第三十五話
「助かった! 俺達は助かったんだーー!!」
「これでまた家族の元に帰れる! う、うぅ……!」
「ありがとう……! ありがとう! あんたらは命の恩人だ!!」
「そ、それは良かった……!! ぶっちゃけどうして助けられたのかは俺にもさっぱりわからんのだが……みんなが無事で俺も嬉しいぞ!」
グレイシアサーペントとの激闘を終え。
晴れ渡る氷天の花園、その巨大な氷陸の上。
そこには大小様々なフェザーシップが集められ、〝百人を越える数の人々〟がルカとリゼット、そしてアズレルとフィンを囲んで感謝の涙を流していた。
「そ、それにしたってびっくりですよ。さっき捕まってたパイロットさんだけじゃなくて、すっかり気絶してた私も、何年も凍らされてた人達までみんな元気満々なんて……もしかして、これが〝はらぺこドラゴンファイヤーの力〟なんです?」
「しらなーい。そうなのー?」
「さ、さすがにそれはどうでしょう……私もこのような現象は見たことがありませんが、これはむしろ〝グレイシアサーペントの力が原因〟かと……あの氷から解放された皆さんには、負傷どころか服や備品の劣化すらない……あの氷とそれによる凍結方法が特殊だったと……そう考える方が自然です」
「考えることは色々あるが、まずは命あってこそだ! よくわからんが、俺も先ほどの戦いで〝炎と氷を操れるようになった〟! もしまたSSSの暴獣と戦うことがあっても、もっと楽に退治できるようになるはずだ!」
そう、グレイシアサーペントの氷塊に捕えられていた人々は、信じられないことに〝全員生きていた〟。
ルカとアズレルが放ったはらぺこドラゴンファイヤーは氷の牢獄から人々を解放し、こうして無事に――ぶっちゃけ年単位で行方不明だったとなるとそう簡単な話でもないが――少なくとも、その体にはなんの怪我も後遺症もなく、五体満足で脱出することが出来た。そして――。
「失礼、君達が私を探していると聞いたのだが」
「おおっ! もしや、あなたが〝フラットソン殿〟か!?」
「うむ。いかにも」
「フラットソンさんって、フィンさんの依頼の……ご無事だったんですね。よかった……」
その時。大勢の人々に囲まれるルカの元に、ダンディなチョビヒゲを生やした飛行服姿の紳士が現れる。
紳士がフラットソンであることを確認すると、フィンは頷いてルカの前に出た。
「ご無事でなによりです、フラットソン卿。実は私達は、貴方の奥様から捜索を頼まれてここまでやってきたのです」
「エルデールが……? だが……聞けば私がここで行方不明になってから五年もたっているのだろう? これまでも自分勝手に生きてきた私だ……こんな私を、彼女が待ってくれているはずがない……」
「……そんなことはありません。貴方が行方不明となってから五年……奥様は今も、一人で貴方の帰りを待っています」
「っ!? そ、そんな……本当に、妻は私を……?」
「はい……どうか一刻も早く、レジェールに戻り奥様に無事な姿を見せてあげて下さい。きっと、奥様もお喜びになるでしょう」
「……っ! うぐ……っ! すまない……ありがとう……っ」
「いえいえ……ところで、貴方がお持ちだという珍しい武器はどちらに?」
「え?」
現れた紳士――フラットソン卿は、フィンから事の顛末を聞いてその場に膝を突いて崩れ落ちると、わんわんと泣きながら何度も感謝を口にした。
そしてフィンが自ら作り出した感動的な光景を、自分自身で完全粉砕しようとした、その時――。
「ふーん……フィンもそんなことするんだ。優しいんだね」
「ゲェー!? そ、総……いや、えーっと……ぜ、ゼファー……様?」
「君は先ほどの! 危ないところを助けてくれてありがとう!」
「ルカを助けてくれてありがとうございました! 私はリゼット。こっちは竜騎士のルカで、このおっきなドラゴンさんはアズレルさんですっ」
泣き崩れるフラットソン卿を前にするルカ達の前に、今度は黒に紫混じりの髪を持つ少年――漆黒のフェザーシップのパイロット、ゼファーが眠そうに目をこすりながら現れる。
「知ってるよ……前から会ってみたかったから。あとフィンはバカンス長過ぎ……フィンがいないとつまんない」
「私達のことを? そうなんですか?」
「ゼファー殿は、フィン殿の知り合いなのか?」
「え、ええ……まあ。実は今の私は絶賛長期バカンス中でして……まさか直々にお迎えに来るとは、また完全に計算が外れましたね……」
「最近気付いたんですけど……フィンさんの計算って、いっつも狂ったり外れたりしてません?」
「まあ、フィンは元気そうだったからもういいよ。それより、そっちの君……」
「俺?」
なんともギクシャクしたやりとりのフィンとゼファーに首を傾げつつ、ルカはじっと自分を見つめるゼファーの眼差しに気付く。
「さっきのあれ……本当にすごかった。どうすれば出来るの?」
「さっきのアレとは……ドラゴンファイヤーのことか? うーん……俺もあの時は、リゼットを凍らされた怒りで頭が真っ白だったから……だが、とりあえず誇り高き竜騎士なら出来るはずだ! たぶん! きっと!」
「私にも、ちゃんとルカの声が聞こえてました……! リゼットを傷つける奴は許さない……って! もう、とっても……! すーっごく……っ! かっこよかったですぅぅぅぅぅっ!!」
「ぬわーっ!?」
ゼファーの問いとルカの答えに触発され、リゼットは我慢ならんとばかりにルカに猛ダッシュ、からの全力ハグ。
しかしそんなドタバタにもゼファーは表情を変えず、その金色の瞳でリゼットに組み付かれるルカを見つめ続けた。
「君のあの力……とてもあったかくて、やさしかった。僕にもあんな力があればいいのに。そうすれば……」
「ぜ、ゼファー殿?」
「じー……」
気付けば、ゼファーはリゼットを抱き留めたままのルカと鼻先がくっつきそうなほどに近づき、ルカの蒼い瞳を穴が空くほどに見つめていた。
それはまるで好奇心旺盛な子供が、始めて見る生き物を延々と飽きもせずに見つめ続けるようだった。
「あ、あのー……? 色々と積もるお話もあると思いますけど、まずはここの皆さんを無事に連れ帰らなきゃじゃないですか? フィンさんも、依頼達成の報告があるでしょうし!」
「そ、そうでした。私としたことが、大切なことを失念していましたよ。フフフ……」
「そうだな! ではまずは無線で救助を呼ぶとしよう! 後のことは、レジェールか連合の守備隊に任せればなんとかなるはずだ!!」
「帰るの? じゃあ僕も行く」
「そういえば、ゼファーさんはどこからここまで来たんです?」
まずは事態の収拾を優先するリゼットに、ゼファーはさらりと同行を願い出る。そして――。
「連合から。僕もレジェールのレースに出ようと思って。だけど……」
そう言うと、ゼファーは再びルカの前に戻る。
そしてしばらくぼんやりと何事かを考え、やがてすっと右手をルカに差し出した。
「ともだち……それでいい?」
「友達? そんなことなら、もちろんいいに決まっている! 今日はありがとうゼファー殿……いや、ゼファー! レースでもよろしくな!」
「ん」
差し出された手をがっしと握り。
ルカは満面の笑みを浮かべ、ゼファーは眠そうな表情のまま。
二人の間で握られた手は、ぶんぶんと上下に勢い良く振られたのだった――。
Next Side flight
――
マッドな博士の楽しいバカンス