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第十六話


「ふぁー……おはようございます~~……」


「おはようだなリゼット! すでに朝食はできている。まずは外で顔を洗ってくるといい!」


「むふふー……わっかりましたぁ~……」


 それは、いつもと変わらない竜騎士の朝。


 一つ違う点があるとすれば、今日は可愛らしいパジャマを着たリゼットが、その目をこすりながらふらふらとルカの家を徘徊していることだろう。


 だがそんな景色も二人にとってはいつものこと。

 二人の依頼が夜半まで長引いた際、リゼットは度々ルカの家に泊まり、今は空き部屋となっているルカの母――ルミナの部屋で夜を明かしていた。


 もし、二人のこんな関係がおおやけになれば大騒動だろう。


 だが幸いなことにルカはまだ〝平凡一般竜騎士〟であり、住所も街から遠く離れたぽつんと一軒家のため、今のところ新聞だのマスコミだのにばれてはいなかった。 


「えへへ……もごもご……むふふ……もごもご……」


 朝日に照らされた霧がゆっくりと目の前を通り過ぎる草原。

 家の外に出たリゼットは水桶の水で顔を洗い、持ち込んだ木製ブラシで歯を磨く。


 リゼットにとって、ルカの家で目覚める朝は幸せどころの騒ぎではない。

 その証拠に、もごもごと歯を磨くリゼットの顔はだらしなくにやけ、何度気をつけてもまたすぐににやけるゆるみっぷり。


 朝起きて、一番にルカの顔を見て。

 一日の始めにルカに挨拶をする。

 

 それだけでも最高だというのに、なんとルカは長年の一人暮らしによって、全ての家事スキルがカンストしている専業竜騎士である。


 今も家の台所からは、かぐわしい朝食の香りがガンガンに漂っている。

 この後それをルカと二人で食べられると思えば、リゼットがこのようなだらしない顔になるのも致し方なしといったところか。


「ひゃー! やっぱり私って、この空で一番幸せなのかも……! いえ、きっとそうに違いありませんっ! だって今日もこんなに幸せですしっ! ああ……世界って、なんて美しいんでしょうっ!!」


「ふーん、なにそれ? レジェールのトップエースともあろう者が、ずいぶんとだらしない顔してるじゃない」


「どっひゃああああああああっ!?」


 だがその時だった。


 歯磨きを終えたリゼットがあまりの幸せに腕をぶんぶんと振り回し、『世界って美しいー!』などと意味不明な発言をしているのを、すぐ横で一人の少女がじっと見つめていたのだ。


「こ、ココノ!? ど、どうしてあなたがここにっ!?」


「おはよう、リゼット。で、どうして私がここにいるのかって……そんなの、あなたが心配だったからに決まってるでしょ!? いっつもお城とは違う方向に飛んでいくからおかしいって思ってたけど、これでようやく繋がったわね!」


「ひえっ!? つ、繋がったって……どういう?」


 突然その場に現れた深い青色の髪に飛行帽と飛行服姿の少女――ココノは、慌てふためくリゼットを前に不敵な笑みを浮かべた。

 

「とーぜん! 私の宿命のライバルを〝色ボケの骨抜き〟にした、財産狙いの不届き者をぼこぼこにしてやるのよ! ほら、行くわよリゼット!!」



 Fifth flight

 ――

 ご令嬢は嵐と共に

 

 ――――――

 ――――

 ――


「うむ! たしかに俺は貧乏だが別に財産狙いではない! リゼットとも……その、なんだ……幼なじみだから仲がいいのであってだな……! とにかく、ココノ殿が言うようなやましいことはしていない! してないと言ったらしていないのだ!!」


「ふん、いかにも無責任なクズ男が言いそうなことね! 年頃の二人が一つ屋根の下で一緒に寝泊まりなんて……! 状況証拠としてはもう十分でしょ!?」


「話を聞いてココノ! ルカの言ってることは本当で……私がルカのお家で寝泊まりするのは、えーっと……こ、子供の頃からの癖なのっ! だから、その……なんていうか……私もそれなりに頑張ってるんだけど……そういうのは本当に全然なくて……およよ……」


「はぁ……良く聞いてリゼット。王室育ちの無垢で純真なあなたはなんにも知らないんだと思うけど、私はとっくにこの男が張り巡らせた〝あなたへのトラップ〟を見つけてるの! ほら、〝あそこにあるあれ〟がその証拠よ!!」


「あれ?」


 必死に互いの関係を弁護するルカとリゼットに対し、ココノは突如としてリビングから見える食器棚をびしっと指さす。


 するとなんということか。


 ココノが指さした先には、〝りぜっと〟と彫られたピンク色のカップと、〝るか〟と彫られた青いカップが仲睦まじく並んでいるではないか!


 ちなみに、どちらも明らかに子供用である。


「俺達が昔から使っているカップだな……」


「えーっと……あれがどうしたの?」


「どうしたの? じゃないでしょ!? リゼットと違って、私は貴族の中でもちゃんと〝色々勉強してるほう〟なんだから! ああいう二人でセットのカップって……将来を誓い合ったラブラブの恋人同士だけが使う神聖な食器なんだって……この前読んだ街新聞にそう書いてあったんだから!!」


「ば、馬鹿な……!? そんな話初めて聞いたぞ!?」


「どこの新聞よそれーっ!?」


「ふっふっふ! どう? ここまで完璧な証拠を突きつけられて、まだ二人がただの幼なじみだなんて無理のある言い訳をするつもり?」


「だ、騙されてるのはココノでしょ!? そんなゴシップ謎新聞、今すぐ読むの止めた方がいいから!」


 実に満足げなドヤ顔で胸をはるココノを前に、あまりにも一方的な謎知識で押し切られそうな二人は、それでも徹底抗戦の構えを見せる。


「とにかく! あんたみたいな財産目当ての男に、私の大切なライバルのリゼットを好きにさせるわけにはいかないの! この先もあんたがリゼットにつきまとうっていうなら、こっちにも考えがあるわ!」


「くっ……! たとえ君がどう思おうと……俺は断じて、金や地位を目当てにリゼットと共にいるわけではない!!」


「そ、そうです! 私だってこれまでルカに仕事は回しても、直接お金や物を渡したことは一回もないんだからっ!」


「どーだか……とにかく、まずは一度王様がこのことをどう思ってるのか聞いてみないと――」


「がおーーーー! 食べちゃうぞー!!」


「うわあっ!? こ、これがドラゴンですか!?」


「むむっ!? 待ってくれ、外が何やら騒がしいぞ!」


 完全に聞く耳もたない有り様のココノに、しかしルカとリゼットにもそれぞれの言い分がある。

 だが互いに一歩も引かない言い争いの中、突然外から青年の悲鳴とアズレルのうなり声が響く。


「がるるー! 泥棒は食べちゃうぞー!」


「ま、待つのだアズレル! 見知らぬ人を泥棒扱いしないようにといつも言っているだろう! 大丈夫か!?」


「ふぅ……突然のことで少々驚いてしまいました。ありがとうございます、竜騎士さん」


 ルカ達が家の外に出ると、そこには翼を大きく広げて威嚇するアズレルと、その前で腰を抜かす〝黒髪にぶ厚い眼鏡の青年〟の姿があった。


「なんと! 貴殿は俺を知っているのか?」


「もちろんです。だからこうして尋ねてきたわけですしね。私の名前はフィン・ロックウェル……古代遺跡の発掘と、そこで見つけた出土品の売買で生計をたてている商人です。実は、貴方に運んでもらいたい品がありましてね――」


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