第十七話
「それで、ココノ殿とリゼットはどのような関係なのだ?」
「えーっと、私とココノはともだ……」
「ラ イ バ ル! とーぜん! 宿命のライバルに決まってるでしょ!? 今はまだほんの少しだけ差があるけど……でもいつか必ず、公式レースでリゼットに勝ってみせるわ!」
空を飛びながらココノとの関係を尋ねるルカに、答えようとしたリゼットを遮ってココノが食い気味に宣言する。
ここは、どこまでも広がる雲海の上。
フィンと名乗る古物商から貴重な品の輸送を頼まれたルカ達は、一路輸送先であるオルランド同盟の首都オルランドへと。
地図上において、レジェール王国はちょうどオルランド同盟とヴァルツォーク連合の中間に位置する。
戦争状態にある両国に対してレジェールは中立の立場を取っており、表向き敵対している二国間の物流や人の行き来を支える重要な緩衝国となっていた。
「はは。まさか竜騎士のルカさんだけでなく、レジェールの王女であるリゼット様や、貴族のご令嬢であるココノ様にもご一緒してもらえるなんて。今日の私はずいぶんと運が良いようです」
「ふふん。そっちの竜騎士はともかく、この私とリゼットがいるのよ? 途中でどんなトラブルがあったって、なんてことないわ!」
「それは頼もしいな! 仕事への助力、俺からも心から感謝する!」
「実際、ココノの腕は本物ですよ。それは私も保証します!」
「ボク、あの子なら大歓迎だよー! 朝だって、とってもおいしいお肉をくれたんだからー!」
今、雲の上を飛ぶのはルカとアズレル、そしてリゼットを追跡してきたココノだ。
リゼットの乗るレディスカーレットの後部座席には、依頼主であるフィンも同乗している。
彼が輸送を依頼した品は大きな木箱に鎖で繋がれ、アズレルの後ろ足からぶら下がる形で運ばれていた。
「普段は大型飛行船で他の品とまとめて送っているのですが……今回は貴重な品だったので、ルカさんに引き受けて貰えて助かりました」
「俺の方こそ、誇り高き竜騎士である俺に依頼してくれたことを嬉しく思う! 何があろうと、この品は必ず無事にオルランドまで届けると約束する!」
レディスカーレットの後部座席から、ゴーグルをつけたフィンが感謝を口にする。
だがルカ達は気付いていなかった。
この一見すると穏やかな青年が、そのぶ厚い眼鏡の奥に輝く赤い瞳をルカとアズレル……そしてリゼットに向けていることを。
「ボクならこんな荷物なんてへっちゃらだもんねー! なんなら、このまま宙返りもでんぐり返しもできるよー! やってみせようか?」
「待つのだアズレル! そんなことをしたら俺達は平気でも、荷物が木っ端微塵に吹き飛んでしまうぞ!」
「けど、まさかリゼットを色ボケにした財産狙いの男が、最近噂になってる竜騎士だったなんてね……私としたことが、完全にノーマークだったわ……」
「だ、だからそれは誤解だって言ってるでしょ!?」
「まあたしかに? 今のところ、そいつがリゼットの財産目当てって感じはしないわね。それに最近の噂が本当なら、そいつもそれなりに頑張ってるみたいだし」
「むむっ!? やっとわかってもらえたのか!?」
当初の盲目的な勢いはどこへやら。
意外な観察眼でしっかり二人を観察していたココノは、ド派手な金色ピカピカのフェザーシップを操りながら、納得したように何度も頷いた。だが――。
「けど安心するのはまだ早いわよ! だったらだったで、今度は別の意味であなたを許すわけにはいかないんだから!!」
「べ、別の意味だと!?」
「そうよ! もし噂通りなら、レジェールの竜騎士は万年金欠の貧乏暮らし……ギルドからも追い出されて、そっちのドラゴンさんを養うのでいっぱいいっぱいらしいじゃない!」
「そ、それは……っ! まあ、そうかも……うん……」
「なんということだ! まったく反論できんぞ!!」
だが和解の気配もそこまで。
なんとココノはそこでこれまで以上の怒りを漲らせ、横を飛ぶルカに憤怒の表情でその人差し指を突きつけたのだ。
「最後の竜騎士ルカ・モルエッタ! たしかに、あなたを財産狙いでリゼットに近付いたって言ったのは私の間違いだった。本当のあなたは……万年金欠の甲斐性無し男! どっちにしろ、私のリゼットに近付く資格なんてこれっぽっちもないわ!!」
「グワーーーーーーッ!? 甲斐性無しグワーーーーーーッ!?」
甲斐性無し男。
恐ろしい暴獣も、槍の一振りで粉砕する無敵の竜騎士ルカ。
その彼が最も気にしている〝致命的な罵倒〟がルカを貫き、美しい空に竜騎士の悲鳴が木霊した――。
――――――
――――
――
「ルカー! もっとお肉ちょうだーい! ボクお腹ぺこぺこー!」
「すでに山ほど食べただろう!? 最近は報酬の良い依頼ばかりで、俺もようやく楽な暮らしができると思っていたのに……気がつけばまたいつもの貧乏暮らしに逆戻りしているのだが!?」
その日の夜。
オルランドまでの長い旅路の途中、ルカ達は世界中の空に点在する中継所を訪れ、その日の宿を取った。
そして一人アズレルに餌をやっていたルカは、いつのまにか空っぽになった財布をはらはらと振り、最後の干し肉を与えて血の涙を流していた。すると――。
「こんばんはーっと!」
「リゼット……?」
「ココノのアレでとんでもなく落ち込んでたので……心配で見に来ちゃいました。大丈夫です?」
「いいんだ……! ココノ殿はなにも間違ったことは言っていない。俺は誇り高き竜騎士だが、同時にどうしようもない甲斐性無し男でもあるのだ……っ! ふぐぅ……!」
そう言って、ルカはえぐえぐと悔し涙を流す。
母を亡くして以来。
厳しい貧しさと戦ってきたルカにとって生計を立てられないことは、一人前の竜騎士ではないという証明に等しかった。
「よしよし……はい、これどうぞ」
「ふぐぐぅ……! あ、あびがどうリゼット……!」
「大丈夫……ルカが頑張ってることは、私がよく知ってます! まだ時間はかかるかもしれませんけど……今回のフィンさんみたいに、竜騎士のお仕事もこれから増えてきますって!」
「すまない……っ! 俺も頑張るから……っ!」
リゼットから手渡されたハンドタオルをどぼどぼにして、ルカは再び竜騎士の誇りに火をつける。
だが、そんな二人の様子を遠くから伺う影が一つ――。
「なるほど……まさか、レジェールの王家が二代続けて竜騎士と繋がっているとは。わざわざ連合からここまで出向いたかいがありましたね」
それは今回の仕事の依頼主、フィン・クロムウェル。
フィンは支え合うルカとリゼットを見て眼鏡をクイッとし、その場に背を向けて休息所の積み荷置き場へと向かった。
「さて……ではそろそろ私の実験を始めるとしましょう。次代の竜騎士の現時点での力、楽しませてもらいますよ……ルカ・モルエッタさん」