第二章 虚構の世界③
『月子』
暗い和室に少女の声が響く。宙に浮かぶ鬼火の声だ。
『準備は出来たの?』
「うん」
その声に彼女は応じた。
ふわりとした淡い金髪に、澄んだ蒼色の眼差し。年齢は十二歳なのだが、正妃の正装を纏うそのスタイルや、美貌はとても大人びており、容姿的には十代後半と言われても納得してしまうような美しい少女だ。
肆妃『月姫』・蓬莱月子だった。
彼女もまた異変に気付き、戦闘服でもある正装に着替えたのである。
なお、彼女に声をかけた鬼火は月子の新たな専属従霊となった時雫だ。従霊五将筆頭も担う猿忌にも並ぶ最強の従霊だった。
『なら他の人たちと合流するの』
と、時雫が告げた時だった。
「――月子!」
バンッと月子の部屋の襖が勢いよく開かれた。
「大丈夫? 無事なのっ?」
そう尋ねてくるのも少女だった。
毛先に行くほど明るいオレンジ色になる長い赤髪を腰まで下ろし、真っ赤なリボンで分岐させるかのように、左右で結いだ少女だ。年齢は月子と同じ十二歳。正妃の正装を着ているのも同じだ。ただスタイルは月子と違って年齢相応ではあるが。
肆妃『星姫』・火緋神燦である。なお、彼女の傍らにも鬼火が浮いている。燦の専属従霊であり、従霊五将の一角。鬼火状態の赫獅子だった。
「うん。大丈夫だよ」月子は微笑んだ。「燦ちゃんも大丈夫?」
「うん! 眠いけど大丈夫よ!」
腰に両手を当てて燦はそう返してきた。
月子は「うん」と頷き、
「とりあえず誰かと合流しよう。茜ちゃんや葵ちゃんも心配だし」
「うん。そうね」
燦も頷き、二人と二体の従霊は部屋の外に出た。
庭園沿いの長い渡り廊下を走り出す。まず目指す場所は茜たちの部屋だ。
すると、
「あ! 燦ちゃん! 月子ちゃん! よかったあ!」
後ろからそう声を掛けられた。二人して振り返ってみると、そこには数人の男女がいた。灰色の隊服を着た近衛隊のメンバーだ。
ただ、その中で一人だけ服装が違う女性がいる。
年齢は二十歳ほど。腰まで伸ばしたボリュームのあるふわりとした長い栗色の髪に、少し垂れ目がちの大きな瞳が印象的な美女だった。月子さえも大きく凌ぐ抜群のプロポーションの上には月子たちと同じ正妃の正装を纏っている。
伍妃・芽衣である。
「本当によかったあ。二人とも無事でぇ」
芽衣はホッとした顔で二人に近づき、同時に強く抱きしめた。
豊かすぎる胸を顔に押し付けられて燦は「むぎゅ!」と不満そうな表情だ。
一方、芽衣は、まるで母のような顔で微笑んでいる。
妃たちの中でも、最も子煩悩で母性が強いのが芽衣だった。強欲都市で活躍していた時は虚勢を張っていたのだが、真刃と結ばれた後は生来の優しさを隠すこともなくなった。この異変に月子たちの身を案じて真っ先にかけつけたのである。
芽衣は少女たちの無事をしっかりと確認してから二人を離して、
「二人は茜ちゃんたちのところに行く途中なん?」
「あ、はい」
月子は頷いた。燦も「うん」と首肯する。
「二人が心配だったので」「合流しようと思ったの」
「うん。そう」芽衣は優しい顔で頷く。
二人ともいい子だねぇと燦たちの頭を撫でつつ、
「けど、そっちは大丈夫だよぉ。六炉ちゃんが迎えに行ってくれたからあ。二人はいったん大広間に向かってくれる? ウチはこれから緊急会議があるからあ……」
芽衣は後ろに振り向いて、「二人を任せてもいい?」と近衛隊員たちに尋ねた。
五人いた近衛隊隊員の内、三人が「お任せください」と前に出た。
しかし、月子は、
「芽衣さん!」
芽衣の腕を掴んで強く願う。
「私もその会議に出たらダメですか! だってこれは――」
「……落ち着いて。月子ちゃん」
芽衣は、少し憂いを宿した眼差しを月子に向けた。
「気持ちは分かるけど、まだ事態は何も掴めてないんだよ。今の時点で襲撃がないのは多分これは開幕。まだ舞台の始まりにすぎないんよ」
「…………」
月子は無言だ。温和な彼女らしくない眼差しで芽衣を見つめている。
芽衣は小さく嘆息して、
「燦ちゃん」
燦の方を見やり、こう願う。
「月子ちゃんをお願い。大丈夫。情報が整理できたら二人にも必ず共有するから」
「……分かったわ」
燦は頷いた。それから月子の手を引き、
「行こ。月子。あたしたちが戦う時はきっと来ると思う」
「……うん」
月子はまだ納得しきれていないようだが承諾した。
芽衣は微笑み、
「それじゃあウチは行くねぇ」
そう告げて、二人の近衛隊員と共に去っていった。
残された月子は内心では不満を隠せなかった。
(私がまだ子供で弱いから)
拳を強く固めて想う。
だから気遣われる。戦場に立たせてもらえないのだ。
両親を殺したあの女が待つ戦場に。
(なら私がすべきことは)
月子は小さく息を零した。
(早く大人にならないと。心も体も。早く大人に)
密かに覚悟を決める。
そのためにも目覚めた異能を使いこなさなければならない。
(……そして)
緊張感を抱きつつ、唇を噛みしめる。
頬は微かに赤らんでいる。
近い未来への決意も固めていく月子だった。




