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56/56

56 絶頂。

ダービー編完結です!


前回のあらすじ

クラウンヘイローの逃げ、カイウンスカイの出負けで始まったダービー。何とか盛り返したカイウンスカイが逃げるクラウンヘイローに圧力をかけたまま、勝負の直線を迎えた。

56 


───『各馬、最後の直線へ!! カイウンスカイが前に出た! 皐月賞馬が先頭に立つ! 十八頭を従えて、運命の五百二十五メートルへ!!』───



 地鳴りのような歓声が降り注ぐ。


 東京競馬場が揺れていた。十八頭の蹄音と何万人もの絶叫が混ざり合い、一つの巨大な熱となってターフを包み込んでいる。


 その中心にいたのは芦毛の皐月賞馬だった。





「行くぞ、スカイ!」


 立仲が手綱を押すと、素早くカイウンスカイが応えた。


 クラウンヘイローに並びかける。


 さらに半馬身。首ひとつ前に出る。このレースで初めてカイウンスカイが先頭へ出た。



───『カイウンスカイ先頭!! 皐月賞馬が直線入口で早くも先頭へ躍り出た!!』───


 歓声がさらに膨れ上がる。スタンドのあちこちから名前が飛ぶ。



「行けぇぇ!!」



「二冠だ!!」



「押し切れスカイ!!」



 立仲は前だけを見ていた。苦しい。決して楽ではない。


 だが、脚は残っている。まだ余力が残っているのが、手綱の先から力が、伝わってくる。


(いける)


 そう思った。


 東京の二千四百メートルは逃げ馬には厳しい舞台だ。


 だからこそ早めに動いた。


 だからこそ三コーナーからプレッシャーをかけ続けた。


(これなら押し切れる)


 ダービー馬になれる。


 その言葉が立仲の頭をよぎった。




 一方、内ラチ沿いで、福河は必死だった。



「負けるな!クラウン!!」



 連続で左ムチを繰り出す。


 バシッ!! 乾いた音が響くと、クラウンヘイローが再びハミを噛んだ。


 ガチッ、という感触とともに再び前へと進む。


 まだ終わっていない。まだ脚はある。


 先頭に並ぶ。そのまま前へ、前へとクラウンヘイローはゴールを目指した。


 だが──


 クラウンヘイローの首が少しずつ上がる。乱れて、苦しそうな呼吸音。



「頑張れ、クラウン……!」



 福河の声が震える。

 

 クラウンの脚色が鈍り始める。


 福河には分かってしまった。もう、限界が近いことが。



 外からカイウンスカイが差し替えしてくる。


 さらにその外からタマルアゲインとエモジロン。自身の後ろにも差し馬たちが迫ってきている。



 ──飲み込まれる。



 その言葉が福河の頭によぎった。


夢にまで見たダービー馬への道が、ガラガラと崩れていった。






───『残り四百メートル!! 内クラウンヘイロー! 外カイウンスカイ!! タマルアゲインも食らいつく!! エモジロンも差がない!!』───


 観客席の誰もが立ち上がっていた。


 拳を握る者。祈る者。大声で馬の名前を叫ぶ者。


 そして──


 馬群の後方に目を向けていた誰かが、呟いた。


「……来た」


 その声は掻き消されそうなほど小さい呟き。だが、一人。また一人と、その存在を認知するものが現れる。



「来たぞ」



「来た来た来た」



「来たぁぁぁぁ!!」



 海岸に打ち寄せる波のように、その声は大きな絶叫となり、観客席を塗りつぶした。





 スペシャルデイズは静かだった。


 驚くほど静かだった。


 歓声が、蹄音が、馬たちの呼吸でさえも遠く感じていた。だが、視界は鮮明で遠くのものも見通せる気がした。


(……気持ちいい)


 デイズは、そう思った。


 力を抜く。焦ることはない。そう言い聞かせて、デイズは前だけを見つめる。


 背中からは椿の呼吸が伝わる。


 直線が近いのに、自分の心がおどろくほど冷静だった。

 


「──いくで」



 耳が後ろを向く。その瞬間、壁が消えた。


 馬群が開く。


 風が吹き抜ける。


 デイズの目の前には、広大なターフが現れた。


 前へ。もっと前へ行ける。


 スペシャルデイズの瞳に光が宿る。



「……行かなきゃ」



 自然と言葉が漏れた。

 

 脚を出す。地面を蹴る。もう一度蹴る。


 世界が後ろへ流れ始めた。


 その景色はこれまでのどのレースとも違う。デイズが生まれて初めて見る世界だった。




───『馬場の真ん中からスペシャルデイズ!! 強烈な末脚で前との差を一気に詰める!!』───



 実況が絶叫する。


 その脚色は明らかに違った。


 カイウンスカイ。タマルアゲイン。エモジロン。


 先頭を争っていた集団との差がみるみる縮まる。



───『さらに間を縫ってダイヤスペリアーもやってくる! 大外からはコールドエンペラーも伸びてきた!!』───



 ここで伏兵たちも先頭集団に襲いかかる。


 だが、それでも──赤い帽子だけ勢いが違った。


 弾丸のような伸びで、ターフを一文字に切り裂いた。





 立仲は背後の気配に気づいた。


 速い。あまりにも速い。



「……来たか」



 振り返らなくても分かる。


 赤い帽子、スペシャルデイズだ。


 立仲の視線は、残り二百のハロン棒を捉えた。


 まだ先頭はカイウンスカイ。まだ差がある。


 このまま押し切るだけの脚は残ってる。そう、立仲は考えた。



 だが、──次の瞬間には、そのリードが消えていた。



「なっ……」



 並ばれた。いや、違う。


 並ばれていない。


 交わされた。


 一瞬で。




───『スペシャルデイズ!!』───



 一馬身。



───『並ぶ間もなくカイウンスカイを交わして先頭!!』───



 二馬身。



───『速い!突き抜ける!!』───



 三馬身。



 あっという間に、その差が広がる。


 立仲は目を見開いた。



「何だよ……あの脚……」



 勝負処で全く相手にならない。食い下がることすらできない。



 『早め先頭での押し切り』は、直線の長い東京でスカイが勝つための理想の形。


 スタートはいまいちだったが、それからは想定どおりのレースができた。


 勝てる、と思った。


 だが──、


 その全てを踏み潰された。想定を上回り、赤帽子ははるか前方を走っている。


 悔しい。


 悔しい。 


 それでも──


(まだ終わっちゃいない)


 二着だけは……、二着だけは守る。


 立仲が再び前を向き、相棒へムチを振るった。




 残り百メートル。


 し烈な二番手争いをよそに、先頭は遥か前を行く。


 栄光のゴールへ。先頭を走るのはスペシャルデイズ。


 その背を追って、内カイウンスカイ、中ダイヤスペリアー、外コールドエンペラー。


 三頭が横一線で叩き合う。


 その後ろでクラウンヘイローも懸命に踏ん張っていた。


 だが脚は残っていない。それでも……それでも、最後まで──





───『クラウンヘイロー後退!!脚が止まったか!!』───



 三強の一角が馬群に飲まれていく。それを尻目に、皐月賞馬は必死に抵抗を続ける。



───『カイウンスカイ粘る!! しかし、ダイヤスペリアーが差を詰める!! そして外からはコールドエンペラーも来ているぞ!! 三頭の争いになった!!』───



 しかし──


───『先頭は遥か前!! スペシャルデイズが完全に抜け出した!!』───

 


 実況の声が裏返る。一完歩ごとにゴール板が近づいてくる。



───『勝ったのはスペシャルデイズ!! やっぱりこの馬は強かったぁぁぁぁぁ!!』───



 爆発する歓声。


 舞い散る紙吹雪。



 ゴールの瞬間──、

椿が拳を天へと突き上げた。





 ゆっくりと手綱を緩める。


 歓声が戻ってくる。


 張り詰めていた世界が、少しずつ元へと戻っていった。



「おつかれさん」



 首筋を撫でられる。



「やったな。ダービー馬や」



 スペシャルデイズは大きく息を吐いた。全身から力が抜ける。


 直後──、脚が急に重くなった。



「……疲れた」



 それでも少しだけ笑う。



「でも、勝てて良かった」



 椿も笑った。



「俺もや」



 スタンドからの『椿コール』が聞こえてくる。


 ジャポンダービーを制したのは、スペシャルデイズ。


 そしてそれは──


 椿航が初めてダービーを勝ったことを意味していた。


 長く競馬界に語られてきた一つのジンクス。


 "椿はダービーを勝てない"


 その言葉は、今日、この瞬間に幕引きとなった。


 東京競馬場を包む歓声は、鳴り止まない。



 デイズと椿は、込み上げてくる達成感を噛み締めながら、観客の待つスタンド前へとゆっくりと走り出した。


 雲の切れ間から差し込む日差しを受け、艶やかに煌めく馬体。


 早くもその姿は、栄誉あるダービー馬としての風格をまとっていた。


お読みいただきありがとうございました!

スペシャルの末脚の切れ、伝わりましたかね?

リアルレースの実況がすごーく印象的でした!


次回は7月末ごろの更新予定です。

ダービー後のあれこれなる模様(ФωФ)


==============

☆☆☆☆☆→★★★★★にしてもいいよ 


という優しい方、★お願いしますー


リアクション、何か1つポチポチしてくれると嬉しいです!よろしくお願いします!

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