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#17 今を生きている。


 暗黒が空を埋め尽くす。

 

 世界は混沌一色だ。

 

 そんな世界の中心に立ち、一人の女性が微笑む。

 

 「これでいい。世界は悪意に満ち溢れている。人間どもよ、悪意を自覚しろ。」

 

 突如として、天野は前世という呪縛から解放され、クロエに向け力を解き放った。

 

 そしてそのまま姿を消した。

 

 世界依然混沌に満ちている。

 

 だがそうではなかった。世界のほんの小さな片隅で白い光が生まれようとしていた。

 

 ーーーーーーー。

 

 どこまでも白い世界。

 

 何も無い空間と表現しても良いだろう。

 

 その小さな世界に2人の男と女がポツンと見える。

 

 一人の少女は体を丸めうずくまり、何もかもを否定しているように見える。

 

 世界そのものか、自分自身か、嘆いている。

 

 少女の名前は『真城優』。どこまでも白く美しい心の持ち主だ。

 

 だが、何にも染まらないということは無い。

 

 白はどんな色も受け入れてしまうのだ。

 

 混ぜて混ぜて、どこまでも、薄めようと受け入れて進んでいく。

 

 その果てが嘆きだったのかもしれない。

 

 傍らに立つ少年はゆっくりと少女の横で腰を下ろす。

 

 少女を優しく見つめる少年は『境一』。彼女といた事で一から人生をやり直した少年だ。

 

 誰よりも彼女から勇気と希望を貰った存在と言ってもいいだろう。

 

 「ぜんぶ思い出したのか?」

 

 「………。」

 

 「まあ、言いたくないならいいさ。俺は延々と嫌な記憶を見せられた。」

 

 「……。」

 

 「鬼たちがこれからって時に牛鬼に里を飲み込まれてな。まあ今思えばぜんぶあのクロエって奴に仕組まれていたんだろうけど。………俺はどうしようもなくなって牛鬼を丸ごと飲み込んだ。そっからの記憶はずーっとなかったんだけどよ、現世に行って悪事の限りを尽くしてたよ。」

 

 静かにハジメは語り続ける。

 

 顔を伏せたままの優にゆっくりと聞かせるように。

 

 「悪意で埋め尽くされてたよ。どうしようもなくて、止められなくて。………でもな、お前が助けてくれてたんだよな。優。」

 

 ハジメはそっと、優の頬に触れる。優の頬は熱を帯び、涙で濡れていた。

 

 「やりたくてやったわけじゃないんだろう?俺はお前のこと……」

 

 言葉を遮るように優は力無く、ハジメの手を振りほどく。

 

 「………。」

 

 顔を背け、背中を向ける。

 

 まるで、『話しかけるな、私はそんな人間では無い』と言いたげな様子だ。

 

 「前世とか、過去とか、人間とか神とかもうどうでも良くないか?俺は優がどんなに突き放したって、俺の中での優は変わんねえよ。悪くなったりもしない。むしろどんどん色づいて夢中になってる。……苦しみの一部でも共有したいって。」

 

 「………。私はあなたを裏切ったんですよ。………前世の私だって、清明や梨花を傷つけた。………私があなたを助けた?勘違いしないでください!私はあなたの中にあった牛鬼が欲しかっただけです。世界を壊すために、一から作り直すために。この世界は汚い悪意で満ち溢れているんです!!!私が悪意を全て消さないといけないんです!」

 

 やっと言葉を紡ぎ始めた優。しかし肩で呼吸しながら捲し立てるような猛烈な早口で話す。

 

 まるで感情の整理がついておらずヒステリックになっている。

 

 「色々詰め込みすぎなんだよ。めちゃくちゃじゃねーか。まんまとクロエに乗せられてんだろ。あいつは現世が欲しいだけの神様だぜ?現に今世界中が悪意で満ち溢れてるじゃねえか。」

 

 「それは!!!この世界が汚れているからです!!!」

 

 鼻も耳も、頬も顔全体を真っ赤に染め、涙で包まれた顔で振り返る。

 

 「…やっとこっち見てくれたな。」

 

 ポンと頭を軽くなでる。優は恥ずかしくなり、顔を背けようとする。

 

 「み、見ないでください。今顔ぐちゃぐちゃ……だから。」

 

 構わずハジメは優の両頬を押さえ、真剣な眼差しを向ける。

 

 「いいから、聞けって。一言言わせろ。……このバカヤロウ!周りには抱え込むなって背中押しておいて自分はなんだ!爆発してんじゃねえ!!!」

 

 「ひゃっい!?やめ!やめてください!」

 

 顔を強くグッと押され優の顔が急激に歪む。

 

 「俺はお前のこと大好きなんだ、隣にいさせろ!急に遠くに行くな!お前は真城優だろ!!!勝手に迷子になってんじゃねえ!!!」

 

 「は、はあっ!?急に何言ってるんですか!!!告白の仕方絶対おかしいでしょ!チョットさっきから思ってましたけどストーカーっぽいですし!!!」

 

 「はあっ!?おまえもさんざん好きアピールしてただろーが!!!」

 

 「し、してません!」

 

 まるで照れ隠しのように始まる罵倒のしあい。既視感のあるやり取りになんだか笑いが込み上げてくる。

 

 「最初もこんな感じでしたね。」

 

 「そうだったな。こんなだった。……もういいだろ?ひねくれるのもうやめろ。難しく考えて、から回る、そして結局正面からぶつかる。それが真城優なんだから。」

 

 「はいはい、そうですね。不器用で伝え方が下手くそなハジメさん。」

 

 「言ってろ。ほら、さっさと日常に戻るぞ。」

 

 『前世なんて関係ない。』

 

 それで良かったんだ。

 

 ーーーーーー。

 

 数千年前、私の前世の話だ。

 

 薄々気がついてはいた。

 

 私、ソラ、ヒロ。

 

 三人の繋がりの強さ。

 

 それは前世からの運命だった。

 

 前世の私は『道満法師』と呼ばれる陰陽師のひとり。

 

 家柄もよく力もあった安倍晴明よりも、目立たない平民から出た陰陽師。

 

 どちらかと言うと何でも屋の側面が強かったと思う。

 

 民たちの声に耳を傾け、政治や制度、繋がりを作るのが私の役目だった。

 

 同じく陰陽師であった安倍晴明は、どちらかと言うと貴族や権力者に対する政治を行っていた。

 

 大きな力を持っていた。

 

 しかし、彼も彼なりに苦労していた人間であった。

 

 高貴な家系安倍に生まれつつも、母親が妖狐と恐れられていたのだ。

 

 権力を持つ子であったため、迫害こそされなかったが、周囲の目は冷たかったと思う。

 

 そんな彼と私は幼い頃に出会った。

 

 今のわたしとソラののように硬い絆で結ばれていたと思う。

 

 男の友情というのが、しっくりくる。

 

 同年代からも恐れられていた彼と唯一分け隔てなく接することが出来たのは私だけだったのかもしれない。

 

 ーーーーーーー。

 

 私は特に取り柄なんてものは持ち合わせていなかった。

 

 唯一誇れるとすれば、悪意が形となって見えること。

 

 その当時世の中ではそれを妖と呼んでいた。

 

 妖による病、実態化した妖怪への対処、政治的信仰を強めるためにも欠かせない力であった。

 

 私は力を遠方から来た術師に見込まれ、陰陽師を養成している屋敷に行くこととなった。

 

 

 そこで出会ったのが安倍晴明だ。

 

 ーーーーーー。

 

 私たちはお互いを認め合い、競い合った。

 

 特に成績が優秀であった私と清明に国は優劣を着け、国に使える陰陽師を取り決めることになった。

 

 帝の前で箱に何が入っているか当てるというものだ。

 

 そんな特殊な力は持ち合わせてはいない。

 

 いつも通り、私は周囲の悪意を見通した。周囲の気を探るように瞳を閉じ、集中する。

 

 『清明できまりだろう。安倍だしな』

 

 『流石は妖狐の子だ、美しいの一言に尽きる。立派になったものだ。』

 

 『汚らわしい狐め。いずれ、陥れてやる。』

 

 『中にミカンが15個。言われた通りに入れたが、ほんとうに分けるものなのか?なにが陰陽師だ、我らを差し置いて職を得るとは。』

 

 周りの悪意は清明の事でいっぱいだ。

 

 私は開眼し、先に答えを言う。

 

 「大柑子が15個です。」

 

 周りの貴族たちがざわつく。

 

 だが、私は知っている。

 

 清明は、本当の陰陽師というのは。

 

 「鼠が15。」

 

 ぽつりと呟く。あたかもそれが答えのように。

 

 周りの貴族たちは唖然とし、落胆している。

 

 本来であれば、ここで全てが決まる。

 

 だが。

 

 「箱を開けてみよ。」

 

 帝が遠くからそう呟く。ここからでは姿も分からない。

 

 見えないように多くの飾りや障子が垂れ下がり、視界を遮る。

 

 手の届かない存在であることを思い知らされる。

 

 私には見えない。

 

 でも、彼は見通している。

 ゆっくりと箱が開けられ中からは大量の鼠が散らばるように走り回る。

 

 「その通りだ、清明よ。常識を覆す、それが陰陽師である。我が元に下れ。」

 

 「有り難きお言葉。」

 

 「そして道満、貴様には失望したぞ。噂話に惑わされるとはな。力を使わず、小細工で乗り切ろうだとは。」

 

 帝の近くにいた貴族が声を上げる。

 

 ミカンが15と心で思っていた貴族だ。

 

 『一体何が起きてやがる!?俺は確かにみかんを入れたぞ!危険すぎるこいつら!!』

 

 本当にみかんは入れた。しかし、帝は最初から清明が欲しかったということだろう。

 

 私を陥れる作戦。今話している貴族にそういう情報も流すように仕向けていた。

 

 直前入れ替えた、というのが答えだろう。

 

 もしくは、清明が姿を変えさせた、というのも有り得る。

 

 ーーーーーー。

 

 わたしはこのように理不尽な目に何度もあい、『ずる賢い、汚い』そういうレッテルが貼られて言った。

 

 どんどん自分の中で、世界が壊れていくのを感じていた。

 

 高みを目指せば、振り落とされていく。

 

 私はいつしか民たちの何でも屋を引き受けるようになっていた。

 

 だが、さらに運命は狂っていく。

 

 ーーーーーー。

 

 「酒呑童子?なんだそれは。」

 

 私は久しぶりに清明と話す機会を得た。

 

 「久しぶりの再会なのに申し訳ない。私が信頼をおけるのはソナタしかおらぬ。頼めるか?私の嫁である梨花が連れていかれたのだ。」

 

 「自分の嫁も助けられないほどに仕事が立て込んでいるのか?」

 

 久しぶりに会った清明はそれはそれは美しい装いをしていた。

 

 口元を扇子で隠し、表情が分からない。

 

 それに比べて私はどうだろうか。平民と同じ装い乱れた髪の毛。

 

 とても国に重宝されるような『陰陽師』とは言い難い。

 

 嫉妬で頭が狂いそうになる。

 

 どこかで嘲笑われている。そんな気がしてならない。

 

 そしてそういう考えしか出来ない自分がさらに不甲斐なく、友である慕ってくれるその眼差しが辛くて仕方ない。

 

 「わかった。」

 

 「ありがとう、酒呑童子を討伐してきてくれ。」

 

 ーーーーーーーー。

 

 「貴様が?あの清明の友だと?ガハハハハハっ!!!調子に乗ってきている清明に一泡吹かせようと思ったが、こんな惨めな友がいるとはなあ!あはははははっ!!やはり平民の血は野蛮よのう!」

 

 付き添いの貴族に散々バカにされたあと、清明が指し示した酒呑童子の居場所へとたどり着く。

 

 何でも酒呑童子は国中の女性をさらい喰らい、酒を浴び、人を殺し、数々の悪行を積み重ねている。

 

 真偽は不明だが、神の国から手がつけられず、放たれた鬼らしい。

 

 隣国周辺でも数年前天邪鬼なる化け物が暴れ、百合野家が滅んだという話もある。

 

 「人間の悪意が強くなったからなのかもしれないな。」

 

 私はそんなことを呟きながら酒呑童子が待つ洞窟へと足を進めた。

 

 ーーーーーー。

 

 『助けて』

 

 耳を割くような巨大な悪意が聞こえた。

 

 さすがに力を持たない貴族たちもあたりの空気の恐ろしさに気がついたのか逃げていく。

 

 

 「おれ、俺は知らないぞ!?」

 

 先程散々絡んできた貴族も逃げ出し、残ったのは私と源頼光だけとなった。

 

 「あんたは逃げないのか?」

 

 「………仕事だからな。」

 

 無口な男だ。

 

 民たちの噂じゃ父親の権力で成り上がったとか言われているが、清明と同じように貴族からの反発があるのだろうか。

 

 「そこで止まれ、人間。」

 

 凄まじい悪意が一気に吹き出てくる。

 

 これが鬼の力と言うやつだろうか。

 

 「来るぞ。『酒呑童子』ってやつが。」

 

 私は源頼光に伝える。

 

 禍々しい黒の塊が、無から生まれ徐々に人型を模していく。

 

 雷のように体全身にイカヅチをまとい、黄金の髪の毛を揺らしながら、深紅の鬼が姿を現す。

 

 「わざわざ、男が何の用だ。肉を酒を女を!!!この俺に差し出せ。………満たされねえんだ、腹の奥から湧き上がってきやがる。欲ってえのは尽きねえなあ!!!」

 

 舌なめずりをしながらの強欲さ。

 

 でもどこか悲しみを感じられずにはいらない。

 

 「お前苦しいのか?」

 

 気がついた時には恐怖という感情が消えていた。

 

 悪意全てを飲み込んだようなこの鬼に興味が湧いた。

 

 この世界全ての悪。それを喰らう存在なのではないか。

 

 圧倒的なまでの非常識。

 

 この力を物にしたいと思った。

 

 過去に閉じ込めていた私の悪意が目覚めたような気がした。

 

 「これはお前にあげようと思っていた酒だ。この辺の中の酒じゃ群を抜いて美味い。どうだ?」

 

 この酒には毒が入っている。

 

 お前がその力に飲み込まれたと言うなら、私が変わってやる。

 

 私が変わりに悪意を食べてやる。

 

 きっとお前は何を成し遂げられなかったのだろう。

 

 その体に刻まれた深紅が、その渇望は数え切れない後悔の果てなのではないか。

 

 初対面の化け物であるはずなのに惹かれてしょうがない。

 

 ーーーーーー。

 

 『ありがとう』

 

 ーーーーーー。

 

 

 そう聞こえた気がした。

 

 酒呑童子はあっさりとこの世界を去った。酒に酔い毒に犯され、源頼光によって討ち取られた。

 

 体を包み込んでいた悪意は私の手の中へと宿った。

 

 洞窟の奥深くへと足を進めると、黒髪で綺麗な女性が縛り付けられていた。

 

 酒呑童子が喰らう前だったのだろうか。

 

 とても美しかった。

 

 「助けて頂き感謝します。あなたが道満様ですね。夫より話は少々。……やっぱりあの人は来られないのですね。………まあ、政略結婚ですしね。」

 

 少女は助かったと言うよりも、助けて貰えなかったという気持ちの方が強く見えた。

 

 ーーーーーー。

 

 「やはり、助けてくれたか。道満よ。……続けてで済まないが、近々唐に行くことになってな。また留守の間妻を頼めないか?」

 

 ーーーーーー。

 

 「道満様、あなただけが頼りです。貧困は広がるばかり。どうか、ひと声国に届けてください。」

 

 ーーーーーー。

 

 「あん?お前みたいな平民の意見が通るとでも?」

 

 ーーーーーー。

 

 「誰だ貴様。酒呑童子は私と安倍晴明が討ち取った。貴様など会ったことがない。」

 

 ーーーーー。

 

 『手紙ありがとう。しかし、私にはどうすることも出来ない。私も国に使える身だ。分かってくれ。』

 

 ーーーーー。

 

 「ほう、これほどまでに悪意を増幅させていたとは。牛鬼。素晴らしい。芦屋道満、俺と手を組まないか?神であるこの俺と。」

 

 ーーーーー。

 

 私が世界を恨むまでにそうは時間は掛からなかった。

 

 醜い貴族、力あるものの独裁、届かない高み、陰謀、恨み、妬み、悔しさ。

 

 私はアジスキタカヒコネと手を組むことにした。

 

 牛鬼をこの世界に顕現させる。悪意を持つ全てを喰らう。

 

 それがこの世界のためなのだ。

 

 ーーーーー。

 

 「ダメです。あなたまで遠くに行かないで。私のそばにいて。」

 

 いつの間にかどこまでも私は間違いを重ねる。

 

 はだけた着物を直し、布団から出ようとする。

 

 こんな関係もうやめなければならない。

 

 「待って!!!私を1人にしないで!!!」

 

 布団から出ようとした私を梨花が止める。足がもつれ、服がはだけ私が梨花に覆い被さる。

 

 「私を見てよ!」

 

 涙ぐみながら少女は唇を近づけてくる。

 

 「俺は貴方の慰みものじゃない。あなたが見るべきは清明だ。」

 

 今更ながらにそんなことを口にする。

 

 お互いに求め合って、後戻り出来なくってから、降り積もる罪悪感。

 

 裏腹に心のどこかで巻き起こる背徳感。

 

 自分の悪意が気持ち悪くてしょうがない。

 

 「あなたは、けっきょく寂しいだけだ。清明のそばにいたいだけなんだ。」

 

 「最初はそうだったのかもしれない。でも今は……」

 

 ああ、もうだめだ。離れられない。どうしようもなく二人でいることの快楽を優先してしまう。

 

 人の肌の温かみを知ってしまっては、寂しくて凍える夜には戻れない。

 

 たとえ、間違っていたとしても。

 

 数回、口づけをかわす。

 

 これで最後だ、これで終わらせるんだと言い聞かせながら。

 

 ーーーーーー。

 

 「なに、やってるんだ?」

 

 刹那、扉が開かれ最悪が始まる。

 

 私の中の悪意が最高潮に高ぶった。

 

 体の奥に押し殺してきた『牛鬼』が悪意を解き放つ。

 

 世界は終焉を迎える。

 

 ーーーーーー。

 

 「道満ぁああああああっ!!!!」

 

 清明の怒りの拳が飛んでくる。

 

 もう何も痛くはない。

 

 「清明、間違えたんだよ。俺たちは。」

 

 「俺は…。君を信じてたのに!!!!」

 

 「俺もだよ、お前を信じていた。」

 

 

 ーーーーーーー。

 

 世界が黒く染っていく。

 

 「このまま終わらせてたまるか!やり直すんだ!俺たちの運命を!!!……2人の苦しみに気がつけなかった自分を変えるんだ!」

 

 こんな状況でも清明はすごいと感じる。

 

 諦めないんだから。

 

 「アジスキタカヒコネ!貴様だけは許さない!!!俺の大切なもの全てを返してもらう!!!」

 

 ああ、このまま世界が消えてしまえばいいのに。

 

 「反転術式!!!!」

 

 空いっぱいに大きな術式が星を描いていく。最後の最後まで清明には叶わないというのだろうか。

 

 「ばかなっ!?人間ごときが!?インバートマリスを作ったというのかっ!?やめ、やめろぉおおおおおお!!!」

 

 

 今度こそは3人で、そんな未来があればいいのに。来世というものがあるなら、どうか悪意なんてない平和な世界で。

 

 

 私の中に芽生えた記憶はそこで途切れている。

 

 ーーーーーー。

 

 インバート・マリス。悪意を反転させる力。

 

 崩壊した世界を唯一救う方法だ。

 

 一度滅びかけた世界を安倍晴明はたった一人で救った。

 

 私は対照的に世界を滅ぼそうとした。

 

 歴史を見てもその通りの記述だ。

 

 正義の清明、悪意の道満。

 

 反転術式は本来数百人以上の術者を使う大技だ。

 

 清明は全ての命を反転させたのだ。

 

 性別も魂も、全ての悪意を反転させたのだ。

 

 そして生まれ変わった私たちは真城優、辰早空、大坪ヒロへと転生を果たした。

 

 

 

 そして巻き込まれるようにアジスキタカヒコネもクロエへ。クロエが管理していた天稚彦は琴上幸理へ。

 アジスキタカヒコネの妹である下照姫は琴上輝へと転生した。

 

 クロエはもともと、現世と常世を手に入れようと画策していた。

 

 悪意を受けて増幅する牛鬼を常世・現世に解き放ち、その力を受けて暴走したのが酒呑童子、天邪鬼だ。

 

 そして酒呑童子に宿っていた牛鬼を取り込み現世を混沌に導いたのが私の前世、道満であった。

 

 でもなんだか、どうでも良くなっている。

 

 だって。

 

 ーーーーーー。

 

 「ほう?またそちら側に行くのか?道満。」

 

 「だれですか、それ。私真城優って言うんですけど?」

 

 「やり直そう、優。今度こそみんなで乗り越えるんだ。」

 

 「前世とか何とか言われても僕はあまりピンと来なかったな。知らない人の記憶を見せられてる感じ。」

 

 「そうだよ、ヒロちゃん浮気はダメなんだからね。」

 

 「うーん、そこの下りは胃が痛いからやめて、ソラ。」

 

 「いいよ、気にしなくて。あのクソ真面目な私は前世に置いてきたんだから。」

 

 「まあ、そんなもんだよね。変わらないものもある。でも変わっていくものもあると思うよ。ね、ユリ。」

 

 「お父さんやお母さんが前世がどうとか言うから、どんなもんかと思ったけど、大したことないわね。」

 

 「みんなよく言うぜ。俺と天野で手分けしてこっちの世界に引き戻しやったってのに。」

 

 「ま、そう言ってやるなよ、ハジメ。お前も散々ウジウジしてて嬢ちゃんのおかげで今があるんだからよ。」

 

 

 「ほんとよ、しっかりしてよね、リーダー」

 

 「お前らうるせえぞ。さっさと終わらせて飯にするぞ。」

 

 「はいよ、リーダー」と茨木、橋姫が口にする。

 

 「俺が姉貴事好きだと気持ち悪すぎんだろ、なあ?座敷」

 

 「ああ、これ以上シスコンが増すと私が困るねえ。」

 

 「ぬあっ!?誰がシスコンだ!!!ババくせえのにそんな言葉使うな!バカ!」

 

 続々と闇を超えて光が生まれていく。優、ソラ、ヒロ、天野、ユリ、ハジメ、茨木、橋姫、テル、座敷童子が姿を現す。

 

 世界が闇に包み込まれた直前その場に居合わせたメンバーだ。

 

 クロエは不服そうな顔してみせる。

 

 「最悪だよ君たち。我の計画を邪魔するなあ!!!!君はそれでいいのか!道満!!!あんなに人間を恨んでいたじゃないか!!!我たちで正しく美しい世界を作るんだ!さあ、こっちへ来い、君の悪意をまた見せてくれ!!!君の悪意はどの人間よりも正しい悪意なんだ!」

 

 

 大きな身振り手振りを加えながら、踊るように語ってみせるクロエ。先程のまでの余裕はなく、全員が戻ってきたことでさすがに焦りを見せ始める。

 

 「自分に似てるからこそ腹立つし、キモイわね。」

 

 眉をひそめながらユリは嫌がってみせる。

 

 「全然似てないよ、ユリの方が素敵だよ。」

 

 すかさず、天野がユリに声をかける。

 

 「そんなの知ってるよ。てかそういうこと言うの恥ずかしいからやめて。」

 

 赤面しながら、天野に注意をするユリ。

 

 「もう、後悔したくないから。」

 

 天野は優しく微笑んでユリの瞳を見つめる。

 

 「バカ正直に言わなくたって、あんたのことぐらい私がいちばんよく分かってるよ。……前世がどうだったか知らないけど、私は少なくともあんたのそばにいたくて、家を出たんだから。真護。」

 

 「そうだね、ユリ。」

 

 二人はそっと手を繋ぐ。

 

 後ろからテルが不服そうに頬をふくらませる。

 

 「あら、あんたも手を握ってやろうか?」

 

 座敷童子が意地悪で言ってみる。

 

 不意にテルは座敷童子の手を握り、顔を背ける。

 

 「……お前はどこにも行くなよ。俺のそばにいろ。」

 

 「やれやれ。まだまだ甘えん坊だな。」

 

 暖かい瞳で座敷童子もそっと手を握り返す。

 

 「さあ!」

 

 食い気味にクロエが手を差し出す。

 

 ゆっくり優は近づいていく。

 

 「優?」

 

 心配そうに見つめるソラ。一度は助けられなかった友だ。

 

 心配するのは当然だろう。

 

 「大丈夫。今の彼女、僕たちの知ってる『真城優』だよ。」

 

 「……そうだね、誰よりも優しくてかっこいい私たちの優だ。」

 

 「信じて待つぞ、みんな。」

 ハジメがそう告げる。

 

 傍らにヒロが並び立つ。

 

 「優のこと泣かせたらぶっ飛ばしますからね。」

 

 拳を振り上げ、ハジメの目前で止めて見せる。

 

 「それは難しいだろ、さっき泣かせたし。……でも、あいつはぶつかる度に強くなるやつだ。オレは共に歩んでいくよ。」

 

 少し満足気にニヤつくハジメ。

 

 「……敵わないなあ。……任せましたよ。」

 「おう、任された。」

 

 ヒロは残念そうにでも晴れやかに拳を力無く下ろし、前を向く。

 

 それにつられようにその場にいた全員の視線が優へと集中する。

 

 『信じているぞ、優。』

 

 ハジメの強い想いが優には聞こえた気がする。

 

 クロエの前に優は歩みをとめ、向き合う。

 

 刹那、差し伸べられたクロエの手をバチンと払い除ける。

 

 クロエは驚きが隠せない。そのまま静止する、

 

 優の瞳はどこまでも真っ直ぐだ。

 

 「私、気がついたんです。悪意があるからこそ、世界は美しいんだって。今を生きることがどれだけ難しくても、何も無かったらないも無いんです。」

 

 「何言っている?馬鹿なのか君は?また大切なものを失うことになるんだぞ!君だけは我をわかってくれると思ったのに!世界はこんなにも汚いというのに!我が導けば世界は色づくのに!!!」

 

 優の言葉を拒絶するように後退りしていくクロエ。

 

 きっと彼女も悪意に翻弄された一人なのだろう。

 

 「悪意があったからこそ、今が正しいと幸せだと思えるんです。……前世でも未来でも悪意でも正義のためでもない、私たちは積み重ねてきた今を生きているんですから。」

 

 その場にいた全員の答えをクロエにぶつける。

 

 優の表情は今までのどんな時よりも落ち着いている。

 

 

 壁を越えた優は誰よりも強いのだ。

 

 今を生きている。その言葉は追憶していた闇をうち払い、歩みを前へと進ませたのであった。

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