第六章 交渉の行方④
「……昨日はごめんなさい」
翌朝。
茉莉は一人でエルナたちの部屋に訪れた。
場所は同じくエルナの個人部屋だ。かなたと刀歌もその部屋にいて、武宮と蒼火は気を利かせて別室にいる。帰還した蝶花も含めて、従霊たちも一旦席を外しており、この部屋には四人の少女だけがいた。エルナたちが面接官のように並んでベッドの縁に腰を下ろし、茉莉のみが椅子に座って対面しているような状況だ。
「別に構わないわ。それで」
ぐいっと、エルナは少し身を乗り出した。
「上手くいったの?」
そう尋ねる。かなたと刀歌も興味がありそうだ。
茉莉は耳まで真っ赤になって視線を逸らすが、
「……うん」
こくんと頷いた。
「流石に唐突だったし、圭吾もギョッとしていたけど、志穂も強く後押ししてくれて、二人で押し切った感じ。それでその……」
「圭吾さん、OKって?」
エルナの質問に、茉莉は「う、うん」と頷き、
「明日も知れないこんな時代だから、志穂も私も失いたくないって。私たちを守ってみせるって。それで私、そのままの勢いで昨夜……」
そこで深く俯き、膝の上で手を固めて茉莉は言う。
「昨夜、岩倉茉莉改め、木崎茉莉になりました……」
「「「おお~」」」
エルナたちは声を揃えて感嘆した。
「良かったわ。おめでとう」「おめでとうございます」「おめでとう」
と、それぞれ祝福の言葉をかける。
茉莉は「うう~」と呻き、ますますもって真っ赤になるが、
「……ありがとう」
とりあえず、お礼の言葉を返した。それからコホンと喉を鳴らして、
「ごめんなさい。本当に脱線しちゃって。それで昨日、話したかった本題なんだけど」
「あ、うん。そうね」エルナは頷く。
「茉莉と志穂とも女子トークしたいところだけど、今はこれからの話よね」
「そうですね。やはり銀城先生のお話でしょうか」
かなたがそう尋ねると、茉莉は「ええ」と首肯した。
「昨夜、圭吾とも話し合ったわ。圭吾としては虎先生を危険には晒したくないのは変わりないわ。けど、同じぐらい寧子ちゃんも助けたいのよ。それが本心だって。だけど、救出するためには戦力がどうしても不足しているのが現状よ」
その言葉に、エルナたちは沈黙で返す。
すでに、この件は蝶花から真刃に報告していた。そして蝶花の話では、件の少女は命に別状もなく、現在、天雅楼で手厚く保護しているそうだ。
それをここで伝えることはできる。茉莉に真実を告げることも出来る。
この世界が千年の怪物どもによって造り上げられた、ただの舞台であるということを。
しかし、それはあまりにも残酷な真実だった。
誠意を尽くして語ったとしても、全く信じてもらえない可能性が極めて高い。なにせ、茉莉たちには苦難に満ちた二年間の日々があるのだから。
(それが全部、誰かの都合で作られた結果だなんてとても言えないわ……)
ましてや、その二年間で失ったモノは決して取り戻せないのだ。
その真相がただの舞台装置であっても、この世界は仮想空間のような幻ではない。紛れもない現実なのである。
エルナはかなたと刀歌へと目配せする。
二人も視線を向けて微かに頷いた。
――真実はまだ語れない。
語れる時が来るとしたら、茉莉たちを天雅楼に保護してからだ。
一方、茉莉は語り続ける。
「結論から言うと、圭吾は《イーターズ》と交渉することにしたわ」
「……え? 銀城さんの提案に乗るのか?」
刀歌が驚いた顔をする。茉莉は「うん」と首肯し、
「若い女性以外は子供であっても容赦なく殺すあいつらだけど、流石に技術者だけは殺すのを躊躇うのよ。特に医者とかエンジニアはね。命乞いする時に『自分はエンジニアだ』とか言ったら殺されずに連行されていった人も多いみたい」
「……医師や技術者は殺さない、ですか」
ポツリ、とかなたが呟く。
「なるほど。ネットがない今、知識や技術はすべて属人化されています。医療技術は言わずもがなですし、家電を修理するのにも専門技術は必要です。生活を維持するには、技術者は必要だということですね」
「ええ。だからこそ、虎先生の技術力は交渉材料になり得るわ」
と、茉莉は言う。
「AI搭載のドローンまで自作できる虎先生が殺されることはないかもしれない。けど、交渉の場で捕まってそのまま奴隷にされる恐れはあるわ」
「……難しい交渉ね」
エルナの呟きに、茉莉は「ええ」と答えて、
「あいつらと交渉するには、こちらも相応の戦力があると誇示する必要があるの。戦えば手強い。手を組んだ方が、メリットがあると思わせるぐらいに」
それはまさに交渉の基本だった。
かなたが「そうですね」と同意して小さく頷いた。
「銀城さんお一人では交渉は成立しない。一人で行かせれば奴隷にされて終わりです。そう思ったからこそ、圭吾さんは交渉に反対されていたのですね」
「ええ。けど、虎先生の意志は固いわ」
茉莉は小さく嘆息した。
「それだけ焦っているということなのよ。だって、ずっと身を案じて探してたお孫さんの危機だもの。焦って当然よ」
件の少女を、茉莉もまた心配しているのが分かる声色だった。
真実を告げられないことを心苦しく思いつつ、エルナは「そうね」と返した。
茉莉はエルナを見て首肯し、
「虎先生を一人で行かせたくない。だから、圭吾は交渉することに決めたのよ」
「しかし、交渉するには戦力の誇示が必須なのだろう?」
腕を組んで、刀歌が眉根を寄せた。
「どうするんだ? そいつらのほとんどは完全化が出来るんだろう? 単純に一人当たり三倍差があるとしたら、戦力的には相当に厳しいと思うが……」
「……そうね」
茉莉は眉をひそめて、かぶりを振った。
「確かに戦力差は厳しいわ。こっちで完全化できるのは私と圭吾だけだし。私たちだけじゃ、あいつらが手強いと思うレベルじゃないわ」
茉莉は「そこで」と言葉を続ける。
「刀歌。ごめんなさい。私たちはあなたに頼りたいの」
「え? 私にか?」刀歌が目を丸くする。
茉莉は真剣な面持ちで頷いた。エルナとかなたも刀歌に注目する。
「あなたの実力は知っているわ。エルナも凄く強いけど、たぶんあなたはそれ以上じゃないかしら? きっと、あなたは誰よりも機甲脚装との適合率が高いのよ」
「あ、うん。そっか」
困ったような表情を見せる刀歌。
言うまでもなく、刀歌の力は完全に自前だった。引導師の基本。魂力を使って身体能力を強化しただけだ。確かにエルナたちの中では最も接近戦が得意であるのは事実であるが、そこまで逸脱した真似はしたつもりはないのだが……。
「あのレベルと数の怪物どもを瞬殺。たぶん、私の完全化と互角かそれ以上だわ」
(あ、そっか)
刀歌は思い出す。出会った時、エルナが茉莉と落ち着いて話をするために迅速に露払いしたのだが、それが強く印象に残ったということのようだ。
(私も主君からの任務でちょっと張り切っていたからな。少しまずったか?)
そんなことを考えるが、そこでエルナが視線を送ってくる。
――茉莉に話を合わせて。
壱妃と参妃は、アイコンタクトで意志の疎通をした。
「まあ、確かにな。私はエルナよりも機甲脚装と相性がいいのかもな」
「ええ。あなたは通常モードで完全化を上回る力を持っている」
茉莉は真剣な表情でそう告げた。
「……なるほど。そういうことですか」
その時、かなたが呟いた。全員の視線がかなたに集まる。
「通常モードでありながら完全化を上回る力を持つ者。刀歌さんが力を示し、そんな人間が茉莉さんのチームに他にもいるかもしれない。そう思わせたいのですね」
「……ええ。そうよ」
茉莉は、極めて申し訳なさそうにそう返した。
そして深々と刀歌に頭を下げて、
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
沈痛な声で、茉莉は請う。
「あなたは本来、無関係なのに。図々しいのは分かっているわ。とても危険なお願いであることも。けど、それを承知の上でお願いしたいの」
そうして一拍おいて茉莉はこう告げた。
「刀歌。これは私と圭吾からのお願い。あなたにも交渉の場にいて欲しいのよ」




