↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄?まずは語り合いましょう 〜真実は拳に宿る〜  作者: 山田りく
第2章 あなたと過ごした、忘れられない一日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/23

第20話 愛の逃避行


 ――今日は、とても素敵な一日でしたわ。


 朝、王宮の前庭で殿下をお見かけした瞬間から、私の胸はずっと高鳴っておりました。


 旅装に身を包み、いつもより少しだけ凛々しく見えるお姿。


 背中には大きな荷物を背負い、これから始まる旅へ向けて真剣な表情を浮かべていらっしゃる。


 まあ。


 なんて素敵なのでしょう。


 いつもの王宮で見る殿下とは、まるで別人のようですわ。


 ……とはいえ。


 私が近づいた途端、少し慌てたようなお顔をなさっていたのは、きっと私と会えたことが嬉しかったからなのでしょうね。


 ふふ。


 私も同じ気持ちですわ、殿下。


 そして私は、思い切って申し上げました。


「わたくしも、この視察に同行いたします」


 あのときの殿下のお顔。


 驚いていらっしゃいましたわね。


 きっと嬉しかったのでしょう。


 けれど殿下は、昔から素直ではないお方ですもの。


「余裕がない」


 などと仰っていましたけれど……。


 まあ。


 照れ隠しですわね。


 殿下は本当に不器用なお方。


 でも、そんなところも愛おしいのです。


 そして私たちは、王都へと向かいました。


 殿下と並んで歩く王都。


 いつも見慣れているはずの街並みが、今日はどこか違って見えます。


 朝日に照らされた石畳。


 行き交う人々。


 露店から漂ってくる香ばしい匂い。


 楽しそうに笑う子供たち。


 ……まあ。


 まるで世界そのものが、私たちのために用意された舞台のよう。


 殿下と一緒に歩いている。


 ただそれだけなのに、こんなにも景色が輝いて見えるなんて。


 恋とは、不思議なものですわね。


 途中、殿下が何かを熱心に見つめていらっしゃいました。


 民の暮らしについて、真剣に考えておいでなのでしょう。


 その横顔を眺めながら、私は胸が温かくなりました。


 以前の殿下なら、きっと王宮の中から見える景色だけを信じていたでしょう。


 けれど今は違う。


 自分の足で歩き、自分の目で見ようとしている。


 ……殿下。


 あなたは、ちゃんと前へ進んでいらっしゃるのですね。


 私は、そんなあなたのお隣を歩けることが嬉しくてたまりません。


 そして――。


 私たちは一軒の露店に立ち寄りました。


 焼き立ての串焼き。


 こんがり焼けたお肉から立ち上る香りに、殿下のお腹が小さく鳴りました。


 まあ。


 なんて可愛らしいのでしょう。


 殿下は必死に平静を装っていらっしゃいましたけれど、私には分かっておりますわ。


 お腹が空いていらっしゃるのですね。


 私は串焼きを三本買いました。


 一本はマリア様へ。


 そして一本は私。


 最後の一本は――。


「もちろん、殿下と私の愛を分かち合う一本ですわ」


 私はそっと殿下へ串を差し出しました。


「殿下。お口を開けて……」


 殿下のお顔が、一瞬で真っ赤になりました。


 まあ。


 なんて可愛らしい。


 人前だから恥ずかしいのでしょう。


 それでも最後には、観念したように口を開けてくださいました。


 私はそっと、そのお口へ串焼きを運びます。


「あーん」


 ……。


 まあ。


 なんということでしょう。


 私の心まで、とろけてしまいそう。


 愛する殿下と、一本の串焼きを分け合う。


 ただそれだけのことなのに。


 まるで、恋人同士の秘密の儀式のよう。


 あの夜。


 拳を交えた私たちが。


 今はこうして、食べ物を分け合っている。


 拳で始まった私たちの関係が、こんなにも穏やかで優しいものへ変わっていく。


 私は、幸せでした。


 本当に。


 幸せだったのです。


 その後も、私たちは王都を歩き続けました。


 時折、殿下が私の手を引いてくださることもありました。


 まあ。


 私を守ろうとしてくださっているのですね。


 殿下のお手は、とても力強くて。


 けれど、その奥には優しさがあって。


 私は繋がれた手を見つめながら、頬が熱くなるのを感じておりました。


 この手を、ずっと離したくない。


 そんなことを考えてしまう自分が、少し恥ずかしくて。


 でも――。


 嬉しい。


 私は殿下のお隣にいる。


 殿下も私の隣にいる。


 それだけで十分なのです。


 途中、何人かの殿方が私たちを見ていたような気がいたします。


 きっと、仲睦まじく歩く私たちを微笑ましく眺めていたのでしょう。


 皆様、どうぞお気になさらず。


 今日は私たちの大切な一日なのですから。


 そして私たちは、少し薄暗い道へ入りました。


 大通りとは違う、静かな場所。


 人の声も少なく、殿下と二人で歩くには、ちょうどよい場所です。


 ……まあ。


 なんだか、二人だけの秘密の小道みたい。


 胸が高鳴ります。


 このまま遠くへ行ってしまえたら。


 王都も。


 王宮も。


 身分も。


 義務も。


 全部忘れて。


 殿下と私と、マリア様の三人で。


 知らない街へ。


 知らない道を。


 同じ景色を眺めながら。


 毎日を過ごす。


 そんな旅も――。


 素敵かもしれませんわね。


 ……ふふ。


 これは、愛の逃避行というものなのでしょうか。


 もちろん、実際には国王陛下から命じられた正式な視察ですけれど。


 それでも私の心にとっては――。


 これは、殿下との大切な旅。


 私たちの未来へ向かって歩く、最初の一歩なのです。


 そう思うと、胸がいっぱいになります。


 殿下。


 これからも、どうか私の隣を歩いてくださいませ。


 私も、あなたの隣を歩きます。


 どこまでも。


 どんな道でも。


 そして――。


 今日という日を、私はきっと忘れません。


 美しい朝。


 眩しい王都。


 香ばしい串焼き。


 繋いだ手。


 少し照れた殿下のお顔。


 そして――。


 私の隣にいる、愛しいお方。


 それだけで、世界はこんなにも美しい。


 ……あら?


 そういえば、視察先で何か大切なものを見たような気もいたしますけれど。


 まあ、よろしいでしょう。


 今日の私にとって大切なのは、それではありませんもの。


 私は今日――。


 エドワルド殿下とデートをしたのですから。


 ……ええ。


 誰が何と言おうと。


 これは間違いなく――。


 私の人生で最高のデートでしたわ。


 私は隣を歩く殿下を見上げ、そっと微笑みました。


「殿下」


「……なんだ?」


「今日は、とても楽しいですわね」


「……そうだな」


 その短い言葉だけで、胸がいっぱいになる。


 言葉なんて、これだけで十分。


 だって私たちは――。


 一度、拳で語り合った仲なのですもの。


 だから今度は。


 手を繋いで。


 同じ道を歩きながら。


 ゆっくりと、二人の未来を語り合えばいい。


 ……まあ。


 マリア様も一緒ですけれど。


 それはきっと、私たちを見守ってくださる可愛い天使なのでしょう。


 そう。


 今日は――。


 とても素敵な一日でしたわ。


 愛する人と歩くということが、こんなにも幸せなことだったなんて。


 私は今日、初めて知りました。


 だから私は、これからも殿下のお隣を歩きたい。


 どこまでも。


 ずっと。


 この手を、繋いだまま。


 ――それが、私の願いですわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。