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政略上の正妃に一途な愛を  作者: 華凜
第1章 (★は官能表現を含みます)
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第9話 プレゼント

 その日の晩、いつものようにウィルズの身の回りの世話をするため執務室に向かったわたしは、今日起こった出来事を話してみた。

出来事というのはわたしが手紙を書いていた際にやってきた女の子のことだ。

笑顔がとても可愛いくて赤いドレスを纏っていたこと。年齢でいうと5~6歳頃と見えることなど。


 一通り特徴を説明し終えると、ウィルズは明日の議会で使う資料に目を通しながら「女の子か」と独り言を口にした。


「たぶんアーシェだろうね」

「アーシェ?」


夫の口から出た女性名称を無意識に反芻する。


「僕の妹。もう少しで5つになるんだが、君には言ってなかったか?」

「い、いえ」


夫に妹が――しかも10年以上歳の離れた妹がいたなんて初耳だ。

まあでもウィルズも王族なんだから兄弟がいて当然か。


「気になる?」


クルッと黒椅子が半回転し、ウィルズの顔がこちらに向く。

夫からの問いかけと決済書類を手渡されたのが同時で、わたしは「あはい」と妙な返事をしてしまった。


「彼女は父上の側妃の子で、僕とは異母兄弟なんだ。数日前までよく執務室に遊びに来ては、仕事の邪魔をしてくれていたんだけど」


夫はそこで言葉を切った。

そう言っても、わたしが嫁いでから実際にアーシェの姿を見たことは無い。

新しくやってきた正妃を警戒して近寄らなくなった、とでも言いたいんだろう。


しかし面等向かってそう言うとわたしが邪魔者みたいに聞こえるから、彼なりに配慮してくれたらしい。


「アーシェも王宮生活に退屈しているみたいだからね。君が面倒を見てくれると助かる」

「いいのですか?」

「もちろん。ただ、やんちゃで女官が手を焼くほど好奇心旺盛な妹だけど。今度アーシェにもリミューのことを紹介しておくよ」


ちょうどわたしも時間を持て余していたところだ。

もしこれからその子の面倒を見るとなれば、令嬢らとお茶を飲んで駄弁るだけのつまらない日常はひとまず遠のくだろう。

どれほどやんちゃなのかは知りかねるが、少なくともウィルズよりは扱いやすいはず。


――ああ、ウィルズと言えば、


「ところで、お部屋のお片付けはもう済んだのですか?」


机に向き直った彼に問いかけるも、質問内容が地雷だったらしい。

夫の肩はビクッとあからさまに吊り上った。


「……まさか君の方から質問されるとは思わなかったな」

「だから訊きました」


ウィルズは耳の下あたりを人差し指でポリポリと掻き、書類満載の机にため息を落とした。


「僕自身かなり頑張ったことだけは評価してほしい」

「とどのつまり、片付かなかったんですね」

「本棚を整理していると2か月前に無くした本が出てきたんだ。それらを読んでいるといつの間にか夕暮れだ。――そうだ、僕は悪くない。片付かなかったのはあの本が悪い」

「何歳児の言い訳ですか」

「何歳に見える?」


不意に笑顔を向けられ、わたしはつられて微笑してしまった。


「君の笑顔を見たのは初めてだな」

「単なる失笑です」

「でも笑顔に変わりは無い」


優しげにクスッと笑われ、わたしは恥ずかしくなって視線を逸らした。


「ジロジロ見ないで」

「リミューは笑ってる時の方が可愛いよ?」

「ああそうですか。普段は可愛く無くてごめんなさい」

「そう怒るなって。ほら、もう一回笑ってごらん」

「嫌です」

「恥ずかしがらず――」

「イ・ヤ」


わたしはドレスを握りながらスッパリ言い切った。

いくらねだられても頑なに拒否するつもりだったが、エンドレスになる前にウィルズが先に下がった。


「それは残念だ。笑ってくれたらイイものをあげようと思っていたのに」

「……どうせキスとかでしょう」

「ははっ、人の愛を『どうせ』とは酷い言いようだね。ちなみに有体物だよ」


有体物と聞き、現金なわたしはついついピクッと反応してしまう。

それを見たウィルズはさっそく横の戸棚を開けて長方形の木箱を取りだして見せた。


「な、何ですか、それ」

「ハインリッヒ王国産、ラシスの高級香水」


なるほど。確かにウィルズの言うとおり、フランシア王国の北部に位置する同国の紋章が彫られている。

睡蓮の上を飛ぶ白鷺のマークはハインリッヒの国旗に相違ない。

しかもそこから漂う甘い香り。


『ラシスの香水』というのはごく一部の限られた地域でしか産出されないレアな香水のこと。

その希少性は特に有名で、貴族令嬢たちとお茶していても毎度のように話題にあがるほど滅多に流通しない代物だ。

王家の女として19年間生きてきてその姿さえ拝めなかったというのに、欲しくならないはずがない。


木箱からほんのり漂う香りに誘われたわたしは無意識に指先を伸ばす。

――が、あと少しのところでウィルズが引っ込めてしまった。


「僕に可愛い笑顔を見せてくれたらあげるんだけどなぁ」

「…………っ」

「あ、笑った笑った!」


笑ったつもりは無いが、唇を歪ませるわたしを指差してウィルズは馬鹿笑いする。


不覚だった。

この男の前で笑みを見せることがどれほど軽率なことなのかは理解していたのに。



喉から手が出るほど欲しかった香水を貰えたのは正直、嬉しい。


でもせっかく「がんばって素直になろう作戦」を目下遂行中だったわたしは、気が収まるまで前の態度に戻そうと密かに誓ったのだった。




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