From A Distance (遠く離れていても)
男が多くなると戦争が始まり、女が多くなると戦争が減るという言われる。
神の意志なのか、ハーメルンの笛吹き男なのか。
生命に掛けられた呪いなのか、人類の歴史は血塗られた戦争の歴史だとしても、人は戦いをやめない。
人知を超えた存在がいたとしても、称える歌声があったとしても、泣き叫ぶ声があったとしても、戦いはいつもどこかで起こっている。
1950年6月25日に突如、北朝鮮軍が38度線を越えて韓国に進軍してきた。
朝鮮戦争の勃発である。
アメリカを主とする国連の多国籍軍は、半島へと派兵するが、訓練された北朝鮮軍と殆どか新兵に近かったアメリカ軍とでは、戦闘ならずに、韓国は首都ソウルを放棄して、漢江にかかる橋を避難民もろともに爆破しなけばならないほどに追い詰められていた。
アメリカ国内では、はるか極東でのもめごととしてしかとらえていなかった。
戦争はもう過去のものでしかなかった。
しかし、北朝鮮軍の南進は止まらずに、釜山まで追い詰められた、多国籍軍は、いよいよいとなっていた。
空では、新たな戦いが始まっていた。
レシプロからジェット機への転換だ。
第2次世界大戦で、ドイツから大勢の技術者と膨大な資料を受け入れたソ連により、ジェット戦闘機MiG-15が開発され、ソ連軍のパイロットが軍事顧問として送られ、中国兵に偽装して参戦したといわれていた。
国連の多国籍軍は、B29やP51などの第2次世界大戦に軍役していた機体で攻撃したが、MiG-15の前では時速1,000km/Hを超え毎秒50mの上昇速度にはかなうはずもなかった。
すぐさまに、アメリカも、新型のF86戦闘機を投入した。
これに搭乗していたのは、Rechardだった。
アメリカ軍も当然ジェット戦闘機を保有していたが、F-80はレシプロ機の水平翼にジェットエンジンを取り付けたもので、高高度性能もひくく、ピーキーな操縦だったので、MiG-15に劣っていた。
次第に制空権の確保が難しくなり、1951年にF86が投入された。
性能的には、Mig-15と同等であったが、機体性能が同等であれば、パイロットの力量がものをいう。
Mig-15のパイロットは、ドイツ空軍と戦った歴戦の兵だった。
その戦い様から、多国籍軍は、ソ連のバイロットと気づいていたが、国連の安保決議において欠席して国連決議で拒否権を行使しなかったため、表向きは参戦できないことになっていた。
ただ、レシプロからジェットに変わっても、空の戦いは変わっていなかった。
そこで、空戦の経験があるRechardのようなパイロット達が選ばれジェット機の訓練を受けていたのだ。
Rechardたちは、最新鋭の機体ではあったが、燃料がレシプロの2倍消費するために、ミグ回廊と呼ばれた北朝鮮北部から飛来する敵機との戦いは、20分程度しかなく、邀撃側が有利なのは間違いがなかった。
Mig-15は徹底した軽量化と生産性を重要視したため、第2次世界の零戦と同じように上昇性能と旋回性能に優れていた。
ロッテ戦法を取られた場合、Mig-15の上昇速度でウイングマン(僚機)と連携がとれない。
高高度性能が高いため、高高度から一撃離脱して上昇に転じれば、F86ではどうしようもなかった。
Mig-15の目的は、爆撃機の撃墜用途であり、F86のように多目的利用の考えはなく、機体は軽くまた
三七ミリ砲一門と二三ミリ砲二門を装備しており、大型目標の爆撃機に一発でも当たれば撃墜できた。
ミグにはパイロットの耐G服をはじめ失速警報器、キャノピー防霜、パーキングブレーキなどの安全艤装がなかったため機体重量がF86より軽量だった。
交差速度が1,500km/hを超える中の戦闘は、一瞬ほんの2~3秒の判断が生死を分ける。
レシプロ機では考えられないことだ。
加えて旋回時のGは2Gを超える耐Gスーツでもきつかった。
Rechardは、戦闘を終えるたびにひどく疲れを感じた。
もう、戦闘ではないと感じた。
機体性能の違いがもろに出る戦闘だった。
コントロール・スティックの微妙な操作、エアブレーキの操作の遅れが生死を分ける世界だった。
撃墜エースの条件の5機以上なんてものは飛んでもなかった。
相手の力量が上の場合は、ダイブで逃げるかオーバーシュートを待つかしかなかった。
Rechardは、戦闘を終えて基地に戻るとベッドに倒れこむと胸元から四角の布切れをだした。
それは、本国から半島の戦場に行く前に日本に寄ったときに、静子から手渡されたものだった。
なんでもamulet(お守り)と言っていた。
それを受け取った時、静子は何故か白い着物を着ていた。
真顔で、Rechardにこのお守りを手渡して
「必ず帰ってください。私はいつまでも待っています」
といってRechardの腕の中に飛び込んだ。
Rechardは、強く静子を抱きしめた。
戦闘機乗りはいつか死ぬ。死への恐怖を抱いたときに死神に魅入られる。
生きたいと願うことが大切だと昔、空軍の教官に言われた。
「必ず 生きて帰ってくる」
とRechardは、いって静子に口づけをした。
狂おしいほどに、静子はRechardを求めた。
それは、何かを覚悟しているようにも見えた。
Rechardは何度も静子の中で果てた。
Rechardは、くるりと頭をまわした、涙滴型のキャノピーは視界は良好だった。
前方をB29の4発の機体が飛んでいた。
巡航速度でゆっくりと後方を警戒していた。
そろそろ、ミグ回廊に差し掛かっていた。
B29のレイダー手から無線が入った。
30km程度の距離ならば、肉眼でも敵影は確認できた。
増槽を切りはなし上昇した。
急降下してきた敵機とすれ違った。
すぐに旋回してダイブに移った。
ダイブ速度では、Mig-15よりもF86の方に分がある。
後方から丸い照準器の中にとらえてコントロール・スティックについているスイッチを押した。
昔からうち慣れていた12.7mm機関銃が火を噴いた。
炸裂弾でないために中々火を噴かない。
ゼロ戦のようにガソリンが燃料でないためだ。
当然防弾処理もある。
Rechardは、降下しながら撃ち続けた。
相手が上昇に転じた。
上昇力は相手が上だ。
Rechardも引き起こしにかかったが、相手より1トン以上重い機体の上昇力は相手に劣っていた。
引き起こしから、上昇に転じた瞬間を別の敵機に狙われた。
ウイングマンはどうやらはぐれてしまったようだった。
エンジンが停止した。
水力を失って失速しだした。再点火を試みたが点火の気配はなかった。
きりもみ状態になった。
ベイルアウトには危険があった。
Rechardはなんとか姿勢を立て直そうとしたが、推力がない以上制御はむずかしかった。
Rechardはは胸のお守りをそつと握ると
「I'm sorry。Shizuko」
とつぶやいた。




