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第三十六話


 一度きりの人生です。

 当然、未練や後悔のようなものは残したくありません。


 だから考えたのですよ。


 私にとって最も恐ろしいことはなにか。

 私が一生涯をかけても果たせなかった時、最も後悔することはなにか。


 それは、わからないままに終わること。

 知りたいと思った真実を、解き明かさないままに終わること。


 私に望む知識を与えてくれるのなら。

 望む知識への道を切り開いてくれるのなら。


 たとえ何度計算が外れようと。

 たとえそれによって、死にそうな目に遭おうとも。


 連合でも、オルランドでも。

 竜騎士の少年も、風を見る力を持つ少女でも利用して、必ず真実に辿り着いて見せる。


 そう、決めているのです。


 

 Side flight

 ――

 マッドな博士の楽しいバカンス 


 ――――――

 ――――

 ――


「――ほう、旦那様が」


「そうなの! 私がこんなに心配して待ってるのに、もう五年も帰ってこないなんてありえない! もちろん、ギルドにも彼を探してって何度もお願いしたけど……」


「氷天の花園は危険極まりない空域……そんな場所に捜索を出すには、それ相応の報酬が必要になるでしょうね」


「ええ……夫を探すにはすごい大金が必要だって、そう言われたの。私もちゃんと働いてるし、あの人も下級だけど貴族だったしで、今も別に生活に困ってるわけじゃないけど……全財産払っても、届く額じゃなかったから……」


 ここはレジェールにあるとある貴族の邸宅。


 レジェールでは貴族と言っても様々で、家格だけで暮らしは庶民と同じような者もいれば、社交界や経済界で依然として権勢を振るう者もいる。


 この日、古物商のフィン・ロックウェルが訪れたフラットソン卿の邸宅も、貴族の家とは名ばかりの質素なもの。

 フィンを出迎えた気の強そうな婦人も、普段は紡績工場で堅実に働いているのだという。


「わかりました。つまり行方不明の旦那様を捜索するためにはお金が足りない。そこで、奥様や旦那様がお持ちの品に価値を見いだしてくれそうな、古物商の私に話が回ってきたと……そういうわけですね?」


「そうね……本当は、もう諦めるつもりで……家にある彼の持ち物も邪魔だから……生活費の足しになればと思って、売り払おうと思ってたんだけど……」


「…………」


 実のところ、フィンは本物の古物商ではない。


 彼の本名はフィンケル・クロウ。


 その正体は連合に所属するスーパーマッドサイエンティストであり、人道や倫理観などまったく省みない、ヤバすぎる研究も数多く手がけるウルトラヤバい奴である。


 だがこの時。

 

 竜騎士の研究のためにレジェールに残ったフィンケル博士は、持ち前の能力の高さと連合とのパイプによって割と普通に商人としても短期間で大成功。


 今回のように研究に有益そうな話であれば、自ら出向いて見定める〝自由気ままな商人ライフ〟を絶賛満喫中であった。


「だけど、駄目だったの……っ。私達って……夫婦仲もそんなに良くなくて、彼だって……私に一言二言残すだけで、すぐにどこかに飛んで行っちゃって……! いなくなっても、最初はちっとも悲しいなんて思わなかったのに……っ」


「……心中お察しします」


「だから、探してあげなきゃって……それでお金がなくなっても、一回だけでもいいから、あの人を探してあげなきゃって……そう思ったの。今さらこんなことしても、手遅れなのはわかってる……それでも……」


「そんなことはありませんよ……それがどんなに遅くても、きっと意味はあるのです。奥様にとっても、旦那様にとっても」


 珍しいこともあると。


 フィンは自分が慰めの言葉を口にしたことに内心驚きながら、婦人から渡された、フラットソン卿が趣味で集めていた古代の品々のリストに目を通す。


 そのほとんどは見るまでもなくただのガラクタだったが、一つだけ――今は起動することもできない、〝超古代の剣の柄らしき物〟をお守り代わりに持ち歩いていたという記述に、フィンは目をとめた。


「わかりました。では、こちらの品を成功報酬として――」


 ――――――

 ――――

 ――


「――さて、どうしたものですかね」


 すっかり日が暮れた夜のレジェール。


 大勢の人々で賑わう大通りを歩きながら、フィンは小脇に抱えた鞄の中にある契約書の内容を思い出す。


「報酬は、行方不明の旦那様が持っていたセレスティアル文明の長剣……これは恐らく〝天剣の一種〟でしょうか。そしてギルドへの依頼出しや、引受人探しも私が行う……フフ、少々サービスし過ぎてしまいました」


 自嘲気味に笑いつつも。

 フィンが脳裏に思い浮かべるのは、婦人が心からの感謝と共に流した涙だ。


『こんなことになるなら……もっと、お帰りって言ってあげればよかった……もっと行ってらっしゃいって、言ってあげればよかった……もしもう一度彼に会えるなら……今度は必ず、そうしたいの……』


「フフ……どうやら、また計算が狂ってしまったようです。私としたことが、柄にもなく共感してしまいましたか。まあ、たまにはこういうのもいいでしょう……」


 夜の道を歩きながら、フィンはやれやれとため息をつく。そして――。


「ですがフラットソン婦人……私は貴方とは違います。私は今もこうして最善を尽くしている。最果ての空……その先に広がる世界をこの目で見るために、貴方のような後悔をしないためにね。フフ……」


 その一纏めにした長い黒髪をゆらし、ぶ厚い眼鏡の奥の赤い瞳をギラリと輝かせると、フィンケルは不敵に笑って野心を燃やす。


 持ち込んだ依頼が黒認定され、誰にも引き受けて貰えないという現実を突きつけられて彼の計算が再び狂うのは、この翌日のことであった――。



 Next Eighth flight

 ――

 レジェールチャンピオンシップ


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