第40話 始まりと終わりの特異点
「やるわよ、シャリー」
聖地の中がざわついていた。それはまるで、草も木も花も、モンスターも虫も、星も月も雲も震えているように思えた。
感じてくる恐ろしさと敬意。それが何を意味するのかなんてシャリーにはわからない。しかし、ここで恐れてしまっては奇跡なんて起こせない。
ドリーから渡された笛を吹く。どんな存在が現れるかわからないが、それでも祈りを助けてと願いを込めた。
「神より使いし人ならざる人よ。かつて起こした奇跡のように舞い降りよ」
音色に合わせ、ドリーが詩を歌い始める。
失敗するかもしれないという大きな不安が襲いかかってくるが、それでも一生懸命に感情を込めて歌った。
助けて欲しい。みんなを守るために力を貸して欲しい。
純粋な願いを、無垢な祈りを、どこまでも固く揺るがない誓いを。
全ての想いを込めて詩を読む。
透き通る声は笛を吹くシャリーの心を掴み、星もまた魅了される。一層に輝きが放たれるとついに待ち望んだものが訪れた。
「もういい」
光が集まってくる。シャリーとドリーは思わず息を飲み、光を見つめてしまった。
それは次第に人の形へと変わっていく。
「もう十分だ」
光が晴れると共に、黒い髪が目に入った。
整った顔だが、どこか気だるそうな顔。だが美少年と呼ぶにふさわしい男性が目の前に立っていた。
「いい音色と詩を聞かせてもらった。だから十分だ」
優しく吹き抜ける風によってか、身体を包み込んでいる黒いコートが揺れた。ゆっくり近寄ってくるその姿に、シャリーはただただ見惚れる
男性はそんなシャリーの手を取り、左膝をついた。
「え? あ、あの……」
「私を呼び出したことにまず敬服をいたそう、契約者達よ。私の名はダンダリオン。死せる魂の知識と知恵、経験を管理する者だ」
「ダンダリオン、さんですか?」
シャリーは戸惑っていた。ダンダリオンはそんな姿を見て、優しく微笑む。
そう、これがかつてのシャーリーとダンダリオンの出会い。そして全ての始まりとなる終わりの出来事だ。
『そうだ、私』
ドリーへの誓い。
ドリーとの友情。
ドリーからの愛。
全ては自分を助けてくれたドリーへの恩返しから始まっていた。だがそれは次第に意味が付け加えられていき、一人だけの想いではなくなった。
そんなシャーリーの傍には、ドリーともう一人いた。それがダンダリオンだ。
大切な人。
助けてくれる人。
どんなことがあっても守ってくれる人。
ダンダリオンはシャーリーにとって、いつしかかけがえのない人となっていった。
「誓おう、契約者達よ。私はどんなことがあっても助けると」
『お前達にはそれだけの価値がある。だからこそ私は現れた』
「限度はあるかもしれんが、与えられる限りの知識は与えよう」
『今となっては全てが懐かしい。だが、感傷に浸る時間はない』
「さあ、誓いの言葉を立ててみよ。さすれば我が知識はお前達のものとならん」
『さあ、誓いの言葉を思い出せ。さすれば我が力がお前の障害を壊し助けよう』
忘れていたことが蘇る。
忘れていた言葉が浮かんでくる。
想いが揺れる。
思いがあふれる。
シャリーは、シャーリーは、その言葉に想いを込めてダンダリオンへ言い放った。
「『どんなことが起きるかわからないけど、よろしくねダンダリオンさん」』
それは、始まりに過ぎない言葉だった。だがそれが、終わりへと向かわせる言葉にもなった。
ダンダリオンにとってこの言葉はどんな意味を持っているのかわからない。しかし、決して悪い意味ではないということだけはわかった。
『思い出したか』
ダンダリオンが優しい目をして、シャーリーを見つめて立っていた。
シャーリーはダンダリオンを見つめた。するとその目は悲しい色を帯び始める。
『すまないな。誓ったというのに、もう限界がきてしまった』
『限界って。もしかして――』
『安心しろ。お前は無事だ』
『ダリオンさんは? ダリオンさんはどうなんですか!?』
シャーリーの問いかけに、ダンダリオンは答えなかった。
代わりにパチン、と指を鳴らす。すると一気にかつての光景が消え、真っ黒な空間が広がった。
「本体である私が、限界を迎えつつある。このままではあれを世界に解き放ってしまうだろう」
禍々しい黒い球体を眺めながら、ダンダリオンは言い放った。
だがそれよりも、シャーリーはダンダリオンのことが心配だった。もっと詳しく状況を知りたい。お願いして聞き出そうとしたその瞬間、ダンダリオンの身体から光の泡が舞い上がり始めた。
「時間だな。すまない」
シャーリーはダンダリオンの手を掴もうとして駆けた。
懸命に手を伸ばし、引き留めようとした。だがダンダリオンは、その前に姿が消えてしまった。
舞い上がる光の泡は、全て禍々しい黒い球体へ飛んでいく。それが何を意味しているのか、シャーリーは気づいた。
「まだ死んでない」
どうにかしてあそこに行かなくては。
シャーリーは何か使えそうなものはないかと探す。すると事切れた〈ホワイト・ガーディアン〉の姿が目に入ってきた。
激しい戦いだったのだろう。その翼は千切れており、無残な姿となっている。翼はというとキレイな状態で残っており、使おうと思えば使えそうだった。
「ごめんね」
本来ならばやりたくない方法だ。だが、今はそんなことを言っていられない。
シャーリーは死んでしまったホワイト・ガーディアンに祈りを捧げた後、ポーチからナイフを手に取った。
転がっている翼の一部を切り取り、それをコートと一緒に〈マゼマゼくん〉へ入れる。
奇妙な声が響く中、待っていると一つの装備品が生み出された。
「真っ白だ」
白く染まったコート。それに腕を通し、空を見上げる。
すると背中に羽らしき光が生まれた。それが羽ばたくと、シャーリーの身体が浮かび上がり始める。
「行くよ」
ドリーを、そしてダンダリオンを助けるためにシャーリーは禍々しい黒い球体へ突撃する。
恐れている暇はない。立ち止まってなんていられない。
立てた誓いを守るために、まだ生きていることを信じてシャーリーは翔ける。
◆◆◆◆◆
「ふふふ、あははははは!」
何かが愉快そうに笑っていた。
踊るようにステップを踏み、すっかりおとなしくなったダンダリオンの前に移動した。
「ホント、しつこい男だったわ。でもこれでもう終わり」
睨んでいるダンダリオンの顎を掴み、顔を覗き込ませる。何もできないことがわかっているからこそ、それは敢えて挑発するかのように口元を緩めさせた。
「ふふふ、あははははは!」
次第に耐えきれなくなり、それは喉を震わせる。
自分を束縛していたものを力づくで押さえつけた。
立場が逆転し、ついに自分は自由になった。
この勝利は最大の戦利品であり、自分を止めるものはもういない。
ただただ優越感にそれは浸った。
だが、まだそれに立ち塞がる者はいる。
「あら、まだ諦めてないのね」
全てを手に入れ、全てを壊す準備はできた。だが、まだ立ち向かってくる者がいる。
それは最も愛している存在。
それは最も憎んでいる存在。
それは最も頼もしい存在。
それは最も面倒臭い存在。
「いいわ。ちょうどいい余興よ」
全ての始まりであり、全ての終わりとなる。
決着をつけるためにも、避けては通れない。
「来なさいシャーリー。アンタのその決意、捻り潰してあげる」
笑い声が響く。
黒く染まった、ドリーの笑い声が。




