第22話 初めての会話
2章までのあらすじ。
国同士による不可侵条約の人質として、フランシア王国の第一王子ウィルズと政略結婚したリミューア。当初は警戒心と将来への不安が勝っていたものの、時間が経つにつれ彼との信頼が構築されていき、徐々に打ち解けていく。
しかしそんな矢先、夫であるウィルズに縁談が舞い込んでくる。相手はフランシアの中でも最も有力とされる公爵令嬢。父である国王の取り決めもあり、縁談を断りきれなかったウィルズは公爵令嬢を側妃に迎え入れることを決めるが――
メリッサが輿入れしてきて一か月が経ったある日、わたしはアーシェに連れられて宮殿の大庭園を訪れていた。
この前、園遊会で摘んだ花を試しに押し花にして見せてやると、「アーシェもやりたい!」とか言い出したのだ。
そのせいか今ではすっかり押し花コレクションに興味を持ったらしく、ここ最近ずっと花を採集しに庭園を訪れては、ところ構わず花をブチブチ千切って庭師を泣かせる毎日。
「リミューお姉ちゃん早くー!」
「はいはい。そんなに急がなくてもお花は逃げませんよ」
初めて出会ってからというもの、今やすっかり打ち解け、わたしたちは本当に義理の姉妹とは思えないほど親密な仲になっていた。
時には私室で一緒にケーキを味わったり、またある時は花飾りの作り方を教えてあげたり。
ウィルズの渡りがない日には、寝る前に絵本を読んであげたりもした。
わたし自身、本当に子どもができたみたいで嬉しかった。
特に自分が王家の末っ子だったからなおさら。
『女はネコを飼うと婚期を逃す』という。
わたしの場合、アーシェを可愛がっていると無意識にウィルズをほったらかしにするらしく、
「リミューは僕よりアーシェの方が好きらしいね」
と、最近ではわたしに会うたびにそう嘆いてくるようになった。
「あら、妬いていらっしゃるのですか?」
「ちょっとね。別にあの子に付き合ってやるのはいいが、最近は少し遊び過ぎじゃないかと思う」
「ではしばらく会うのは控えろと?」
「そうじゃない。たまには僕の相手もして欲しいっていう意味」
そう言い、わたしを抱き寄せる手とは逆の手を下腹部に伸ばす。
それだけならまだしも、何の恥じらいも躊躇いもなく胸を揉んでくるんだからたまったものではない。
「もうっ、ヤらしい人!」
「僕を放置したリミューが悪い」
振り払おうとしたけれど、この助兵衛にはやはり無駄だった。
結局、その日は一夜を同じベッドの上で過ごした。
わたしを抱く時間もキスする時間も今まで通り。
メリッサが来てから渡りが目減りしたとはいえ、前と変わらぬ彼の態度に内心では安心していた。
でも安心しているからと言ってアーシェと一緒に居すぎると、今度はそのウィルズにヤキモチを焼かれてしまう。
人付き合いというのは難しいものだ。
アーシェと一緒に歩きながら、今日はどんなお花を押し花にしますか? といった他愛のない会話をしていたときだった。
庭園に降りる階段のところまで来ると、下から薄ピンク色のパラソルが上がって来るのが見えた。
こんな朝早くに城兵以外の人がいるとは珍しい。
最初は王女らの中の誰かかと思っていたが、宝石やらカラフルな色彩の髪飾りを付けた豪奢な召し物と容姿に見覚えがあった。
「あら?」
豪華に着飾った女は、階段を上がったと同時にこちらの存在に気付いて足を止める。
パラソルの下に見える素顔を確認するとやはりメリッサだった。
朝の早くからけばけばしい真っ赤なドレスを纏い、その下に見えるヒールも赤、髪飾りも赤を中心にした暖色系。
なんというかこう、文字通り薔薇みたいな人。
「これはこれは、アーシェさまにリミューアさま」
「おはようございます」
ドレスの裾を摘まんで礼を返す。
わたしの横で様子を見ていたアーシェも真似し、ペコリと頭を下げながら「おはようです」と返す。
これがまた超可愛い。
「そういや、こうして面等向かってお話しするのは初めてですね」
わたしたちが直接話をするのは今日が初めて。
以前、夜会で何度か顔を合わせはしたものの一言たりとも会話していない。
かといって別に彼女と口を利きたくないとかそんなことを想っていたわけじゃない。
ただ、プライベートで会う機会に恵まれなかっただけ。
「自己紹介が遅れました。私、メリッサ・ド・オーグ・フォルニクスと申します。以後お見知りおきを」
「リミューア・S・シャーマリスです。こちらこそどうぞよろしく」
すでにお互いに理解している内容だがそれを承知の上で返答の言葉を述べる。
相手が誰であれ挨拶には誠意を持って返すのが礼儀だ。
たとえそれが“同業者”であろうとも。
メリッサは深々と下げていた頭を上げると、何か気になるものを見つけた様子で、じいっとこちらを覗き込んできた。
顔を上げてもずっと視線が合ったままだったので、わたしは咄嗟に苦笑染みた笑みを繕う。
「……あの、わたしの顔に何か?」
「いえ。お噂に違わぬ美しきお方だな――と感心していただけですわ」
「はあ」
「ウィルズ王子殿下からあなたさまについて毎度のように聞かされておりましたから、一度お会いしたいと思っていたところでしたの」
イマイチ状況が飲みこめないわたしはまた「はあ」とため息に似た返事を返す。
「旦那さまがわたしのことを?」
「ええ。よくリミューアさまのお話をしてくださいますの。お二人の色めきたった関係から貴殿のお好きな食べ物、花、スリーサイズまで色々と」
あのセクハラ男……。
「あと、リミューアさまは私のことをよくご理解くださっているともうかがっております」
メリッサの口端がニュッと持ち上がる。
わたしにはその意味を理解できなかった。
「私のこと――とは?」
ただ、出身や年齢、身分といった簡単なことを言っているのじゃないということは容易に伺い知れる。
彼女が問うているのはもっと私的な部分だ。
「あら、リミューアさまは私と王子殿下の関係について知らない?」
「――旦那さまとは幼少の頃からお付き合いがあるということくらいしか」
別段に隠すほどのものでもない。
メリッサとウィルズが、お互いに小さい頃知り合ったということはすでに彼の口から聞いている。
……まあ、それをわざわざ引っ張り出してきた時点で彼女が言いたいことは大体想像がつくが。
で、なにが言いたいの? と首を傾げるほどわたしもバカじゃない。




