第四十二話
「わー! 竜騎士のお兄ちゃんがいるー!」
「ドラゴンもいるよ! でかーい!」
「はっはっは! 誇り高き竜騎士である俺は、そう慌てなくても逃げも隠れもしない! サインもいつでも受付中だ!!」
「えへへー。ボクの〝足あとスタンプ〟もあるよー!」
夜。
無事大盛況のまま初日の種目を終えた、レジェールチャンピオンシップの会場。
今、そこでは参加者達とその親しい者達、そして来賓が一同に介して交流できる夕食会が開かれていた。
そしてそのパーティの主役こそ、日中の活躍――特に第一種目のエアロダンスで大いに会場を沸かせたルカとアズレルだった。
「私を覚えているかね? なにをかくそう、私は以前君が守ったホテルでも君にサインをもらっていてね。今日は妻も連れてきたのだよ」
「そうだったのか! ありがとう!」
「ねえ、あなた。恋人とかはいるの? いないならどう? 私と付き合ってみない?」
「な、なんと……!? だがお気持ちは嬉しいが、俺にはすでに心に決めた人がいるのだ……なので、丁重にお断りさせていただく」
「あらそうなの? 残念ね」
群がる人々の輪をかきわけ、時にはアズレルの足あとスタンプやサインでファンサービスに興じつつ。
ルカが豪勢な夕食の並ぶ会場で一息ついたのは、すでにパーティーが始まってから一時間は過ぎた頃だった。
「うぐぅ……み、みんなに喜んでもらったのは嬉しいが、さすがに少し疲れたな……」
「ボクもお腹ぺこぺこー……目の前にお肉があるのに、人が多すぎて食べられないなんてありえなーい!」
「ルカもアズレルさんもお疲れ様でしたっ。お料理はちゃんと私が取っておきましたから、今からでもゆっくり食べて下さいね」
「おお、さすがリゼットだ! なんと気が利くのだろう! いただきます!」
ようやく竜騎士を一目見ようと集まった人々の輪から抜け出したルカの前に、赤いドレス姿のリゼットが料理の盛り付けられた皿を手際よく並べる。
どうやら質問攻めにあっていたのはリゼットも同じだったようで、二人は人もまばらになりはじめた会場で遅めの夕食を食べ始める。
「今日のルカはほんっとーに大活躍でしたね! これだけ人気なら、もう竜騎士を時代遅れとか、怖いとか言う人もいなくなったんじゃないです?」
「そ、そうかな? それなら嬉しいな……うまうま」
「きっとそうですって! 私も最初は、バロアがなにか企んでるんじゃないかって疑ってたんですけど……ルカの言うとおり、私の考えすぎだったみたいです。こんな機会を用意してくれたバロアにも、後で私からお礼を言っておきますね! うまうま」
「だな! 俺も宰相殿には本当に感謝している……この機会に、俺も直接ご挨拶に行くのもいいかもしれない」
……などとのんきに二人は話しているが、実際はバロアが当初目論んでいた、〝竜騎士に不利な大会ルールでルカが大勢の観客の前で情けない姿をさらす〟……というあまりにも甘すぎる想定が外れただけである。
バロア自身も、まさかそれで二人からの好感度が爆上がりしていることなど思いもよらないことだっただろう。そして――。
「これはこれはお二人ともお揃いで、同席してもよろしいですか?」
「僕も食べたい。ルカと遊びすぎて疲れちゃった」
「フィン殿とゼファーではないか! ふっふっふ……俺ももうこれで三度目だからな。突然背後からゼファーが現れても驚かなくなったのだ!」
「フィンさんもお疲れ様です。どうぞ、みんなで一緒に食べましょー!」
「ん、ありがと」
そこに現れたのは、これで都合三回目となる黒と紫髪の少年ゼファーと、白衣に眼鏡姿のフィン。
普段から眠そうなゼファーだが、すでに夜ということもあってか、この時の彼は普段の十倍は眠そうだった。
「うまうま……これおいしい」
「しかし今日のお二人は見事な活躍でしたねぇ。現在トップスコアのリゼットさんはもちろんですが、ルカさんは相当なハンデを負わされているように見えましたが」
「なーに! 最初は俺もビビりまくっていたが、実際飛んでみたら楽しくて仕方がなかった! もし来年も出られるのなら、ぜひ出場させてもらいたいと思っている!」
「さっきも、ゼファーさんと二人で楽しそうに遊んでましたよね。私はスコアとか順位とかよりも、ルカがレースを楽しんでくれてるのがとっても嬉しかったですっ」
「僕もルカと遊べて楽しかった。こんなに遊んだの久しぶりかも」
「実は俺もそうなのだ! リゼットとも一緒に飛んだり買い物はするのだが、今日のように鬼ごっこで遊んだりはなかなかしないからな」
「たしかに、ルカが同じくらいの男の子と遊ぶのって珍しいかもしれませんね。フェリックスさんは友達というかなんというか……ま、まあちょっと違う感じですしっ!」
四人と一頭となった夕食のテーブル。
いつの間にかすっかり打ち解けた面々は、用意された食事をゆっくりと味わいながら、レースの疲れも忘れて会話に華を咲かせた。
「フフ、いずれにせよ私はレヴナントの飛行テストが順調で満足です。今日の様子なら、明日の最終レースもきっと私の計画通りに上手くいくでしょう」
「そういえば、フィンさんってゼファーさんの機体の整備もしてるんでしたっけ?」
「ええ。実はあの機体には、私が発掘した古代のアーティファクトが搭載されているのです。詳細はお教えできませんが、その力はお二人も氷天の花園でご覧になったでしょう?」
「あの氷ヘビを切り裂いた黒い翼のことだな。あの時、ゼファーが助けてくれなければ、俺もリゼットも危ないところだった」
「ううん……もし僕が助けなくても、ルカはきっとあいつを倒してた。レジェールの赤いエース……君がいたからね」
「私ですか? でもあの時の私って、グレイシアサーペントに凍らされそうになってましたし……」
リゼットはそれまでルカにしか興味を示していなかったゼファーが、突然自分に話と視線を向けたことに驚く。
「君やルカと話してみてわかったんだ……あの時、ルカは君を助けるためにあの力を出した。ルカの力が暖かかったのは、君を守るための力だったから……そうだよね、ルカ?」
「それは……」
ゼファーの確信を持った口ぶりに、ルカは思わず言葉を失う。
まだ出会って日も浅い目の前の少年が……リゼットを除けば、すでにこの世界の誰よりもルカのことを理解しているような……そういう口ぶりだった。
「ああ、そうだ……あの時、俺はリゼットのことしか頭になかった。最初、ゼファーは俺がみんなを助けたと言っていたが……ぶっちゃけ、そんな格好のいいことなどこれっぽっちも考えてなかった!」
「る、ルカ……っ。そこまで私のこと……!」
だがしかし、ルカは不思議とゼファーのその見透かしたような言葉と視線を不快だとは思わなかった。
むしろ、そこまで正面から心中を言い当てられて、普段よりも正直に、ありのままの考えを口することができた。
「わかるよ。僕にも、絶対に守りたいものがあるから」
「ゼファーの守りたいもの?」
「うん……僕はそれを守るために生まれて、それを守るために生きてる。僕の命に、それ以外の意味なんてないんだ」
「…………」
ゼファーのその言葉に、ルカは不思議そうに頷き、隣の席に座るフィンはなんとも言えない表情で瞳を閉じた。
「その……なんだ。俺にはうまく言えないが……ゼファーの命にそれ以外の意味がないというのは、いくらなんでも思い詰めすぎでは……」
「これでもまだ足りない。僕には、力がないから……」
いつしか、ゼファーは食事の手を止め、頭上に広がる満天の星空を見上げていた。
そこには二つの月が輝き、空を二分するようにまばゆい星々の光の流れが斜めに走っていた。
「みんなを守る、みんなを幸せにするための力……ルカみたいな力が、僕にもあればいいのにな……」
「守る力か……」
ゼファーの視線につられ、ルカも彼と同じように星空を見上げる。
この時、ルカはまだ気付いていなかった。
たった今、共にこの美しい夜空を見上げる少し変わった……しかし間違いなく優しい心を持つこの少年が、自分とは全く違う空を見上げていることを。
そしてその事実を、これから数時間後には思い知ることになると。
ルカはまだ、思いもしなかった――。




