このクソゲーに花束を
「ごめんなさい」
柚浅葵は、頭を下げた。
大学の学舎裏。
「あ、うん、いや、全然気にしないで」
人気のないそこで、顔も知らない彼は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「葵さんは、オレのことなんて知らないだろうし。本当に申し訳ないんだけどさ、区切りとして告白させてもらったんだ」
「……はい」
「彼氏とかはいるの?」
「いえ、特には」
「じゃあ、好きな人はいるんだ」
言い切った彼に、葵は、一瞬だけ狼狽える。
「わかるよ、なんとなくね。良い顔してる。可能性0%だなって、なんとなく、わかってたから」
「好きな人、と言うか、大切な人、みたいな……でも、その、ごめんなさい」
葵は、腕の時計に目をやる。
「もう行かなきゃ」
「あ、ごめんね、引き止めて。
なにか、用事でもあったの?」
葵は、薄く微笑む。
「誕生日なんです」
「え、あぁ、そうなんだ……おめでとう」
「いえ、私ではなくて」
微笑みながら、彼女はささやいた。
「大切な人の」
「……そっか」
彼は、微笑を浮かべて――彼と別れる。
待たせておいた自動運転車に乗り込む。
カーキ色の自動車は、既に設定されている自宅までの道のりを、ゆっくりと走り始める。ナビゲーターが、ゆっくりと、予想到着時刻を告げた。
買い出しは、昨日、行った。
買い忘れは、なかっただろうか……網膜投射タイプの拡張現実鏡にメモが映り、昨日、タグ付けしておいた物品の居所が表示される。
全て、押し入れか台所の中にある。
小型のクリスマスツリー、オーナメントに電極、モール、短冊、お餅に節分用の豆、各種食材……このリストを見せて、誰が、誕生日を祝うと思うだろうか。
葵は苦笑して、メモを閉じる。代わりに、一枚の画像を呼び出した。
三人で映る写真。
美しい女性が、幼いミナトと葵を両腕で抱いていた。
「……おばさん」
葵は、そっと、画面を撫でる。
「また、誕生日が来たよ……今年も……」
彼女は、画面を閉じようとして――着信音が、車内に鳴り響く。
大きな画面が開いて、金髪の美少女が、画面いっぱいに飛び出してくる。
『葵さんっ!!』
「そ、ソーニャちゃん……声、大きいよ……」
『あ、ご、ごめんなさい……ありあまる元気が……』
画面に映ったソーニャ・スカトレフは、顔を赤らめる。
中学生になった彼女は、ますます美しさを増していき、毎日のように男子から告白されて困ると言っていた(自慢ではなく、本当に迷惑そうなのが恐ろしい)。
『きょ、今日って、何時集合でしたっけ!?』
「17時。ちょっと遅いけど、帰りは送るから大丈夫」
走っているらしい彼女は、蒼髪の少女のキーホールダーを揺らしながら、自分の顔をアップする。
『では、何時間前集合でしたっけ!?』
「時間ではなくて分だよね」
『でも、240分前集合と言うよりも、4時間前集合と言った方がわかりやすいのでは?』
「何時間前に集まる気……まだ、ソーニャちゃんは学校でしょ」
『サボリマァス!! イェイ!!』
「……あの可愛い子が、どこぞのバカ二世になってしまった」
苦笑いしつつ、そう言うと、ソーニャちゃんは立ち止まって微笑む。
『もう、あれから、3年も経ってしまったんですね』
「……うん」
『誕生日』
元気そうに、彼女は言った。
『盛り上げていきましょうね!』
「うん」
通話を切る。
ふと、葵は、窓の外を見つめる。
ただ、そこに流れる街の景色を眺めながら、彼女はそっと窓に額をつける。
「…………」
微笑を浮かべて――
「よし」
少しだけ、気合を入れた。
数十分後、自動運転車は、葵の家に到着する。
車から下りようとして――そっと、手を差し伸べられた。
「おかえり、お嬢様」
恭しく手を差し出されて、葵はため息を吐いた。
「出待ち、やめてくれます?」
「嫌だったかな? どうにも、エスコートには慣れないものがある」
犬用の首輪。
銀色のメッシュを入れた髪、耳には大量のピアス。首に十字架のネックレスをかけて、真っ黒な衣服で身を包んでいる。
ハンドルネームはクラウド、本名不詳の彼女は微笑を浮かべる。
「クラウドさん、合鍵は渡したんですから、先に行っててくださいって……言ったじゃないですか」
「そんなこと言われても、私は今年で30歳の無職引きこもり。子供部屋おばさんの二つ名をもち、ご近所さんからは『うちの子供が、ああなったら終わりだ』の愛称で親しまれている。
俗に言う不審者でね」
美形の彼女は、髪を掻き上げて、白い歯を見せつけた。
「勝手に、他人の家に上がろうとすると……通報される」
「良い歳してるのに、そんな格好してるから」
「コレでも押さえてるんだ。本当なら、大剣を担いで歩きたいし、三秒に一回は、大剣をくるくる回してサンダーを撃ちたい」
「本当に、あの人の同類ですよ、貴女は」
長身の彼女は、背筋を伸ばして、口端をそっと歪める。
「時が経つのは早いな……あれから、3年か……毎年、こうして祝っているが……たまに、時の流れを忘れてしまうよ……」
「えぇ」
葵は、歩き始める。
なにも言わずとも、クラウドは、葵の反対の車道側を歩いた。
「折り合いはついたかい?」
「どうにか」
「変化と言うのは、なにも、全てが悪いものじゃない。いつか、この変化が、君にとって良いものに変わるかもしれない」
「……そう願いたいものですね」
葵は、足を早める。
「ごめんなさい、急いでも良いですか」
「ん? なぜ?」
「嫌な予感がします」
半ば、駆けるようにして。
葵は、アパートまでの道を進んでいった。
すいすいと、クラウドも付いてきて、鉄筋コンクリート越しに響いてくる騒音を耳にする。アパート前で、白い犬を連れたご婦人が、迷惑そうに顔を歪めていた。
葵は、がくりと項垂れる。
「……やっぱり」
「ま、変わらないものも良いものだよ」
葵は、そっと、アパートの一室の扉を開き――蒼色が、視界に飛び込んでくる。
「あらら♡ やっぱり、レアちゃんはおバカちゃんでちゅねぇ♡ どうちて、わからないんでちゅか♡ あんなクソゲー、創っちゃうからでちゅか♡ ダメでちょお♡ なんで、赤ん坊が、二本足で立ってるんでちゅか♡
四本脚で、這いつくばって、とっとと頭を下げろつってんだタコ助♡」
「もしやと思うが、ミナト、君の脳細胞はひとつ残らす死滅しているのか? 驚いたな、知性も品性もない顔だと思っていたら、ゴリラ以下の知能しかないとは恐れ入った。お得意のドラミングはどうした、録音したのを流してやっても良いんだぞ」
「いい加減、あの録音、消せやクソ女ァ♡ お前が出演したテレビ番組の録画、一日中、垂れ流しても良いんだぞ♡
アラン・スミシー(笑)」
「殺すぞ」
「やってみろよ、ゴラァ♡」
一瞬の静止の後、ふたりは取っ組み合う。
「レア・クロフォードォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「ミナトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「やめろ」
いつものように、ふたりの頭にチョップを入れる。
良い角度で入ったのか、同じタイミングで、ふたりは頭を押さえて蹲った。
「いっだぁ!! なにすんだよ、葵!!」
「そうだぞ、葵!! わたしとコイツの問題だぞ、コレは!!」
「……声」
ささやくと、ふたりは、びくりと身動ぎする。
「近所迷惑だと……思いませんか?」
「「すごく思います」」
「人様に迷惑かけるなって……言いましたよね?」
「「言いました。私たちは、大変な愚か者です。申し訳ございません」」
ぴったりと、声を合わせたふたりを視てクラウドは笑う。
「相変わらず、仲がよろしいな。姉妹みたいだ」
「クラウド、シャルと下劣なコイツを同じにするな。人の妹とゴリラもどきを同格に扱うなんてどういうつもりだ」
「うっわ♡ シスコン、くっさ♡ くっせ♡ なんか、この部屋、シスコンくさくね?♡ 窓、開けろ、窓♡ 鼻が妹で詰まりそうだ♡」
「殺すぞ」
「あぁん? やってみせ――」
「…………」
「「仲良し!! 私たち、とても仲良し!!」」
ふたりは、肩を組んで、ニコニコと笑い……諦めた葵は、台所に行って、誕生日会の準備を始めることにした。
「しかし、まだ、自分が生きていることに驚きを隠せないよ」
狭い一室。
クラウドは、いつもの場所に腰掛けて言った。
「間違いなく、私は、あのゲーム内で死んだと思ったんだが……我ながら、有終の美を飾ったなぁと感じていたのに」
「ホントだよ、カスがよぉ♡ クソ女と心中してやろうとした、ボクの想いを踏みにじりやがって♡ なんで、人のこと騙してんだ、クソが♡」
「何度も言っているだろう、試したんだよ。
最初から、わたしは、誰も殺す気なんてなかった……そのことがわかっていたから、シャルは、最後までわたしの脅しに屈しなかったのかもしれないな」
ミナトの脇腹に肘を食い込ませながら、レアは言った。
「言っただろ、あのテレビ番組で。アイヒマンテストだよ。ただ、わたしは、全員のログアウトを禁じて、ペイン・コントロールで擬似的な痛みを与えただけだ。
アイヒマンテストでも、実際には、被験者に電気ショックは与えられていない。だが、別室で、スイッチを押している人間は、偽物の悲鳴……偽の情報を与えられていると、本当に、自分がスイッチを押せば、電気ショックが流れていると思い込む」
ふっと、レアは微笑む。
「あの時、誰もが、わたしの『ゲーム世界で死ねば現実で死ぬ』と言う言葉を信じ切っていた。
実際には、事が終わるまで、別の領域に隔離していただけだがな」
ミナトは、ぐいぐいと、レアの両鼻に指を突っ込む。
「虚構で死ねば、現実でも死ぬなんて……現実的には、不可能なんだよ。ハードウェアは弄る必要があるし、オンラインゲームの場合、定期的に倫理機関による査察が入るから仕込めるわけもない。
それこそ、架空のサイバーパンク世界のように、肉体が有機的にネットワークに繋がる世界になるまでは不可能だ」
鼻を引っ張り上げられて、レアの顔が、どんどん歪んでいく。
「閉鎖状況における権威者への隷属反応……偽物の情報でも、最終的には、全員が権威者に従うと思っていた。
結果としては、なぜか、全員がミナトに従ったわけだが」
「う、うん……豚鼻で格好つけられても……なんにも、話が入ってこない……」
ミナトの顔面に、右拳が入る。
彼は、ゴロゴロと床を転がって、様子を窺っていた葵はまたため息を吐いた。
ミナトとレアが同居を始めてから、悩んだ時期もあり、ようやく今年で折り合いがついたと思ったが……このふたりは、何時になったら、自分の手を離れてくれるんだろうか。
「手を選ぶつもりはなかったが……元々、わたしは、人を殺すつもりなんてなかったよ」
レアは、ささやく。
「わたしは、お姉ちゃんだからな」
「ま~ぁ♡ そんなこと言ってもぉ♡ ログアウトを封じるなんて、普通に監禁罪ですしぃ♡ ペイン・コントロールによる精神的傷害、脅迫罪まで連鎖して、法廷に出席しましたよねぇ♡ ねぇ、レアさぁん♡」
「……だが、わたしを訴えるプレイヤーはいなかった。奇跡的に、大事にはならなかったんだ。
だから、あんなにも短期で出てこれた」
「それは当たり前ですよ」
料理を続けながら、葵はつぶやく。
「そこにいるバカと同じ……ファイナル・エンド・プレイヤーですからね」
「ぶっは♡ クラウドぉ~、言われてんぞ~♡」
「蒼髪のバカ」
「あれぇ!? もしかして、ボクぅ!?」
「葵さん、コイツ、本当に自分だとは思ってなかったぞ。本気で驚いている」
「バカですからね」
インターホンが鳴らされて、ソーニャと見知らぬ女性が入ってくる。
「遅くなりました!!
ミナトちゃぁん!! だいすきぃ!! 結婚、結婚!!」
「レア・プロテクト・システム起動!!」
「ぐぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 人の好意がぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」
ソーニャに抱き締められたレアが、叫び声を上げてから蹲る。
この三年で、別人のように明るくなったにも関わらず、現在でも人の好意を信じられないのか、誰かと接触するとダメージを受けるらしかった。
「ソーニャちゃん、いらっしゃい♡ 失せろ、この豚ぁ♡」
「ぶひぃぶひぃ!!」
いつもの挨拶を終えてから、ミナトは、もうひとりの女性に目線をやる。
「で、この女性は誰?」
薄い紺色のワンピースを着込んだ女性は、如何にもお嬢様と言った風貌で、母性と慈愛に溢れているように視えた。
「え、団長ですよ」
「「「…………は?」」」
「ですから、聖罰騎士団の団長ですよ。一緒に、皆で戦ったじゃないですか」
「「「いやいやいや、意味がわからないわからない」」」
ファイナル・エンド組の知り合いなのか、ミナト、レア、クラウドの三人は一生懸命に、顔の前で手を振っていた。
美しいその女性……団長と呼ばれている彼女は、綺麗な笑みを浮かべる。
「驚かせてしまってごめんなさい。わたし、オフとオンで切り替えるタイプで。人を殺すのはゲームの中だけって決めてるんです」
「あ、本当だ、団長だ……人間って、こわぁ……」
「わざわざ、県を跨いで来てくださったんですよ! タオちゃんや他の人たちも、来たがってたんですが、今日、来れそうなファイナル・エンド・プレイヤーは団長さんだけで……とっても、良い女性ですよね!」
「うふふ、皆さん、そんなに驚かないで。
わたし、自慢じゃないけど、現実で人を殺したことないんだから」
「当たり前だ、誇るな♡ ファイナル・エンドに帰れ♡」
「そうさせてもらうつもり。
今日は、わたし、故郷に帰りに来たんですよ、ミナトさん」
意味深な言葉。
ミナトは苦笑して、葵は、出来上がった料理をテーブルに運んだ。
ちっぽけで孤独に溢れていたアパートの一室は、いつの間にか、人間で埋まっていた。誰もが彼もと触れ合って、ぎゃーぎゃー騒ぎながら、テーブル上の料理に舌鼓を打つ。
傍らには、写真立てとクリスマスツリーがある。
美しい女性と、ミナトによく似た少女。
彼女らは、オーナメントに短冊と、お餅や節分用の豆がぶら下がる奇妙なクリスマスツリーの横で……微笑んでいた。
「ミナト」
ケーキの上で、揺れるロウソクの灯り。
その灯りを通して、葵は、幼馴染につぶやいた。
「ハッピー・バースデー」
ミナトは、笑って、火を吹き消す。
誰かが、クラッカーを鳴らして、また大きな笑い声が上がる。
バカ騒ぎに続くバカ騒ぎ、涙を流すほどに笑って、いつの間にか時間は流れ去る。
本日のメインディッシュが、お披露目になる時間を迎えた。
「ミナト」
打って変わって。
静まり返った一室で、ボクは、RAS Ⅱを身に着ける。
「準備は?」
この3年間、苦楽を共にしてきたレアは、微笑みながら言った。
デザイナー兼プログラマー兼デバッガーのクラウドは、壁に寄りかかって親指を立てる。
サウンドクリエイター兼プログラマー兼デバッガーのソーニャちゃんは、真剣な表情でこくりと頷いた。
プログラマー兼デバッガーの葵と団長は微笑む。
支援者のAYAKAちゃん、タオ、シャルのパパとママ……ファイナル・エンド・プレイヤーたちは、画面の向こう側で楽しそうに笑う。
――ミナトくんはね、マネージャー!
ディレクター兼マネージャーのボクは、微笑んだ。
「何時でも」
目を、閉じる。
ようやく、ココまで来た。
――わたしたちのゲームが、ファイナル・エンドが最優秀賞に輝くの
シャル、ようやく、ココまで来たよ。
――お姉ちゃんは、いつもどおり、わたしに表彰台に立てって言って
君の望んだ夢が。
――わたしは綺麗な花束を受け取る
君の願った『もしも』が。
――ミナトくんは、そんなわたしの姿を誇らしげに、腕組みして見守るの
結実する日が――来たよ。
「ミナト」
レアは、笑う。
「行って来い」
意識が、吸い込まれて――ボクは、森の中にいた。
森の中……チュートリアルエリアには、既に、記者たちが集っていた。
大勢のアバターが、ボクへとカメラを向けて、大量のフラッシュが焚かれる。人々の熱狂の渦が、ボクを飲み込んで、問いかけを浴びせてくる。
「デジタルゲームフェスタ、最優秀賞の受賞、おめでとうございます!」
「開発者の中心メンバーたるミナトさんは、Vtuberと言うことで、特例的な受賞方式になりましたが今の気分は!?」
「ファイナル・エンドと言えば、3年前の事件で曰く付きとなったゲームでしたが、正直なところ、同名のタイトルを付けて受賞出来ると思っていましたか!?」
「本作は、ダブルディレクターとして、アラン・スミシー、シャルロット・クロフォードの連名となっていますが、シャルロット・クロフォードとはどなたですか!? シャルロット法との繋がりもあると噂されていますが!? あの事件の被害者なんですか!?」
そんな彼らを押しのけて、老人のアバターが、ゆっくりと近づいてくる。
しんと、静まり返って。
その老人は、ボクの手に、そっと綺麗な花束を収めた。
「貴女の創ったゲームは素晴らしい」
ボクの目頭が、熱くなって。
「俗的に言えば」
老人は、笑った。
「神ゲーだよ」
ボクは、顔を伏せて、静かに涙を流す。
きっと、レアも、クラウドも、ソーニャちゃんも、葵も、団長も、タオも、AYAKAちゃんも、協力してくれた皆も……同じ気持ちの筈だった。
この日のために。
ファイナル・エンドを正しい形で復活させるために、ボクたちは全てを注ぎ込んだのだから。
「ミナトさん」
デジタルゲームフェスタの主催者はつぶやく。
「貴女は、次に、なにをするのかな?」
「決まってます」
ボクは、花束を抱えて笑う。
「次のゲームを創る……だって」
――お金もいっぱい入って、わたしたちは次のゲームを作り始めるの!
「あの子は……シャルロット・クロフォードは……天才だから……」
彼は頷き、静かに、アバターたちが消える。
取り残されたボクの前に、黒色の眼帯を付けたチュートリアルキャラクターが現れる。
忠実に再現された、そのNPC……『先輩』は、微笑む。
「おかえりなさい」
ボクは、泣きながら微笑む。
「ただいま」
ふと、視線を釣られる。
虹色の蝶が、視界を横切って、ボクの前で羽ばたいていた。
その蝶は、ゆっくりと、飛んでいき……美しい花束を抱えている少女の頭に、そっと止まった。
ボクは、彼女を見つめる。
彼女は、ボクを見つめる。
目と目が合って――同じ顔をした彼女は、笑った。
それは、RASに残った人格情報の残滓か、それとも、奇跡が見せた白昼夢なのか。
花束を受け取った彼女は、夢のように消え去って。
呆然としていたボクは微笑んだ。
そして、ゆっくりと……『配信開始』のボタンを押す。
「こんにちは」
ボクは、涙を流しながら。
繋がり合う彼ら、彼女らに、笑顔を届けた。
どうか、彼女の配信が届きますようにと、願いを籠めて。
「ミナトです」
どうか、この現実に――花束を。
本作をご愛読頂きまして、ありがとうございました。
完結出来たのは、読者様による応援のお陰です。
完結と同時に、新作『百合ゲー世界に、百合の間に挟まる男として転生してしまいました』の連載を開始しました。
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ご一読頂けると有り難いです。よろしくお願いいたします。