第41話 私達の聖戦
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禍々しい黒い球体に突入すると、黒い手らしきものがシャーリーの身体に絡みついてくる。頬、肩、腕、コートに足などを掴んだ。悲鳴が、唸り声が、怨嗟に似た叫びが、シャーリーを止めようする。
だがシャーリーは振り払った。ただまっすぐに、待っているだろう大切な人の元へと翔けていく。
大切な人達を助けるために闇の中を突き抜けた。
「ドリーちゃん、ダリオンさん!」
目の前に広がったのは、気味の悪い光景だった。ブクブクと膨らんだ肉壁らしきものが蠢いている。その中には人らしき形をした何かがおり、悶え苦しむように叫んでいた。
うにゅうにゅと動いているツタらしき何かが一斉に顔を上げた途端、シャーリーの目に探していた者達の姿が入ってきた。
二人とも手足が磔にされているかのように肉壁に拘束されているが、生きている様子だ。気を失っているのか二人とも気づいていないが、それでもシャーリーは安心して顔を綻ばせた。
「きゃあ!」
しかし、安心している場合ではなかった。
シャーリーの身体を支えていた右側の翼が伸びたツタによってへし折られ、バランスを崩してしまう。錐揉みするようにして落ちていく中、シャーリーはどうにかバランスを取ろうと残った片翼を羽ばたかせる。
ツタはそんなシャーリーの足に絡みつき、力を込めて引っ張った。耐えようとしたシャーリーだがどうすることもできず、そのまま落ちてしまう。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
ぽふん、と音が響く。ちょっと目に涙を浮かべながらシャーリーは立ち上がると、すぐ目の前にドリーとダンダリオンの姿がある。
シャーリーは思わず駆け寄ろうとした瞬間、シャーリーの足にツタが絡んでいた。
「わっ、わっ、わっ!」
シャーリーは必死に暴れ、ツタを払おうとする。しかし、暴れれば暴れるほどツタは絡みついていき、気がつけば動けなくなってしまった。
必死に、唸りながら脱出しようと試みる。だがどんなに力んでもツタを振り払うことができなかった。
「ふふふ、いい姿ね」
シャーリーが苦悶していると聞き慣れた声が耳に入ってくる。顔を上げると、肌が黒く染まったドリーの姿があった。美しい赤い髪もどこかくすんでおり、その笑顔は悪意で満ちていた。
「ふふっ、ホントいい気味ね。シャーリー、いえシャリー。このまま殺しちゃってもいい?」
「ドリーちゃんとダリオンさんを返せ!」
「聞いてないわね。じゃあ、死んじゃえ」
黒いドリーが微笑みながらツタを叩くと、シャーリーの拘束されていた手足が勢いよく引っ張られた。
シャーリーの顔が痛みで引きつる中、黒いドリーは笑う。心地よさそうに、楽しそうに、バカにしたかのように、大きな声で笑っていた。
「ぐっ、うっ……」
「ふふふっ。痛い? 痛いでしょ? もっとその顔を見せて」
「や、だぁー……」
「ほら、もっと。見せてよ、シャリー」
クスクスと、黒いドリーを笑っていた。シャーリーが痛みで苦しみ泣いている姿を見て笑っていた。
シャーリーはそんな悪意に満ちた笑顔が嫌だった。だからこそ反撃するかのように、シャーリーは告げた。
「違う」
「ん? 何が違うのかしら?」
「ドリーちゃんは、こんなことしない。あなたは違う。ドリーちゃんはこんなことしない!」
「へぇー、私を否定するんだ。じゃあその否定を否定してあげる。私はあなたの知っているドリーよ」
「そんなこと――」
「私は残酷よ。シャリー、それとも私がやったこと忘れちゃったの?」
シャーリーは問いかけられ、言葉を詰まらせる。
迫りくるオルタネーターを止めるために、ドリーはダンダリオンにある命令を降した。それは〈コトワリ〉が持つ一部の力を取り込むというものだ。
その力を使い、オルタネーターの侵攻を止めることができた。だがそれは大きな悲劇を生む出来事となった。
「でも、あれは……」
「目を逸らさないで、シャリー。私を見てよ。あなたの腕を、みんなを食べた私を」
黒いドリーはシャーリーの両頬を包み込むように押さえつけ、まっすぐと自分を見つめさせた。
シャーリーの身体が震える。恐怖で顔が引きつり、目を逸らしてしまう。黒いドリーはそんなシャーリーを嘲笑いながらも愛しげに見つめ、自身の唇を舐めた。
「見てよ、私を。もっと、もっと見てよ」
「違う。ドリーちゃんはそんなこと望んでなんて――」
「強情ね。じゃあ、こうしたらどうかしら?」
黒いドリーが笑みを浮かべると、その後ろから大きな影が立ち上がった。影は見下すように笑いながらシャーリーを包み込んでいく。
ただ優しく、ただ無慈悲に、ただ欲望のままに、シャーリーの身体を貪り始めた。
「あっ、がっ、うあっ」
痛みがあちこちから感じる。手が、腕が、足が、太ももが、お腹が、胸が、何もかもが噛み千切られている気がした。
痛い。痛くて痛くて堪らない。必死に堪えるものの、あまりの痛さで目から一筋の涙が流れてしまう。
「ほぉら、痛いでしょ? 私を見て認めなさい。そうすれば、優しく食べてあげるから」
「や、だぁっ」
「いつまで意地を張っていられるのかしら? 次は、全身を食べてあげる」
シャーリーは必死に歯を食いしばった。どうにかして二人を助けないといけないが、動こうにも動けない。
何もできないシャーリーを見て、黒いドリーは微笑む。優越感に浸りながら、トドメを刺そうとしていた。
『躊躇うな』
弱々しい声が、鼓膜を揺らす。
シャーリーは思わず顔を上げると、ダンダリオンの姿が目に入った。
『逃げもするな。ただ目の前にいる敵を見ろ。見て、否定しろ。それはお前が知る親しき友ではない』
ただ醜く、シャーリーの気持ちを弄ぶ黒い少女。
だからこそシャーリーは、その少女と向き合わなければならない。
『臆するな。道を外れたならば戻してやれ。望むものがあるならば声を上げろ。お前ならできるはずだ』
目を逸らしていた事実。
認めたくなかった真実。
思い出したくない現実。
シャーリーもまたドリーが犯した罪を認めたくなかった。それでも前に進むならば、目を背けていた出来事を見つめるしかない。
「そうだね。あなたは、ううんドリーちゃんは大きな罪を犯したよ。力に飲み込まれて、みんなを食べちゃったから」
「観念したみたいね。じゃあ、ご褒美に――」
「その力であるはずのあなたはどうして、泣いているの?」
シャーリーの言葉を受けた黒いドリーは、思わず自身の顔に手を当てた。嘘だと思い、頬を拭うと濡れた感触がある。
「なっ」
動揺したのか、黒いドリーの顔が歪んだ。
しかし涙はとめどなく流れ出ていく。まるで後悔しているかのように、悲しみ苦しんでいるかのように、静かに頬を伝って雫となる。
「なんで? 私は――」
「やっぱりあなたは、ドリーちゃんだ」
「うるさいっ」
「あんなことを笑ってなんていられるはずない。だから泣いているんだよ」
「うるさいっ!」
「ごめんね。あなたを認めなくて。向き合えなくて。私、もう逃げないから。だから――」
「黙れって言ってんでしょ!」
感情のまま黒いドリーは叫んだ。直後、シャーリーの身体を拘束していた影が蠢き始める。大きく唸り声を上げるとその身体を飲み込んでしまう。
グチャグチャと嫌な音が響くと、ドリーは力なく笑った。
全てが終わった。もう自分を縛りつけるものはない。だが、心に残っていたのは感じたことのない虚しさだった。
「黙れって言ったのに」
黒いドリーは力なく崩れ落ちる。もう戦う必要はない。自由な身でもあり、何をしてもいいのだ。しかし、黒いドリーの心はどんなにそう考えても晴れなかった。
「大丈夫だよ」
優しい声が放たれる。思わず顔を上げると、シャーリーの身体を飲み込んだ影から温かな光があふれていた。
影は悲鳴を上げて光に飲み込まれていく。思わず見つめると、そこには光をまとったシャーリーの姿があった。
「私はもう逃げない。あなたの、ううん私達の罪から」
黒いドリーは初めて、その光に恐れを抱いた。
暖かく優しいもの。だが触れると確実に、黒いドリー自身を消してしまう浄化の光だ。
「そのために私は、あなたの元に戻ってきたんだ」
もう逃げない。
もう負けない。
例え身体が消えてなくなろうとも。
どんなに拒絶されても。
泣いている親友のために手を伸ばす。
それがシャリーだった自身の覚悟だ。
その覚悟を胸に抱き、シャーリーは戦いを挑む。




