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The secret which can't be suggested. (言い出せない秘密)

 Rechardの家からの帰りの車のなかで、新谷とCharlotteはずっと黙っていた。

気まずい雰囲気ではなかった。

言葉を交わさなくても、分かり合えるという気分だった。

相手のことを、こんなに思えることは、お互いにいままでなかった。


途中のドライインに休息とガソリンの補給によった。

店に入ると、カントリーの曲が流れていた。


 「Charlotte、今日はありがとう。本当に感謝している。多分、自分一人ならあの奇跡は起こらなかったと思う。」


と新谷は、しみじみとCharlotteの目を見て話した。

綺麗な、とび色だ。

銀髪と相まって、いつもよりCharlotteがきれいに見えた。

Charlotteは、すこし照れながら、


 「私には、静子のような真似はできない。そう、私にはしたくてもできない・・・・」


とあきらめたように言った。

その時には、新谷はその言葉の本当の意味を知らなかった。


Charlotteは、コーヒーカップを片手に、キャメルの煙草をくゆらせた。


夕暮れ時になって、新谷のアパートの前に着いた。

新谷がドアを開けようとしたときに、その手をCharlotteが止めた。


 「話があるの、とても大事な話が」

といった。

新谷は、Charlotteの真剣なまなざしに押されてて頷いた。


 Charlotteは再び、車を走らせて、海辺のモーテルに車を止めて部屋を取った。

 新谷は特に、その行動を止めもしなかった。

Charlotteは、何かを新谷に告げようとしていた。

甘い告白ではなく、きっともっと真剣なものだと新谷は、Charlotteの表情から読み取っていた。

外は、夜のとばりだった。

新谷もCharlotteも食欲はなくデリバリーも頼まずにいた。

部屋に入ると、Charlotteは、シャワールームへと入っていった。

暫くシャワーの音が響いていた。

新谷は、ベットに倒れこむと、疲れが来たのか、うとうととしだして、そのまま眠ってしまった。


どれくらいの時間が過ぎたのか、新谷が目を覚ますと、バスローブ姿のCharlotteが新谷を見つめていた。


 「ごめん、眠ってしまった。起こせばよかったのに」


と新谷が言うと


 「気持ちよさそうに寝てたし、男の人の寝顔をこうして見るの久しぶりだから」


とCharlotteは寂しく笑って、新谷の髪を撫ぜた。

新谷は心地よさそうにしていた。


 「あなたに、大切な話があるの」


といってCharlotteは、立ち上がって新谷の目の前に立つとバスローブを脱いだ。

驚いて見つめている新谷に、Charlotteは下腹部に手を置いた。


 「ここに、大きな傷があるでしょ。3年前に手術をしたの」


新谷は、その均整がとれた体つきに似合わない大きな傷を見ていた。


 「私は、子供が産めないの。病気で子宮を摘出したから・・・」

Charlotteはそれを言い終えると、バスローブを身にまとった。


 「私には、あなたを好きくなる資格がないの。好きな人の子供が産めないの」

とCharlotteは言うと新谷に向って身を投げ出した。

新谷が受け止めると、Charlotteは声をあげて泣き出した。


 「あなたに出会った頃、毎日 誰か知らない男達と寝ていたの、妊娠しないから好き放題に。誘われれば、何の疑問もなく付いて行くような女だったの。jimmyが死んで、病気になって、どうでもよかった。わたしに価値なんてなかった。お酒をのんで快楽に身をゆだねていれば心地よかった。すべてを忘れるような気がしていた。でも、新谷、あなたに出会った。あなたは、異邦人(エトランゼ)、私が出会ってきた人たち違っていた。あなたは、私を普通の女として接してくれていた。大切にされていたのが、分かった。そして、あなたが、心を病んだ時に、私の今までの行いが醜く思えた。あなたは、死と隣り合わせ中で、必死に生きていた。その時に分かった。Jimmyも、そんな中にいたんだって。きっと、必死に生きたかったんだと思った。私には、分からない。生きるために戦うなんて・・・。あなたの瞳中には、静かな海のようなものが見えた。とても静かだけれども、誰も受け入れないものがあった。でも、今のあなたの腕の中は、とても安心できるの。ずっと、こうしていたいの。」


とCharlotteは一気にまくし立てて新谷の胸の中でイヤイヤと子供のように頭をふっていた。


 「私は、汚くて醜いの?」


とCharlotteは新谷に尋ねた。


 「ヨハネによる福音書の中に、イエスを陥れようとしていた人たちが、姦淫を犯した女性をイエスの前に連れてきて石打の刑にするべきだと言ったときに、イエスは"あなたがたのうちで罪のない者が、まず彼女に石を投げなさい"といったと英語の勉強で聖書を読んだ時に記憶している。自分もそう思う。罪のない人間だけが人を裁ける。だから、Charlotteを汚いとか、醜いなんて思えない。」


 新谷は、強くCharlotteを抱きしめた。

 Charlotteの手が新谷の背中をさまよっていた。


 「それに、Charlotteのお陰で、自分は此処に居る。」


 新谷はCharlotteの頬に手を当てて、それからCharlotteの唇に自分の唇を合わせた。

恋人の接吻だった。

戦場にいたのだ、新谷自身、経験が無いわけではなかった。


 長い接吻から覚めて、新谷の腕の中にいるCharlotteに向って


 「自分にも、Charlotteに知ってほしいことが、あるんだ。」


 と天井を見ながら呟いた。


 窓から、月明かりが漏れていた。


 「1945年8月9日 11:03 私は長崎にいたんだ。原子爆弾が投下された日にいたんだ。」


 「原子爆弾?」


 とCharlotteは聞き返した。

 その当時、原子爆弾については、プレスコードが取られていた。

 原爆に関することは、アメリカ国民にも詳しくは知らされていなかった。

 原爆に関する著書も発刊できなかった。

 原爆ことが公になるのは、戦争が終わった一年後だった。

 ダウンフォール作戦が決行されていた場合、第一段階の「オリンピック作戦」で九州の南半分を占領、 九州を戦略爆撃および次の上陸作戦の前進基地としながら、翌年3月の「コロネット作戦」で関東地方を 占領する計画だった。

 2発の原子爆弾の投下と、ソ連の参戦で日本はポツダム宣言を受諾した。

 原子爆弾の使用理由に、ダウンフォール作戦が決行されていた場合予想される連合軍の損害は、過去の の戦闘から類推して25万人ともいわれ、日本人の被害は予測も立たない。

 だから、原子爆弾の投下により早期に戦争が終結したとされるのがその理由だ。

 だが、廣島型原爆のウラン型ガンバレル方式と長崎型プルトニウム型爆縮型の二つの種類が落とされた

 ことに対して、歴史は判断するのだろう。

 そして、日本でも世界でも原爆の悲惨さは、伏せられた。

 プレスコードにより、1952年4月のサンフランシスコ条約終結まで、原子爆弾に関する報道や書籍に対して検閲がなされていた。

 1953年「ひろしま」という広島の原爆の惨劇を伝える映画が撮影されたが、全国での上映を大手映画会社が拒んでいる。

 それほど、原子爆弾に対して神経を使っていたことになる。

 放射線の恐ろしさは、一般には理解されずに、大気圏中の原爆実験は続く、核分裂から、核融合の水爆となっても続いた。

 X線により、遺伝子が突然変異を起こすことは、1920年代には知られていたが、DNAの存在は60年代まで待たねばならない。

だが、現実はそうではなかった。

胎内被曝した子供に、流産や死産、奇形などの症状が現れたのだ。

被爆から、5年以上経過すると白血病が多くなり、10年以上になると甲状腺がんなどが増えてきていた。

新谷は、その現場にいた。

ある事情から、新谷はその内容を知っていた。

国家事業として、戦後のまもなく原爆についての被爆者を使った人体実験まがいのことが行われ、2年間で181冊の1万ページに及ぶ報告書にまとめられた。

その英訳のアルバイトを当時、学生だった新谷はやっていた。

そこに書かれた内容は、原子爆弾の恐ろしさと通常の兵器にない後遺症だった。

新谷は、自分が投下まもなく長崎市内の爆心地に救助活動で入ったことや、救助した少女が目立った怪我無かったのに死んだことも、翻訳の内容から概要を知っていた。

原爆症だ。

放射能という、色も臭いもないものに鎖でつながれてしまっていた。

実際、被爆地で被爆者というだけで、結婚も就職も差別を受けていた。

やむなく結婚をあきらめたり。

被曝地出身であることを隠して就職したり結婚したりしていた。

誰もが、PTSDの苦しみの中にいた。


 「あの日、とても暑かったんだ。入道雲がたくさんあって、蝉が鳴いていた。あの時に出撃していれば、あるいは、あの子は死ななかったかもしれない。Charlotte、私はあの地獄の中にいたんだ。」


Charlotteは新谷の遠くを見つめた目の中に深い悲しみとあきらめを見た。


 「新型爆弾で戦争を早く終わらせたって聞いたわ」


 「結果的にはそう見える。だが、あの兵器は二度と使ってはいけない。だから、朝鮮戦争でも使用しなかった。トルーマンは賢明な判断をしたと思う。」


 「何があったの?」


 Charlotteは新谷の胸に手を当てた。


 「原子爆弾には、放射能というものがあって、それを浴びると体の細胞が壊れるんだ。大量に浴びれば、すぐに死んでしまう。外傷もなしに、少なく浴びても、何年もあちからその影響が出で来る。だから、私も、子供を持ってはいけないと思っている」


 新谷の言葉にCharlotteは飛び起きた。


 「なぜ、そんなことを言うの、あなたは今生きているのに」


 Charlotteの問いに新谷は


 「自分のことはいいんだ。でも相手はどうなの、健康な人なのに原爆症で被害をうける。私は耐えれてもその人は耐えられないかもしれない。生殖行為は人間の本能だから。」


 「違う、子供を産むために結婚するんじゃないわ。人は一人で生きていけるほど強くない。私には分かる、人は支えあって生きるものだわ。ひとはみんなどっかが不完全だから、それを補うために結婚するの。惹かれあうってそういうことじゃないの」


 Charlotteは、首おおきく振って新谷の言葉を否定した。


 「あの時に、自分が飛んでいれば、体当たりしてでも撃墜したとおもう。それだけの機会はあったはずなのに、飛ばなかったんだ。前日の攻撃で飛べなかったんだ。燃料も機体の整備もどれも満足じゃなかった。カミカゼの時には飛べたのに、あの時は飛ばなかったんだ。だから、7万もの人が死んだんだ。」


 自虐的に話す新谷の頭をCharlotteは、自分の胸に抱きしめた。


 「過去に、もしもはないわ。あるのは結果だけ。こうしてあなたが生きていること。それにはきっと意味がある。意味を見出しからこそ、アメリカまで来たんでしょう。そして、神さまが私にあなたを逢わせてくれた。私に生きる意味をくれた。」


 「私は、そんなに大したことはしていない」


 「いいえ、私にもう一度、真剣に人を好きになることを、愛することを教えてくれた。」


 「私に、人を好きになる資格はないよ。いずれ病気にでもなって迷惑をかける」


 「私がそばにいるわ。だから、今夜はずっと一緒にいさせて」


 といって、新谷に口づけをした。

 

 何かが、新谷の中で爆ぜた。


 狂おしいほどに、Charlotteを抱きしめた。

 そして、成就することのない行為の中で、何度もCharlotteとお互いを確かめ合った。


 

 朝日が新谷の顔を照らした。


 「My darling、(愛しいあなた)」


 といって軽いキスをするCharlotteがとてもまぶしかった。


 








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