543
「メル」
魔道具を装着してからメルを撫でると、たった一日のことなのに久しぶりに感じるその感触にホッとしてしまった。
存分に撫でてからコルちゃんとメルに餌と水を与えると、2匹共時折チラチラとこちらを見ながら食べて、食べ終わると足を揃えて座ってこちらをジッと見上げて来る。
レイカさんが昨日コルちゃんを手伝う形で使った聖なる魔法の内、魔力増幅だけを停止する魔法は、コルちゃんが行使したから条件付けが不完全だったのか掛かりが甘かったようで、朝には増幅された魔力が排出された状態になっていた。
この増幅された魔力はやはり自分の魔力が元になっているとのことだったので、メルが取り込む魔力自体は余り多くないのではないかとカリアンさんやコルステアくん達王城魔法使いが話していた。
彼等は会議テーブルの方でサークマイトの魔力増幅の仕組みについて予測を立てて理論検証をしているようだ。
この後、ラスファーン王子とレイカさん主導でメルの檻にメルの排出した魔力だけを通さない結界を張り直して、王城魔法使い達が張った魔力遮断の結界を解除するのだそうだ。
魔石を用いた結界魔法の技術は、やはりエダンミールは段違いで、ラスファーン王子が魔力消費に丁度良いからと張り直してくれることになった。
これでメルを檻に入れたまま魔道具を解除すれば魔力取り込みには困らなくなるが、その間はこちらの魔道具は作動させておくことになる。
しばらくは自分の魔力をメルに与えずにどうなるかを観察することになっている。
昼前には団長殿下もレイカさんも出掛けてしまうので、それまでに済ませることの多いレイカさんは忙しそうだ。
今も何か分厚い書物をめくりながらラスファーン王子と結界について軽い話をしているようだ。
メルの頭をしっかり撫でてあげながら自分と対になるメル用の魔道具を前脚にゆっくり嵌める。
特に嫌がるそぶりは無かったが、メルもコルちゃんも装着されてメルの脚のサイズに合わせて抜けないように調整された魔道具を覗き込んで匂いを嗅いでいる。
檻の扉から手を出して、同じく身を乗り出すように檻を覗き込んでいたコルちゃんを檻の外に出してから扉を閉める。
「終わりました。」
そう声を上げると、王城魔法使い達とレイカさん達の視線がこちらに来る。
コルステアくん達王城魔法使い達が遠巻きに檻の周りに集まって来る傍らレイカさんとラスファーン王子がこちらに近付いて来る。
「ケインズさんの魔道具見せて下さい。」
レイカさんに言われて腕を持ち上げて差し出すと、レイカさんがそっと腕に手を添えて顔を近付ける。
魔道具の魔法文字と発動している魔法や魔力の流れを見ているようで、レイカさんの視線が忙しなく移動するのを見下ろす形になった。
「ケインズさんは何か違和感とかは感じませんか?」
余りにも近い距離でそう問い掛けられつつ目が合って、ドキッとする。
「あ、はい。特別に何かは感じません。」
少しだけ上擦ってしまったかもしれない声で返すが、レイカさんは直ぐに視線を檻の中のメルの方に向けたようで、何も気付かれなかったようだ。
「魔道具は問題なく作動してるみたいですね。ただ、ケインズさんの方には結局着脱制限を掛けてないので、気を付けて下さいね。」
そう最後には眉下がりにまたこちらを向いたレイカさんに微笑み返す。
「はい。普段は腕輪が直接見えないように袖に隠すようにしておきます。」
これから冬に向かうので袖を捲る機会も減って隠しておけるようになりそうなのは幸いだ。
「はあ。ケインズさんも外せない魔道具装着仲間ですね。」
そんな溜息混じりの一言に、ふと腕に添えられた手の小指に嵌る指輪に目が行った。
「も? レイカ殿下も魔道具を?」
「そうなんです。最早監視対象ですよ? まあノワにも監視されているので今更なんですけどね。」
そう溢しながら小指の指輪を少し恨めしそうに眺めるレイカさんに、ふと唐突に思い出した。
「あの、魔道具の指輪、なんですが。」
そう躊躇いがちに切り出すと、レイカさんはキョトンとした目で見返して来る。
全く心当たりがなさそうな様子に、やはりあのお土産はレイカさんが選んだものではなかったのだろうと少しだけ残念な気持ちになった。
そうなるとどう続けようか躊躇ってしまう。
「レイカ殿下。」
そう割り込むようなこの呼び掛けはコルステアくんのものだ。
「ケインズに渡したお土産のことですが、不完全なので一度きちんと確認された方が良いですよ?」
そう続けてくれたコルステアくんは、助け舟を出してくれたようだ。
「え? そうだったんですか?」
そう少し焦ったように返して来たレイカさんにこちらもキョトンとしてしまった。
「あの! 今度持って来て貰って、一度見せて貰っても良いですか?」
少し力の込もった食い気味なその発言に驚きつつ頷き返す。
「あ、それと、今言うことではないですが、ライアットさんを通してヒーリック叔父さんに頂いた瓶詰めに保存魔法が掛けられていて、どうして良いか分からなくて困っているそうです。」
「・・・済みません。瓶の保存魔法って簡単に掛け直せるものじゃないんですね? 一部使ったらまた保存魔法を掛け直せば良いと思っていたので。」
そう何処かしょんぼりしたように返して来たレイカさんに慌てて首を振る。
「あ、いえ。レイカ殿下が悪い訳ではなくて。ただ、どう使って良いのか分からなかったのではないかと。」
そんなどうしようもないやり取りを続けていると、不意に側からクスッと笑い声が聞こえた。
「失礼。レイカ殿下が贈ったのは何の瓶詰めだったんですか?」
ラスファーン王子の問いにレイカさんの手が自然と腕から離れて、身を離して後ろを振り返ったようだ。
「沼人参って呼ばれている魔物の干物で高級珍味って言われましたけれど。」
「ああ、沼人参の干物なら輪切りにしてサラダに混ぜたりすると良い。シャキッとした食感と人参に似た僅かな甘みがある。煮炊きせずにそのまま食べるのがお勧めだが、切ると劣化が始まるから、一度に使わないなら保存魔法を掛け直した瓶に戻すのが一番だな。」
そんな親切過ぎる解説が来て意外に思ってしまった。
「有難うございます。」
「く、詳しいんですね?」
レイカさんが何か衝撃を受けた顔になっているのが、何というか面白い。
「まあ。エダンミールの特産品で食品の中では一応主要輸出品目に入るから。」
「そうなんですね。意外というか、きちんと王子として生きて来られたんだなと。」
レイカさんの微妙に失礼発言にもラスファーン王子は怒ることなく苦笑いで済ませている。
命の期限さえなければ、意外とお似合いの2人なのかもしれない。
ただ、レイカさんに恋愛感情は無さそうだ。
それを良かったと思うべきかは分からなかったが、少しだけホッとしてしまった。
今レイカさんを中心に様々な出来事が絡まり合うように重なって起こっていて、それは普通ならあり得ないような複雑さと頻度だ。
それを無心で捌こうとしているレイカさんは素直に凄いと思うが、これが余りにも異常でおかしいことだと誰かが冷静に分析してくれているのだろうか?
特別な寵児だから?で済ませられるようなものなのだろうか?
ふとそんな疑問が浮かんで、何とも後味の悪い気分になってしまった。




