裏話 5 ~割って入ったのは~(リサ編Ⅱ)
裏話はこれで最後です。
次話から本編に戻ります。
「そこまでだ!!」
ドンッと火を噴く大砲のような大声が響く。
「ここで何をしている!!」
ふと二人組から視線を遠ざけると、自分たちから少し離れた場所に複数の人影が見えた。
人数はおよそ5人といったところか。
4人の男が白い軍服を纏う男を取り囲むようにして立っている。
装備と服装から察するに、どうやら要人警護人らしい。
「殿下!?」
シークレットサービスの間から現れた男の顔を見て、女官は小動物のような速さで道脇に退く。
その正体はあろうことかフランシア王国第一王子のウィルズに違いなかった。
リサもあわてて身を退こうとしたが、王子の「待て」という叱責に似た声によって足を止められた。
「声がしたから来て見れば」
目の前には、低頭する二名の女官と腰の剣に手をかける侍女長。
王子は腰に手を当てて重いため息をつく。
「一体どういうことか、説明してもらおう」
温度の無い冷淡な声色だった。
首筋に刃を突き刺されるような感覚がリサの脳裏をよぎる。
言い逃れなどできるはずがない。
全て見られていた。
迂闊だった。
こんな奴らにムキになったせいで王子に――ひいては姫にまで迷惑をかけることになってしまうなんて――
もう山となれ谷となれだ。
「恐れながら、この者共がリミューア正妃殿下を農奴扱いするのです」
リサはやけくそになって、低頭したまま全てのことをウィルズに告げてやった。
「言いがかりでございます!」
「偶然通りがかったら難癖を付けられた次第でございます」
「なっ、難癖をつけたのはあなたたちの方――」
「もういい!!」
再燃しかけた戦いを鎮めたのはやはりウィルズの怒号だった。
しかし怒号という割に怒りの割合は少なく、心底うんざりしたような――そんな声だ。
ウィルズは人払いを命令し一人でこちらにやってくると、深々と低頭するリサの顎を持ち上げた。
「君は確かリミューの側近だったはず」
「……はい」
「君の仕事ぶりはリミューからよく聞かされているよ。真面目で、命じられた仕事はなんでもこなす優秀な侍女長だと。――だが難癖如きに刃を見せるのは感心しないな」
「おっしゃる通りでございます」
返す言葉も無い。その通りだ。
自分の仕える主人に対する悪口を言われただけで感情的になり、あわや斬りかかりそうになったことは否めない。
「申し訳ございません」
目元を赤くするリサの顔に涙筋ができたのを見て、二人はあからさまに冷たい笑みを浮かべる。
――が、ウィルズから放たれた殺気が女官二人に向けられると、冷笑は狼狽に姿を変えた。
「君たちも気を付けた方がいい。王子妃の侍女長にさっきのような口答えは立派な不敬罪だ。この侍女長は君たちのような下官と身分が違うことを、その据わった肝に命じておけ」
「仰せのままに」
リサより浅い角度で低頭する女官を前に、ウィルズは心底気に入ら無さそうにフンッと鼻を鳴らした。
「本来なら3人ともまとめて牢獄行きだが、客人を招いての式典を君たちで汚したくはない。双方の落ち度を鑑みて今回ばかりは不問にしてやる」
「ありがたき幸せにございます」
「御情け感謝致します」
「ただ、勘違いはするな。僕は君たちを赦したわけじゃない。また同じようなことをやれば容赦なく豚小屋にぶち込んでやる」
そう釘を刺すと、ウィルズは終始曇った表情のまま踵を返してどこかに去ってしまった。




