第18話 誰のものでもないよ
立ち上がったシャーリーを確認することなく、マギアは敵を鋭い目で見つめていた。
蠢く黒い何か、いや禍々しい影と言おう。それがギリギリと歯を軋ませるような音を放つ中で、シャーリーは杖を強く握り締める。
グツグツと煮え滾る溶岩が音を響かせていると、すぐ後ろにある火山が爆発した。
『刺し殺されろ!』
先に動いたのは、禍々しい影だった。
自身の身体を分裂させ、泥のようなものを地面へ撒き散らす。
ベチャッと嫌な音が響いた後、這い出てくるようにある存在が生まれた。
それはハチだ。
あまりにも大きく黒いハチは、危険な羽音を響かせてシャーリーへ飛びかかる。
「チッ」
マギアがそれを見て、遮るようにシャーリーの盾となる。
手をかざし、シャーリーを守るように銀色に輝く壁を展開した。
お尻の針でシャーリーを攻撃しようとした黒いハチは、そのまま弾かれてしまう。
だが、諦める気がないようだ。どんどんと攻撃し、壁を破壊しようとしていた。
「あまり持たないか。シャーリー!」
「は、はいっ!」
「どうにかしろっ! できなければ全員死ぬ!」
「いきなりそんなこと言われても……」
「じゃあ死ぬか!?」
シャーリーは言葉が詰まった。
死にたくない。それに、まだいっぱいやりたいことがある。
ドリーと一緒にもっと探索したいし、もっともっと一緒に楽しい時間を過ごしたい。
「ヤダ!」
ならばどうにかするしかない。
シャーリーはマギアに与えられた課題をクリアするために、考え始める。
何か使えるものはないか、とポーチの中を漁った。
すると先ほど生み出した〈ポイズンジャム(リンゴ味)〉が出てくる。
シャーリーは数秒ほど見つめ、考えた。
「そうだっ」
シャーリーはアイテム〈よくわからない花〉と〈リンゴ〉で再び〈ポイズンジャム〉を生み出すことを決めた。
マゼマゼくんを目覚めさせ、錬金術を発動させる。
「まーぜまぜまぜっ、まーぜまぜっ」
「シャーリー、何をしている!?」
「もうちょっと頑張って! 今錬金術を使ってるから!」
「錬金術だと!?」
「ピッキーンッ!」
「よし、二つ目っ!」
「おい、時間がかかるのか!?」
「一個ずつしか作れないの! あと一つ、あと一つ欲しいから頑張って!」
焦燥の声が響く。
その間、「まーぜまぜまぜっ、まーぜまぜっ」という奇妙な声が響いていた。
黒いハチはどんどん銀色の壁を攻撃し、亀裂を入れていく。
限界が近い、と悟ったマギアは顔を歪めてしまった。
「まだか、シャーリー!」
「もうちょっと!」
マギアは思わず奥歯を噛んだ直後、ついに銀色の壁が砕け散ってしまった。
一斉に黒いハチがなだれ込んでくる。
マギアは担いでていたドリーを守ろうと包み込むように抱きしめた。
だが、黒いハチがそうさせない。
ドリーを抱きしめようとした右腕を、針を突き刺してへし折った。
「グッ!」
コードとパイプが剥き出しになった壊れた腕が転がる。
それでもマギアは身を挺し、ドリーを守ろうとした。
そんなマギアに、黒いハチが一斉にマギアを壊そうと襲いかかっていく。
「ピッキーンッ」
「できたぁー!」
その時、待ちに待ったシャーリーの声が響いた。
襲いかかろうとしていた黒いハチは動きを止め、一斉にシャーリーへ振り向く。
「ふえっ!?」
ギョロリとした多くの目が、シャーリーを見つめていた。
シャーリーは思わず後退りすると、一体が激しい羽音を立てる。
それが合図と鳴ったのか、一斉にシャーリーへ襲いかかった。
「いやぁあぁあああぁぁぁぁぁっっっ!」
目に涙を浮かべて逃げるシャーリーを、黒いハチが追いかけていく。
襲われていたマギアは、すぐに抱きしめていたドリーを見る。
見た限り無傷であり、確認したマギアは思わず胸を撫で下ろした。
『アハハッ、いい気味ね!』
黒いハチに追いかけられているシャーリーを見て、禍々しい影は嘲笑っていた。
シャーリーは目に涙を浮かべながら走る。
黒いハチはどんどんと距離を詰め、すぐ後ろへと迫っていた。
「きゃっ」
不運にも、シャーリーは転がっていた石ころに躓いて転んでしまった。
それと同時に、生み出した三つの〈ポイズンジャム〉が転がり落ちる。
ゴツゴツとした岩石にぶつかり、ビンが割れると強烈な甘ったるい香りが辺りに漂った。
黒いハチはその匂いを嗅いだ途端、動きを止める。
「あたたたっ」
シャーリーは顔を上げると、割れたビンから飛び散った〈ポイズンジャム〉に黒いハチが群がっていた。
刺激しないように、ソォーッと離れようとする。
だが、禍々しい影がそうさせない。
『何しているのよ! 早くそいつを殺しなさい!』
怒号を受け、黒いハチ達が一斉に飛び立つ。
すぐにシャーリーを見つけると、一斉にお尻の針を突き出して飛びかかった。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
シャーリーは思わず身を屈めるが、いくら待っても痛みはやってこなかった。
恐る恐る瞼を上げると先ほどまで元気に飛んでいた黒いハチ達が、ピクピク痙攣しながら仰向けになって地面に転がっている。
シャーリーは思わず胸を撫で下ろした。どうやらポイズンジャムの毒が効いたようだ。
『使えない奴らね!』
怒りが満ちた声が響く。
振り返ると禍々しい影が憤怒の顔をして、シャーリーを睨みつけていた。
『こうなったら、何もかも消してやる!』
禍々しい影が大きく手を広げると、転がっていた黒いハチ達の姿が消えていく。
黒いハチが飲み込まれていくと、禍々しい影の身体が怪しく輝いた。
どんどんと、どんどんと、どんどんと光が歪に強くなっていく。
「見境なく攻撃する気かっ!」
マギアの顔がひどく歪んだ。
状況がわからないシャーリーだが、とにかくヤバいということだけは感じ取る。
アワアワするシャーリーを見て、マギアは叫んだ。
「どうにかしろ! 本当に全員死ぬぞ!」
「そ、そんなこと言われても――」
「何を使ってもいい! とにかく止めろ!」
シャーリーは使えるものはないかと周囲を見渡す。
するとマギアの壊れた腕が目に入った。
どんな素材でできているかわからないが、おそらく使える。
「これ、もらうね!」
有無を言わさず、マギアの腕をマゼマゼくんに放り込む。
直後に「まーぜまぜまぜっ、まーぜまぜっ」と奇妙な声が放たれた。
一緒に使ったのは、炸裂岩石。シャーリーが持つお宝の一つで、取り扱いを間違えるとちょっと危ない鉱石である。
『何もかも消えてなくなれぇぇ!』
禍々しい影が力を放つ寸前だった。
マゼマゼくんから「ピッキーンッ」という声が放たれる。
シャーリーはすぐに出来上がったアイテムを取り出し、禍々しい影に投げつけた。
「炸裂しろぉー!」
アイテム〈発光玉〉が弾け飛ぶ。
強烈な光が禍々しい影に襲いかかると、身にまとっていた全てを吹き飛ばしていった。
『オォオオオォォォォォォォ!!!』
解き放とうとしていたものも、身体を大きくしていた影も、怒りに染まった心以外の全てが吹き消される。
剥き出しになったのは、黒く染まったハートだった。
だが、それはすぐに真っ黒な影で覆われてしまう。
『グゥ、やったわね!』
まだ倒れない禍々しい影に、シャーリーは息を呑んだ。
だが、少しだけ様子がおかしい。
『殺してやる! 殺してやる殺してやる殺してやる! 絶対に殺して――』
「ここにいたか」
禍々しい影の声を遮るように、澄んだ声が響いた。
どこかで聞いたことがある声だと思っていると、突然禍々しい影の足元に大きな円陣が生まれた。
それが白く輝くと禍々しい影は、そのまま光に飲み込まれてしまった。
『くそっ! もう少しだったのに!』
強烈な光を受け、禍々しい影の身体が消えていく。
シャーリー達はその光景をただ呆然と見つめていた。
そんな中、禍々しい影は暴れる。
必死に光から逃れようと、周りを壊して暴れていた。
『もう少し、もう少しだというのに! もう少しであいつは私のものになったのに!』
悔しそうに、禍々しい影は叫んだ。
しかし、シャーリーはその叫び声を聞いて悲しい顔をした。
ゆっくりと一歩踏み出し、禍々しい影を見上げながら言葉を放つ。
「誰のものでもないよ」
なぜ、そんな言葉を口にしたのかわからない。
だけど、このまま言わずにはいられなかった。
「ドリーちゃんは誰のものでもない。ドリーちゃんは、ドリーちゃんだから」
禍々しい影はその言葉を受け、顔を一瞬歪めさせた。
だがすぐに。小バカにしたかのような笑みを浮かべる。
『キレイ事を言うな』
怒りが籠もった言葉だった。
感情が籠もった言葉だった。
『お前は何もわかっていない。あの時から、ずっとわかっていない!』
グチャグチャとした感情が、シャーリーに向けられる。
それでもシャーリーは逃げずに、まっすぐ禍々しい影を見つめた。
『私はそんなお前が嫌いだ! 絶対に、殺してやる――』
禍々しい影はそう言い残し、消えていく。
不気味な笑い声と引きつった笑顔を残して。




