表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
bloom  作者: うえのきくの
PR
22/38

bloom3 ココロノフタ5

 

「水科さん」

「お?赤間じゃん、おつかれー」

「………お疲れさまです。あの、今日これから時間ありますか?聞きたいことがあるんです」

 仕事が休みの日、水科さんを待ち伏せた。

 さすがに、咲乃さんに聞く勇気はなかった。彼女が子供と死に別れていることは間違いない。それを、その傷を知っていて抉ることなんて、出来なかった。

「……いいよ。つか、来ると思った」

「太田さんですか」

「そ。じゃ、行こっか」

 太田さんは俺をつれてずんずんと進んだ。俺の働く店、コンフォルトヘ。

「なんで、うち?ですか」

「んー? その方が赤間くん、冷静に話せっかなーとか思ってさ」

「……それは、冷静に聞ける話じゃないってことですかね」

「うん。俺もそうできるかどうか、わかんないし」

「………わかりました、聞きます」

 俺たちは店の一番目につきにくい場所を陣取り、話をした。

 話終わると水科さんは「そういうわけだから」と少し笑って帰っていった。

 俺は立ち上がることさえできなくて、閉店までそこに座り込んでいた。


 結論から言うと、水科は咲乃の叔父なのだという。

 咲乃の母親が水科の姉。姉とはいっても年は20も離れているのだそうだが。

 水科は両親が年を取ってからできた子で、娘の子供が生まれたときい保育園代わりに水科家に預けて一緒に育った。その子供が咲乃だ。

「ずっと一緒でさ、女はませてっからさあ『大きくなったらひろくんと結婚するうー』とか言っちゃってさ。あ、ひろくんて、俺ね?浩史でひろくん。おれもまあ、そんなもんかとか思ってたんだよね」

 小学生から中学生になって、たくさんの人に出会いそれは恋じゃないと理解する。家族の愛だ。しかも叔父と姪では法律も許していない。

 子供のときの約束なんか忘れて彼女ができたりする。それは当たり前だ。大人に近づき徐々に疎遠になる咲乃のことなど忘れて。

「……でも、あいつは忘れてなかったんだ」


 ずっと、水科を思っていた。ある日それをクラスの子にからかわれたそうだ。

「結婚なんてできないんだよ、知ってて言ってると思ってた」と。

 咲乃が学校にいけなくなったのはその頃からだった。事実を知ってショックだったということもあっただろう。しかし、それよりも他の人たちが本当のことを知っていて教えなかったというほうが堪えた。

 家族も友達も何も言わなかった。親や親戚はそのうち忘れるだろうと思っていたし、友達などはだいぶ前から影で馬鹿にするようなことを言っていた。

 水科はその頃もう学校も違ったからそんなことになっていることも、まさか、ずっと思ってくれてたことも知らず過ごしていた。

 彼がそれ知ったのは、咲乃が結婚するときだった。しかも咲乃の夫となる森岡隆則に言われて、はじめて知ることとなる。


 咲乃はそういうわけで中学もあまり通えず、高校は被服科のある高校に通った。

 そこで、彼女を指導していた教科担任によって才能を見いだされる。恩師の薦めもあり卒業後はデザインの専門に進んだ。

 そこは、その世界では有名な学校で、水科の上司であった森岡が講師で教えていた。

 ある日帰ってきた森岡がひどく興奮して「すごいヤツがいる」と言ってきた。それが咲乃だったのだ。

 水科が自分の姪であることを告げるとそれは運命とばかりに卒業と同時に咲乃を引っ張ってきた。

 確かにすごかった。咲乃はパターンが専門だったが、森岡のデザインを誰よりも理解して、彼の頭にあるものを的確に形にした。まるでお互いの回路が繋がっているかのように。誰もかなわなかった。天才だった。


「だけど………ああ、この辺りは前にも話したよな。やっかまれてさ、元々ほら引きこもりで他のやつとうまくやるのが下手だから余計にな。それが仕事にも支障がでるようになって、咲乃はまた人に会えなくなって……一年ちょいで会社辞めた。森岡さんはすげえ責任感じてさ、同時にあいつのことが好きだって気づいたって、付き合うようになったんだ」

 咲乃のことをそれこそ必死に支えて、励ました。それからしばらくして、ふたりは結婚した。

 その時に、咲乃がずっと水科を想っていたと彼から聞いた。

 それを知って、苦しくなった。

 学校に行けなくなったのも友達から離れてしまったのも自分のせいだったなんて。それを知りもしないで、他の女の子と楽しくやっていた。それに今さら気づいたってもう取り返しがつかない。

 ふたりはもう神様の前で誓ってしまった。


「……まあさ、どうせ男としてあいつを幸せになんて出来なかったんだから?元々。

 悩んだり、困ったりしたときに助けてやれればいいやって思ってたんだよね。あいつはあいつで、森岡さんの仕事を在宅で手伝ったり……子供が生まれたりして、幸せだったんだー。事故の朝までは」

 娘は遥奈といって可愛くてまさに目にいれても痛くない。そろそろ小学校に上がる頃だった。

 その日は、学校説明会で出掛けなければならず、たまたま咲乃が大風を邪引き、森岡が遥菜をつれて出た。


 今思えば、私立の小学校になんか入れることなかった。説明会は何回かあったのだから、咲乃が快復した日程で行けばよかった。先にできるはずのない後悔を、どんなに積み重ねても何も変わらない。

 彼らの乗ってた電車が脱線事故を起こした。何日もトップニュースになっていたから赤間も覚えている。桜が丘駅直前で起こった惨事。そこに巻き込まれ、森岡は即死。彼が守ってくれたから遥奈は重態で救急搬送されて、一週間、頑張った。でも、駄目だった。

「……あん時の咲乃は、ボロボロだったな。今でもあんまり、その時のこと思い出せないみたいなんだ。後追いしようとしたり、飯も食えなくなってガリガリになったり………見てらんなかった。森岡さんは、あいつと社会を繋ぐ窓だったんだよな。きっと、遥奈もそうだったんだ。段々世界と馴染んでいってるみたいだったのに、またシャットアウトしちまった」


 彼は亡くなる直前まで新しい会社を立ち上げるのに奔走していた。咲乃が子育て落ち着いて、体ももっと安定したら一緒に仕事ができるように。

 前の会社にも話つけて、独立する段取りを組んでいた。

「なあ、赤間。『bloom』って意味わかる? 花が咲くって意味なんだぜ。咲乃が、自分の名前に負けねーで本当に咲けるように、って。アイツのための会社だったんだよ、スタートはね。

 森岡さんはさぁ、そんなことしてやってるじゃん、咲乃のために。俺にできることなんてさあ、森岡さんの遺志をついで会社を守ることしかないじゃん? あいつが幸せになんのを、見守るしかないじゃん。なあ、赤間ー。他に何ができたかな、俺。なんもできなかったんだよなあ」



「どっか、遊びにいきたいなあ」

 咲乃の家に居着いて、早二ヶ月。今までそんなことをいったことはなかった日向子が出掛けたいと言い出した。

 休みの度に近くのショッピングモールやスーパーなどで食材を買ったりはしているが、ただ遊びにいくためだけの外出をそういえば二人はしたことがなかった。

「咲乃さん、ダメ?」

「ううん、いいよ。どこにいく?他に誰かお友だちも誘う?」

「えっと、赤間さん」

「……へえ、珍しい。日向子ちゃんと赤間くんて、仲良かったっけ?」

「ふっふー、秘密うーー」


 実は日向子は赤間に誘われていたのだ。赤間は知ってしまった彼女の過去が、今は彼女を酷く苦しめてはいないだろうことはわかっていた。それでもなにかしてやりたいと思ったのだ。

 水科が、彼女にしてやったように。

 楽しい一日をつくってやりたかったのだ。それとは別に、日向子は日向子で、咲乃に対して思うところがあった。

 そこで、赤間の誘いにのって、この休日を3人で出掛けようという気になったのだ。

「あのね、お弁当もって動物園にいきたい」

「うん、いいね。お弁当、何がいい?」

 二人は持っていくお弁当や来ていく服のことなどあれやこれやと盛り上がっていた。


 約束した日曜日は雲ひとつない晴天だった。日向子のリクエストにより朝早くからおにぎりと唐揚げメインのお弁当を作った咲乃は、日向子と共に待ち合わせの駅へと向かっていた。

 駅前は日曜ということもあって人が多く混雑していた。

「咲乃さん!」

 日向子が人の波に紛れて離れたところに流れていってしまった。

「日向子ちゃん?」

 行き先はお互いわかっていたので、券売機の前で日向子は咲乃を待っていた。

 五年生にしては背は高めの方だろう。短く切った髪の毛は今日はキャップのなかに隠れている。

 デニムのショートパンツからにょっきりと突き出た足は今時の子供らしく細く長い。斜めにかけたショルダーのなかには、赤間にも分けてあげるんだといっていた最近のお気に入りのお菓子が入っているのを咲乃は知っている。

 普段はしっかりしていると思っていても、こんな風に突然消えられたりするととてつもなく不安になる。キョロキョロと回りをうかがう咲乃の手を、日向子の小さい手が掴んだ。

「もーう、咲乃さんが迷子になったら、赤間さんにめっちゃ笑われるんだからね?」

「……あー……よかった日向子ちゃん、いたー」

「いるよー、しっかりしてね、咲乃さん?」

「はい、ごめんなさい」

 いいながらもなお、咲乃の目線は繋がれた手に注がれていた。しっかり握られた手は早くいこうと急かすようにゆらゆらと揺れていた。

 動物園までの切符を三枚買い、改札の邪魔にならないところに立って赤間の到着を待っていると、そう時間をおかず、人混みの向こうから彼が顔を出した。

 二人の姿を見つけると、大きく目を見開きそのあと緩やかに笑った。

「なに、咲乃さん。迷子にでもなったの?」

 赤間もまた、繋がれた二つの手を見つめてからかった。

「そうなんだよー、ちょっと目を離すとどっか行っちゃうんだから」

 日向子も赤間に乗っかり咲乃をからかった。

「へへ」

 咲乃も少し赤い顔をして照れた自分をごまかした。


 動物園はやはり親子連れや若いカップルで賑わっていた。赤間が入場券を買いに行く間も日向子は咲乃の手を離さなかった。

 たまに、本人も照れが入るのか、前後に大きく揺らして咲乃と視線が会うと恥ずかしそうに笑った。

 それはそうだ。五年生といえばもう、親や友達とだって手など繋がないであろう。

 人気の動物の前は人だかりができ、ゆっくり見ることはできないが、それでもなんとなく、三人は満足だった。

 のんびりと明るい日差しのなかに三人でいること。時おり余り人のいないバクの前に立ち、のんびり動く彼らを冷やかして笑うこと。

 歩いているカップルに頼んで鮮やかな羽の南国の鳥たちの前で写真を撮ってもらい、彼らが去っていくとき『かわいい家族だねー』などと言われてしまったこと。

 そんな何でもないひとつひとつがキラキラと輝いてそれぞれの胸に落ちていく。


「お昼にしようかー?」

「うん!」

 猿山に夢中になっていた赤間と日向子に声をかけた咲乃は、近くの売店で買ってきた冷たい飲み物を持ち上げて見せた。

 たいして大きくもないレジャーシートに咲乃と日向子が腰を下ろすと、その二人を見守るように赤間は地面にダイレクトに座った。

「それじゃあ、お尻汚れちゃうよ?」

 日向子がすこし座り位置をずらして赤間をレジャーシートにのせようとする。

「ん?いいよ、このままで。そこに座っちゃうと、みんなの顔見らんなくなっちゃうし。一人で飯食ってるみたいじゃん」

「あー、なるほど」

 咲乃が手渡すおにぎりを頬張りながら赤間も日向子も笑った。

「私、お母さんと動物園や遊園地なんて来たことなかったから、なんか嬉しかった。お父さんも忙しくって、なんかわがままみたいの言えなかったし……今日は連れてきてくれてありがと」

「俺だって、こんなとこ来んのひっさしぶり。楽しかったな? また来ようぜ?」

「……そうだね、また来ようね?だけど日向子ちゃんはこれから、お父さんや小夜子さんとお出掛けする機会がいっぱいあるよ。いっぱいいっぱい、仲良くしてね?」

 咲乃には、わかっていた。日向子はそんなことを言っていたけれど、きっと自分にお母さん気分を味あわせてくれようとしていたんじゃないかと。

 かわいらしいリクエスト、典型的な行き先、握った手のひら。

 もうとうに、胸の痛みは薄れているけれど、それでも彼女の心からあの日々が消えることはない。

 無力な自分を、完璧なはずの医療を、恨んだり憎んだりして、それで何が変わる?


 だけど、たったの一日で変わってしまった人生にうずくまる、あのときの自分に教えてあげたい。

 十年近くがたって悲しい事実は何も変わらないし、時にさらにひどく心を蝕むときもあるけれど、小さい友達がふっと優しい時間をくれるよ。

 そしてそれを、ありがたく受け取れるほどには、あなたも再生しているよ、と。

「ん、このおにぎりうまい。塩加減、絶妙」

「わ、プロに誉められちゃった」

「まじでまじで」

 この男にも、お礼を言わねば。たぶん、水科からなにか聞いたのだろう。

 先日「すまない、咲乃。」とあやまられたので、何かあるだろうとは思っていた。

 赤間の気持ちに、答えることはできない。それでもこうして優しい時間を作ってくれる。

 人に甘えることなんてできないと思った時期もある。でも実際は甘えなければ、頼らなければ一歩も前には進めなかった。

 今でも水科との距離には迷うこともある。それでもきっと自分も誰かに手を貸し、甘えさせ、助けているのだろう。

 それでいいのだと思えるようになることは、すなわち大人になっているということなのだろう。

 そんなものにならなくてもいい、そう思っているのはいつだって子供だ。もう、そこにしがみついては、いられないのだ。

「ご飯食べたら、さっき混んでていけなかったコアラ、チャレンジしてみる?」

「いいね、いこう!」

「コアラってさー、こう、動きがさあー……」

 咲乃は高く上る太陽に目を細める。夢のような休日が最後まで楽しく過ごせますように……。

 視線を戻すと、軽くなったトートバッグをかつぎ、コアラめざして走り出した赤間とそれを追う日向子を追いかけた。



 再来週はいよいよ徳山と山崎のウェディングパーティーがある。内容もほぼ決定してあとは当日を待つだけとなっていた。

 徳山と先妻、そして山崎は話し合いの場を設けた。徳山の先妻は彼が再婚することを知らず、というより、最近の父娘の様子すら知らなかったのであるが、気まぐれに電話をしてしまったようだ。

 それが日向子の心をどんなにかき乱すかなどわからずに。

 反対などしていないし、もちろん戻りたいなどと思っているわけもない。

 日向子を引き取りたいなんて考えもないから三人で幸せにやってくれと言い残し帰っていったそうだ。


 日向子は冷静にそれを受け止めた。あの朝、咲乃の秘密を聞いてしまった朝から日向子の様子は、少し変わった。そして、ついに言ったのだ。

「咲乃さん、私、お父さんの結婚式出ようと思う」

「日向子ちゃん」

「それでね、わがまま一杯言ったから、なんかしてあげたいんだけど……」

「んー、そっか。じゃあさ、なんかビックリさせることしちゃおうか?」

「びっくり?」

 あのね、咲乃は日向子に耳打ちをする。日向子はクスクス笑って、その意見に賛成した。二人でああでもないこうでもないと作戦を繰り広げ、最後に咲乃は言った。

「日向子ちゃん、ありがとう」

 日向子は咲乃を見上げ、笑った。

「咲乃さんこそ、ありがとう。お父さんのことも小夜子さんのことも、大事にする。仲良くする」

 そう言って笑った。

「あ、それとね……」

 今度は日向子がそっと耳打ちをした。咲乃はうつ向いて聞いていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ