ケ・セラセラ
そのアップテンポなバラードはこんな歌詞だった。
青い月まで連れてって
あなたに託した秘密の言葉
本当のあたしを見つけて
赤い月 青い月 散らばる無数の星たち
でも 真実はひとつだけ
ケ・セラセラ ケ・セラセラ
二つの月は踊る 二人のように
ケ・セラセラ ケ・セラセラ
あの日の二人のように
今日も湖畔に 月が輝く
俺はセリーナちゃんのチラチラと見えるピンクのパンツを見上げながら、ノートにメモを取る。
この世界には月が二つあり、大きな月を『赤』小さな月を『青』と呼んでいる。
実際はそれほど色の違いはないが、輝きが暗い小さな月を『別の世界への扉』として信仰しているようで、死者の魂が最後に休む場所だとエリック座長が教えてくれた。
だから暗い顔をしてたり、ため息ばかりついていると「青い月の女神が近付いて来る」と言われる。
歌が終わるとパラパラと拍手が聞こえ、セリーナちゃんがペコリと頭を下げる。
振り返ると店内には客が数人いたが、珍しく男ばかりだ。
ウエイターもいなく、給仕をしているのは女性ばかり。
次にステージに上がったのも耳のとがった亜人の女の子だった。
ステージを駆け下りたセリーナちゃんが俺のところまで走り寄る。
「あのう、ど、どうでした」
歌も上手かったし、ダンスも良かった。特にこの席から、確りとパンツが見えちゃうのが最高だった。
素敵な場所に案内してくれてありがとう。
「とても素敵でした」
俺がそう答えると、彼女は照れたように笑って、
「本当ですか?」
クリクリとした瞳で覗き込むように顔を近付け、俺の隣の椅子に座った。
手を広げて目の前に出し、
「本当だよ」
俺がそう言うと、セリーナちゃんは恥ずかしそうに手を重ねる。
「良かった、ちょっと元気になったみたいで」
そして嬉しそうに笑うセリーナちゃんの耳がピクピク揺れた。
もうお持ち帰りしたいなとか、あのパンツの詳細が気になるなとか……
そんなことを考えてたら、
「あの、その、あああ、あたしで良ければ」
セリーナちゃんは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
「ごめんなさい、手を離すのを忘れてました」
これじゃあセクハラだと思い、慌てて手を離すと、
「あたしなんかを触る人なんていませんし、ましてアキラさんのように美しい人が……」
モジモジしながら、ぼそぼそと呟く。
内向系萌え美少女だから忘れてたけど、彼女もこちらの世界の女性だった。
タイプとしてはミッシェルちゃんが元気なクラスの人気者だとすると、セリーナちゃんは陰で人気のある図書委員の女の子って感じだが、やはり男女の価値観が違うせいだろうか……
きょろきょろと辺りを見回しながら椅子を近付けてくる。
恥ずかしそうに迫ってくるところが、これはこれでよかったが、
「えっと、あの、お二階の個室に移動しますか? あたしこんなのだから、お客さんがついたことないのですが…… アキラさんの為なら頑張ります」
ポツリと漏らした言葉に、俺は首を傾げた。
「そ、そうですよね、あたしなんか。それにアキラさんのお店ならあたしが二万ペル払わなきゃいけないのに、ずうずうしかったです」
セリーナちゃんは顔を伏せたまま椅子をズルズル引きずって、元に戻ろうとしたが、
「ひょっとして?」
ここは前の世界と同じで、女性が男性にサービスする場所なのだろうか。
急いでセリーナちゃんの手をつかみ、誤解を解こうとすると、
「ああ、はい。人族と違って獣族や亜人の中には少数ですが男女の価値観が違う種族もいまして、あたしたち『狐』もそうですが、男の人も魔力を持ってます」
そんな答えが返ってきた。
それで店に男の客しかいない事と、セリーナちゃんの今までの態度に納得がいく。よく見れば人族の客は俺一人だし。
――まったく、俺は注意力が足らない。店の看板にもそれっぽい事が書いてあったが、読み違いかと思ってそれほど気にしていなかった。
しかしこれはチャンスだ。
俺はもう一度ノートを確認しながら考えをめぐらす。真美ちゃんとの約束も頭をよぎったが、あれは俺が客を取らないと言う約束だし……
「是非お願いできないかな」
俺がそう言うと、セリーナちゃんは口をパクパクしながら、
「ははは、はい。よろしくお願いします」
やはり顔を真っ赤にしながら、そう言った。
+++ +++ +++
彼女たちの料金は二千ペル。
俺たちが酒場でお客さんたちと話をするより安い。
部屋も俺が寝泊まりしている場所の半分ほどの広さで、簡素なベッドと一体式のバストイレ室が付属しているだけだった。
人族の女性ほど魔力が強くないらしく、彼女たちはシャワーを浴びる習慣があるそうで、
「狭いですけど、一緒に入りますか」
お誘いを受けたが、丁重にお断りした。
ベッドにカチコチになって座っているセリーナちゃんは、本当に庇護欲をそそる。
「ねえ、知ってますか? 人が何故詐欺に引っ掛かるか」
俺はセリーナちゃんの横に座って買ったばかりのモバイルを取り出す。
以前真美ちゃんが俺の部屋に入ると通信が途絶えるとぼやいていたし、マークも同じことを言っていた。
どうやらこの手の部屋に仕掛けられる『遮断魔法』や『強化魔法』は、この通信魔法ビジョンに利用されている「魔法波」を通さない。
確認すると画面には「魔力波が届いていません」とメッセージが出ている。
部屋の造りは安普請だけど、対策はちゃんとしているようだ。
これなら盗聴を気にしなくても良いだろう。
「さあ、どうしてですか」
セリーナちゃんが小首を傾げたので、俺はその横に座る。
「自分は大丈夫という思い込み。前の世界に心理学って言うのがあって、それではそのことを『楽観バイアス』って呼んでいた。人は生きていくために、必ずそんな考えが発生するそうだよ」
『上手くいかなかったのは運が悪かっただけ』『きっと次こそは上手くいくからもう一度挑戦しよう』そんな楽観的な思考がないと、気持ちが病んでしまって前に進めなくなる。
だから人はそんな『バイアス』を常に心にかけているそうだ。
「そ、そうなんですか」
「上手い詐欺師はそこをついてくる」
興信所時代に融資詐欺やM資金詐欺を何度も調査した。なぜなら、あまりにも有名すぎる手口なのに、有能な企業の経営者や実業家が被害にあっていたからだ。
詐欺師たちはこの『楽観バイアス』を熟知していて、「あなたなら理解できる」「その実績を評価して特別に」等、甘い言葉をささやき続け、承認欲求と共に楽観バイアスを刺激して、相手がそれに酔い始めた頃…… 魔の手を伸ばしていた。
「だから俺はうま過ぎる話はだいたい嘘だって考えて、そこから状況を整理してる」
「えーっと、何の話でしょう」
「たまたま美少女が俺の前に現れて、突然俺のことを好きになって、しかも都合が良すぎるほど俺の好みなんて話がうま過ぎるし、しかもその子は今俺が一番欲しい民権運動…… いや、魔族信仰の情報を知ってそうだ」
俺の言葉に、
「何か勘違いをしてるようですが……」
戸惑ったように顔をゆがめたが、
「歌のセレクトが不味かったね。雰囲気を盛り上げて周到にハメるつもりだったのかもしれないけど、俺たちがあの泉に行った事を知ってるのは帝国と冒険者ギルドの一部と、聖女様と氷結だけだ」
そこまで説明すると、セリーナちゃんは舌をペロリと出して、
「なんだ、バレてたのか」
とても可愛らしく微笑んだ。
+++ +++ +++
「で、どうするんだ? 下に居た客は皆あたいの部下だ。男だが魔力のある亜人と獣族で腕もそれなりに立つ。この店のオーナーとも話はつけてあるから、騒ぎが起きても問題はねえ」
セリーナちゃんの口調が変わるとボサボサだった髪が艶やかになり、肌も美しくなった。瞳もやや大きくなって、大人っぽく見える。
キレイさ三十パーセントアップで萌え度二十パーセントダウンといった感じだろう。好みから少し外れてしまったところを加味すると、微妙なラインだが……
「取引をしませんか?」
俺は話を持ち掛けることにした。
最近街に出ると、良く尾行される。
はじめは帝国か教会の調査員だと思ってたけど、いつも簡単にまくことができた。
あれは組織的な訓練を受けたことがある連中の動きじゃない。
前の世界なら半グレと呼ばれていた街のチンピラレベルだったから、状況的に考えてもあれは彼女の部下だろう。
なら、この話には乗るはずだ。
「あたいもこの街で長いこと仕事してるからな、信用ってやつは大切にしてる。依頼者を売ることは出来ねえし、いざとなったらあんたを殺しちまっても良いと言われてる」
「依頼者については問いませんし、俺をどうしたいか言ってくれれば偽装に協力しますよ」
そう言うとセリーナちゃんは腕を組んで首をひねった。
「面白そうだが…… 取引の内容はなんだ」
『狐』の能力がどこまでのモノか判断できないし、嘘を言ってないことを信じてほしかったから、俺は手を広げて彼女の前に差し出す。
「ふん」
すると、その上にそっと手のひらを重ねてくれた。
「そうか、それなら聞いてもいいが…… 報酬はいくらだ?」
ニヤリと笑った顔は悪党らしく、何処か妖艶で魅力的だ。
悪女って嫌いじゃない。俺はセリーナちゃんの評価を少し上方修正した。
「一億ペル。この条件を全て飲んでくれるなら即金で払いましょう」
これで一連の出来事の黒幕に反撃の狼煙を上げたことになる。
なら……
このたちの悪い嘘つき遊びを制するために、全力で、しかも素早く行動する必要があるだろう。
「あたいのつかんだ情報じゃあ、それはあんたが受け取った報奨金の全額だ。しかも即金で払うって…… バックレる心配はしなくて良いのか?」
「あなたの組織は信用第一なんでしょう」
俺が微笑み返すと、
「悪党を信用してどうする。イカレタやつだとは思ってたけど、ここまでとは…… 良いだろうその話のった!」
セリーナちゃんが楽しそうに笑いだす。
なるようになると、歌うように。
「それからあの歌は、とても素敵でした」
セリーナちゃんの手を握りしめてそう言うと、
「な、なに考えてんだ」
彼女は少し顔を赤らめて、隠蔽魔法を解く前のようにモジモジする。
その能力がどこまでのモノかまだ判断できないが、あのお尻も素晴らしかったと考えていたことに……
そっと手を離しながら、俺は後悔した。




