第23話 宣戦布告?
「ならば、リミューアさまは私のことをどうお思いですか?」
「どうとは?」
「なにも思われないのですか?」
メリッサに聴こえない程度に軽く鼻を鳴らす。
「わたしがあなたに嫉妬しているとでも?」
「しておられない?」
「これでもわたし自身、自分の立場をわきまえていると自負しております。誰を愛するか愛さないかは旦那さま次第ですし、政略結婚した女の分際でとやかく言うつもりはありません」
「これは――随分な余裕ですね」
どこか小馬鹿にした様子で肩を震わせる。
当初はからかっているだけかと思っていたけれど、次第にわたしも苛立ちを隠せなくなってきた。
リサから聞く限りフォルニクス家の女はロクな者がいないと聞いていたけれど、案外そうかもしれない。
「余裕とはどういう意味でしょう」
「正直に申し上げても?」
「ええ、どうぞ」
メリッサは冷笑に似た笑みを浮かべる。
「お言葉ですが、あなたさまは王子殿下がたとえ何人側妃を娶ろうと、御自身への愛は一生変わらないという絶対的自信をお持ちになっている。――違いますか?」
核心を突かれた気がしてドキッとした。
ウィルズに見つめられたときとは質を異にする心臓の高鳴り。
今までは特に意識せずとも相手によって臨機応変に接することができた。
相手の身分や言葉遣いから性格を汲み取り、それに合わせた対応を心がけるようにしてきた。
それがこの女にはどうも通じそうにない。
「ええ、そうかもしれませんね」
一旦開き直って様子をみる。
口には出さないものの、「喧嘩売ってるの?」と言い放つ代わりにメリッサを睨みつけてやった。
しかし当の本人はさほど臆した様子は見せない。
むしろ楽しそうに笑っている。
見上げた根性だ。
「では、もし王子殿下があなたさまに興味を無くされたら?」
「あの人に限ってそんなことはないと信じてます」
「なら言葉を変えましょう。万が一にも、私がウィルズさまを好きになって寝取ったりしたら――どうされますか?」
ニヤッと勝ち気な笑みを浮かべる女にわたしは舌打ちしかけたが、危ういところで思い留まる。
「それはわたしに対する宣戦布告かしら」
「まさか」
肩を震わせて苦笑する。
もしこの場にアーシェがいなければもっとキツイ言葉と態度で攻めていたのだろうけど。
相手が相手とはいえ、小さい子供の前で大人が無粋な姿を見せるわけにはいかない。
「別に正妃殿下を取って食おうとか、そんなことは考えておりません」
「では脅迫?」
「滅相もない。ただ正妃殿下が羨ましいだけです」
「羨ましいですって?」
予想外の回答に思わず声が裏返りそうになった。
「正直なところ、私もウィルズさまのことをお慕いしております。最初にお会いした時からずっと、それはもう恋い焦がれるほどに。……でもあのお方が本当に愛していらっしゃるのはあなたさまだけ。他の女にはまるで興味を抱いてくださらない。それゆえか、王子殿下があなたさまと幸せそうに笑っておられるのを見ると胸が痛むのです」
「嫉妬していらっしゃるのね」
ブスリ、と容赦なく仕返しの刃を刺し込んでやる。
言葉を選んで遠回しに告げるメリッサの心情を代弁した形だが、彼女は狼狽の色を見せる気配はなく、むしろ「そうです」とあっさり受け入れた。
「じゃあわたしはあなたから見ると恋敵?」
「いいえ。逆にあなたさまとはお友達になって頂きたいと思っております」
またまた予想外の答えに拍子抜けしてしまいそうになる。
――お友達になって頂きたいですって?
バカなんじゃないの?
今まで散々悪態をついてこちらの機嫌を悪くさせておきながら、よくもまあおめおめとそんな戯言を口にできたものだわ。
「失礼。おっしゃっておられる意味がわかりません」
正直に告げると、メリッサはどこか余裕気に笑んだ。
「先程申し上げました通り、私もウィルズ王子殿下のことを慕っております。ですが、あの人が愛していらっしゃるのはリミューアさま。ですからもっと王子殿下に近づくためにも、あなたさまとお友達になりたいのです」
「要は旦那さまの寵妃と懇意にしていれば目をかけていただける機会も増えると」
「さように」
ペコッと慎ましげに低頭する。
当初は容赦なくNoを突き付けるつもりだった。
ストレートにわたしを利用対象にしようと言い寄ってくる人――特にそれが同じ男性を愛する恋敵ならなおさら。
だから正直に「いいえ」と言おうとしたのだけど、口を開いた途端に、ふとわたしの脳に一つの懸念が浮き上がってきた。
――安易に突き放すのはマズイのではないか?
もしここでわたしがNoを突き付けたとしても、彼女は「そうですか」と快く下がってくれるだろう。
しかしウィルズを慕っているという女を突き放して、のさばらしにしておくのは危険すぎる。
なにせ相手は王室と結びつきの強い公爵令嬢。
その気になれば当家との繋がりや財力、あるいは身体を使いウィルズの気を引こうとするかもしれない。
もしくはもう実行中か――
いずれにせよ、この女はわたしの地位を揺るがしかねない危険人物。
その性質を鑑みたとき、ハッキリNoを突き付けるのがベストか、はたまた要求を呑んで目のつくところに置いておくのがベストか……。
即座に脳内で天秤にかける。
相手が相手だけにかなり迷ったものの、秤はいよいよ後者に重みをおいた。
「まあ別に構いませんけど」
「ありがとうございます」
「ただし、わたしの邪魔はしないとお誓い願えますか?」
「無論そのつもりです。私は単にあのお方の御側にいたいだけであって、正妃殿下の地位を脅かしてまで手に入れようなんていう無粋な真似は致しません」
どうだか……。
口ではそう言えども、内心ではわたしの地位に取って代わろうと虎視眈々になっているのを知っている。
ここからはわたしの推量だが、メリッサがあえて初対面のわたしに悪態をついたのは、自分がウィルズを狙う危険な存在だというコトを明確に示し、こちらの焦りを誘うため。
でも彼女の目的はわたしとの敵対じゃない。
不安になったこちら側が、メリッサを目のつくところに置いて監視しようと取り込む――この決定こそが真の狙い。
そう考えると、我ながらまんまと罠にはめられたわけだが。
ただ、この女の家系がどうやって成り上がりの商人から王国筆頭貴族にまで上り詰めたのかがわかった気がする。
目的を果たして満足そうな顔をするメリッサは、再度わたしに一礼してアーシェの顔に視線を落とす。
大人の話し合いをしているうちに、いつの間にかアーシェは退屈そうに口を尖らせていた。
「生意気な側妃が長々と失礼いたしました」
メリッサは王女に簡素な礼を見せると、足早にわたしの横を通り過ぎて宮殿に消えた。
一つの嵐が去った後で、わたしのドレスをぎゅっと引っ張るアーシェが問いかけてくる。
「リミューお姉ちゃん、メリッサお姉ちゃんと何のお話ししてたの?」
「ん?ちょっと大人のお話です」
「なあに!?大人のお話って!教えてー!ねえ、アーシェにも教えて!」
「そうですね。アーシェさまがもう少し大きくなられたらお話しします」
「ぷー!お姉ちゃんのケチ!」
「まあ。一国の王女さまが陽の高いうちからそんな言葉を口にしちゃいけませんわ」
「じゃあ夜ならいい?」
「そういう問題じゃなくて……」
わたしは苦笑すると同時に重いため息をつく。
やっぱりこの子にわたしとメリッサの関係を説明するのはまだ早い。
――そう、まだ早いのだ。
こんな健気で可愛い子が、血を見るような女の世界に足を踏み入れるのは。




