It came over suddenly (突然に)
大陸というのは、こうも乾燥しているのだろうかといつも思っていた。
ここ、カリフォルニア大学でも Rechardの親族のコネは大きく、本来は語学のカレッジに通ってからの入学のはずなのに、すぐにでも入学が可能になった。
もっとも、新谷自身が、大学の英文科卒である。
留学はしたことはないといえ、とりあえずは読み書きはできる状態だ。
それにしても、Rechardの家はすごかった。
Rechardの車で長々と道を走っていると、
「新谷、いい景色だろう」
とRechardは陽気にいった。
「すごいな、こんなに広い麦畑があるなんて」
「だろ、今年は豊作だな」
「???」
新谷はRechardの言葉に首を傾げた。
「この辺一帯は、全部うちの畑だから」
とRechardは笑っていた。
新谷は地平線まで続いている畑を見て、ため息をついた。
このスケールの大きさが、この国の諸元かもしれないと思った。
Rechardの家に着くと、これがすごかった。
3日間、パーティーだった。
特に父親は、新谷への感謝の気持ちを素直に口に出した。
戦前であれば、新谷は敵国の人間であり、眼鏡をかけた出っ歯の少数民族に過ぎなった。
しかし、大統領令9066号により、アメリカ本土の日系人は収容所に強制収容されて、忠誠心調査をされた
質問27:貴方は命令を受けたら、如何なる地域であれ合衆国軍隊の戦闘任務に服しますか?
質問28:貴方は合衆国に忠誠を誓い、国内外における如何なる攻撃に対しても合衆国を忠実に守り、 且つ日本国天皇、外国政府・団体への忠節・従順を誓って否定しますか?
この二つの質問により、忠誠心をさぐり、選別したのだ。
そして、第442連隊戦闘団が誕生する。士官などを除くほとんどの隊員が日系アメリカ人により構成されており、その多くがヨーロッパ戦線に投入された。その激闘ぶりはのべ死傷率314%(のべ死傷者数9,486人)という数字が示している。
その功績により、アメリカ合衆国史上もっとも多くの勲章を大統領より受けた部隊としても知られている。その団員の中には、のちに下院議員になったものもいた。
その議員は、宣誓の時に右手をあげなかった、いや挙げれなかったのだ、彼の右手は戦闘でうしなわれていて、それに気づいたものは、言葉を失うほどの感激をうけたという。
日本人としての誇りを失わずにその名誉すら気づいた人たちのお陰で、少しずつ日本人に対しての偏見は薄れていた。
Rechardの母親は、新谷を抱きしめて何度もお礼を言っていた。
姉弟みんなが、新谷を抱きしめた。
不思議な感情だった。
撃墜した相手の家族から感謝されるなんてことは、現実に起こるはずがないのに、しかし東京裁判で明らかにされたのは、捕虜へのすさまじいほどの虐待と惨殺だった。
刀で首を切られたり、生きたまま解剖されたり、殴り殺されたりと精細なことばかり中で、生きい帰れたのは新谷のお陰だと思っているようだった。
「Rechard、お前は何を家族に話したんだ」
とややウイスキーに酔った、新谷が訪ねると
「ありのままさ、あの時に俺は殺されると覚悟していた。既にB29で無差別攻撃をしていたから、捕虜になれば殺されるとみんな言っていた。事実、そうだった。おれのチームの何人かは、殺されている。俺はラッキーだった、新谷に撃墜されて、こうして家族とまた、過ごすことができた。」
Rechardは、カチンとグラスを新谷のグラスに振った。
Rechardの家族の歓待をうけてから、新谷はカリフォルニア大学の社会学科での勉学に励むことになった。
物珍しさからか、いろんな人から声をかけられた。
好意的な声もあれば、時にはパールハーバーの敵として胸ぐらをつかまれることもあった。
町でも、japと言われてさげすまれることもあったが、それは仕方のないこととあきらめていた。
ただ、学ぶことがこんなに楽しいと思わなかった。
科学的に社会と自然をとらえて、そこに人間を関わらせていくことへの興味を覚えていた。
教師は、無遅刻無欠席の新谷に高評価をしていた。
教室でも何人か友達もできた。
しばらくは学内の寮にいたが、町にも慣れてきたので、日系のクリーニング店の2階にあるアパートに移ることにした。
理由は、やはり日本の食事に尽きるということで、アパートの大家は、熊本の出身だとかで、自家製のみそや醤油で、日本食を食べることができた。
これが、新谷にとっては決めてだった。
ここの大家夫婦は、一人息子は、ヨーロッパ戦線のテキサス部隊救出作戦で戦死していた。
211名を救出するために、日系部隊の216人が戦死し、600人以上が手足を失うなどの重傷を負ったといわれている。
大家夫婦は、新谷を息子にようにかわいがってくれた。
新谷も見知らぬ土地で、人の情に触れて心が休まっていた。
時々、クリーニング店を手伝ったりもした。
もっとも、新谷をよく引っ張りましたのが、Rechardだった。
「新谷、今日家の農場の手伝いをしないか」
といわれて、連れていかれたのは、広い草原に立つ小屋。
そして中にあったのは、飛行機、それも複葉機である。
「まずは、種まきから」
といって、ゴーグル付きの飛行帽を渡されて、この複葉機に乗ることになった。
アメリカでは、穀物種は直播されており、それも飛行機で蒔かれていた
農薬散布も、もちろん飛行機で、Rechardはハイスクールのころからプライベートライセンスで、飛んでいたらしい。
タイガー・モスちいう機体は、どことなく九三式中間練習機に似ていた。
5年近く、空を飛んでいない、新谷にとって、空はどう答えるのだろうか。
操縦席に座ったRechardがスターターて゛エンジンをスタートさせた。
空冷4気筒が軽快にまわり、排気管から白煙をだした。
あらっばいスタートで急加速して、いきなり離陸した。
複葉機らしく、軽く離陸した。
なんとなく、練習機の赤とんぼに近い感覚がよみがえった。
大陸の乾いた空気が、やや冷たく感じた。
ある程度高度をとるといきなり、右ひねりで宙返りをした。
Rechardは手をあげて笑っているようだった。
新谷は、不思議な感覚を覚えた。
そうだ、教官の後ろで初めて空を飛んだ時の感覚だ。
エンジンの振動と、風を感じた、あの感覚だ。
風防り中では感じなかった、あの感覚だ。
ゴーグルが、風圧で顔に押し付けられる感覚。
空を体全体で、感じていた。
低空で、水平飛行に移ると、下部から農薬を散布し始めた。
低速で、畑の緑のじゅうたんの上に絵を描いているようだった。
何往復かして、農薬の散布を終えて、着陸した。
Rechardは、いたずらっぽく笑っていた。
新谷は、芝生の滑走路に座り込んで、飛行機を見上げた。
「How are ZERO fighter taking and feeling? (ゼロ戦のり気分はどヴた)」
とRechardはBudweiserのビール瓶を差し出した。
「I remembered the day which flew for the first time.(初めて飛んだ日を思い出した)」
と新谷は、ビール一口飲んでいった。
「ああ、こいつには、機銃もロケット砲も積んでいない。」
とRechardは、しんみりといった。
新谷は、フィリピン・台湾・日本の空での死闘を思い返していた。
やらなければ、やられる戦いをしていた。
生存率2割の極限の中いた。
隣奴が帰ってこなくても感傷すらなく、250kgを抱いて飛びもした。
最後は、B29に体当たりの覚悟までした。
それでも、空はきれいだった。
地上の緑も、オイルの焼けるにおいも、なにもかもが思いださせれた。
その後もRechardに付き合わされて、よく飛行機に乗った。
何回目からは、いやがる新谷に操縦させて自分はビールを飲んでいた。
新谷もライセンスもないので断ったが、
「落ちても敷地内だ問題ない」
とRechardに一蹴された。
やれやれという気持ちで、新谷は空冷4気筒のエンジンを整備して、Rechardから操縦方法を教えてもらい
飛ばしてみた。
最初は、感覚がなくひどく練習生のようにぎごちなかったが、何度目かの飛行では感覚を取り戻し、宙返りやひねりこみなどもやれるようになっていた。
純粋に空を飛ぶことを楽しんでいた。
後ろを気にして飛ぶこともなく、全速旋回のGに耐えることもなかった。
「新谷、空はいいよな。たぶんお前は空を楽しんだことがないだろう。こんなにも世界は美しくそして、優しいということ知らないだろう。俺たちは、空を飛ぶものを敵だと信じてきたけれども、そうじゃないよな。こうして、敵どうだった者たちが、ビールを飲むことだってできるんだ。」
新谷の目に涙か光った。
あの日、白菊でみたあの少年の最後の敬礼を思い出した。
きっと、あの白菊で飛べたはずなのに、練習機に、それも座席の横に爆弾を括り付けて、夜の海を飛んで自分で信管を作動させて突っ込まなければならなかった少年たちもきっとこんな風に空をとべていたらと思った。
学校の勉強も順調で、1年の留学期間も後半を過ぎたころから、急にRechardは、誘いに来なくなった。
世界は、まだ戦争の火種が残っていた。
アジアでは、民族独立の気運が高まり、旧宗主国との間で戦争が起こっていた。
日本が目指した、アジアの独立は皮肉なことに、日本の敗戦で始まった。
急激な共産化を恐れたアメリカは、ソビエト・中国などの共産国と一触即発の事態に突入していった。
Rechardもその中にいた。
日本では瓦解してしまった、国家という概念がこのアメリカでは、移民、他民族国家の国において忠誠心として息づいていた。
分かりやすく言えば、正義という定義が、アメリカの根底にあった。
そして、次の戦争へと進んでしまった。
新谷は、世界情勢と正義の名の戦争への足跡を感じながら自分のやるべきことの意味をかみしめていた。大学での勉強に力を注いだ。
いま、吸収できることを精一杯やろうと思った。
いつものように、大学の図書館で調べ物をしてかなり遅くなった。
バスも本数が減っていたので、バス停越しに歩けばそのうちにくるだろうと、歩き出した。
路地から物音がした。
路地に目を向けると、数人の男がいた。
車のヘッドライトが路地の奥を一瞬照らした。
白い足が見えた。
新谷は、何が起こっているのか判断した。
「What are you doing?」
怒気をはらんだ口調でどなった。
一斉に男たちが振り返った。
新谷は、その中に進んでいった。
音たちの背の向こうには、女性が一人の男に組み敷かれていた。
それは、新谷にとって、突然の出逢いだった。




