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19話 状況開始

ロング大統領の口から発せられた「軍部クーデター発生」の報に、閣僚たちは困惑した。情報が錯綜し、誰が反乱軍で誰が忠実な部隊なのか判然としなかった。大統領命令に従い動こうとする部隊と、命令の異常さに気づいて静観する部隊が混在し、指揮系統は開戦前夜にして既に機能不全に陥っていた。


夜明けと同時に、ケベックの国境線が動いた。

「バルバロッサ」作戦発動。

七十万の独軍が、一斉に南へ向かった。先頭を切ったのは戦機部隊だった。夜間演習で習熟した動作で国境柵を踏み越え、合衆国側の検問所を瞬時に制圧した。混乱した米軍の応射はまばらで、組織的な抵抗にはなりえなかった。

アイゼンハワーは参謀本部で迎撃命令を発しようとした。しかし大統領府から届いたのは「反乱軍の鎮圧優先」という命令だった。東部方面軍の指揮官は命令の矛盾に立ち往生し、判断を上に仰ぎ、上はさらに上に仰いだ。その間にも、独軍の先鋒は「介入」を名目に南進を続けた。


抵抗を試みる米軍守備隊は、「反乱分子」として空からの精密爆撃と、地平線を埋め尽くす「黒騎士」のような戦機師団の猛攻によって、組織的な防御を構築する間もなく粉砕された。独軍の進撃速度は、かつての欧州戦線を遥かに凌駕していた。合衆国の誇る広大なハイウェイ網は、今や侵略者のための進撃路へと変貌を遂げていた。

 

作戦開始からわずか二十四時間後。

自由の女神を望むニュージャージーの海岸線には独軍の降下猟兵が舞い降り、ミシガン湖を臨むシカゴの摩天楼は、地平線から迫り来る鋼鉄の津波にその影を震わせた。ニューヨーク、シカゴを結ぶ防衛ラインは、本格的な戦闘が始まる前に「事実上の回廊」と化していたのである。


同刻、カナダでも地獄の蓋が開いた。

「ビスマルク作戦」発動。

ケベックに待機していた独軍三個軍がオンタリオへ進撃。フレンチリバーの停戦ラインを死守する日本帝国陸軍・第9師団、および英軍・第51師団へと牙を剥いた。

1952年11月22日。第三次世界大戦は、北米大陸という巨大な舞台で火蓋を切ったのである。


日英合同本部は、現在の防衛線維持は包囲殲滅を招くと判断。即座に全軍の後退を決定した。この「死の撤退戦」を支えるため、一ノ瀬少佐率いる「第七独立戦機大隊」へ、過酷な後退支援命令が下った。

 

───


薄闇のなか、一ノ瀬は『零式』の操縦桿を握り、スロットルを押し込んだ。

六式より旧式で一回り小型の機体だが、その心臓部には次世代のプラズマジェットエンジンが唸りを上げている。爆発的な加速性能は、もはや現主力戦機の域を超えていた。

 

「全機、聞こえるか」

 

通信機から八つの返答が返ってきた。

 

「独軍大隊は稜線の東側に展開している。俺が北から突っ込んで陽動する。奴らが俺に向いた瞬間に六式が横から叩く。タイミングは俺が合図する」

 

「了解」と鹿嶽が短く答えた。

 

稜線の向こう、朝靄の中に「それ」はいた。Ⅵ号戦機「レーヴェ」。第二次大戦で日本軍の戦機を屍の山に変え、恐怖の象徴となった鋼鉄の巨獣だ。

一ノ瀬は機体を極限まで低く沈め、地表を滑るように加速した。

 

「今だ」

 

零式が稜線を飛び越え、独軍大隊の真正面に躍り出た。先頭のレーヴェが反応する。砲口がこちらを向く。その瞬間、左右から六式の群れが殺到した。

七宮機の100ミリ電磁砲の一撃が先頭のレーヴェの肩口を吹き飛ばした。南の一撃が二番機の脚を砕いた。桐島は無言で三番機の頭部を正確に撃ち抜いた。

わずか十秒。独軍の先鋒三機が鉄屑に変わった。

 

「散開するな、密集を維持しろ!」


 一ノ瀬の鋭い声が飛ぶ。

 

「反撃の隙を与えるな。畳み込むぞ!」

 

夜明けの空に、偽りならざる本物の爆炎が咲き乱れた。


第三次大戦開戦から六日間、第七独立戦機大隊は走り続けた。

後退する第9師団と英軍第51師団の側背を守りながら、追いすがる独軍の先鋒を叩いては引く。その繰り返しだった。一ノ瀬が率いる奇襲は毎回、地形と速度を最大限に利用した。稜線の死角から飛び出し、砲口を向ける前に叩き、消える。正面からの殴り合いはしない。時間をかけない。痕跡を残さない。

結果として、大隊は五個の独軍大隊・旅団規模の部隊を強襲し、いずれも損害なしで撃退していた。

 

「六日間で、損害ゼロですよ」

 

通信越しに、七宮の興奮した声が響く。


「少佐、俺たちは本当に無敵なんじゃないですか?」

 

「調子に乗るな」

 

「ですが事実です。今日だって、あのレーヴェを相手に傷一つ負っていない」

 

「七宮」

 

「はい」

 

「無敵な部隊など存在しない。今まで損害がなかったのは、敵がまだ本気を出していないからだ」

 

通信が静まった。桐島も浅見も、黙って聞いていた。

一ノ瀬は機体の電子モニターに地図を表示させ、この六日間を振り返っていた。強襲した五個部隊の反応は、最初こそ混乱していたが、回を追うごとに変化していた。三回目からは、後衛に遊撃警戒の小隊を配置し始めた。四回目には、一ノ瀬が使った稜線の死角に先回りの斥候を出していた。五回目は辛うじて裏をかいたが、撤退時に追撃の速度が明らかに上がっていた。

 

敵は学習している。そして、明らかに自分たちの存在に警戒している。

 

「鹿嶽」

 

「聞いている」

 

「六日間で五回。同じ部隊ではないが、同じ戦域での報告は上に集約される。独軍の参謀は今頃、うちらを脅威と認識し戦術パターンを分析しているはずだ」

 

「つまり。いよいよ敵さんも本気になるってか」

 

「ああ、次は別の相手を差し向けてくる。こちらの手口を知った上で、それに対応できる部隊を」

 

暖房の効いた車内でも、鹿嶽の声はわずかに低くなった。


「Ⅵ号の精鋭か、あるいは」

 

「Ⅶ号かもしれない」

 

アドラー。まだ実戦での姿を誰も見ていない新型機。情報部が「Ⅵ号を上回る」と断言した機体だ。


「若い連中の士気は高い。それは良いことだが、慢心と紙一重だ。明日の出撃前、全員を集めろ。俺から特に若い連中に釘を刺しておく」

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