アップテンポなバラードにしてくれ
あれから七日経つが、逃げた先生の行方が知れない。
真実の泉で抱きしめた先生は二十代にしか見えなかったし、髪は黒かったけどニーナさんと同じロングのストレートで、前の世界のショートヘアとはイメージが違った。
でもあの顔を見間違えることはない。
俺が「先生」と呼ぶと彼女は困った顔をして……
それから金髪美少女に泉を指さされると、水面に映る自分の姿を確認し、
「うにょーん」
両手を頬にあててそう叫ぶと、ダッシュで走り去っていった。
あのおっちょこちょいな行動も、先生そのものだ。
「待ちなさい、ポンコツ!」
逃走する先生の背に金髪美少女が錫杖をぶん投げ、それが背に当たると、
「ぐげーっ」
と、変なうめき声を上げていたから体調も気になる。
――怪我がなければ良いのだけれど。
+++ +++ +++
「ため息ばかりついていると、青い月の女神が近付いてきますよ」
目の前で清楚な笑顔を称えながら紅茶のカップを片手に美しい金髪を手で払ったのは、金髪美少女ことエリザベータ・トゥ・マルセス。
帝国の皇族の血を引くが、複雑な生い立ちのせいで今は冒険者をしているそうだ。転移したばかりの頃に押された烙印を利用して、俺の命を救ってくれた。
その際、俺の心の中に真っ赤な返り血を浴びたドレス姿の幼女が現れた。
後から聞いた話では、あれは彼女の深層心理だったようだ。
傷一つない透き通るような白い肌と意志の強い瞳が印象的で、確かに彼女の面影があった。
俺の心の中もつながったらしいが、彼女は特に何かを聞いてきたりはしなかった。
ただあれ以来、気安く「アキラ」と話しかけてくるので、俺も「エリザ」と呼びかけている。
「あの屋敷に勤めていた少年が見つかったけど、簡単なお礼の手紙と給料三ヶ月分が届いただけで、音沙汰はないみたい」
屋敷も用心棒の仕事も全て偽名で、以前話していた『元騎士』と言うのも嘘のようだった。エリザが調べた限りではそんな銃士も騎士も存在していなかったそうだ。
支配人に確認しても、
「複雑な背景があるのは感じてたけどねえ、過去を詮索しないのがあたいたちのルールだから」
そんな言葉が返ってきただけ。
「不安そうな顔をしないでください。前にも話しましたが、あの女が誰かの命令で動いていたのは本人の口から聞いていました。今、そちらの方面でも探りを入れてます」
エリザはカップをテーブルに置くと、俺に視線を戻す。
その優雅な仕草とガラス細工のような美しさが、午後の茶店で注目を集めている。斜め後ろに座っている年配の男も、チラチラとこちらを盗み見しながらため息をもらしていた。
どうやらエリザの美しさは、この世界の男の視線も惑わすようだ。
「ありがとう、助かるよ」
「それから報奨金は話し合った通り三人で均等です。あの女の分はあたし名義の別口座に預けましたが、アキラの報奨はまだ冒険者ギルドにあるので、ちゃんと受け取りに行ってくださいね」
「それは……」
「どうしても受け取りたくないのでしたら、孤児院にでも寄付してください」
エリザは見た目と正反対の性格をしていて、一度言い出したことはなかなか曲げない。まるでオリハルコンのように硬い精神を持っている。
――そして今、聖女様救出は街で一番ホットな話題だ。
帝国はその栄誉を称え、救出した者たちに総額三億ペルの報奨金を払った。
その報奨は人質救出の過去最高金額らしい。
助けられた聖女様の証言により、今まで聖域として踏み込めなかった教会の深部まで、帝国の調査のメスが入るそうだ。
また政治的な影響を懸念したギルドが、冒険者たちの名前を公開しなかったため、いろいろな憶測を呼んでいる。
いわく、帝都の冒険者ギルドナンバーワン、SSSパーティー『ドールズ』が皇帝陛下の密命を受けて行ったとか。
歴代の勇者の中でも有名だった『狙撃のナナナ』が実は生きていて、秘密裏に帝国のために動いているとか。
最近帝都に出没する『謎の変態男』が魔族のたくらみを阻止するため、聖女を救ったとか……
どれも根拠のない話だが、
「人の噂は意外と当てになるものですね」
その話を聞いたとき、エリザは楽しそうに笑っていた。
「一億か」
「あら、不服ですか?」
「そんな金額、どうしたら良いのか想像もつかない」
「とりあえずモバイル魔法ビジョンを契約してください。連絡を取るのが大変ですから」
エリザが苦笑いしながらスマートフォンのような物をポケットから取り出す。
これも異世界文化と魔法が融合して開発されたものだそうだが、機能もスマートフォンそのものだ。
この世界にも『魔法ビジョン通信』と呼ばれるインターネットのような物があり、その端末として使われている。
「あたしの通信スペルはこれです」
俺はノートを取り出し、画面に現れた魔法文字をメモする。
言葉は女神の加護で何とかなったが、文字は読むことが出来なかった。
だから店の空き時間に勉強していたマークに簡単な読み書きを教えてもらっていたが、今は支配人こと元魔王ケーオス・バルキリア様に教えてもらっている。
魔法の修行と言ってもまずは基礎知識が必要なので、この世界の成り立ちや文字や魔法の概念を勉強中だ。
エロ女教師のような支配人はなかなか教え上手で、授業もとても楽しい。
「興味はあったけど、文字が読めなかったから避けてたんだ」
「そう言う問題だったのですか」
「だが、だいぶ読めるようにはなってきた」
「じゃあこれはどうですか?」
エリザがモバイル魔法ビジョンを操作すると、何かの指導書のような画面が現れる。
「えーっと、『正しいペットのしつけかた』かな。エリザは動物を飼ってるの?」
「違うわ、ヘンタイを一匹飼ってるの。そのしつけを勉強中です」
ヘンタイ? 俺の聞き間違いだろうか。
それともまだ知らないだけで、この世界にはそう呼ばれる生き物がいるのだろうか。悩みこんでいるとエリザが「ふふふっ」と嬉しそうに微笑み……
俺の背筋に、何か冷たいものが走った。
+++ +++ +++
エリザと別れてからモバイルショップで『モバイル魔法ビジョン』を購入した。
販売員の少年が料金プランやお勧めの機種を紹介してくれたが、やはり良く解らない。
「こんなことなら誰かに付き添ってもらえば良かったな」
ミッシェルちゃんたちや真美ちゃんの顔を思い浮かべていたら、
「そうだ、ガンジャンス」
狐耳の少女、セリーナちゃんとの約束を思い出した。
「このところ先生のことばかり考えてて、すっかり忘れていた」
酒場通りは店の近くで方向も同じだし、気分を変えるには丁度良いかもしれない。
通りに足を踏み入れるとまだ時間が早いせいか人はまばらだったが、目的の店はすぐ見つかり、運良くオープンしている。
「いらっしゃいませ…… あっ!」
しかも店に入るとすぐにセリーナちゃんに出会うことができた。
「ステージ衣装ですか? 似合ってますよ」
前の世界のウエイトレスのような姿だったが、この世界はウエイターが中心なので、久々に見るスタイルだ。
「いえその、これはお店の給仕服で……」
申し訳なさそうにピコピコ耳を揺らす姿は、やはり萌えポイントが高い。
「まだ開店したばかりで飲み物しか出せませんが、よろしいですか」
俺が頷くと、ステージの近くのテーブルに案内してくれた。
メニューにあったエールをオーダーすると、
「これから音合わせで、あたしもステージに上がりますが、せっかくなのでリクエストがあれば…… その」
セリーナちゃんがミニスカートからこぼれる尻尾をちょろちょろ振りながら聞いてくる。
流行の歌はだいたい大丈夫だそうだが、俺がこの世界の歌を知らない。
「何かお勧めは?」
そう聞くと、セリーナちゃんは心配そうに俺の顔を覗き込んで、
「なんだか元気がなさそうですから、楽しい歌か…… それともいっそ、バラードとかどうですか?」
人差し指をあごにあてて小首をかしげる。
「そうだね、バラードならアップテンポなバラードにしてくれませんか」
今の気分はあまりにも中途半端で、そんな思いがつい口に出た。
しかし俺の良く解らないリクエストを、
「了解でーす!」
セリーナちゃんは快く受けて、ステージ裏に走っていった。
届けられたエールを口にしながらモバイルとノートを取り出す。
忘れないうちにエリザのスペルを登録しようとノートを開いて、パラパラめくっていたら…… 重大なミスに気付く。
そう、先生がどうしてこの世界にいるのか、そして今どこにいるのか。
そればかり考えていて、肝心なことを見落としていた。
――そもそも前提条件が間違っていたのだ。
初めてこの世界に来た時の陛下と聖女の会話。
城を出て絡まれた俺に、都合よく先生が助けに入ったのは何故だ?
先生が俺に遊郭の話をしたのは?
そこにいた元魔王や、採石場跡でのエリザとの出会い。
その近くにいつもいたのは先生だ。
そして俺の身体に刻まれた烙印。
そもそも俺がこの世界に来た理由は……
先生も言っていた、偶然なんてほとんどあり得ない。あるとすればそれは偶然に見える仕掛けられた罠だ。
「このパズルの中心を先生にしちゃダメだったんだ」
俺があっけにとられていたらステージにセリーナちゃんが上がり、バックバンドと簡単な打ち合わせをすると、マイクに向かって歌いだす。
それはバラードだが、どこか陽気な明るいテンポで始まり……
あの日森で聞いた『月夜の湖畔姫』の逸話をベースにした、ラブ・ソングが始まった。
「月夜の湖畔姫。そう、あれが最後のピースだ」
セリーナちゃんは、さっきと同じミニのウエイトレス服を着てる。
歌に合わせてクルリとターンすると、俺の目の前でスカートがひらめいた。
セリーナちゃんの揺れる尻尾と引き締まった可愛いお尻を見ていたら、もう一つの重大な謎が解ける。
「そうだったのか」
前からどうしても不思議だったが……
やはり尻尾を通すための穴が、パンツに空いていた。




