表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

3. 空中戦と命

「固っ!?」


 バジルリスクとすれ違った際に切りつけた時、予想以上の鱗の固さにメリルは驚いた。

 当然それなりの傷しか与えられない。


 ならばと振り向きざまに詠唱し、部下が注意を逸らしてくれた隙に放った魔力の槍である《マナディム・ジャベリン》も致命傷とはほど遠かった。

 だが、魔物の悶えるような仕草が剣よりも有効であると知らしてくれる。

 その様子を見た部下達から隊長という声が湧き起こる。


……しょうがないなぁ。


 「今度はあまり無駄使いしないでくださいよ」と丸メガネの文官の男に渡された……懐にある魔晶石の残りの数を思い出しながら再び詠唱し始めた。



◇◇◇



 空を飛んでいる。

 浮遊感も体感でき、衣服がはためく感覚も伝わり日本のゲームって凄いなと感じる。

 しかし、この装備だからか、体に浴びる風は自転車での疾走なんて比じゃなく、呼吸がしにくく、顔を背けないと目も開けたままにはしていられない。

 おそらく部屋にある香りも出る縦長のスピーカーのどこかから風が吹いていると思うが、強すぎて寒い。


 移動時間の短縮や、毒の沼地のダメージ回避に《飛行》の魔法はちょくちょく使っていたが、これに関してはスマホ版のほうが断然良い。

 何でもリアルにすればいいってものでもないようだ。


「……本当寒い。あ!」


 寒いから連想して、もしかして効果あるかもと、寒冷地帯で飲むアイテムの必需品である“ホットポーション”を取り出す。

 小さな栄養ドリンクのサイズである赤い透明のガラス瓶の中には一口分の液体しか入っていない。

 クエストによっては回復薬を30本以上飲む時もあり、お腹がちゃぽちゃぽになってる姿を想像したこともあるが、回復薬も同程度なら差支えがないようになっている。


…ゲーム内の話で実際にお腹は膨れないわけだが…。


 すぐ飲めるようにという配慮なのか蓋がないところにも制作陣の細やかな気配りに感心した。


 調合の素材に元ネタが“とうがらし”の“トンガララ”を使用するため、一応瓶の口を鼻につけて匂い嗅いでみるが想像と違って爽やかなハーブの香りがする。

 味は無いと思って口に含むとプラシーボなのか薄いハーブティーのような味がして、飲み終えると瓶が消える。

 品名から体がぽかぽかと温かくなるイメージだったがそんなことはなく、風量は相変わらずだが、寒さは感じなくなったので効果はあったみたいだ。


 半目のまま進むとキーキーというハーピーの鳴き声が風に乗って耳に届く。

 見たいエフェクトの魔法の名前を思い浮かべながら、魔法使いぽい仕草の左手を前に突出してみる。あれにしてみようかと頭に魔法の名前を思い浮かべるが効果範囲を示す赤い円は現れなかった。


……使って知る、ということなのかな?


 では早速とばかりに、


「《氷牙》」


 何もなかった空中に冷気で形造られた狼が4頭誕生し、きらきらと光る氷の結晶を後方に撒きながら、音もなく空中を駆ける。


「おお! っ!?」


 疾走する狼の後ろを飛んでいるため、小さくも冷たい氷がぴしぴし顔や体に当たる。


……痛い! 冷たい! 痛冷たい!


 こちらに背を向け、視線を落としている一番手近なハーピーに猛然と狼が襲いかかった。

 背や翼、足などに喰らいつかれたハーピーは甲高い悲鳴を上げながら、狼だった冷気を纏ったままきりもみ状に落下していく。

 他のハーピーからは驚きと敵意に満ちた視線を集める中、落ちるハーピーの先に騎乗してる者や徒歩の者、合わせて10人ほどの騎士と、小型バスくらいある灰色のなんじゃらオオツノトカゲもどきが戦っているのを見た。


「助っ人のイベントかな?」


 街から離れた街道でゴブリンやオーク、人間の盗賊などに襲われている隊商や、貴族といったNPCの助っ人をするイベントがある。「助かりました」で終わる場合もあれば、冒険者心をくすぐる街までの護衛依頼などに発展したりもする。

 報酬にレアなアイテムはほぼ出ることはないが、人助けをするとカルマのプラス値が増え、英雄や聖人へと近づくため見かけたら必ず助けるようにはしていた。


 突発的なイベントのため、難度はあまり高くないはずだが、破損している馬や騎士の石像が数体見られることから、砂漠フィールドの石化攻撃をするバジリスクと考えられる。

 フィールドが違うので亜種の可能性もあるが。

 亜種ならもちろん新モンスターなので、素材を獲得しなければならない。必然鼻息も荒くなる。


「えっと、《セット10》」


 どのように発動するのかと見ていた両手が七色に光る。

 戦闘前にいちいちメニューから一つずつ選択するのが面倒なので、各自セット化している能力向上と、敵の特殊攻撃やスキル無効化の魔法である。

 ちなみに、セット1は攻撃力アップのみで、数字とともに徐々に増やしていき、セット10はドーピングてんこ盛りである。


 エンカウントの距離に入っていないためか、NPCからの“おお! そこの旅の人。どうか、助けてください”等の音声なりメッセージがこない。

 早く地上に降りなければ……と意識した途端、結構な速度で下降を始め、ワンピースに風が舞い込み捲れ上がった。


「えええ!!! ちょっと待って!」



◇◇◇



 調子にのったメリルが幾度目かの《マナディム・ジャベリン》を放った後、とうとう魔力不足のため眩暈が起こり、愛馬にもたれ掛かった。

 遠くで隊長と呼ばれた気がした。


どう!


 背中を強打したことで息は詰まるが、痛みで逆に意識は明確になった。


……痛ったー! 落馬しちゃった。


 目の前に横たわる愛馬がブルブルと震えるながら、首をなんとか主人に向かせようとしていた。

 見れば右の後足の付け根に三筋のえぐられた爪痕があり、血があとからあとから溢れ出してくる。

 部下が落馬したメリルを心配し、


「隊長! 大丈夫ですか?」


 と声をかけてきたが、雑音としかメリルの耳には入ってこなかった。


 メリルは痛みに堪え、もがくように愛馬の視界へと入る。

 愛馬は舌を垂らし苦しそうに息をしているが、まだ立とうとしているのか震える前足を動かし宙を蹴る。


「ジッとしてないとダメ!」


 両手で愛馬の顔を撫でる。


「隊長! 風向きが変わりました! ここにいたら……」


 騎士は何度声をかけてもメリルには届かないと知ると馬を降り、


「隊長! 私の馬をお使いください!」


 メリルを立ち上がらせるため手を差し出すが、メリルはその手を見ようともしない。

 無理に起こそうとした手をメリルが払いのけると、何かを叫んでいた部下は自分の馬に跨り風上へと去って行った。


 世界を見るため小さな故郷の町を発つ日、魔法の手ほどきを受けていた薬師から卒業と旅立つ元弟子への餞別だと、自分の大事にしていた黒い毛並みの綺麗な馬をメリルにくれた。

 雨の日も、風の日も、路銀がなくなりお腹をすかした日も、盗賊をしばき倒して貯めこんだお宝を根こそぎ奪った日も、盗賊たちが同盟を組み仕返しに来た日も、いいかげん相手するのが面倒になり王国に来た日も、傭兵募集を見た日も、出世して騎士に取り立てられた日も、自分のうっかりミスが巡り巡って隊長が戦死してしまった日も、自分の能力が認められ次の隊長に任命された日も、いつも側にいてくれたパカラッタ。


 まるで友のような愛馬の目が先ほどから虚ろになり、痙攣が細かくなる。いよいよ死の気配が濃くなっていく。


「しっかりしてパカラッタ! ……ああ! そうだ! 馬車に司祭がいた! 誰か! 誰か呼んできて!」


 顔を上げ見回す。メリルの周りには誰もいなく、喧騒が遠くに聞こえる。


「……お願い……誰か助けて……」


……助からないなら、いっそこの手で……。


 そんな思いが浮かんだ時、


「えええ!!! ちょっと待って!」


 空から場違いなほど明るい悲鳴が聞こえてきた。

読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ