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食堂から運び込まれた朝食を王城魔法使い達と食べ終わった頃、徹夜明けというよれた雰囲気のカリアン王城魔法使い長が会議室に入って来た。
「ケインズ殿お待たせしました。漸く完成しましたよ。」
言いながらカリアンさんが差し出してきたのは、2組の腕輪のようで、自分のものが一つと、もう一つはメルに嵌めさせるもののようだ。
「ケインズ殿の腕輪は着脱可能、サークマイトのものは一度嵌めたら解除魔法を用いなければ外せません。解除魔法は私とケインズ殿、シルヴェイン王子殿下、レイカルディナ王女殿下の4名だけで共有しようと思っております。」
確かに妥当な人選だと思う。
「ただ、ケインズ殿の腕輪についても、シルヴェイン王子殿下ともご相談ですが、着脱にやはりある程度の縛りがあった方が良いような気がします。そうなると、魔法式を付け足す必要がありますが。」
少しだけ懸念の滲む口調になったカリアンさんに首を傾げてみせると、苦笑が返って来た。
「下手をするとお命に関わるので、ケインズ殿ご自身だけに着脱の権限を付けようかとも思ったのですが、色々なパターンの万が一を考えると絞り込めなくてですね。一旦保留にして持って来てしまいました。」
確かに、これは難しい問題かもしれない。
「シルヴェイン王子殿下に、ちらりとケインズ殿もこれからはお身の回りに気を付けておかれた方が良いお立場になるだろうとお聞きしまして。」
とそんな台詞を小声で付け足されて、顔が引きつってしまった。
何に対しての話を聞いたのか分からないが、確かではない話を流されるのはちょっと気まずい。
「微妙なお話はともかく、あのサークマイトを抱えて聖獣様と関わっている時点で、今のカダルシウスにとってケインズ殿は最早ただの騎士殿ではありませんからね。」
それは、カダルシウスがレイカさんをしっかりと抱え込むと決めているからコルちゃんやメルと絡む自分もということだろう。
少し複雑な気持ちでそんな話を聞いていると、会議室に団長殿下と隊長達が入って来た。
「サークマイトの様子はどうだ?」
こちらに向けて問い掛けて来る団長殿下にチラッと檻に目をやってから答える。
「今のところ、落ち着いているようです。コルちゃんの方も何かすることはなくただ付き添っているだけのようで。メルは魔力が取り込めないので少し疲弊気味だそうです。」
コルステアくんから聞いた見立ても含めて答えると、団長殿下は少しだけ表情を和らげて頷き返してくれた。
「お前にも変わりはないな?」
「はい。」
その念押しにもはっきりと頷き返すと、団長殿下は室内をチラッと見渡したようだ。
「レイカは朝一番で叔父上の元に緊急の報告をしに行ってからこちらにラスファーン王子を連れて来るそうだ。」
少し声音を落として教えてくれた団長殿下にカリアンさんがすっと近付いて来る。
「魔法使い絡みで何かあったのでしょうか?」
レイカさんが立ち上げる王都の魔法使いの管理を行う部門についての話なのだろう。
そちらのことは良く知らないので下がっていようかと思ったが、団長殿下がこちらに目を向けて来た。
「いや、叔父上を朝一番で捕まえる程のことだとしたら、翼竜の主人のことだろう。」
「もう何か知らせがあったのでしょうか?」
依頼の手紙を出したのは昨日の午後だ、それ程早く知らせが来るものだろうか?
「レイカが慌てる程だ。依頼した魔法使いを見付けたんだろうな。そして、面会の許可と動きが早過ぎることに対する懸念をレイカは報告に行ったのだろうな。」
そう続けた団長殿下は難しい顔になっている。
「ケインズ、見付かったこと自体は喜ばしいことだ。だが、これ程早く見付け出せたのは、リッセンがもう組織立った動きを出来る状態になったということだ。これは非常に拙い。レイカの考えている王都の魔法使いを国家として掌握しようという作案が無意味になる可能性がある。」
それがどういうことなのかは正直良く分からなかったが、レイカさんにとって非常事態なのだということは理解出来た。
「昨日は半日レイカ殿下をこちらのことに掛かり切りにさせてしまいましたから、申し訳なかったです。」
散々忙しいのだと言っていたレイカさんを、頼るしかないなら、せめて他のことで何か手助けが出来ればと思う。
「いや、どのみち四日後の御前会議が済むまではレイカも表立っては何事も進められない。元からリッセンが上手だったということだ。それでも、この足踏みの時間にリッセンと接触して掌握を試みたレイカの行動は恐らく無駄にはなっていない筈だ。」
そう説明してくれた団長殿下はそれでも憂い顔だった。
「シルヴェイン王子殿下、失礼致します。」
今度は団長殿下の補佐官のランフォードさんが来たようだ。
「先程、王女殿下より使いが参りまして、本日のご昼食を市街でご一緒にと。お誘いがございました。」
そんな脈絡のないお誘いに一瞬戸惑い顔になった団長殿下だが、ランフォードさんの真面目から崩れない顔に何か察したようだ。
「その場でとある人物との面会、そして彼からの情報を受け取る為と伺いました。お心当たりはございますか?」
「・・・ある。レイカは叔父上から私が同行する条件でリッセンとの面会の許可を貰ったということだろうな。」
溜息混じりに返した団長殿下はチラッとこちらに視線を投げた。
「思ったより事態は早く動きそうだ。ケインズは一先ずカリアンの魔道具を装着してサークマイトの面倒を見つつ待機するように。」
「殿下、そのことでご相談が。」
そこからカリアンさんが腕輪の着脱条件についての相談を始めるようだ。
「二つの腕輪を連動させて、維持の為の魔力はサークマイト側の腕輪からサークマイトが増幅させた魔力だけを使うように設定する。その上でどちらかの腕輪が必ず装着されている状態を保つなら、最悪の事態は防げるか。その上で、ケインズの側の腕輪の着脱制限をどう掛けるかだな。」
団長殿下とカリアンさんで具体的な話が詰められていくが、この細かい条件を腕輪の魔石に刻んで魔道具として保つのはかなり大変なのではないだろうか。
「それと殿下、この魔道具は一時凌ぎとしてお考え下さい。サークマイトが増幅させた魔力はかなり特殊なので、腕輪の魔石や魔石に刻まれた魔法を歪めていく可能性があります。」
「・・・なるほどな。今日レイカと問題の人物について話を聞いて来るが、すぐに手を打てるとは限らない。それで、どのくらいならば使い続けて大丈夫だと思う?」
カリアンさんと団長殿下の話は余り見通しが良く無さそうだ。
「さて、こればかりは毎日でも不具合を確認しておくべきだとそれしか言えませんね。」
「はあ、確かに。魔物であるサークマイトが増幅して手を加えた特殊な魔力だからな。しかも、そもそもが魔力器官を作り替える作用を含んでいるとしたら、実態がどんなものか分かったものではないな。」
そんな話を聞くにつけ、本当に後戻り出来ない状況なのだと実感する。
それならば、思い切って決断するべきだと思う。
ふらりと檻に近付いて、コルちゃんの側にしゃがみ込む。
檻の中でメルも薄く目を開けてこちらを見ている視線を感じる。
団長殿下とカリアンさんも会話を切ってこちらに訝しげな目を向けているようだ。
「団長殿下、俺はメルと一緒に生きていこうと思います。メル、一緒に頑張ろうな。コルちゃんも俺とメルの為に手を貸してくれるよな?」
その問いにこちらをジッと見返していたコルちゃんがコクリと頷き返して来た。
その頭を撫でてやると、檻の中で危なっかしく立ち上がったメルがこちらにヨロヨロと近寄って来る。
手を差し入れて撫でてあげたいところだが、今はまだ我慢だ。
「・・・ケインズ、分かった。お前とサークマイトの件には私も責任を持つ。お前自身を無条件に擁護すると共に、出来得る限りの環境と人員を割いて手助けすると約束しよう。」
「私も、王城魔法使いの長として惜しみなくお手伝いさせて頂きます。」
団長殿下とカリアンさんからそんな言葉を貰って有り難く頷き返す。
と、檻の反対側に居たコルステアくんが少し難しい顔でこちらに回り込んで来た。
「殿下、ケインズの後ろ盾の件、どうなっていますか?」
「最終調整段階だ。昨晩も叔父上と話して来たが、数日中にケインズにも話が降りて来るだろう。ケインズからもマーシーズ殿に知らせておくと良い。こちらからも既に何度か話を通しているが、昨日の件もあってあちらも気を揉んでいるだろうからな。」
確かに、父マーシーズには後で手紙を送るつもりでまだ出来ていない。
「お前とサークマイトの魔力についての詳しい状況は伏せつつ、サークマイトのことで早急に対処が必要になったからという程度のことならば知らせて構わない。」
「はい。」
立ち上がって、ランフォードさんがテーブルの方に用意してくれた伝紙鳥の紙を有り難く使わせて貰おうと思う。
「おねー様も、ちょっと責任感じたら良いのに。」
ぽそっと溢したコルステアくんの言葉が聞こえて、え?と振り返ってしまった。
「あんなどっかの犯罪者王子の肩持ってさ。」
不満げにぶつぶつと続けた言葉には口元が苦くなる。
「あれは、ただの政略的契約婚約だ。しかもまだ正式に結んだ訳でもない。」
団長殿下が取りなしの言葉を口にするが、レイカさんの中ではラスファーン王子とのことはもっと複雑な色々が下地にあることのようだ。
「コルステアくん。メルのことは俺の問題で、レイカさんの所為ではないと思ってるから。そうではない部分でレイカさんとの距離は縮めていきたい。」
そうでなければ、レイカさんが踏み込めずにいる一番の問題を乗り越えていけなくなる。
「そう・・・でも、掠め取られないでよ?」
「分かった、頑張る。」
そんなやり取りを団長殿下が少し意外そうに眺めている視線を感じてくすぐったい気持ちになった。




