第三十九話
『さあいよいよ次がこのエアロダンス最後のフライト! そしてその演技者は、なんと飛行士でもフェザーシップでもありません! 今回初出場、竜騎士ルカ・モルエッタとドラゴンのアズレル! レジェールチャンピオンシップ史上初となる異色のコンビが参戦です!』
「ルカー! その衣装とってもー! すっごく似合ってますよーー! だから思いっきりがんばってくださーーーーいっ!」
「とにかく落ち着きなさいっ! 私とリゼットで考えた作戦通りにすれば、絶対に大丈夫だからっ!!」
「ルカさーーーーん! すごくかっこいいですーー!!」
「ルカのやつ、ここからでもわかるくらいガチガチに緊張してるな。見てるこっちまで胃が痛くなってきやがった……」
レジェールチャンピオンシップ初日、最初の種目であるエアロダンスもクライマックス。
大勢の人々が見上げる空。
その視線の先には美しい青い鱗のドラゴン、アズレルにまたがる竜騎士の少年。
すでにルカ以外の全ての選手は競技を終え、現在のトップはリゼットのレディスカーレット。
そこから僅かに及ばずココノのブリリアントブリッツが付け、大きな波乱のない順位が並んでいる。
「わっはっは! さーて、あの竜騎士の少年がどんな空を見せてくれるのか楽しみだ! なあ、バロアよ!」
「ま、まったくですな。今回は竜騎士用のルール整備が間に合いませんでしたので、それだけが心残りでございます(ふん……あの小僧が何をしようと、フェザーシップ用の競技規定でまともな演技になるはずがない。せいぜい大観衆の前で大恥をさらすがいい!)」
観客の中には、遮光グラスを構えたガイガレオンと宰相バロアの姿もある。
ちなみにゼファーはなんとも淡々とした、機械のような様子で〝規定の機動だけ〟を披露。
オリジナルの飛行機動を一つも見せずに演技を終えたため、可もなく不可もなくといった順位に落ち着いていた。
「リゼットとココノが言っていた……参加は許されているものの、今回のレースで俺達が高得点を取ることは難しいと」
「そうなのー?」
広大な会場を眼下に、大きく深呼吸したルカは覚悟を決めた様子で前を向く。
そもそも、竜騎士の参加が許されたのはレースのわずか一週間前のこと。
ルカは喜び勇んで参加を申し込んだが、ろくに準備をする時間もなく、各種目のルールや競技内容はどれもフェザーシップ用。
ドラゴンとフェザーシップでは飛行方法も特性も大きく異なるため、現行のルールでルカとアズレルがリゼットのように高い順位を取ることは元から不可能だった。
「だがそれでも、俺は誇り高き竜騎士として最善を尽くす! いくぞアズレル! 必殺――マジカルドラゴンファンタジー!」
「わーい!」
『では! 選手番号200番、竜騎士ルカとドラゴンのアズレルによる、最後の演技のスタートです!!』
澄み渡る青空に空砲が響く。
それと同時、上空で待機する〝タキシードにシルクハット姿のルカ〟と、首に可愛らしいネクタイを巻き、頭に小さな帽子をかぶったアズレルがゆっくりとはばたく。
『さあルカ選手、まずは規定の飛行機動! ですがドラゴンにフェザーシップと同じ動きができるのでしょうか!?』
「できん! ジャックナイフだのリバースターンだの横滑りだの、そんなもの練習したこともない! だから、ここからは俺達のやり方でやらせてもらう!」
「わはー!」
『あーっとこれはー!?』
演技開始直後。
一気に降下したルカは、アズレルの体にくくりつけられた白いロープを伝って地面すれすれまで生身で落下。
ロープにぶら下がったままびしっと姿勢を正し、観客達の目の前を凄まじい勢いで横切りながら微笑むと、シルクハットを手にとって華麗に一礼。
同時に魔法のステッキに模した竜槍をくるくると回すと、アズレルが背負う袋が開き、ルカの演技を見守る観客達の頭上に色とりどりの花びらが舞い降りていく。
「まあ綺麗! それにあの竜騎士の子、近くで見ると意外とイケメンじゃないの!」
「うわー! すごいすごーい! ぼくもドラゴンさんに乗ってお空を飛びたーい!」
「これがドラゴンか……恐ろしい化け物かと思っていたけど、案外人間に懐くものなんだな……」
「いい出だしよルカ! そのまま練習した通りにやればいいわ!」
「さっすが社交ダンスも完璧なココノ! 私一人じゃこんな演技ルカに教えられないし、やっぱり持つべきものは大親友ーっ!」
「考えたじゃねぇかココノ! はなから競技うんぬんは捨てて、竜騎士のアピールだけに狙いを絞ったってわけだ。しかもかっこよさだの強さだのじゃなく、〝かわいさ全振り〟ってのもポイント高ぇな!」
「せ、正装のルカさんっ! し、失神しそうなほどかっこいいですぅぅうっ!」
『な、なんということでしょう! 竜騎士のルカ選手、〝競技ガン無視〟で楽しげな空中ダンスを披露しております! ま、まあ毎年こういう参加者はいるものなので、ルール的には問題なし! 競技続行、続行の判断です!』
フェザーシップによる華麗なエアロダンスとは大きく異なる、人とドラゴンによる空中散歩。
それは、これまで大きく代わり映えしなかった競技内容に飽き始めていた観客達にも大ウケ。
さらに上から下まで完璧に決めれば間違いなく凜々しい外見のルカと、ファンシーな衣装でキュートなマスコットと化したアズレルの組み合わせは、見栄え的にも実に華やかだった。
「よくわからんが、なにやら反応はいいっぽいぞ! ならば、このまま一気にフィナーレだ!!」
「はーい! ボクだってちゃんとダンスの順番覚えてるんだからねー。えらいでしょー!」
「ああ……! 俺とアズレルは、この空で最高のコンビだ。今からそれを、みんなにも見せてやるとしよう!」
竜騎士ならではのアクロバット飛行を終え、いよいよ演技も最終盤。
最後にもう一度観客席の至近まで降下したルカは、その中で今もじっと自分を見守るリゼットの前を横切り、安心させるように笑みを浮かべる。
そして残った花びらの袋を全て開いて急上昇。
青い翼をはばたかせて空に昇る竜の軌跡に、美しい花の架け橋を生み出した。
「頑張って、ルカ……!」
その光景を固唾を飲んで見守るリゼットは、胸の前で両手を強く握り締め、ただひたすらにルカの成功を祈っていた。
「今だアズレル! 俺達の新たなる力、竜騎士瞬間冷凍天空撃滅しょ――!」
「わはー! はらぺこドラゴンひえひえビーム!」
瞬間。タキシード姿のルカが掲げた魔法のステッキ――竜槍アズライトが閃光を放ち、溢れ出した冷気が空中の花びらを一瞬で凍結。
それは一拍おいて一斉に砕け、まだ暖かいレジェールの空に、季節外れの美しい花雪となって舞い散っていった。
「お、おお……!」
「わぁ……!」
「「「「 うおおおおおお――! 」」」」
きらきらと輝く花びらの雪の向こう。
砕けた氷の結晶が色とりどりの虹を空に描く。
集まった観客達はそれを見て一斉に大歓声を上げ、初めて目にした竜騎士の――ルカとアズレルの姿に心を奪われていた。
「や、やったっ! やったぞアズレル! みんな大喜びだ!!」
「よかったねー! でもボクもうお腹ぺこぺこー」
「やりましたね、ルカっ!」
「ふぅ……ま、まあ、私の演技指導のおかげね! ルカにしてはなかなか頑張ったんじゃない?」
「ルカの野郎、決めやがったな! おいフェリックス、お前もちゃんと――」
「る、ルカしゃん……(感動のあまり気絶)」
「フェリックス!? フェリックスゥゥゥゥゥ――!?」
「見事! 競技として見れば評価は付かぬだろうが、栄えあるレジェールチャンピオンシップの幕開けとして、これ以上ない働きであった! さすがはルミナの息子よ!!」
「ぐ、ぐぬぬぅ……っ! い、いやはや……陛下の仰る通りでございますな。私もこの上なく楽しませてもらいました……は、はは……ははははっ!」
溢れんばかりの歓声の中。
国王ガイガレオンは立ち上がって両手を叩き、彼の横に座るバロアは、苦虫を噛みつぶしたような表情でひきつった笑みを浮かべていた――。