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9 優しい世界




「ね、ね。こんなに早く村に帰ることになるなんて思わなかったね」


 二人でミラマスからカナバへ向かう道中、不意にくるりと振り向いてきたリーネが少し気恥ずかしげにそう言った。


「うん。あんなに意気揚々と皆に見送られて村を出たしね。ちょっと恥ずかしいかも」

「やっぱりカイトもそうなんだ。あたしもちょっと恥ずかしいかな」

「……お金が無いって世知辛いなあ」


 空を見上げてぽつりとそう呟くと、頬を優しくむにっとつままれる感触がした。


「もう、そういうこと言わないの。カイトはあたしと一緒に居るのが嫌なの?」


 慌ててリーネに向き直ると彼女は頬を膨らませていた。


「う、ううん。そんなことないよ。全然嫌じゃない」

「……ホントに?」


 ジトっとした目で覗き込まれると顔が熱くなってくるのが自分でもよく分かった。


「ほ、本当だって。リーネと一緒なのは嬉しいよ」

「じゃあ、今日はカイトもうちに泊まる?」

「え? えぇっ? なんでいきなりそんな話になるの?」

「だってカイトの家明け渡しちゃってるじゃない。村に着いてから泊まるとこ探すの?」

「え、ええと……。ギドおじさんの家に泊めてもらおうかなって思ってたんだけど……」


 取り繕うようにそう言うと、リーネはつまらなそうな顔をした。


「ふーん、そんなこと言うんだ。折角お母さんの晩御飯食べさせてあげようと思ったのに」


 そんな表情ですら可愛いのは反則だと思う。


 でも、やっぱり笑顔でいてくれた方が嬉しい。


「で、でもさ……。ベッドの空きがないじゃん。リーネの家には泊まれないよ」

「宿だといつも一緒のベッドで寝てるじゃない。もしかしてカイト君は恥ずかしいのかな?」


 リーネはからかうようにそう言うとこちらの様子を伺ってくる。茹で上がるように顔が赤くなっていくのが自分自身でも想像出来るほどに。


「うん……、そりゃ恥ずかしいよ。それにおじさんとおばさんだって俺たちがそんなことしてるのを知ったらきっと怒ると思うし」

「そうかなあ……。あ、おじさんの家だってベッドひとつしかないけどどうするの?」

「えっと、床で寝ようかなって。毛布ぐらいなら借りれるだろうし」


 むう、と唸るリーネ。ころころと変わる彼女の表情と仕草は見ていて飽きることがない。


 そればかりか今ここに居るのは二人だけで、自分がリーネを独占しているという事実が途方もない多幸感をもたらしてくれる。


「そういえばひとつ聞きたかったんだけど、どうして自分の呼び方を僕から俺に変えたの?」

「え? えっと、おじさんにそうした方がいいって言われたんだ。冒険者になったら僕だと舐められるからって」

「そっか、そういうこともあるんだ。男の子も色々大変なんだね」


 リーネは少しはにかんでそう言うとくるりと前を向いて歩き出した。遅れないように後ろに付いて自分も歩き出す。


「明日に疲れが残ったらいけないし夕方までには村に着きたいわ。カイト、少し急ぎましょう」

「うん。分かった」









 その日の夜、裏山をひとつ越えた先の山で十六人の野盗を殺した。






 ◆






 五日ぶりのミラマスの街はいつもと変わることはなかった。通りの活気も行き交う人々の喧騒も、いつもと同じように。


 だというのに、ただ彼女が居ないだけで周囲の景色がどこか色褪せたように感じてしまう自分がいる。


 あの後、ケインとメイはルードと共に翌日の朝ミラマスへと発っていった。


 自分はと言えば犠牲者の弔いに付き合うという名目で村に残って翌日に一人でミラマスへ出発した。死者を追悼する気持ちがなかった訳ではないが、それでも言い訳に利用してしまったことに自己嫌悪する他なかった。


 両手だけでなく心まで薄汚く穢れていく自身に、酷く自嘲的な気分になる。


 こんな自分をリーネに知られたら、きっと軽蔑されるに違いない。





 そのまま歩みを止めず宿に着くとすぐに未払いの代金を支払い荷物を纏めて部屋を引き払った。


 この小鳥たちの宿り木亭はリーネと共に三年間を過ごした場所だ。長く留まれば感傷に圧し潰されてしまう。宿を出た後は一度も振り返らずにギルドへと向かった。


 冒険者の利用者が多い小鳥たちの宿り木亭からギルドまでの通りは武具を扱う店や回復薬などの冒険者たちの必需品を扱う店が軒を連ねている。


 何の気なしにポーションを一つ購入して背嚢にしまうと、もうリーネは居ないのだからポーションは一つあれば十分だったことに気付く。


 ポーションは決して安い代物という訳ではなく、無駄遣いをしてしまった自身の間抜けさに笑うしかなかった。そんなこちらを訝しげな顔で見る店主に何でもないと告げてギルドへと歩いていく。





 ギルドへ着くと昼過ぎということもあって閑散としていた。この時間帯の同業者たちは依頼を受けて出ているか、そうでなければ休養に充てるか遊びに出ておりギルドを訪れる者は少ないからだ。


 受付のカウンターを見るとハンナさんが書類整理に勤しんでいる。作業の邪魔をするのは本意ではないが、だからといってこのまま帰る訳にもいかない。カウンターへ近づくとハンナさんがこちらに気付き作業を止めてにこやかに声をかけてきた。


「あ、カイトさんじゃないですか。聞きましたよ、お手柄でしたね」

「? えっと、野盗の件ですか?」

「ええ。ケイン君とメイさんからばっちり報告を受けていますよ」


 あの二人は依頼でもないのにギルドへ律儀に報告してくれていたらしい。これなら話がしやすくて助かる。


「その件についてなんですが、少し話があるんです」

「その前に少しだけいいですか?」


 ハンナさんは遮るようにそう言うと笑顔から一転して真面目な顔付きに変わった。知らないうちに俺が何かやらかしてしまったのだろうか。


「えっと、あの……。俺が何か?」

「ええ。ギルドの職員として一言お礼をと思いまして。あなたのおかげで年若い二人の冒険者の命が守られました。これは彼らの将来にとってもギルドにとっても非常に喜ばしいことです。本当にありがとうございました」


 そう言ってハンナさんは深く頭を下げた。今まで彼女にこんな風に感謝されたことがないのでどうにも気後れしてしまう。


「頭を上げて下さい。ハンナさんがそこまでするようなことじゃないですよ」


 そう告げるとハンナさんは頭を上げてこちらを見据えてくる。


「そういう訳にも参りません。カイトさんがしたことは誰にでも出来るようなことじゃないんですから、誇ってもいいくらいです」

「そう、ですかね……」

「たった一人で野盗を討伐したんですからもっと自信をもって下さい。リーネさんだって知ればきっと喜びますよ」

「……ありがとうございます」


 本当にそうだろうか。自分がまた人を殺したと知ればリーネは悲しむのではないかと思うと素直に喜べる筈もなく、当たり障りのない言葉を返す他なかった。


「はい。それではカイトさんの用事を伺っても?」


 ハンナさんは真面目モードから一転してまたにこやかに問いかけてくる。


「あ、ああ……。その、これからのことなんですけど……」


 ハンナさんにルードから聞いた侯爵領の話と野盗の件を絡めてこれからのトーガ山脈は要警戒地域だと説明し、冒険者たちに注意喚起をお願いする。ハンナさんは時折頷きながら神妙に聞いていた。


「そうだったんですか……。侯爵領の現状は聞いてはいたんですが、こちらにはまだ被害らしい被害が出ていなかったので甘く見ていました。そういうことであればギルドでも何らかの対応を検討しなければなりませんね」

「ええ、お願いします。特に低ランクの冒険者と少人数のパーティーに関しては、念入りに頼みます」

「それはもう。ギルドとしても大切な戦力を失う訳にはいきませんからね。注意喚起だけなら今日からでも出来ますし後でやっておきましょう」


 受付嬢の中には高ランク冒険者ばかり贔屓する人もいるが、ハンナさんは例え低ランク冒険者でも大切だと言ってくれる。


 本来ならば彼女の立場でそこまで親身になる必要はない。それはそうしたからといって咎められるようなことでもないし、冒険者はいつ何があるか分からない稼業であり、普段軽口を交わしている相手が明日は物言わぬ亡骸になっていることだってあるからだ。


 そしてそれは低ランクや自分みたいなソロの冒険者に顕著なことで、そんな相手と真摯に向き合えば向き合う程そうなってしまった時に受ける精神的な負担は計り知れない。


 それでもハンナさんはそう在ろうとする。それこそが彼女の矜持であると言わんばかりに。


 きっとこういう人だから自分もリーネも進んでこの人の世話になりたいと思ったのだろうし、案外他の男の同業者たちもこの対応でやられているのかもしれない。


 深く知る程尊敬の念が湧いてくる。それはきっと優しさだけでは勤まらないくらい辛いことだと思うから。



 ……思考に気を取られ過ぎた。忘れる前に後一つだけ伝えておかなれば。


「あの、俺はこれから暫くの間トーガを警戒しなければいけないんでカナバに住むことになります。だから冒険者としての活動は出来ないと思うんです」

「そうですか……。ギルドとしては残念ですけど、仕方ないですよね。カイトさん、決して無理だけはなさらないようにお願いしますね。あなたの身に何かあれば悲しむ人がいると言うことを、どうか忘れないで下さい」

「それは……、はい。肝に命じておきます」


 リーネと極光の皆を悲しませることは本意ではない。それは目の前のハンナさんにしたってそうだし、村の皆にしたってそうだ。だけど――



 ――それでも、自分のやることは変わらない。



 自分がどこまで出来るかは分からないけれど、いつかリーネが帰ってくる時の為にも生まれ故郷であるカナバは守らなければならない。


 ただそれだけが薄汚れてしまった自分が彼女に対して出来る、唯一の恩返しだと思うから。


 そう決意を新たにしていると不意にハンナさんがぱん、と手を打ち書類を漁りだした。


「話に気を取られて危うく忘れてしまうところでした。これではいけませんね」


 目的の物が見つかったのか、彼女は少しバツが悪そうにはにかんで手に持ったメモ書きを差し出してくる。


「今朝届いたカイトさん宛ての言伝てです」

「言伝て……? 俺に、ですか?」

「ええ。リーネさんからですよ」


 リーネからと聞こえた瞬間、心臓の鼓動が高鳴った。呆けるようにハンナさんとメモ書きを交互に見つめていると、彼女は悪戯が成功した子どものような表情でこちらを見ていた。


「悪い内容ではありませんから、読んでみて下さい」


 受け取る手が微かに震えてしまうが、それを取り繕う余裕もなく手に取って読んだ。




 カイトへ。


 あれからまだ数日しか経ってないしカイトはきっと元気だよね。あたしは大丈夫だから心配しないでね。


 さて、一度皆と話し合ったんだけど、カイトが冒険者としての活動を続けるにも一人だと厳しいと思います。


 だから誰かと組んだりどこかのパーティーに加入するなとまでは言いません。


 た・だ・し、その場合いつでも離脱出来るようにだけはしておくこと。これは絶対です。


 次こそはカイトを一緒に連れて行くんだから覚悟しておきなさい。


 本当は手紙を出したかったけれど、時間の余裕がなかったから言伝てになりました。ごめんね。


 落ち着いたらまた連絡します。リーネより。



 追伸

 健康には気を付けるように。カトレアより。

 浮気、ダメだよ。絶対に。サーナより。

 皆がまた揃う日を楽しみにしています。ヨハンより。

 まあ頭を冷やしてよく考えな。ガーレンより。



「あ……」


 言葉にならなかった。嬉しい。嬉しくて仕方がない。


 こんな自分を必要だと思ってくれていることが。


 止めどなく涙が零れ出す。それを止めようという気にさえならない。


 リーネの字ではないただのメモ書き。きっとハンナさんが聞き取って書いたものなのに。


 だというのに、どうしようもないくらい愛しく感じてしまう。


 彼女の想いが、確かに感じられたから。


「カイトさん……、大丈夫ですか?」


 ハンナさんの心配そうな声と表情。誰も彼もがこんな自分を気遣ってくれるのに。


 自分がただ気付かなかっただけで、こんなにも自分の周りは優しさで満ち溢れていた。


「だいっ、じょうぶ、です。……ただっ、うれしくって……」


 しゃくりあげながらもそう伝えると、ハンナさんの様子も安心したものに変わっていった。




 少し時間をおいて落ち着くと、流石に恥ずかしさが込み上げてくる。


「すいません、取り乱してしまって……」


 涙の後を拭いてから取り繕うように言う。今自分の顔は赤くなっているに違いない。


「嬉し泣きなら、いいんですよ。私でよければ付き合いますから」


 穏やかに、まるで幼子に言い聞かせるようにハンナさんはそう言ってくれた。


「ありがとうございます。あの、このことは、その……」

「秘密、ですね。誰にも言ったりしませんから、安心して下さい」

「……助かります」

「でも、先ほども言いましたけど無理だけはしないで下さいね。カイトさんがこれから大変なのは分かりますけど、やっぱりお二人には一緒に笑っていてほしいですから」


 そう言って穏やかに微笑むハンナさんは、まるでかつて幸せに生きていた頃の母の笑顔を彷彿とさせる。


 そして、そうした優しさに触れることで自分の価値を認められていると思えた。




 その後、ハンナさんに手短に礼を述べてから直ぐにミラマスを発った。


 カナバを長く留守にしたくなかったし、情けないところをハンナさんに見られた気恥ずかしさもあったからだ。


 ミラマス近郊の街道をカナバに向かって歩きながら言伝てのメモを読み返す。


 何度読んだところでその内容が変わる訳でもないのに、無性にそうしたくなって。



 全てを失ったと思っていた。


 でもそれは、思い違いでしかなく。


 自分にはまだ、残されたものが確かにあった。


 メモを折り畳み大切にしまって、服の襟元からペンダントを取り出した。


 トップの意匠は水晶で出来た鏃でありレンジャーである自分の武器に合わせたものだ。


 このペンダント自体には金銭的に大した価値はないけれど、自分にとっては何よりも大切な物の一つ。


 黒鉄級に昇格した時にリーネとお互いに贈りあったささやかなお祝いであり、自分からも水晶で出来た剣をモチーフにしたペンダントを彼女にプレゼントしていた。


 彼女からの贈り物であるということが嬉しくて堪らなくて、大切にし過ぎて壊れたり傷付くことのないように身に付けずに箱にしまっていたら怒らせてしまったことも、今では掛け替えのない思い出のひとつだった。




 自分は人なのか化け物なのか、今はもう自分自身でもよく分からなくなってしまったけれど、それでも、例え化け物としてでも彼女の役に立てるのなら。


 きっとこんな時の為に俺は生まれてきたのかもしれないと、そう思えて。


 カナバを守り抜いてみせると、決意を新たにした。




 遠く離れても自分が成すべきことを、未だリーネが指し示してくれる。


 彼女との確かな繋がりを、感じていられる。


 大切な人が、自分に力を与えてくれるから。



 リーネと共に過ごした大切な記憶を思い返せば、まだ頑張れる気がした。









久しぶりにマイページを確認したら感想が書かれてる!と思って喜び勇んで感想ページを開いたらガチでへこみました。

ともあれ感想が1件でもつけばその内容がどうであれ更新しようと前もって決めていたのでとりあえずの投稿となります。


また更新再開に伴い人物紹介の後書き部分を削除しました。ご了承下さい。



こんな3ヶ月も放置されていた拙作のPVが前回更新時から2000ほども増えていて作者自身驚いております。


またブクマも前回更新時から4件か5件ほど増えていますが、ブクマしていただいた方々に御礼申し上げます。

書かれた感想の内容だけに久々の更新にあたって強い励みとなりました。




ストックは全くありませんので次回更新は未定となります。拙作を楽しんでくれた方々には申し訳ありませんが気長にお待ちいただければと思います。

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