第五十話
「お、お待ち下さいバロア様! バロア様の身になにかあっては、我々は陛下になんとご説明すればよいのです!?」
「そのようなことを言っている場合か! 祖国をいいように傷つけられ、この上姫様もお守りできぬとあっては、なんのための宰相か!!」
時は少しさかのぼり、リゼットが稲妻によって撃墜された直後のこと。
いまだ激しい空戦が続くレジェール上空。
出撃準備を整えた防空隊が続々と空に上がる中、その先陣を切って飛び出したのは、なんとあの宰相バロアが駆るフェザーシップだった。
「わ、私は……すでに取り返しのつかぬ愚行を犯した。陛下が守り続けた平穏に甘んじ、国のために最善を尽くすという臣下としての魂を失っていた……! ならば……その罪は身働きで償わなくては!!」
飛翔一閃。
またたく間に戦場へと飛び込んだバロアは、迫り来る複数の騎士団機を一瞬にして撃墜。
追い縋るレジェール近衛飛行隊を振り切る勢いで、弾幕の渦を華麗にかいくぐってみせる。
そう、この宰相バロア・オクムスタン。
実は彼もまた、かつてはガイガレオンに次ぐ飛行士として名を馳せたエースの一人。
体力の衰えから引退した後も、初めはガイガレオンの機体を整備するメカニックとして。
そしてその後は彼を支える有能な宰相として、常にレジェールとガイガレオンに付き従い続けた忠臣の一人だった。
「すまん……! すまん竜騎士! もしお前がこの空にいたならば、きっとこの国のため、姫様のために……誰よりも戦い抜いていたであろうに。竜騎士もドラゴンも……共にこの国に根付いた同胞に変わりはない。私は、そんな当たり前のことも忘れていた――!」
襲い来る敵機を躱し、弾幕を潜り抜け、数年ぶりに戦場へと帰還したバロアは巨大な空中要塞の上層へと。
普通なら老人の冷や水と揶揄されそうなこの特攻も、かつてのエースであるバロアには当てはまらない。
衰えを知らぬ操縦技術でレディスカーレットの発煙筒を発見すると、バロアはすぐさまリゼット救助のために着陸態勢を整え――。
「さ、宰相様――!!」
「っ!?」
だがその時、それまで要塞の影に隠れていた正方形の騎士団機が一斉に浮上。
降下のために速度を落としていたバロア機を四方から取り囲み、回避行動すら取らせずに機銃斉射。
バロアは驚愕の表情を浮かべ、ただ迫り来る死を見つめることしかできなかった。だが――。
「うぉおおおおおおおおおお――ッ!!」
「…………」
今まさに死神の鎌によってバロアが命を奪われようとした、その時。
彼の眼前を〝蒼い雷撃〟が駆け抜けて迫る機銃の雨から守り、少し遅れて〝漆黒の光弾〟が周囲の騎士団機に着弾する。
「た、助かったのか……? だが今のは……まさか!?」
バロア機を囲んだ騎士団機は、突然現れた雷と闇によって全滅。
後には再び高度を上げ、コックピットの中で呆然とするバロアだけが残された――。
――――――
――――
――
『へぇ……貴方が噂の竜騎士ですの? 貴方がここにいるということは、ゼノンに送り込んだ暗殺部隊は失敗したということですわね。まったく……役立たずのクズばかりで困ってしまいますわ』
「山で襲ってきた奴らなら、俺とゼファーでフルボッコにした! お前達がどこの誰かはさっぱりわからんが、リゼットを傷つける奴は俺の敵だ……覚悟してもらうぞ!!」
『あまり調子にのらないでくださるかしら? 貴方一人が来たところで、そちらの劣勢は火を見るより明らか。そこのレディリゼットと同じように、貴方もすぐに私の前に這いつくばらせてさしあげますわ』
「違うな! 俺が本当に調子にのっているのかどうか……お前自身の目で確かめてみるがいい!」
『なんですって……?』
言って、ルカは頭上を指さす。
するとそこにはリゼットの発煙筒を目印に、何機ものフェザーシップが浮遊要塞の防空網を突破しつつあった。
「えーっと……あれを壊せばいいのかな?」
その時。ルカの指し示した空を、片翼を失った漆黒のフェザーシップ――レヴナントが横切る。そして――。
『うぐっ!? な、なんですの……!? 私の要塞がこうも傾くなんて……っ』
「よかった、正解だったみたい。そっちもがんばってね、ルカ」
「ああ! ありがとう、ゼファー!」
漆黒の翼が飛び去った直後。
強烈な震動が空中要塞全体を揺らし、ルカとリシェナが対峙する広場も大きく傾く。
エンジンの安定稼働に必要な大気をゼファーによって断たれ、空中要塞の制御がおぼつかなくなったのだ。
「お見事! 私の代わりに吸気口をやってくれたんですねっ」
「うむ! 俺達が到着してすぐ、ユウキさんとココノが教えてくれたのだ。ゼファーにも頼んでおいた!」
『ちッ……! よくもやってくれましたわね……お二人とも、二度とここから生きては帰しませんわ!!』
瞬間、リシェナは再びその手から黒い雷撃を放出。
だがルカもまた竜槍を掲げ、リシェナの雷撃を正面から霧散させる。
「無駄だ! 雷は俺の得意分野なのでな!」
『偉そうに……! 私の本気はこの程度ではなくてよッ!』
「そうかそうか! だがお前の本気とやらは後で見せてもらおう。今はリゼットを助けるのが最優先だ!」
「お待たせルカ! その子のフェザーシップ、ちゃんと持ってきたよー!」
『青いドラゴン――!?』
要塞に手痛い一撃を食らい、艶やかな髪を振り乱して怒るリシェナ。
しかしルカはその怒りもどこ吹く風。
被弾したレディスカーレットを両足で抱えて飛来したアズレルの背めがけ、リゼットを抱きしめたままひょいと飛び乗る。
「よし! このままリゼットを安全な場所まで運ぶぞ!」
「二人とも、ちゃんとボクにつかまっててね!」
「っていうかそのー……もしかしてアズレルさんって、結構がっつりイメチェンしました? なんか話し方も大人っぽくなってますし……」
「でしょでしょ? でもなんとなくだけど、〝あと二回くらいは変身できそう〟な気がするんだよねー!」
『待ちなさいっ! 私が大人しく逃がすとでも――!!』
「――なら、ルカのかわりに僕が君たちを倒しておくね」
『――!?』
飛び去るルカとアズレルめがけ、リシェナは再び雷撃を放とうと両手を掲げる。
だがそこに舞い戻ってきたのはゼファーのレヴナント。
ゼファーはルカの脱出を援護するべく、残された片翼から漆黒の光弾を一斉に投下。
騎士団とリシェナのいる要塞内部を徹底的に空爆し、ルカへの追撃を見事に阻止――できなかった。
『――遊びすぎだ、リシェナよ。敵方の竜騎士が出てきた時点で、我を頼っておれば良かったものを』
「あれ……?」
「ゼファー!?」
「ゼファーさん!?」
一方的な勝利になるかと思われたその時。
ゼファーの攻撃によって巻き起こった爆発を貫き、黒極の閃光がレヴナントを粉砕。
片翼に続いて機体中央部を射抜かれたレヴナントは、今度こそその機能を停止。
黒煙の尾を引いて墜落する。
「無事かゼファー!?」
「こっちは大丈夫……でも気をつけて。たぶん、今のは――」
浮遊石入りの救命具を展開して脱出したゼファーが街中へと消え、ルカは安堵と驚きがないまぜになったような表情で爆炎の先――漆黒の雷光の主がいるであろう場所に竜槍を構える。すると――。
『でもスヴァルトっ! 私はお母様に、貴方の力を借りなくてもお役に立てるところをお見せしたくて――!』
『そう思うのなら、焦らぬ事だ……でなければ、〝一人前の竜騎士〟にはなれぬぞ』
「な、なん……だと!?」
「黒い、ドラゴン……?」
ゼファーのレヴナントを撃ち落とし、爆撃の炎を抜けてルカ達の前に飛翔した巨大な黒影。
それはアズレルとは違う、一頭の黒いドラゴンだった――。




