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第二十六話


「やったじゃないルカ! それでこそ誇り高き竜騎士ってやつね!」


『あのダイヤがやられた――?』


 激戦の続くレジェール国境空域。

 今も視界は煙幕によって区切られたまま。

 しかし不意に開けた視界の先でルカの一閃を見届けたココノは、激しい空戦を繰り広げる中で小さくガッツポーズを決めた。


『まさか、私達四人が先に欠けるとは思いませんでしたわ……それに、こちらのこの子も相当な腕前。レジェールの飛行士を少々見くびっていたかしら?』


「今頃気付いたって遅いわよ! それに、ここにはルカだけじゃない……私のライバル、レジェールのトップエースがいる! そうでしょ、リゼット――!!」


 瞬間。ココノは操縦桿を引き倒し、機体を一気に傾けて煙幕の中に。

 その視界の端に、ルカと分かれて単独で漆黒のフェザーシップに追撃されるリゼットを映し、心の中で檄を送りながら再び前を向いた――。


 ――――――

 ――――

 ――


『俺とお前に大きな差があるだと……? 若さゆえの大言はお前自身の格を下げるぞ、レディリゼット』


「私が口だけかどうか……そんなの、飛べばすぐにわかります!」


 黒と赤。

 二機のフェザーシップが、色とりどりの煙幕が渦巻く空を飛ぶ。


 背後を取るのはクラブフィスト。


 先ほどのリゼットによる初撃を間一髪で回避した黒い機体は、そのままレディスカーレットの離脱を許さず、ぴったりと背後に張り付く。


 空戦において、もっとも重要なことは〝敵機よりも多くのエネルギーを保持すること〟だ。

 ここでいうエネルギーとは、なにも機体の加速力やエンジン出力といった機械的な話ではない。


 相手よりも高い位置を取り、急降下によって加速、上昇によって減速する〝位置エネルギー〟。

 他にも周囲に流れる風を掴み、その流れを利用して加減速する〝運動エネルギー〟など。


 空という広大なフィールドにおいて、それら目に見えないエネルギーを巧みに利用し、いかに奪い合うかが空戦の勝敗を左右する。


 そして現状、リゼットより高空を確保し続けるクラブフィストは、この空戦における〝エネルギー優位〟を維持していると言えた。


「なかなかやりますね……これだけの腕があれば、どこの国でも飛行士としてトップクラスになれたはずなのに。どうして空賊なんかしてるんです?」


 無線が繋がるのをいいことに、リゼットは見事な操縦を見せるクラブフィストにその意志を問う。


『……俺達クリムゾンフリートは、他の空賊のように生きるために空賊をやっているわけではない』


「あなた達が連合だけを狙うという話は聞いています。私も連合に思うところはありますけど……でも連合があったおかげで平和だった国や、救われた人も沢山いるはずです。どうしてそこまで連合を憎むんですか?」


『〝たしかにその通りだ〟。連合は数百年もの間世界を平和に統治し、自国の豊かな水を、水不足にあえぐ多くの国に無償で供与してきた……だが、すでにそれは過去の話だ。かつての聡明だった連合は、もはや跡形もなく破壊されている。あの男……総統ゼノンによってな!』


「ゼノン……? 連合の、今の総統……」


『奴をこの世から消し去るまで、俺達の戦いが終わることはない。そしてあの人ならば必ずそれが出来ると……俺達はそう信じ、キャプテンの元に集っている』


「そうですか……色々と教えてくださりありがとうございました。こんな時でもなければ、もう少し詳しくお話を聞いてみたいところですけど――!」 


『柄にもなく喋り過ぎた。ここから先は、互いの翼で語るとしよう』


 リゼットは対話の間も旋回角度を変え、高度を変えてクラブフィストの射線に入らないよう巧みに回避機動を刻む。

 しかしリゼットがどれだけ誘おうと、用心深いクラブフィストは決して焦らず、蛇のように背後を取り続けていた。


『無駄だ。俺の仕事はお前をこの戦場で無力化し続けること。完全な勝機が舞い込むまで、俺は永遠に待つだけだ』


「ふむふむ? だったら、お望み通りずっと上にいて下さい!」


『ほう』


 だがここでリゼットは敢えて急降下を選択。

 

 自機が持つ位置エネルギーを一気に消費し、眼下に広がる艦隊の狭間へと急加速して飛び込む。


『艦隊を利用して強引に引きはがすつもりか。苦し紛れだな』


 それを見たクラブフィストはすぐさま追従。

 急降下と同時に加速しつつ、しかし目の前を行くレディスカーレットの動きを注視し、決して今の相対位置を崩さないよう慎重に軌道を見極める。


 事実として、クラブフィストの飛行士としての腕は最強の空賊と言われるクリムゾンフリートにおいて1、2を争うトップエースだ。


 普通の飛行士なら、そもそもリゼットに対して空戦でエネルギー優位を維持することなど不可能。

 それをここまで崩さなかった時点で、彼の腕が超一流であることは疑いようがなかった。だが――。


『馬鹿な……〝まだ降りる〟というのか?』


 だがしかし。

 レディスカーレットは無数の対空砲を放つ艦隊群を抜けてさらに下へ。


 空の底とも言える広大な雲海めがけ、さらにさらに加速して突っ込んでいったのだ。


「さあさあ! 私をどうにかしたいなら、ここまで追いかけてくるといいですっ!」


『これも誘いか。面白い――!』


 青空を抜け、煙幕を振り切り、レディスカーレットの赤い機体は純白の雲海へと。

 空戦の基本である高空有利を完全に捨て去り、さらに機銃で狙いやすい雲の上に自分から飛び出たリゼットに、クラブフィストは油断せず照準を合わせる。


『終わりだ、祖国の空に沈め!』


「ふっふーん……お断りです!!」


 だがその時。

 レディスカーレットは両翼直下に装備されたロケット砲を、眼下に広がる〝雲海めがけて〟発射。

 さらに一拍遅れて機銃を撃ち放ち、自分で撃ったロケット弾を自機の目の前で炸裂させる。


『ぬっ!?』


 ロケット弾の爆発は濃密な大気の層である雲海を砕き、巨大な雲の柱を空に出現させる。

 現れた雲の壁はクラブフィストの視界を遮り、ほんの一瞬ではあるものの、レディスカーレットを彼の目から隠す煙幕となる。


『読んでいるぞ!』


 しかしクラブフィストはリゼットの奇策すら予想していた。

 レディスカーレットを見失う寸前まで凝視し、その機体角度、プロペラの回転速度、そして風向きからリゼットが取り得る機動を完全に予測していたのだ。


『そこだ――!』


 瞬間、黒いフェザーシップの機銃が吹き上がる白雲を貫いて一斉に火を噴く。

 それはクラブフィストの歴戦の感覚が、レディスカーレットの未来位置を導き出した結果だった。しかし――!


「ざーんねん! 正解は……あなたの後ろでした!!」


『なに!?』


 刹那、炸裂する機銃と交錯するエンジン音。


 まるで瞬間移動でもしたかのように、真後ろ――しかも高空から放たれたレディスカーレットの機銃が、クラブフィストの尾翼を木っ端微塵に粉砕する。


『ば、馬鹿な……! 一体、どのような機動で俺の背後を!? いや、まさかこれが噂に聞く――!?』


「ただ急旋回しただけですよ? ギルドの中には、〝スカーレットワルツ〟なんて呼んでる人もいますけど」

 

 スカーレットワルツ。


 それはこの空において、リゼットだけが用いるカウンター機動の呼び名。


 トップスピードに加速した状態から、一気に機首を上げて急減速。

 同時に機体をコマのように横倒して被弾面積と空気抵抗を減らしつつ、人間で言う側転のような体勢で垂直に後方回転。

 追撃する敵機を倒立した機体姿勢のまま交差先行させ、一瞬で敵機の背後と頭上を同時に奪う神域の必殺機動である。

 

『強い……! これが――全空最強、か――』


「理解してくれたみたいで良かったです。まあ、私は最強とか最速とか……そーいうのはどうでもいいのでっ!」


 恐るべきはレジェールのトップエース、レディリゼットの力。

 しかもさらに驚くべき事に、リゼットはこの空戦において彼女だけが持つ天賦の才、〝空の道を発動すらしていない〟のだ。


 黒煙を上げて雲海に不時着したクラブフィストを尻目に、リゼットは再び高度を上げて空戦領域へと舞い戻っていった。


「私は、あなたと一緒にいたいだけ……早く無事に戻ってきて下さいね、ルカ――」


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