69 魔物狩り演習に向けた買い物
(略しすぎています)
サリアたちと買い物に行って魔物狩り演習のためのお泊まりセットの準備ができた。とはいえ、戦闘面での準備が出来ていない。先日のゲセスターとの戦いでメインのMSDは破壊されたままだ。さらに、サブMSDとしてリングタイプのアイスニードルが発動できるMSDがあるが、それだけだと心許ない。パーティーの指導や護衛の任をギルドから任せられており、もしもの時には自分が担当するパーティーを守らなければならない事を考えると、その装備だと満足に守り切れるかも怪しい。というわけで、必要なグッズを買うため、工房シュトーに向かった。
「おお、ギルドで有名人のカオリちゃんじゃねぇか。今日はどうしたよ」
「MSDやポーションなど色々買いにきました。ところで、自分は有名人になった様な覚えはないんですが...」
「実際、カオリちゃんは超有名人だぞ。国内のギルドでは最短でゴールドランクになったんだからな。今やギルドの中ではその話で持ちきりだそうじゃねえか」
マジで?そんなことになっていたのか。ギルド長のキースさん曰く、異例の速度でのランクアップだったそうだ。だけど、ランクアップ後にあまり話しかけてくる人がいなかったから、有名人的な存在になっているとは思っていなかった。
「まさかそこまでとは思ってませんでした」
「それに、ここにやってくるギルド所属の奴らもよく喋ってたぞ。魔石の納品数が桁違いだとか、魔物のラッシュを1人で押さえ込んだとか話が壮大すぎて何が本当かわからねえことばかり言ってたが。何にせよめでたい事だ。カオリちゃん、ランクアップおめでとう」
「ありがとうございます」
「まさか一カ月前に来た時点ではブロンズランクだというのがいまだに信じられねぇな。それにまだ12歳ってんだからな。年食ってるおっさんとして、負けてられんな。それで、そんな時の人は新しいMSDをご所望で?」
「物理特性に優れているナイフ型のMSDですね。この前買ったものが壊れたので」
キースさんはその言葉を聞いて目を丸くした。
「あのMSDが壊れただぁ?にわかには信じられんぞ」
「それが、MSDの核が木っ端微塵になったんですよ」
脚に付けているホルダーから壊れたナイフ型MSDを取り出して、シュトーさんに渡す。ナイフ型MSDを受け取ったストーさんはそれを食い入るように観察しながら呟くように言葉をはっした。
「こいつぁ、確かに核が木っ端みじんになってんな。核を固定する部材や魔力を伝達させる回路もダメージがある。こりゃ新し核を入れたとしてもいつ壊れるのか時間の問題だぞ。しっかし、何やったらこうなる。カオリちゃんよ、何か心当たりはあるか?」
心当たりはあるというか、原因を知っている。魔法発動妨害魔法が発動された環境下で無理やり魔法を発動した結果、核にダメージが及んだのだ。その妨害魔法の存在を知らない体で通している。なので、これを伏せて話す必要があるのだが...。どう言ったものか。
「そうですね...。戦闘中に、魔力刀を発動して魔力を操ろうとしたら、反発してうまくできないって感じでした」
「なるほど。場所は学園か?」
「そうですね。壊れたのは学園の模擬戦の最中です」
「サリアちゃんも同じことを言ってたな。カオリちゃんもサリアちゃんも核に関してはかなりのグレードの素材を使ってたから魔力の処理が追っつかないということもねぇ。核とその周辺がぶっ壊れるところを見るに、魔法発動中の魔力に関連する事か...」
シュトーさんは言葉を区切り、ナイフに向けていた視線を自分に移すと、言葉を投げかけた。
「カオリちゃんよ。もしかして、妨害魔法がある中で使ってたりしなかったか?」
「妨害魔法...というのが何なのか分からないですけど、その時は魔法の発動が困難だったのでそうなのでしょうか」
「ああ、俺の見立てではそうだ。妨害魔法の環境下では漂う魔力が体にまとわりついたり、魔法の発動が困難になったりする。厄介な奴だ。学園であの魔法が使われているとは、色々と大変なことになってんなぁ...」
そう言うと、シュトーさんは顎に手をあて、天井を見上げた。学園で起こっているであろう大変な何かを想像しているのだろう。
想像しているとこも気になるが、シュトーさんがここまで真相にたどり着けている事に驚いており、どちらかというと後者が気になっている。かなり腕が経つ職人さんであることは店の品揃えから薄々気づいていた。だが、MSDの販売のための必要最低限の知識だけを有する人という認識に留まっていた。
しかし、今回はMSDの壊れ方やその時の状況から壊れた原因を当てて見せた。MSDや魔法の知識が無ければ、壊れた原因が妨害魔法なんて結論は出てこない。なので逆説的に、MSDや魔法に関する知識が豊富にあるということだ。もしかして、シュトーさんってものすごい人なのでは?
自分が考えを巡らせて頭に?マークを出していると、それを察してくれたのか詳細に説明してくれた。
「おっとすまねぇ。あの妨害魔法は戦争の時にしか使われねぇもんで、国家機密もんだ。そんな物を一介の生徒が使える分けねえから、国レベルのものが手を引いてるんだろう。となれば、学園はその問題に巻き込まれているんだからこれからが大変そうだなという話だ」
自分の疑問点とは違ったところを察してくれたようだ。けれども、今の説明はから分かったことがある。それは、今の説明と自分が考えていたことがほぼ一致しているということだ。自分が考えていた事はあながち間違いではないかもしれない。ゲセスター関連については今後も慎重に行動した方がいいだろう。
それはそれとして、妨害魔法は国家機密であるため知らない人がほとんどだ。だが、それを機密を知っているシュトーさんはマジで何者なのだろうか。気になってくるぞ。実は国お抱えのMSD職人でしたとか言いそうだな。なんか聞いたら話してくれそうだし、聞いてみるか。
「なるほど、そうならこれから学園は大変なことになりそうですね。ところで、妨害魔法って国家機密のようですが、どうしてそれを?」
「あ」
そう言うと、シュトーさんは口を滑らせたのに気づいて、目線を僅かに横にずらした。どうやら言ってはいけなかった事らしい。
「すまん、カオリちゃん。今言ったことは忘れてくれ。MSDが絡むと口が滑るのは悪い癖だな...」
「そうすることにします」
「そう言ってくれるとありがてぇ。まあ、いろんなところから依頼受けてたりするからその辺で知ってたりするんだ。察してくれ。それで、何の話だったけな」
「新しいナイフ型MSDについてですね」
「ああ、それだ。このクラスのMSDでうちで扱っている奴となると...カオリちゃん、ついてきてくれ」
少しばつが悪そうなシュトーさんに案内されてMSDのコーナーにやってきた。
前来た時と品揃えはそう変わっておらず、前に見た商品が多い。ただ、色合い的におかしなナイフ型MSDが置かれている。シュトーさんはそのMSDを手に取ってみせた。
「今この店の中にあるのは...こいつくらいしかないな」
見たところ、刀身は壊れたものと同じ20cmくらいものだ。ただ、全体的にマッドな白色で統一されており、なんというかセラミックナイフですかこれはと言わんばかりの白さだ。MSDの出来としては十分で、柄には滑らないような加工やグリップエンドに手が添えやすいようにすこし平らになっているなど、細かなところにも気を配っている良い物のように見える。
「他のものと違ってとても白いですね。これはどういったものですか?」
シュトーさんに説明を促したところ、少し申し訳なさを含んだ声が返ってきた。
「そいつは、ある少女に目が無い某ギルドの某受付嬢の特注品でね。カオリちゃんがナイフ型MSDを買っていった3日後くらいに特注しにやってきた。白基調の戦闘服に黒いMSDが映えるんが、華麗さに欠けるとかなんとか言ってたぞ」
某よく行くギルドで会話してると何かと尊さを感じて鼻血を出す某受付嬢の事だろう。というか、戦闘服を見て間もなく発注をかけていたのか。恐るべし行動力。
「またですね...」
「ああ、まただ。今回も特価レベルで売るために差額を出すし、カオリちゃんが買ってくれないなら買い取るとまで言っていた。奴の本気さに付いていくのが大変だったぜ全く」
シュトーさんは何かを思い出したようで肩をすくめて、お手上げポーズで首を振った。試作段階であれやこれやと細かな注文が入ったのだろう。そんな姿が容易に想像できるな。うん。
「だが、その分細部まで手の込んでいるいいものに仕上がっている自信はある。物理特性は前のものと変わりがなく、最高レベルだ。加えて、魔法特性は前のものに比べて1段階良くなっている。5段階中4レベルで、MSDのサイズからすると最高レベルだ」
「そう聞くといい物の様な気がしますね。少し手にとってもいいですか?」
「もちろんだ」
シュトーさんから白いナイフ型MSDを受け取り、柄を握って感触を確かめる。
自分の小さな手でも持ちやすいように楕円状になっていたり、左右どちらの手で握っても違和感が出ないような作りになっている。さらには、柄を握るとまるで手とナイフが一体化したかのように感じる程めっちゃ手に馴染む。
魔力を流して魔力の通りも確かめてみると、前の者よりも魔力の通りがいいように感じる。そのためか、魔力がナイフ全体に行きわたるスピードが前よりも早い。
「なんだか怖いくらいに手に馴染みますね。それに魔力の反応性がいいですね」
「そうだろう。MSDとしての機能については一応俺の力作だからな。魔力伝達を素早くできるようにするのに苦労したもんだ」
そこで一旦言葉を区切ったシュトーさんは誇らしげな表情から一転して、少し申し訳なさそうな表情となった。
「ただ、力作だけあって結構なコストをかけちまった。魔法書き込み料を含めておおよそ80万ゴールドくらいになっている」
普通の物価からするとかなり高い。高級品の内の高級品といったところだ。
それに、つい1か月前に50万ゴールドの買い物をしている12歳の幼女だ。この時点で色々とバグっているのだが、さらに80万の出費を強いるのだ。その幼女に買ってもらうために作ったとはいえ、その金額を幼女に支払わせること明らかに異常だ。そのことを思っての申し訳なさなのだろう。
だが、2回の魔物大量発生を乗り越えた自分には大量のゴールドがある。規格外の財力を有する幼女なのだ!ひれ伏すがよいふはははは。ん?言葉遣いがキャラ違いの上に12歳は幼女ではなく少女なのではないか?でも、見た目的に幼女なので良しということで?
それはさておいて、譲り受けるならまだしも、商品を買う者にはその商品に釣り合うだけの対価を支払う義務がある。自分の感覚では80万ゴールドでは安すぎで、本当ならば120万ゴールドが妥当だと思う。なので、提示された金額よりも買いたいんだが...この場合どうすればいいんだ?
少し悩んでいると、それを見てシュトーさんは購入が難しいと捉えたのだろう。金額の下方修正をしてきた。
「ならば、70万ゴールドでどうだ?」
そう来たか。そちらが値段を下げて主導権を握ろうって言うなら自分から値段を吹っ掛けるまで。目指せ、超個人的金銭感覚による値段での購入!頑張るぞい。この工房が潰れちゃ困るからな!
「わかりました」
「そうか、だいぶ厳しいとは思うが...」
「150万ゴールドで買います」
「そうか、150万ゴールドか...。分割でもいいからな。って、え?」
「支払いはいつもの通りこのギルド証で」
「ゴールドのカードがまぶしい!」
「一括即金引き落としで」
「素晴らしいお金払い!」
「シュトーさんノリいいですね」
「ありがとう!って、流されんぞ??さすがにその金額を出させるのは...」
「色々贔屓にしてもらってますし、先日の魔物騒ぎで一儲けしましたのでお金には十分な余裕があるんです。それに、自分はそのMSDにそれだけの価値があると思います。払わせてください!」
「おいおい、幼女にこんな事言わせるいい歳した大人ってどうなのよ?問題だぞ?」
などと少し押し問答した結果、120万ゴールドでの支払いとなった。我、勝利したり。
「なんだか大人として負けた気がするぞ...。それで、このMSDに書き込む魔法は前に書き込んだ魔力刀でいいか?」
「はい、それでお願いします」
「それじゃ、書き込み作業を行うから店内で待っててくれ」
そう言うとトボトボと歩いて工房の奥へと向かっていった。その途中、「実は中身がいい年したおっさんだった方が安心するぞ」とかいう独り言が聞こえてきた。よほど衝撃的だったのだろう。でも大丈夫、中身は男子高校生だから安心しな?ん?あんまり変わってないような気がするが、まあいいか。
自分の行動が傍から見ると変な行動として映っただろう。だが、対象が買うかも分からない代物を特注し、もし対象が買わなければ全額を支払おうとしていた某ギルドの受付嬢が居たことを忘れてはいけない。その人こそが真に変な行動であると思っている(白目)。
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白いナイフ型MSDの他に、パーティーの護衛に必要そうな回復用ポーションや緊急用MSDとそのカートリッジ3つを購入して、工房シュトーを後にした。
今は最寄りの駅に向かって歩いている最中で、新たに買った緊急用MSDを手に取ってマジマジと眺めている。
「求めているものにドンピシャなものが売ってるなんて、実は自分の思考を覗かれたりしていない?時々品揃えの良さが怖すぎる」
今手の中にある緊急用MSDは缶コーヒー程度の大きさで重くもない。そんなMSDの機能はカートリッジに入っている魔力エーテルを使用して結界を張るというものだ。使い方は簡単で、使用者がひどく混乱していようが寝ていようがボタンさえ押せば結界を張れる代物だそうだ。
このMSDを見た瞬間、護衛用に買うしかないっしょってなるレベルでドンピシャなものだと感じるのは自分だけじゃないはず。例えば、魔物に囲まれた中でも結界を張る事で負傷者の治療を確実に行うことができる事だろうか。回復中に魔物に攻撃されて回復できないとかいう、あるあるな状況にならなくて済むんだ。とても素晴らしいな。
一方で、カートリッジ式なので結界の持続性に乏しく、過負荷状態で1分程度だ。なので、結界を張っている間に時間のかかる作業ができないというデメリットがある。だが、最短でも1分間の時間が作れるから何とか状況を立て直す助けにはなるだろう。
今回の魔物狩り演習を行う地域は弱い魔物が出るくらいなので、緊急用MSDが使われるような状況にはならないと予想している。しかし、最近は魔物に関する事件が起きている上に、それには魔物を操る闇魔法を扱う集団も暗躍している。今後その集団がどんな行動をとるか予想できないため、用意したとしても無駄にはならないだろう。