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1話 1951年 富士の夏

1951年8月。

うだるような暑さの中、富士演習場に集まった軍人たちは、片手で扇子をパタパタとさせながら、もう片方の手にある電子端末でこれから実演する新兵器の資料を眺めていた。


「よう、一ノ瀬。お前も来てたのか」


振り向くと、そこには長身の男が手を振っていた。今の日本では珍しくない、イノベーション・ディ(1905年6月1日)以降生まれの、スマートな印象の男である。


鹿嶽(かたけ)、お前もか。確か今はスエズ派遣軍所属じゃなかったか。いつ日本に戻ってきたんだ」


「昨日さ。派遣軍が用意してくれた民間のチャーター便で。しかもファーストクラス」


鹿嶽は大げさに両手を広げてみせた。


「羨ましいだろ?」 


どこがだと、一ノ瀬は苦い顔をした。


「最前線のスエズに半年飛ばされた分の、せめてもの埋め合わせだろう」


「手厳しいな」


鹿嶽はけらけらと笑い、一ノ瀬の隣に並んだ。二人は並ぶと対照的だった。一ノ瀬は昨今の大型化が進む日本人の中でも小柄で、最近では書類仕事が主のせいで日焼けとは縁がない。対して鹿嶽は頭一つ分高く、中東の太陽をたっぷり浴びたような顔をしていた。

だが共通点がある。二人はともに第二次大戦時、日本帝国大陸派遣軍の戦機(FA)パイロットとして、あの地獄のような「海峡戦線」を生き残った歴戦の猛者なのだ。


「で」と鹿嶽は顎で演習場の中央を指した。


「あれが例の新型か」


それは大地に直立し、鎮座していた。

高さはおよそ十二メートル。人間の骨格を模した二足歩行の機体で、関節部には油圧シリンダーの銀色が覗いている。塗装は帝国陸軍の濃緑だが、まだ部隊章も何も貼られていない試作品の無骨な素肌だった。周囲を白衣の技術者たちが取り囲み、チェックリストを手に各部を点検している。


「六式統合戦機。正式名称はまだ未定だそうだ」


一ノ瀬は資料に目を落としたまま言った。


「でかいな。五式の倍は重そうだ」


「重量は四十七トンある。だが、搭載されている空戦用プラズマジェットエンジンのおかげで、見た目より段違いに機動性は高いらしい。装甲もモジュール式で、外せば素体重量は二十トン以下。空戦ユニットを着ければ空戦を、水中ユニットなら潜水戦も可能だ」


「ほーう。三軍(陸海空)統合機の名は伊達じゃない、ということか。しかし予算不足で開発が遅延していると聞いていたが、その割に完成度は高そうだな」


「膨大な予算がついたのは三カ月前。そこから急ピッチで開発が進み、先月末にアレ(試作機)が完成した。年末までに量産を始めるのが目標だそうだ」


「えらく無茶なスケジュールだ。技術者連中の顔が疲れているわけだ」


「他人事じゃないぞ鹿嶽。次に苦労するのは俺達戦機乗り(パイロット)なんだからな」


そう言いながら、一ノ瀬は他のパイロットたちに目をやった。ざっと見渡しただけでも、錚々たる顔ぶれだった。

「ビクトリアの大鷲」の異名を持つ帝国空軍の撃墜王、村瀬中佐。その隣には、水陸両用四式戦機改で性能に遥かに勝る大ゲルマン帝国軍のⅤ号戦機「ヴォルフ」十六機、Ⅵ号戦機「レーヴェ」八機を撃破した、帝国海軍陸戦兵団きっての猛者、白城少佐がいる。他にも見覚えのある顔がある。某方面の英雄だった男、第一機動艦隊付き戦機隊の隊長だった女性将校。いずれも、前線では二度と生き残れないと囁かれた修羅場をくぐり抜けてきた人間ばかりだ。


「壮観だな」


鹿嶽が小声で言った。


「俺達含め全員、年明けから本土各地の基地に配属されて部隊新編を任されることになっている。もちろん六式中心でな。目の肥えた連中に先にお披露目して、文句と問題点を今のうちに洗い出しておきたいんだろうよ」


「横槍嫌いの技術官僚らしからぬ気合の入れようだな」


「それりゃそうさ。反応弾(大量破壊兵器)頼りの日本式安全保障の大前提が崩れたんだから」


一ノ瀬は軽く言ったが、その言葉に鹿嶽は顔を曇らせた。


「……つまり、大ゲルマンの連中もついにやりやがったわけか」


「ああ。先月、カザフのセミパラチンスクで確認されたらしい。日英中三カ国がそれぞれ観測データを取って、一致している。もう疑いようがないよ」


鹿嶽は黙った。セミパラチンスク。その地名が意味するものを、軍人であれば誰でも知っていた。荒涼としたカザフの草原の、人気のない高地。そこで先月、大気を揺るがす閃光ときのこ雲が目撃された。第二次大戦時に大ゲルマン帝国が取得した新植民地(・・・)であり、親衛隊の秘密実験場として知られる場所だ。

鹿嶽は腕を組み、機体をぼんやりと見た。


「前のように反応弾は使えなくなった」


「互いに使えなくなった、が正確だ」


一ノ瀬は言った。


「先に撃てば必ず報復される。文明ごと道連れになるとわかっていて引き金を引く指導者は、今のところどこにもいない。だから誰も使わない。あの国の狂った独裁者「フューラー」も、そこは変わらない──と、願いたい。どちらにせよ、戦争は」


「また俺達のところに戻ってくる」


鹿嶽が続きを引き取った。一ノ瀬は答えなかった。答える必要がなかった。海峡戦線の四年間、二人は散々それを経験してきた。政治家が机の上で引いた線のために、人が鉄の塊に乗って殺し合う。反応弾が登場したとき、これで戦争は終わると誰もが言った。あれほどの破壊力を前にしては、もはや戦争など割に合わないと。

実際、終わった。五年間は。


「どこが火元になると思う?」


「中東か、北米辺りだろうな」


一ノ瀬は続けた。


「あの国の独裁者お得意の戦争経済だ。まず経済の首根っこを押さえる。日本が輸入する石油は中東と北米への依存が大きい。どちらか一方でも締め上げられれば、帝国の産業は止まる。反応弾を使うまでもない」


「で、それを防ぐために俺達が出ていく羽目になる」


「出ていかなければ、手遅れになる」


一ノ瀬はそこで口をつぐんだ。手遅れという言葉の意味を、二人はよく知っていた。欧州が主戦場の第一次、西ロシアと東カナダが戦場となった第二次。次の三次はアジアだ。石油が止まれば日本は動けない。動けなければ戦線は内側に縮む。

最後にはこの富士山麓の、今自分たちが立っているこの地まで戦禍に呑まれる。


(それだけは、させない)


一ノ瀬は扇子を握る手に静かに力を込めた。海峡戦線で死んだ戦友たちの顔が一瞬よぎる。あの地獄を、この国で繰り返させるわけにはいかない。そのために今日ここにいる。そのために六式がある。


「……また始まるのか」


鹿嶽が呟いた。


「ああ。お偉方の交渉力に期待したいが、恐らくな」


一ノ瀬は短く返した。


「だから終わらせる。今度は俺たちの手でな」

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