最終話
「あ、こっちですよルカー! 今日もお仕事、お疲れ様でしたっ!」
「なんとか間に合ったか!? 待たせてしまってすまない!」
「ねーねー! 次のお仕事の前にご飯にしようよー! もうお腹ぺこぺこー!」
澄み渡る青空とどこまでも広がる白い雲の海。
その上を大きな弧を描きながら飛ぶのは、青いドラゴン、アズレルの背にまたがって飛ぶ竜騎士の青年――ルカ・モルエッタ。
そしてそんなルカの帰りを出迎えるのは、長く伸びた赤い髪をなびかせたリゼットだ。
ルカは最近建てられたばかりに見える木造の館の前に舞い降りると、とてとてと駆け寄ってきた最愛の妻を優しく抱き留めた。
Forever flight
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空と翼と
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――
「ちゃんと時間通りですっ。けど生徒の皆さんも待ってますし、先に挨拶だけしにいきましょうか?」
「任せてくれ! 俺もこの日のために、何度も挨拶の練習をしたからな!」
「ふふ、もちろん知ってますよ。でも、あまり長い話は駄目ですよ? みんなだって、早くドラゴンに乗りたくてとっても楽しみにしてるんですからっ!」
そう言って、ルカとリゼットはお肉を要求するアズレルをなだめながら目の前の館――新たにレジェール王国に開校した、〝竜騎士学校〟の裏門をくぐっていく。
「しかしまさか、この俺を教師にとは……まあ、竜騎士について教えられるのは俺か同盟のルーナ殿しかいないしな……」
「ルカにはぴったりなお仕事だと思いますっ。リエルもカイも、ルカのこと大好きですし。ふふっ」
「そ、それならいいのだが……とにかく、全力は尽くすつもりだ!」
「えへへ、ボクもまた他のみんなと飛ぶのが楽しみー! スヴァルトって無口だから、一緒に飛んでもなんにもお喋りしてくれないんだもーん!」
切り出された木材の爽やかな香りがただよう校内。
ぴかぴかに磨かれ、ドラゴンが通っても問題無いように設計された大きな廊下をルカ達は進む。
廊下の左右には、このレジェールの空で名を馳せた飛行士達の肖像が、その功績と共に飾られていた。
竜騎士ルカと、全空のエースリゼットが最果ての空を越えてから十年。
あれからも、世界の空には様々な出来事があった。
フェリックスは、今や世界で一番人気の飛行レストランの料理長だ。
かつて天空ホテルで失敗した暴獣の問題を、フェリックスは独自の暴獣除け調味料や撒き餌によって解決。
フェリックスの功績で世界における人々の空の旅の安全性は飛躍的に高まり、暴獣と人間の再共存の道にも光明が見始めているほどだ。
ココノは、リゼットがルカと結婚して一時産休に入るのと同時にレジェール航空学校の教師になった。
自分自身でリゼットを越えるという目標はそのままに、リゼットのような飛行士を育てるという新たな目的を見いだしたらしい。
もちろん、今もギルド所属の飛行士としての活動も継続しており、彼女のブリリアントな活躍はリゼットにも劣らない程になっている。
ユウキは、今も全空のエースとして一人気ままに空を駆けている。
特にフェリックスが一人前になったのを見届けた後はレジェールを離れ、世界各地に眠る遺跡の調査をフィンやエミリオと共に行っているらしい。
時折ふらっと戻ってきては、遺跡で見つけた謎の古代兵器をルカとリゼットの二人の子供に平気でプレゼントしており、今や二人の子供は生身戦闘力もヤバイことになっている。
もちろん、国王ガイガレオンも王妃ヴァレリアも精力的に活動中だ。
バロアはさすがに引退したが、今も後進の育成に余念がない。
ルカとの友情を糧にしたゼノンは見事な名君として連合を統治し、つい先日元クリムゾンフリートのキャプテンではないかと噂される女性と結婚。
フィンは残された古代遺跡の管理と、暴獣の有効活用について研究の日々を送っている。
同盟は議長ミュラウスが失脚したものの、連合との和平によって存亡の危機は免れた。
今はテオバルトが新進気鋭の若手議員として政界に進出し、ルーナは今もスヴァルト共に同盟の空を忙しく飛び回っている――。
だがもちろん、全てが順風満帆というわけでない。
たとえば、フェリックスとフィンの活躍があっても暴獣は今も元気に活動している。
空を荒らす空賊も、今日もどこかの空で奪った水で乾杯しているだろう。
国同士の争いも。
貧困も、差別も。
様々な問題がこの空にはあり。
そんな悲しみを少しでも減らすために、多くの人が自らの翼を手に空へと飛び立つ。
それが、いつまでも変わらぬこの空の日常だった。だが――。
「――よーし、初めましてだな! 俺が今日からみんなの先生になる、竜騎士のルカ・モルエッタだ! よろしく頼む!!」
「おねがいしまーす!」
だが、そんな空にも変わっていくものがある。
校舎を抜け、その横にある広々とした校庭。
そこで待っていた大勢の子供達――今日から始まる竜騎士学校の生徒達の横には、アズレルよりも二回りは小さなドラゴン達が、相棒となる子供達にぴったりと寄り添っていたのだ。
「申し訳ないが、俺は今まで人に物を教えたことがない! 特に竜騎士について教えるなんて初めてだ! だから俺もみんなと一緒に、色々と勉強させてもらいたいと思っている!」
「むふふ、やっぱりルカなら大丈夫だって思ってましたっ! でもでも、まさか最果ての空に〝ドラゴンさんの卵〟がたくさん残ってたのにはびっくりでした!」
「もしシステムの勘違いとかでボク達がみんな消えちゃったら、ここで育った人が困っちゃうかもしれないでしょ? けどもちろん、新しく生まれたドラゴンにはシステムを管理したりする力はないんだけどねー」
「それで十分ですよ。アズレルさんだって、新しく生まれたドラゴンさんだって、ただ私達と一緒にこの空にいてくれるだけでいいんです……私達はみんな、この空で一緒に生きてきた仲間なんですからっ!」
そう、当初何も残されていないと思われた最果ての空には、まだ孵化する前のドラゴンの卵があったのだ。
最果ての空を越えた連合、同盟、そしてレジェールは、すぐさま共同でドラゴンの飼育と保護協定を締結。
無事ドラゴンはその数を増やし、今や再び世界の空にその翼をはばたかせつつあった。
「では話はこれくらいにして……みんなには、早速ドラゴンに乗ってもらうとしよう!」
「わー! やったー!」
「ほ、本当に乗れるのかな? ちょっとこわいかも……」
「うむ! なら、まずは先生がお手本を見せてあげよう! 頼めるか、アズレル!」
「えー!? まだお肉食べてないよー?」
「い、今はこの干し肉で我慢してくれ! 授業が終わったら空マグロにするから!」
「はーい! 絶対にマグロだよー?」
きらきらと目を輝かせてドラゴンをなでなでする生徒達の前で、アズレルと変わらぬやり取りをするルカ。
そのまま干し肉をぺろりと平らげたアズレルの背に飛び乗ると、ルカはしっかりと手綱を握り、青い翼を広げたアズレルと共に一瞬で大空をはばたいて見せた。
「うわー!」
「すごーい!」
「かっこいー……」
蒼穹を背に飛ぶルカとアズレルの姿に、子供達が憧れの眼差しを一斉に向ける。
かつて、時代遅れと馬鹿にされた竜騎士の姿はもうそこにはない。
地上から手を振る子供達に大きく手を振り返しながら、ルカは満面の笑みを浮かべてアズレルを撫で、子供達と共にこちらに微笑むリゼットを見つめた。
「ありがとうアズレル……これからもよろしくな!」
「えへへ、もちろん!」
アズレルと共に頷き合い、ルカは手綱を取ってさらに高く。
白い雲と青い空の向こうへと、この先も続く数え切れないほどの翼と共に。
美しい弧を描き、どこまでも飛び上がっていった――。
The sky is endless.




