイル魔法ビジョンで俺や真美ちゃんを撮影する人や、見よう見まねで声援を送る人が増えてきた。
そう、ライブに必要なのはグルーブ感だ!
会場が熱気に包まれ始め、俺がもう一度渾身のケチャを決めると、真美ちゃんがK-POPのアイドルのように腰を突き出し、妖艶で誘うような踊りまで披露する。
「おおっ!」
それに合わせて男たちの唸り声が響き、シスターちゃんたちもその振りを真似て、会場にキスを投げたりした。
真美ちゃんはいつものように躍動感と若さにあふれ、小ぶりで引き締まったお尻はつんと上向き、色気と可愛らしさの境界線を行ったり来たりしている。
――やはり、美しい。
俺はスパッツ越しの真美ちゃんのお尻と、魔法少女のような衣装から揺れる胸を目に焼き付けて振り返った。
「魔族のブロックが間に合ってない、完全に押し切ったが…… この後あの女に『共鳴』をつないでも良いのか?」
真美ちゃんは歌の合間にマイクを会場に向け、
「あたし可愛い?」
そう問いかけて、微笑んだり。
「スタイルもいいでしょ」
妖艶なポーズをとって、会場を盛り上げていた。
「あの女は…… もっとあたしを見て、もっとあたしを愛して、もっとみんなで愛し合おうよ。そう、心の底から叫んでる」
青髪の少女の質問に、
「それが少女の輝く理由ですし、今この場所に…… いやこの世界に必要な事でしょう。ぜひ共鳴させてください」
俺はそう言ってシャツを拾い上げて袖を通した。
これで真美ちゃんも会場も大丈夫だ。
「で、お前はこの後どうするんだ?」
「オタ芸は過ぎるとマナー違反なのです。それにそろそろ第二会場のパーティーが始まりますから」
青髪の少女に優雅に答えると、
「まったくお前は…… 相変わらず阿呆なのか凄いやつなのか、つかめねえな」
少女はセリーナちゃんと同じ仕草で、深いため息をついた。




