2. 魔法と王国の一行
チケットを使って移動した先は、崩れ去るのをただ静かに待っているかのような古い神殿の内部だった。
現実の部屋は暖房が点いているはずなのに、雰囲気のせいか少し肌寒くブルリと体が震え、遅れてうさ耳が揺れる。
振り向いて女神の石像を見る。
天を示していたであろう右腕が地に落ち、顔の上半分が欠けていた。
像の前には四隅の角が全て欠けている台座がある以外は、これといって目立つものがない。というよりも、金曜の夜の新フィールドだと言うのにプレイヤーがいない。
「おいおい、まさか、レア・エリア!?」
希少な確率で、そのフィールド内にある隠しエリアからスタートすることがある。そこではレアな素材が取れやすく、通常では出てこないレアなモンスターまで出現する。
「1回目で!」
今日はツイてるようだ。興奮して思わずガッツポーズをとる。四十過ぎての再就職は仕事に適応するのに精一杯であったため、この1週間はログインできなかった。
…そのお蔭なのか運が溜まっていたのかもしれないな。
この女神の間を出て、通路ですぐに布は大層汚れて綻びてもいるが、祀られていた女神のお守りと思われるアイテムを拾った。
「おお!」
見たことのない初めてのアイテムゲットである。すぐに《鑑定》をしたいが、後から他のプレイヤーがくる可能性もあるので先に物色をすませることにした。
スマホ版では獲得したアイテムはみなアイテムボックスに移るのだが、ここではどうなるのかと思った瞬間、手の中のお守りは消えた。
“逆に消えたお守りを取り出したい”と意識すると手の中に現れる。
「へー、なるほど。こういうシステムか」
便利だなと感心しながら再びお守りを消した。それからは端々まで調べ、様々な物をアイテムボックスへ嬉々として放り込む。
「レアモンスターはいないようだな…」
この神殿から出ると通常のエリアに行ってしまい、ここに戻れない可能性もあるので、もう一度取り忘れがないか見回したのち外へと出た。
外は一面荒野だった。太陽が真上から少し傾いているので、お昼前かお昼過ぎであろう。
ゴツゴツした岩山が無数にあり、ハングリーな生物しかいないようなフィールドだ。
「昔、カップ麺のCMで見たようなとこだな」
依頼を受けたり、アイテムの購入ができる村や町は視界にはなかった。
ふと、空を見上げると……距離があるので詳細は分からないが鳥型の生物がいた。
こんなときはレンジャーの“遠見”のスキル、と思ったら、急に望遠鏡のように遠くの姿がはっきりと見えるようになった。
上半身は人間の裸の女性で、下半身が鳥。別のゲームで見たことのある、
「ハーピー!」
新登場のモンスターである。倒した際に剥ぎ取れる素材は是非ともゲットしたいものだ。
モンスターのサイズから武器や防具の素材とは考えにくいので、羽毛布団やクッション。属性の付いた弓矢も作れそうな気がする。
そのハーピー8匹がグルグルと規則正しく旋回していた。羽毛に包まれてるとはいえ、豊かな胸を目で追ってしまうのは男の性である。
先ほどの“遠見”のスキルで分かったのだが、スマホのときならウィンドウを開いて取得している職業からスキルを選択したのだが、今は被ってるメットの機能で思うだけで使えるらしい。
再びゲーム機の凄い技術に驚くが、それよりも気になるハーピーが先である。
「おーい!」
距離的に無駄だろうと思いつつも大声を出して手を振ってみたが、案の定こちらに気付く様子はない。
このまま逃げられたくないので、移動速度が大幅に上がるソーサラーの上級職・ウイッチの《飛行》の魔法を使いたいが…。
「魔法は思うだけでは駄目か。じゃあ、えーと《飛行》……」
体に浮遊感を感じるのと同時に、地面からわずかに浮いた。
「お、おお!!!!」
本物の魔法使いになったようで気持ちが一気に高揚した。
◇◇◇
縦に連なった二台の王国の紋章が付いた馬車と、食料等を積んだ二台の幌馬車。
それらを護衛するように騎兵二十数騎が土煙を上げながら荒野を走っていた。
先頭の馬車の手綱を握っている御者が前方の空を睨む。普段は狩人を生業としているため危険への察知が早い。
「メリル様」
御者が馬車と並走している南方の出身である小麦色の肌をした騎士隊長の名前を呼ぶ。男性より幾分小さくスラリとした肢体からは、想像も出来なかったが腕の立つ剣士だと昨日分かった。その騎士隊長は御者が声をかけるまで、頑張って精悍な顔を維持していたのだが、
「ん? どしたの?」
集中が切れたようで途端に表情は崩れた。2時間は持ったよね、と少女のようなほわんとした顔をし、やや幼い口調で年上の御者の男に聞く。
御者はその様子からまだ気付いていないことが分かる。
「前方にハピネースが八匹ほどいます」
報告した御者は昨日のことを思い出し、自然に眉間に皺が寄りそうになった。
あの魔物の咆哮には馬に恐慌をきたすらしく、混乱した馬車の扱いに非常に苦労したのである。
「えー。今日も?」
げんなりした顔から、しょうがないなという呟きとともに真面目な顔をする。
「馬車の速度を落とせ。第一軍は前にいるハピネースに。第二軍は馬車の護り。行くよ」
メリルは御者と近くにいた補佐二名に命令を出したあと、掛け声とともに速度を上げる。
訓練を受けた軍馬は恐慌しないため、騎兵だけで戦うつもりだろうと理解した御者は、後方の馬車に停止を知らせるため首に下げている小さな笛を口に咥えた。
吹こうと息を吸った瞬間、メリルの行く先の右手にある岩山から大きな影が出てくるのを見た。
私も飛びたいなーとハピネースがいる上空を見ていたメリルが、何かが出てきたと理解するより先に優秀な馬が勝手に左へと飛んだ。
「えええええ! 急になに? 馬糞でもあったの?」
その後で薄い紫の霧のような存在に気付き、この霧を吐いた正体がこの一帯には生息しない固い鱗を持つ巨大なトカゲ…バジルリスクと呼ばれ、鋭い爪には神経を麻痺させる毒を持ち、吐く息は吸い込んだ者を即座に石化させてしまうという恐るべき魔物だと気付いたのだが、遅すぎた。
メリルの後に続いていた兵が霧を吸い込み軍馬もろとも次々と石化し、転がり崩れていく。
「あちゃー…。叱られる。減給だよ……」
金貨に羽が生えて飛んでいく白昼夢が見えたメリルは、すぐに我に返る。
ここまでは霧の範囲が及んでないと知ると、
「バジルリスクだ!」
危険を知らせるためありったけの声を出す。
自ら鍛えた部下は一体何人石へとなったのだろうか、完全に訓練のやり損だメリルはそう思いながら腰に帯びた魔法の剣を抜き放つと、魔物へと切りかかるために黒い美しい毛並の愛馬を操った。
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