第19話 生き残るための鍛冶
目が覚めてから、しばらく時間が経った。
身体の痛みは少しずつ引いてきているが、まだ完全に回復したわけではない。
無理に動けば痛みが走るし、力を入れようとすると身体が思うように動かなかった。
……これは、かなり重症だったのではないだろうか。
いや、そもそもデュランダルの攻撃を受けて生きているだけでも、幸運だったのかもしれない。
あの斬撃を思い出す。
目の前で振り下ろされた剣。
そして、身体を襲った衝撃。
まともに防御できたわけではない。
今思い返しても、どうやって生き残れたのか不思議なくらいだ。
「……はぁ」
思わずため息が出た。
ゲームなら、強敵に敗北したときは装備を見直したり、レベルを上げたり、攻略方法を調べたりすればいい。
もちろん、ゲームでも強敵に勝つのは簡単ではない。
敵の攻撃パターンを覚え、装備を整え、自分の操作技術を磨く必要がある。
それでも、失敗したらやり直せる。
何度でも挑戦できる。
けれど、ここは現実だ。
次に同じ攻撃を受けたら、今度こそ命がないかもしれない。
そう考えると、さすがに楽観的にはなれなかった。
「アカリお姉ちゃん?」
隣から声がした。
ハリッサだ。
「どうしたの? 痛いの?」
「ううん。ちょっと考え事」
「本当に?」
「本当だよ」
そう答えると、ハリッサはじっと俺の顔を見つめてきた。
……なんだろう。
そんなに疑わなくてもいいと思うのだが。
「無理しちゃだめだからね?」
「分かってるよ」
「本当に?」
「分かってるってば!」
思わず少し大きな声が出た。
ハリッサは一瞬だけ驚いたあと、安心したように笑った。
「よかった!」
「……何が?」
「いつものアカリお姉ちゃんだなって」
……どういう意味だろう。
心配してくれているのは分かる。
分かるのだが、どうにも納得がいかない。
まあ、いいか。
今は、それよりも確認しなければならないことがある。
「ハリッサ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なに?」
「俺の胸当てを持ってきてくれる?」
「胸当て?」
「うん。あのときに着けていたやつ」
「分かった!」
ハリッサは素直に頷くと、近くに置いてあった胸当てを持ってきてくれた。
その表面には、深い傷が刻まれている。
あの斬撃によってつけられたものだ。
金属の表面が大きくへこみ、斬撃の通った部分は鋭く削れていた。
俺はそれを受け取り、慎重に持ち上げた。
「……うわぁ」
改めて見ると、かなりひどい。
これまで使ってきた装備の中でも、ここまでの損傷を受けたものはなかった。
修理すれば使えるのかもしれない。
しかし、元の性能を維持できるかは分からない。
それ以前に、同じ攻撃を受けたら、また同じように壊される可能性がある。
「やっぱり、作り直したほうがいいかな……」
「新しいのを作るの?」
「そのほうがいいかもしれないね」
「でも、これもアカリお姉ちゃんが作ったんだよね?」
「そうだよ」
「だったら、直せないの?」
ハリッサの質問に、俺は少し考え込んだ。
「直すだけなら、できると思う。でも、ただ元通りにするだけじゃ、あまり意味がないんだよ」
「どうして?」
「今回の攻撃で壊れた原因を考えないと、次も同じことになるかもしれないから」
俺は胸当ての傷を指でなぞった。
鍛冶師にとって、装備の破損は失敗の一つだ。
素材の選び方が悪かったのか。
加工方法に問題があったのか。
構造が攻撃に耐えられなかったのか。
原因はいくつも考えられる。
ただ、今回の相手は普通ではなかった。
あの斬撃の威力を考えれば、一般的な防具が壊れたからといって、必ずしも製作に失敗したとは言い切れない。
問題は、あの一撃に対抗できる防具をどうやって作るかだ。
「……硬くするだけじゃ、足りないのかな」
「え?」
「あ、ごめん。こっちの話」
俺は胸当てを裏返した。
外側に深い傷がある一方で、内側も衝撃を受けた形跡がある。
斬撃そのものを完全に防げなかったとしても、攻撃の威力を減らすことができれば、結果は変わるかもしれない。
例えば、素材の強度を上げる。
それだけでなく、斬撃を受けたときの力を分散させる。
あるいは、金属が一か所に集中して破損しないように構造を変える。
考えられる対策は、一つではない。
……そうか。
俺は、これまで少し考え方が単純だったのかもしれない。
より強い素材を使えば、より強い装備が作れる。
品質を上げれば、性能も上がる。
もちろん、それは間違いではない。
けれど、今回のような相手を想定するなら、それだけでは不十分なのだ。
必要なのは、攻撃を受けたときにどうなるかまで考えた装備作り。
ただ頑丈な金属を使えばいいわけではない。
使う人を守るための構造を考えなければならない。
「……面白い」
「えっ?」
「あっ、いや、何でもないよ!」
しまった。
つい口に出してしまった。
命の危機に直面したばかりだというのに、鍛冶の話になると、どうしてこうも楽しくなってしまうのだろう。
いや、決して戦闘を楽しんでいるわけではない。
そこは重要だ。
デュランダルとは、できればもう戦いたくない。
……いや、戦わなければならないのなら、勝ちたい。
そのために、もっと強い装備を作りたい。
うん。
考えがまとまった。
やはり、鍛冶師として成長するしかない。
「アカリお姉ちゃん、顔が怖いよ?」
「えっ?」
ハリッサの言葉に、俺は慌てて表情を戻した。
「怖くないよ?」
「ううん。何かを考えているときの顔だった」
「そ、そうかな?」
「うん!」
……そんなに分かりやすいのだろうか。
前世でも、ゲームの攻略方法を考えているときは、同じような顔をしていたのかもしれない。
まあ、今は気にしないでおこう。
まずは、今後の方針を決めることが重要だ。
「ハリッサ、これからのことなんだけど」
「うん!」
「しばらくは、無理に遠くへ行かずに、装備の見直しをしようと思う」
「装備の見直し?」
「うん。武器も防具も、今のままじゃ足りない部分があるからね」
そう言うと、ハリッサは自分のシャベルを見た。
彼女がずっと使ってきた二本のシャベル。
最初は武器がないからという理由で持たせたものだったが、今では立派な武器として扱っている。
ただし、デュランダルのような相手に通用するかと聞かれれば、答えは難しい。
ハリッサの戦闘能力が高いことは間違いない。
これまでの修行でも、その成長を何度も見てきた。
けれど、今回の戦いで分かった。
個人の能力だけでは、どうにもならない相手がいる。
ならば、装備の力も使うべきだ。
「ハリッサのシャベルも、もっと使いやすくできるかもしれないね」
「本当?」
「うん。握りやすさとか、重さとか、攻撃したときの衝撃とか。改善できるところはいろいろあると思う」
「じゃあ、二本とも強くなる?」
「そうだね」
「やった!」
ハリッサは嬉しそうに笑った。
……うん。
そういう反応をされると、ますます頑張りたくなってしまう。
俺は胸当てをもう一度見た。
この装備がなければ、今ここでハリッサと話すこともできなかったかもしれない。
そう考えると、感謝しなければならない。
そして、次に同じような状況になったときには、もっと確実に身を守れるようにしなければならない。
鍛冶師として、できることはある。
まだ試していない方法だって、たくさんあるはずだ。
高圧縮赤晶石を使った鍛冶は、まだ思うような結果を出せていない。
あのときは、素材の扱い方にも問題があったのかもしれない。
あるいは、鍛冶の技術そのものが足りなかったのか。
今なら、別の視点から見直せる気がした。
……いや、ちょっと待て。
高圧縮赤晶石の加工を再開するのは、身体が回復してからだ。
そもそも、今の状態で鍛冶場に立つのは危険だろう。
熱した金属を扱っている最中に倒れたら、洒落にならない。
ゲームなら、HPが減っていても鍛冶はできるかもしれないが、現実ではそうはいかない。
「……まずは休養だな」
「うん?」
「いや、こっちの話」
危ない危ない。
また独り言が出てしまった。
俺は胸当てをそっと置いた。
焦っても仕方がない。
まずは身体を回復させ、それから装備を改良する。
そして、デュランダルとの再戦に備える。
順番を間違えてはいけない。
「ハリッサも、しばらくは無理をしないでね」
「私は大丈夫だよ!」
「大丈夫でも、無理はだめ」
「……はーい」
ハリッサは少しだけ不満そうにしながらも、素直に頷いた。
それから、何かを思い出したように俺の顔を見た。
「ねえ、アカリお姉ちゃん」
「なに?」
「私、あのとき……どうして助かったのかな?」
「……」
その質問には、すぐに答えられなかった。
俺も知りたい。
どうしてハリッサは、あれほどの傷を受けたはずなのに、今は無傷なのだろう。
俺自身も、胸当てに助けられたとは思うが、それだけで本当に説明できるのかは分からない。
デュランダルが撤退したことも気になる。
何か別の目的があったのか。
それとも、俺たちを倒すことよりも優先する用事ができたのか。
分からないことだらけだ。
「……今は、分からない」
俺は正直に答えた。
「でも、いつか理由が分かるかもしれない。そのためにも、まずは自分たちが何をできるのか、ちゃんと考えていこう」
「うん!」
ハリッサは力強く頷いた。
その表情を見て、少しだけ気持ちが軽くなった。
すべてを今すぐ解決する必要はない。
分からないことは、これから調べればいい。
できないことは、できるように努力すればいい。
そして、鍛冶師としての俺には、まだまだ挑戦できることがある。
俺はもう一度、傷ついた胸当てを見た。
この傷を、ただの敗北の証拠にはしない。
次に同じ攻撃を受けたとき、今度こそ生き残るための手掛かりにする。
そのために、もっと学ぶ。
もっと試す。
もっと良いものを作る。
「……よし」
俺は小さく頷いた。
「回復したら、装備の改良計画を立てよう!」
「うん! 私も手伝うね!」
「ありがとう、ハリッサ!」
……とはいえ。
今すぐ鍛冶を始めるのは、やめておこう。
さすがに、身体が痛い状態で金属を叩くわけにはいかない。
俺は自分にそう言い聞かせ、ゆっくりと身体を休めることにした。
だが、頭の中ではすでに、次に作る装備の構想が動き始めていた。
素材は何を使うべきか。
どう加工すれば強度を上げられるのか。
どんな構造なら、あの斬撃に耐えられるのか。
考えることは山ほどある。
……ああ、早く鍛冶がしたい。
魔王討伐も大事なのだろう。
デュランダルとの再戦も避けては通れないのかもしれない。
でも、その前に。
俺は鍛冶師だ。
自分たちの命を守るために、もっと良い武器と防具を作りたい。
そしていつか、あの圧倒的な斬撃にも負けない装備を完成させてみせる。
それが、今回の敗北から俺が得た、新しい目標だった。




