天部の休日
「今日は本当にありがとうございました!!」
若い天部のツバサくんが俺に頭を下げる。
「イヤイヤ、そんな大したことしてないませんから」
笑顔を作り手を横にふる。
「 いえ、ウチの新人が無茶をして、危ないところを助けていただき、感謝の念に堪えません」
現世担当の天部督の天宮さんが俺に深々と頭を下げる。
「あの残魂はかなり悪質だったから、お前マジで危なかったんだぞ!
偶然、松尾さんが駆けつけてくれたから良かったが、でなければ喰われてたぞ。
天部だから死なないなんてことはないからな! お前らは死よりもヤバいことになるんだぞ」
俺に頭を下げ続ける天宮さんの横で、鬼の三鬼さんがツバサくんを叱っている。
新人のツバサくんが、この世界に強い感情を抱き残ってしまった魂を救おうとして近づいてしまったのだ。
しかも今回、彼が遭遇したのは、悪い方向へ育ってしまったモノだった。
頭を下げていたツバサくんは、俺の方をチラッと見て近づいてくる。
「松尾さん、あの術、俺にも教えて頂けませんか?」
目をキラキラさせて話しかけてくるツバサくんの頭を三鬼が殴る。
「アホ、お前如きが一千年頑張ってもできんわ!
良いか! 今度から残魂を見つけたら、お前は即、結界を張って身を守りながら逃げてから、俺に連絡する!
危険な真似はするな!
基本アレらはお前の言葉なんて通じない。
そもそも残魂の扱いは鬼の仕事だ!」
ツバサくんは少しションボリした顔で下を向く。
三鬼さんは語意はキツいが、ツバサくんを心から案じて言っているのがわかる。優しく素敵な鬼だと感じた。
「でも、あの残魂、松尾さんの言葉と技で鎮まって行きましたよ」
「鎮霊術は、天部の中でも使える人はごく一部です」
天宮さんは大きくため息をつき、諭すようにツバサくんに話しかける。
「俺だって、アレに対応できるような天部は他に見たことない。
松尾さん、あんた陰陽師か僧侶かだったのか?」
俺は首を傾げてしまう。
「さあ。人間だった頃のこと、全く覚えていないので」
「そういえば、そういうものだったな」
三鬼はそう言ってグラスを揺らす。
「しかし、他部署の貴方の手を煩わせてしまって……なんて報告すれば……」
「大丈夫ですよ! 秋風界長は『それは良い事をした』と喜んでくれると思いますよ……そして業務外手当と休日作業手当もつくでしょうし」
悩んでいる天宮さんを安心させようと、そう答えたが何故か慌てられる。
「ギヨウ……ムガイテ……アテ?」
ツバサくんが何故かカタコトな感じで言葉を発する。
「ツバサくん、今の会話を忘れて!」
何故か天宮さんが叫ぶ。
「キユウジ……ツサギョ……ウテアテ……」
「ところで、松尾さん。
下界任務の方ではないよな?
研修か何かでコチラに?」
三鬼さんは、別の話題で盛り上がっている天部二人を放って、俺に話しかけてくる。
「いえ、三年間の有給休暇をいただいたので、現世で料理教室に通ったりと、まったりとした時間を楽しんでいるところです」
三鬼さんに、怪訝そうな顔をされてしまう。
「ユウ……キユウキユ……ウカ?」
「ツバサくん! スマホで言葉を調べない!!」
横でスマホを弄っているツバサくんを、天宮さんが叱っている。
しかしツバサくんはスマホの画面を見入っている。
「業務外手当! 休日作業手当 有給休暇!! こんな制度が!! 福利厚生! なんて素敵な魔法のような言葉〜!
業務外手当ってどうしたらもらえるんすか!? 有給休暇って何ヶ月目からもらえるんですか!」
ツバサくんが、テンション高く俺に聞いてきた。
「現世勤務の人ではどういう感じか分かりませんが、基本業務外の仕事に関しては支払われます。
あと有給休暇は十年勤務したら三年という感ーー」「他所は他所!! ウチはウチ!! そんな制度はここにはないから!!」
俺の言葉を遮るように天宮さんが叫ぶ。
「現世にはないってことは、天界任務になればあるってことですか?」
ツバサくんは首を傾げ天宮さんに尋ねるが、天宮さんは鎮痛な表情で顔を横に振る。
「殆どの界に、そんな神な制度があると思わないで……」
「殆ど神の元の世界だろうに」
天宮さんの言葉に、三鬼さんが呟く。
俺は天宮さんの言葉で、昔、他の界で働いていた時は、それらの制度がなかったことを思い出す。
「秋風さんの所の仮存界が、特殊なんだ」
天宮さんが大きくため息をつく。
「なんで、他の場所は、そんな素敵な制度を真似しないんですか?」
ツバサくんの言葉に、
俺は確かに何でだろうかと思う。
「秋風界長の手腕のなせる技で、他の界で取り入れると業務が回らなくなるんだ。
制度の管理が大変で……そちらに割く人材が足りないというか……。
危険手当とか、特別報償は出るようになったけど……」
ツバサくんはジッと考え俺に視線を向ける。
「あの、松尾さんは、どちらの界からいらしたんですか?」
「仮存界です」
「コチラでの任期終わったら、ソチラに配属希望出します!」
「ったく。仮存界への転属は、どれ程の狭き門なのか分かっていますか?
募集人数が少ないだけでなく、選ばれし者しか入れません。審査がめちゃくちゃ厳しい……」
ツバサくんはハァと溜息を吐く。
「そもそも、そんなに欲しいものか? 休暇って」
ツバサくんは、そんな事を言ってくる三鬼を、チラッと見る。
「鬼の方々の福利厚生ってどうなっているんですか?」
「あるか! そんなモノ。
あるのは鬼律だけだ。
休暇じゃねぇけど、懲罰を受けた奴が、その傷の痛みで三年程休む事になったとか聞いたことあるがな」
ツバサくんはハハと笑い顔を引き攣らせた。
「しかし……」
三鬼さんが俺の方をまっすぐ見つめてくる。
「あんたほどの神通力の使い手が現世勤務ではないとは、少々勿体ない気もするがな」
三鬼さんの言葉に少し悩む。
「仮存界の魂に向き合える仕事にやりがいを感じていますし、秋風界長の元で仕事をしたいと思っています。
俺にとって天部の理想の姿で、尊敬している方なんです」
「そうか。なら仕方がないな」
三鬼さんは肩をすくめた。
「まあ、でも、しばらくの間は有給でコッチいるので、いつでもお呼び頂けたらお手伝いいたしますよ」
俺がそういうと、三鬼さんは苦笑した。
「……いや。時々、飲みに付き合ってくれりゃいいよ。
お前の使える技についても色々聞きたいしな」
「はい! 是非!
喜んでもらえるつまみが作れるよう、腕を磨いておきますね」
俺がそう答えると、何故かまた苦笑された。
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コチラは【奥野、細道へ……】に出てくる天部の松尾が主人公となっています。
何故、平和で穏やかな世界の仮存界に、高い能力の天部が必要なのか? と思われるかもしれません。
この界は生と死、現世と天界の中間にある場所。天界の外郭の、外にあるという特殊な場所。
その為、界の保持や、現世で核が脆くなった魂を移送する時の魂を結界術で保護する必要があったり、魂が事故で界の外に飛び出すような事態もあり、あらゆる事態に対応できる神通力の高い人が必要になり優秀な天部が必要とされています。
そして鬼の三鬼は、【君の世界が青いから】に登場した人物で、怒りや憎しみといった強い感情を纏い死の世界に行かずに現世に残ってしまった残魂を処理して然るべき場所におくる仕事をしています。
残魂は、人間にも大きな影響を与え、人が現世に残してしまった強い感情である残情を喰らう事で成長して、天部をも、危険に晒す存在にもなる厄介なモノ。
その為、冷静で戦闘能力の高い鬼がその処理を行っています。逆に荒々しくて血気盛んな鬼は地獄勤務で他の界での仕事はさせて貰えません。
天宮さんツバサくんは番外編のみの登場。ツバサくんは新米天部で、現世にて新人研修中で立派な天部になる為に頑張っている所です。そして天宮さんは現世で働く天部を見守る立場。中間管理職な苦労をしている方です。強めの封術は使えるので、残魂の動きを封じることまでは出来ます。




