第四十九話
「ちょわーーーーーっ!?」
無数の鉄鋼板で固められた城塞内部。
ゴウン……ゴウン……という地鳴りのような重低音が響く中。
尾翼を破壊され、黒煙の尾を引いたレディスカーレットはぎりぎりで不時着態勢を整え、火花を散らしながら尖塔の壁面に激突――停止した。
「あいたたー……っ。うぅ、まさかこの私が落とされるなんて……子供の頃に飛びながら寝ちゃった時以来かも……」
撃墜されつつも、リゼットは冷静に自分の体に怪我がないかを確認。
安全弁を締めてエンジンの反応を停止させると、少しだけ「うーん……」と考えた後で、コックピット内部に常備された発煙筒を取り出して着火。
愛機の墜落地点を今も上空で戦う仲間達に知らせた。
「さて、と。ごめんね、レディスカーレット……必ずまた飛べるようにしてあげるから……」
墜落時のお手本のような確認作業を終え、リゼットは腰の大口径リボルバーを引き抜いて傷ついた愛機の元を、油断無くゆっくりと離れる。
「そういえば……さっきここの〝ボスっぽい人〟が気になることを言ってましたね。私がまんまと罠にはまったって……どういうことでしょう?」
ここは敵地のど真ん中だ。
発煙筒を目印にやってくるのは、どう楽観的に考えても〝味方だけではない〟。
だからリゼットはあえて愛機から離れ、友軍の爆撃からも身を守れる位置に身を潜めることにした。だが――。
『いたぞ! レジェールの第一王女だ!』
『捕縛せよ! だが殺してはならん。必ず生け捕りにしろとの厳命だ!!』
「え、ちょ……っ!? いくらなんでも早すぎません!?」
だがリゼットがその場から離れる間もなく、純白の甲冑に身を包んだ一団が不時着地点を取り囲む。
そのあまりにも早すぎる行動は、まさにリゼットがここに来るのを待っていたと言わんばかりだ。
『リゼット・レディ・レジェールだな!? 抵抗しなければ危害は加えない。大人しく我々に――』
「危害は加えない、ですか……あはは、笑えますね――!!」
『なっ!?』
だがしかし。一団の長が口上を言い終わる前にリゼットの姿が消える。
身を屈めたリゼットは疾風のような速度で武装した敵兵の中央へと突撃――次の瞬間、一団のど真ん中で無数の銃声が炸裂する。
『ぎゃ!?』
『ぎゃぴ!?』
『アバーッ!?』
「私の国をこんなにしておいて……ふざけたこと言ってんじゃないですよッ!!」
『な、なんだと!?』
『こっちが下手に出ていれば、つけあがりおって!』
リゼットが操る大口径リボルバーを超至近距離から受けた敵兵は、次々とその甲冑を砕かれて卒倒。
しかし飛び込んだリゼットは一瞬も止まらず、くるくるとコマのように回りながら射撃を継続。
銃撃の隙をつき、組み伏せようと迫る敵兵の腕から肩を軽やかに踏み越えて今度は空中に跳躍。
頭を下にした逆さまの姿勢で宙を飛び、敵兵の群れに空中から追撃の弾丸を叩き込むと、そのままリロードと同時に音もなく着地する。
「こっちはもうとっくに頭にきてるんですっ!! 大人しくするのはどっちの方か……レジェールの王女である私が、直々に思い知らせてやります!!」
『おのれ、よくも!』
『ふざけた真似を!』
残る敵は指揮官らしき男ともう一人。
だがリゼットは挟み撃ちを仕掛けてきた二人に対し、鋭い空中回し蹴り一閃。
二人同時に意識を刈り取り、10人以上いた騎士団兵を一分とかからずに全滅させた。
「ふざけてなんていません。本気で怒ってます」
恐るべきは、レジェール王家秘伝の護身ガンカタ。
そしてその正当伝承者、リゼットの才覚。
さらに倒された全ての敵兵は〝リゼットに手加減され〟、念入りに致命傷を外した上で無力化されていた。
『つ、強すぎる……化け物か……っ』
「さーて、今度はこっちの番ですよ。あなた達はいったい何者で、なんのためにレジェールを襲ったのか。ぜーんぶ喋ってもらいますから――」
『ふふ、そうはさせませんことよ』
「――っ!?」
だがその時だった。
騎士団のうめき声だけが聞こえるその場に、あざ笑うような少女の声が響く。
そしてその声と同時、リゼットは背後から放たれた黒い雷撃に吹き飛ばされ、数メートルも離れた鉄の壁面に叩きつけられる。
「か、はっ……!」
『まずは褒めてさしあげますわ。騎士団の精鋭を容易く退けたその強さ……先に拝見したフェザーシップの操縦技術といい、ここにいる〝無様な役立たず共〟とは大違い。さすが、全空最速と呼ばれるだけのことはありますのね。レディリゼット』
放たれた雷撃の主。
それは白い軍服にマントをなびかせ、キラッキラに輝く金髪を軍帽から溢れさせた少女。
少女は艶やかな唇から桃色の舌先をちろりと覗かせ、リゼットによって倒された騎士団を容赦なく足蹴にしながら前に出る。
「今の、雷……っ。もしかして……さっき、レディスカーレットを落としたのって……!」
『ええ、私ですわ。〝お母様〟はどうしても貴方を騎士団に迎え入れたいようですけれど……私の力一つ避けられない貴方に、そんな価値があるようには見えませんわね。いっそのこと、ここで消してしまいましょうか?』
『お、お待ち下さい〝リシェナ様〟……! 我らが主は、レジェールの王女を必ず生きたまま連れて帰れと……!』
『あら? 貴方のようなゴミ以下のクズが……この私に指図しようというのかしら?』
『ギエッ!? も、申し訳ございません……!』
現れた軍服の少女――リシェナは、騎士の背中を甲冑越しにハイヒールブーツで踏みつけると、傷ついたリゼットを品定めするように見つめる。
そしてリゼットが戦意を失わずに立ち上がろうとするのを見て、ふんと鼻を鳴らして睨み付けた。
『その目、気に入りませんわね……貴方も姫なら姫らしく、白馬の王子様にでも助けを求めたらいかがかしら? もちろん、私の前で無様に泣き叫びながら……ですけれど。フフ』
「あはっ……いいですねー、それ……っ」
だがしかし。
フェザーシップすら撃ち落とす雷撃を操る目の前の少女に対し、リゼットはふらつく両足を支えて立ち上がる。
「でも残念……! 私はずっと昔に、とーっても素敵な王子様に助けてもらったんですよ。だから、もう助けてもらわなくてもいいんです……っ」
『……? 何を仰っているのかしら?』
「もう、私は何度も助けてもらったから――っ! 今度は私が、彼を助ける番だって言ってるんですよ! もうずっと、そのために私は……私の王子様と一緒にいるんですっ!!」
『くだらない……いちいち私を苛立たせるのがお上手ですこと。いいですわ……なら愛しの王子様にも会えないまま、ここで死になさい――!』
「やれるもんなら――!!」
瞬間、リゼットは傷付きながらもリボルバーの引き金を引く。
しかしリシェナの雷撃はリゼットの弾丸を正面から消し飛ばし、リゼット自身も消し去ろう凄まじい勢いで迫る。だが――。
「あ……」
『私の雷が――!?』
だがリシェナの雷撃がリゼットに到達する直前。
はるか上空から、リシェナの黒い稲妻とは異なる蒼い雷撃が急速降下。
黒い雷撃を跡形も残さず吹き飛ばし、その衝撃でよろめいたリゼットは、蒼い雷光から伸びた力強い腕に抱き留められた。
「すまない、また遅くなってしまった……っ」
「えへへ……さっきは、かっこつけてあんなこと言いましたけど……やっぱり、あなたに助けてもらうのは……何度だって、すっごく嬉しいです……っ」
『誰っ!? この私の邪魔をする不埒な輩……名乗りなさい!!』
「俺か――」
バチバチと弾ける雷撃の渦。
その中心。
傷ついたリゼットを胸に抱き、全身に雷光をまとう竜騎士の少年――ルカは、最愛の少女を傷つけたリシェナに向かい、ゆっくりと槍の穂先を向けた。
「俺の名はルカ! リゼットを傷つける奴は、誰であろうと絶対に許さん系竜騎士だ――ッ!!」




