第四十三話
『空と自由を愛する偉大なる勇者達よ! これよりレジェールチャンピオンシップ、最後の競技――エースウィングを開始する! 持てる全ての力を出し切り、この空にその翼の軌跡を存分に描くのだ!!』
ついに迎えたレース二日目。
国王ガイガレオンの雷鳴のような演説が終わり、今年の参加者である200の翼、その全てがけたたましいエンジン音と共に待機場から一斉に飛び立つ。
「ついに夢にまで見たエースウィングだ! 心の準備はいいかアズレル!」
「昨日はぐっすり眠れたしー、お腹もいっぱいだからいくらでも飛べるよー!」
「一度レースがスタートしたら、私達もライバル同士ですからね! ルカと一緒の初めてのレース……私も手加減抜きで、全力で飛びますのでっ!」
エースウィング。
それは、このレジェールチャンピオンシップの三つの種目において、真の全空最速を決める権威あるレースだ。
このレースは、レジェール王国が存在する巨大な浮遊大陸をぐるりと巡るコースで構成されている。
王城のある市街地からスタートした飛行士達は、王国の水源である雄大なレイグラード山へと。
そして山の中腹にあるレジェール最大の古代遺跡、竜葬祭殿の入り組んだ迷宮を駆け抜け、再び王城前のゴール地点へと帰還する。
コースの全長は約300km。
泣いても笑っても、このエースウィングの結果をもってレースの優勝者が決定する。
「けど、直線速度ならドラゴンよりフェザーシップの方が上なんでしょ? ルカとアズレルさんが色々と凄いのは私も認めてるけど……さすがに単純なレースで私達に勝つのは無理なんじゃない?」
「あのあのっ! もし心配なら、僕もルカさんと一緒に飛びましょうか?」
「ありがとう二人とも! 俺の事なら大丈夫だ。フェザーシップに優れた点があるように、俺達竜騎士にも優れた部分がある! 俺の事は気にせず、みんなで良いレースをしよう!」
「だな。特に俺は姫様がレースに出るようになってから、〝毎年準優勝〟で鬱憤が溜まってんだ。今年こそはガチで勝ちにいかせてもらうぞ!」
ルカを初めとした参加者達は密集状態のまま市街地上空をぐるぐると二周。
そうしながら少しずつ速度を上げ、互いを牽制するような位置取りへと。
三度目の周回と同時に一気に速度を上げ、スタート地点として空中に設置された二つの浮遊島の間めがけて、199機と一頭の参加者達は一斉に飛び込んでいく。
『全選手、一斉にスタートしました! レジェールチャンピオンシップ最終種目、エースウィングがたった今スタート! 広大なレジェールの空を飛び、最も速くこの場所に戻ってくるのは一体どの翼なのでしょうかー!!』
「たしかに、普通に飛んでは俺達に勝ち目はないかもしれん! だが、飛び慣れたレジェールの空ならやりようはある。そうだろう、アズレル!」
「はーい! いつもの高さでいいんだよねー?」
「えっ!? どこにいくんですかルカさん!?」
レース開始直後。
ぐんぐんと加速するフェザーシップに、直線での加速力、最高速度で劣るルカとアズレルはあっという間に後れを取る。
だがしかし、ルカはそこでアズレルと共に高く飛翔。
レジェールの空をわたる風を掴むと、多く広げた翼で一気に加速。後続どころか首位に迫る勢いで先頭集団の頭上に躍り出る。
『あーっと! ここからはぎりぎりしか見えませんが、なんと竜騎士のルカ選手が先頭集団に食らいついている! そしてこの先は、各地の観測スタッフからの連絡を元にレースの状況をお伝えさせて頂きます!』
「う、嘘でしょ!? 今までだって、そこまでアズレルさんが速いなんて感じたことなかったのに!」
「ふむふむなるほどー? さっすがルカです! 私がこの目で見たところ、ルカとアズレルさんは、この季節のレジェールに吹く夏の風をうまく掴んでるみたいです!」
「そういうことね……! だったら、私達も上にいけばいいってことじゃない!」
そう言うと、ココノはすぐさまルカの軌跡をなぞる高度まで上昇。
追い風を味方に付け、一気にルカとアズレルを追い抜きかかる。だが――。
「ちょっ……!? ぜんぜん追いつけないじゃない!? それどころか、ブリリアントブリッツが引き離されて――!?」
「待ってココノ! そもそも、風を受ける力はフェザーシップよりドラゴンの方がずーーっと上なの! ルカとアズレルさんが風を味方につけているうちは、同じルートで飛んでも絶対に追いつけないからっ!」
「そ、そうなの!?」
「ふふ……やっぱり、ルカだってちゃんと昔よりずっと上手く飛べるようになってます。少しでも手を抜いたら、本当に優勝されちゃいますよ!」
リゼットの言葉に、どれだけエンジンを回してもルカに追いつけないココノは驚きの声を上げる。
ドラゴンとフェザーシップ。
それは大げさに例えるなら、海を行く大型タンカーと一人乗りのヨットのようなもの。
エンジンとプロペラという強力な推進力を持つフェザーシップは、その頑丈な機体と重量によって、たとえ強烈な向かい風の中でも強引に、安定して飛ぶことが可能だ。
対してドラゴンもたしかに巨体ではあるが、鋼鉄製のフェザーシップに比べればやはり圧倒的に軽い。
向かい風にあおられれば簡単に失速し、横風を受ければ大きくバランスを崩す。
しかし一度追い風に乗れば、フェザーシップよりずっと少ないエネルギーで、より高速で飛ぶことが出来る。
それがドラゴンという生命体の持つ空力特性だった。
「よーし、行くぞアズレル! この調子で一位を目指すのだ!」
「よかった、今日のルカは楽しそうだね」
「ぬわーーーーっ!? ぜ、ゼファー!?」
「えー!? どうしてキミは風に乗ってるボクに追いつけるのさー? そのフェザーシップずるくないー?」
だがその時。
ただ一頭上空から悠々と風に乗って飛ぶルカとアズレルの元に、漆黒の機体を駆るゼファーがキーンというエンジン音を響かせて追従する。
「ううん、この子もさすがに無理はしてるみたい。でも、僕はルカと一緒の方が楽しいから」
「そうか、ならゼファーも一緒に行こう! 一位になることも大事だが、さすがにずっと俺達だけでは寂しいと思っていたのだ!」
「じゃあなにして遊ぶ? しりとり?」
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『――間違いない。ヴァルツォーク連合の総統ゼノンだ。まさか、護衛も付けずに単身こんなところに現れるとはな』
『どうする? ここで奴を仕留めれば、我らの勝利は決まったようなもの。しかし当初の計画に奴の排除は含まれていない』
そこは、都からほど近い小高い岩山の影。
見るからに怪しい白いローブ姿の一団が、はるか遠くの空を飛び去っていくレースの参加者達を巨大な双眼鏡で見つめていた。
『たしかに、奴の出現は想定外だ。だがここで奴を抹殺すれば、計画のための犠牲も最小限で済むだろう……みすみす見逃すわけにはいかん』
『なにより、今の我らにはそれを成す術がある! もはや、竜騎士も連合も恐るるに足らず。我らは、この世界を意のままにする無敵の力を得たのだからな――!』
『…………』
そう言って、一団のリーダーらしき男は背後を振り返る。
振り返った男の視線の先には、影となって暗く沈んだ闇の奥で赤く燃える、凶暴な眼光が輝いていた――。